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Essay

2019.02.03
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カテゴリ:Essay
<昨日のエントリーから続く>

パパの作りばなし [ 関周 ]


関周/パパの作りばなし 【CD】

マスターの彼は、ピアノやアコーディオンも弾くが、プロデューサー的な仕事もする。店には彼に伴奏してもらって歌を歌うのを目当てに来る人もいるが、彼がプロデュースしたライブを聴きに来る人も多い。

「クイーンエメラルダス」は、彼の店で定期的にライブしている。松本伊代のお姉さんが、実は歌唱力抜群だということを私が知ったのも彼の店だ。

だから、てっきり発売されたCDも、「歌手デビュー」といいつつも、彼自身のプロデュース色の強いものだろうと想像していた。

だが、まったく違った。3曲通すと、クラシックの室内楽を聴いているような心地よさに浸っている自分に気づく。演奏メンバーは明らかに正統派の手練れだ。電子的に「足した」音は一切しない。

1曲目は、ピアノに加えて、バイオリン、ビオラ、チェロ。弦の音の厚みが、ごくごく一般的な、けれどももしかしたら得難く幸せな、親と子の情景を語る歌詞にかぶってくる。

これ、作った人たち、タダ者じゃないでしょ。

マスター個人の技量だけで勝負してる、知る人「だけ」が知る街角の小さなライブハウスに入ったつもりが、迎えてくれたのは、さっきまで、それぞれ別々の専門のフィールドで演奏してたその道のプロたちだった――という驚きだ。

2曲目では、弦に加えて、スキルフルなソプラノサックスの音。3曲目では、一転してピアノとフルートのみ。フルートが人の吐息に聴こえる。それは昔、バッハのフルートソナタを聴いて感じた心地よさに通じる体験だった。

音合わせを何度も重ねてスキのないものをつくる…というのが、CD制作をする人たち、ましてや生演奏だけで音を入れる人たちが一様に目指す方向だという先入観が私にはあったのだが、見事に、心地よく、ひっくり返された。つまり、ある種の即興の良さ、のようなもの――が感じ取れるのだ。その「一期一会」感が、なんともイイ。

音にのってくる彼のちょっと素人っぽい歌声が、また不思議に新鮮だ。これが、声楽をみっちり学びました…なんていう声だったら、「へーー、うまいねー、ほーー、すごいねー」とひれ伏して、それで終わりかもしれない。

これなら自分にも、歌えるかもしれない、歌ってみようかな――そんな、付け入るスキのある歌唱。それでいて、彼が送ってきた人生だとか、音楽が作り出す世界に対する考え方だとか、そして、自分はこの歌を聴いてほしいのだという情熱も、さりげなく伝わってくる。

自己満足レベルからプロはだしのレベルまで、彼の店ではいろいろな人が歌を歌うが、そうした幾千の歌を聴くうちに培ってきた「何か」が彼の表現にはあるように思う。

作詞は伸我。初めて聞く名前だったが、まるで自分の心の中を覗かれたように、どきりとするフレーズを書く人だ。興味を持ったので、他の作品を探してみたら、「メタセコイアの枯れ葉」に、やはりどきりとさせられた。

♪あなたを失ったことより 現在(いま)を変える勇気が少しも残っていない それが悲しい

ここにも不思議な符号。私の実家のすぐそばには、壮麗なメタセコイアの並木を持つ公園があるのだ。

そして、また、あの3曲に戻る。繰り返し聴くうちに、彼の死をきっかけに、私の思考を暗く孤独な終焉へと引きずりこんでいたOld Balck Joeが、過去の歴史的名曲というあるべきポジションに帰っていってくれた。

そもそも、彼も、彼も、私も、Old Balck Joeではない。私たちは誰も綿花畑で苛酷な労働など強いられることはなかった。Old Balck Joe――あるいはBalckという言葉を好まずOld Old Joeと歌う人もいるが――の人生は、その哀しみと寂しさは、立場を超えて多くの人の共感を呼ぶとはいえ、それは私の人生ではない。

彼も、彼も、私も、音楽にまつわる楽しみを知っている。それはある程度、私たちの親たちが授けてくれたものだ。そして、それは幸運なことだ。

彼も、彼も、私も、同じ場所にいたのは高校卒業までだ。そのあとは、それぞれ違う場所で、違う生き方をしてきた。彼にも、彼にも、私にも、それぞれが知らない人と交わることで築き上げた世界がある。生きることでしか描けない円がある。彼と、彼と、私の描く円は、時に近づき、時に交わる。

彼が歌手として参加したこのCD。その制作に携わった人たち、彼の「円」の中にいる人たちを、その才能を、私は今回初めて知ることができた。

これからも、彼と、彼と、私と、それからまた別の彼や彼女たちの描いた円は、近づいたり、遠ざかったりするだろう。ひとりの彼は、すでにこの世から去ってしまったが、彼の描いた円は、やはり確かにこの世にある。

タイムリミットが迫る直前に、彼が彼に会いに行き、実際に会えた瞬間に、彼と彼の円が交わり、そこで他人にはうかがい知れない何かが受け渡されたかもしれない。

これが彼と、彼と、私の物語だ。ロンド(輪舞)と呼ぶほど劇的でも特別でもない。だが、この機に語らずにおけるほど、私にとって小さくもない。

これからも、あなたと、あなたと、あなたの円が近づき、思いがけず交わったとき、あなたは、あなたとは別の円の中にいる人たちの美しさ、素晴らしさを知るのかもしれない。

そのときに、円は縁になる。

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%91%E3%83%91%E3%81%AE%E4%BD%9C%E3%82%8A%E3%81%B0%E3%81%AA%E3%81%97-%E9%96%A2-%E5%91%A8/dp/B07N1CHJ1T/ref=zg_bs_2129354051_26?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=XWZQ7GN08G6F2218W737







最終更新日  2019.03.14 11:37:43
2019.02.02
カテゴリ:Essay
<昨日のエントリーから続く>

同級生の死というのは、実際にそれが来てしまうと、想像していた以上の寂寥感をもたらす。ご家族やさらに近しい人々の心情を想えば、「私も悲しんでいます」などとはおこがましくて言えないが、中学という若い時代、人生を四季にたとえるなら、春のただなか、あるいは夏へ向かう、みずみずしく元気な時代のイメージしか、ほぼない人の、それも病死となるとなおさらだ。

病魔は、いくら人間が気をつけていてもふいに襲ってくるものだ。それがたまたま「彼」であっただけの話で、「彼」は「私」だったかもしれない。「彼」に訪れた終焉は、思うより早く「私」のそばに来ているのだろう。得体の知れない影のようにひたひたと迫ってくる孤独感は、「もうあの人に会うことも、話すこともできないのだ」という信じがたく、受け入れがたい事実の悲しさ以上に、自らにも迫ってきた死への恐怖なのかもしれない。

このところ、私はしばしば山口の実家へ帰る。実家に転がっている古いモノたちは、ふいに忘れた過去の記憶をよみがえらせる。たとえば、古い楽譜。

中学の英語の授業の中で、ある歌を歌ったことをふいに思い出した。

Gone are the days when my heart was young and gay,
Gone are my friends from the cotton fields away,
Gone from the earth to a better land I know,
I hear their gentle voices calling Old Black Joe.

歌詞の書かれた楽譜を机の上に立てながら、皆で歌ったとき、私の隣りの席に座っていたのは、おそらく亡くなった彼だった。

I'm coming, I'm coming, for my head is bending low,
I hear their gentle voices calling Old Black Joe.


彼を含めて、先に逝ってしまった友人たちの顔を思い浮かべながら、この歌を口ずさむ、Joeのように年老いた自分の姿が、ひどく現実味を帯びて目に浮かんだ。この歌を習った頃には、まさか自分がOld Balck Joeになるなんて、思ってもいなかったのに。

実家では、亡父の遺した持ち物を、少しずつ整理している。もう父が亡くなって10年以上。いい加減に片付けなければ。「片付ける」とは、すなわち「捨てる」もしくは、「売る」ということだが。

父が買った初期のシンセサイザーがあった。中学の頃だ。またも、忘れていた思い出が蘇る。

シンセサイザーが家にあると級友に話したら、誰より強い反応を示したのが、亡くなった彼だったのだ。「シンセサイザー、くれよー」などと言ってきた。冗談にしては声が本気すぎた。そもそもシンセサイザーなるものの存在さえ知らない人がほとんどだった時代に、なぜそこまで彼が関心を持つのか、その時は理解できなかった。

彼が音楽好きで、自分でシンセサイザーを買って曲まで作っていたのを知ったのは、彼が闘病ブログを書き出してからだ。彼所有のエレキギターの数々にも驚かされた。機能まではブログの写真では分からないが、色やフォルムからして、「コレクション」と呼ぶにふさわしい、美しき現代の撥弦楽器。

そこでまた奇妙が符合が起こる。亡父は抱えて演奏するタイプの民族弦楽器を集めていた。インドのシタール、中国琵琶、沖縄の三線、ベトナムのダン・タム、ロシアのバラライカ… すべて現地で購入してきた。父の生前は、壁にかけて飾っていたこともあるこれらの美しい弦楽器は、半ば壊れてしまったものも含めて、今も実家にある。

亡くなった彼は、「ギターもね、なんであんなに集めちゃったんだろうと思う」と、私へのメールに書いてきたことがある。病気が悪くなってきた頃で、「かみさんは興味ないから、自分で処分しないと」と、気にしていた。

もしがんと共存できたら、古民家を買って改築して住みたいというのが彼の希望だったから、古民家にあの美しいエレキギターが飾られたらさぞやステキじゃないか、と実家に遺った民族弦楽器――撥弦楽器も擦弦楽器もあるが、私から見れば形からしてギターの仲間――のコレクションを思い浮かべながら思ったが、何も言えなかった。

私だって自分で買うほどの興味はないが、「遺された」弦楽器は捨てずにいる――そんな話の流れになってしまいそうだったから。

彼が亡くなったのは、2018年12月8日。彼がCDデビューしたのが、2019年1月23日。それから、四十九日。その3日後、1月29日は父の命日だ。山口の実家で朝メールを見ると、デビューした彼からメールが入っていた。

ダウンロード配信が始まったというお知らせだった。そして、アマゾンのデジタルミュージック、アルバム、キッズ・ファミリー部門で1位を獲得したという

さっそくサイトにアクセスし、聴いてみる。マスターの彼には、なにげに驚かされることが多いが、今回も、だった。

<続く>









最終更新日  2019.02.03 00:27:39
2019.02.01
カテゴリ:Essay
彼とは中学時代に山口県でクラスメートだった。彼のお母さんが私の父のお弟子さんだったという、ちょっとした縁もあった。高校も同じだったが、科が違ったのでクラスはずっと別だった。大学は私も彼も東京。私は上野に通い、彼は本郷だったから、地理的には近くで学んでいたはずだが、特段の交流はなかった。

卒業後、私が山口の実家でくすぶっていた頃、彼は一流企業に勤め、スイスで活躍していた。彼のお母さんが私の実家にクッキーを届けてくれたときに聞いた話だ。

その後のことはほとんど知らずにきた。私は再び東京に戻り、仕事が忙しくなった。新しい仕事上の交友関係も広がり、過去を振り返ることもなくなった…というより避けていた。

そんな時代がひと段落した頃から、中学・高校の仲間がときどき集う店ができた。大都会の片隅、グランドピアノが置いてあるこじんまりとした店。マスターの彼も、私と同じ中学、同じ高校の出身。だが、私はマスターの彼とは面識はなかった。

マスターの彼の店で開かれる同窓会では、クラスメートだった彼と会うこともあった。マスターの彼は、時折ピアノを弾く。最初に店に行ったときは、ベートーベンの月光の一節を少しだけ。「子どものころ、ちょっとやってたからね」――ちょっとやってただけで月光が弾けるとは到底思えない。背筋を伸ばした姿勢の良さ。そして打鍵の強さ。本格的な基礎訓練を受けた人のものだった。

驚いたのは十年ちょっとのち。店に行くと、またほんの少しだけマスターの彼がピアノを弾いてくれたのだが、音が格段に「まろやか」になっていた。熟成された音といってもいい。ピアノを替えたのかと思うぐらい。十年弾いてりゃうまくなるでしょ、などと言うのは簡単だが、それはある程度の年齢を超えてからでは、容易なことではない。音楽に関しては、その現実はさらにシビアだ。

楽器を弾くというのは、スポーツに似ていて、技術的なピークはかなり若い頃に来る。その時期をはるかに逸したあとになって、技術を向上させるなど、並大抵のことではない。そして、相変わらずの姿勢の良さ。どうやって腹筋・背筋を鍛えているのだろう――と思ったら、高校時代に打ち込んでいたバスケットの、シュート練習を今もほぼ週一回、公園で一人続けているらしい。

そして――

クラスメートだった彼が、病気になった。

胃がん。

手術、抗がん剤。それぞれの治療の先には、常に良いシナリオと悪いシナリオがあるが、彼の場合は、ことごとく悪いほうに流れていった。闘病が続く中、東京にいた彼は、九州に居を移した。その狭間の短い間、偶然、彼は私の家の近くに住んでいて、田舎の親類にもらった里芋が多すぎて、おすそ分けに持って行ったことがある。

里芋を玄関先で渡し、階段をおり、停めておいた自転車にまたがって帰り道をこぎ始めた私に、彼がふいに、「また、ゆっくり」と声をかけてくれた。私は振り返って、彼に軽く手をあげて応えた。彼がそんなに律儀に、こちらの帰路を見守ってくれてるとは思っていなかったから、驚いた。

「また」はあるだろうか? 正直に言ってしまうと、「ないかもしれない」と思った。

彼が九州に引っ越すことは決まっていた。戸口に立つ彼は元気そうだったが、がんというのは、いよいよの末期となるまで、案外元気でいられるものだ。彼はブログで自らの病状について詳しく綴っていて、「転移」「腹膜播種」の文字は、父をがんで失った経験のある私には……

彼が九州に行ったあとも、私はマスターの店に行った。東京在住の同窓生たちに会うために。頻繁にではない。だからこそ、行くたびに思うのは、駅からの道、あまりに多くの店がなくなり、新しい店ができていること。一瞬、道を間違えてしまったかと思うほど。それでもしばらく行けば、見慣れた彼の店がある。

「ここは何年? 長いよね」――ひとつの店、ひとつの仕事。それをやり続ける困難さを知る人だけが、彼のことを褒める。

九州に行った彼の病状がいよいよ差し迫ってきた頃、マスターの彼が、どうやらCDデビューをするらしいという話を知った。マスターの彼はピアノも弾くが、自分で作詞・作曲もする。てっきり、シンガーソングライターとしてデビューするのかと思っていたら、そうではなかった。

彼はとっくに、適材適所の才能を自分の周囲に見つけ、関係を築いていたのだ。

マスターの彼もブログを書いている。CDデビューに向けて、また日々の仕事でエネルギッシュに動き回っている。病気の彼もブログを書き続けている。東洋的な諦念と、そうしたものに抗うべきとする西洋的な意志の向こうに、どうにもならない終焉が迫ってくる。

冬のある日、マスターの彼は、多忙を縫って、そして迷った末、九州の彼を見舞ったという。

彼が亡くなったと知らせがきたのは、それから1か月もたたないうちだった。

<続く>

 







最終更新日  2019.02.02 20:59:40
2019.01.26
カテゴリ:Essay





Mizumizuは現在、ペッパーミルはプジョー製、ソルトミルはコール&メイソン製を使っている。ソルトミルのほうはもうずいぶん長く――おそらく15年以上は――同じものを使っている。毎日使うほどではないが、といってほったらかしということもなく、常に食卓の上にあり、切れることなくピンクソルトが入っていて、しばしば使うという感じ。

ペッパーミルのほうは、ソルトミルより少し早く、ウサギ形のものを買った(メーカー名は失念)が、数年で壊れてしまい、次におしゃれっぽい小物を売っている店で、1000円ちょっとの安いものを買ったが、それもすぐに胡椒の詰まりがひどくなり使えなくなってしまった。そこで、質に定評のあるプジョー製に替えたら、それ以来ずっとトラブルなく快適に使えている。

コール&メイソン製のソルトミルはオーストリアのバートイシュルの岩塩専門店でピンクの岩塩を買ったときに、それ用ということで買ったもの。話が逸れるが、ここで買ったピンク岩塩は、日本でよく売っているヒマラヤのピンク岩塩なんて及びもしないほど美味だった。塩の味の中に不思議な甘みがあり、まろやかな味。記憶の中で美化されている部分もあるとはいえ、その後、あの味を越える塩にはお目にかかれていない。

で、ミルに話を戻すと、壊れないのでずっと使い続けていたのだが、先日、ピンク岩塩が切れて、たまたま気まぐれでクリスマス島のクリスタル結晶の塩を買ってみた。何の気なしにソルトミルに入れると…あれ? 削れない。なんだか滑ってしまっているようだ。

調べてみると、ソルトミルは厳密には岩塩用と海塩でギア(刃)の作りが違うようだ。それはそうかもしれない。だが、Mizumizu所有のは刃はセラミック。セラミックなら海塩でも大丈夫な気がする。

ま、もし海塩が原因で削れないのなら、岩塩にすればいいだけだ。というわけで、いつものピンク岩塩を買って入れてみた。が、結果は同じだった。滑ってしまっているようで、削れない。

「ソルトミル 削れない」で検索してみたが、たいした妙案はなかった。

塩を全部出して、構造をじっくり見る。バラすことはできないが、中にバネが入っていて、頭部のツマミを閉めるとその圧力で、上下になっている下のほうのギアが移動し、噛み合わされて削るというシンプルなものだ。

下のギアの部分を見ると、だいぶ塩がついている。単純に、これで削れなくなっているように見える。だったら、水洗いして、しっかり乾かせばよいだけの話ではないか?

バラせないから乾燥させるのがちょい難しいかな、とは思ったが、もし水洗い→乾燥で直らなかったら、それは壊れたということだし、コール&メイソンはギアを交換してくれるという話もあるので、聞いてみてもいい。

というワケでお湯を勢いよく流し、そのあと少しお湯につけてセラミックのギア部についた塩を除去してみた。

これが洗浄後。こびりついていた塩はきれいに取れた。

そして、内部の乾燥には、コレ↓

ダイソンのヘアドライヤー! 

コイツがすんばらしい働きをしてくれた。このドライヤーは、元来のドライヤーとしても、心からおススメできる。あっという間に髪が乾いて、しかもふんわりとボリュームが出る。値段は飛び切りだが、実にGOODなドライヤー。

コイツをコール&メイソンのソルトミルの開口部に近づけて、中の水滴を次々と飛ばしていった。ドライヤーだけでほぼ乾いたといえるぐらいになったが、それでも念のため、数日放置して自然乾燥。

で、ピンク岩塩を再度入れたら…

おー! ちゃんと削れる。新品に戻ったようだ(って、新品時代のことは実はもうよく憶えてないのだが)。



これでまた使える。めでたし、めでたし。こんなことなら、もっと早く、というか、もっとマメに水洗いするべきだった。

コール&メイソンのセラミック・ギアは、実に秀逸なのだなあ…と改めて感心した。クリスマス島の海塩が削れるかどうかは、実はまだ試していない。

大丈夫な気がするが、万が一、せっかく直ったミルなのに、海塩が原因で削れなくなってもイヤなので、海塩用のソルトミルをもっとしっかり調べてから、ピンク岩塩が終わったあとにこのミルに海塩を入れて使うか、あるいは別に海塩用のミルを買って、同時に違う塩を楽しむのもいいかな、とも考えている。

もちろん、次に買うのも、定評あるミルメーカーのものにするつもり。






最終更新日  2019.01.26 23:31:05
2018.11.23
カテゴリ:Essay
中指の腱鞘炎、先のエントリーを見たら9月の半ば。そのときは、「順調に回復」と書いていたが、案外その後、良くなったり、戻ったりを繰り返した。

通院でのリハビリは週2~3回を10月アタマまで。そのあとも20日ぐらい漢方を続け、あとは様子見。様子見段階に入ると、もう自分でのストレッチは面倒で省略しはじめていた。「喉元過ぎれば…」の典型である。

11月に入っても、手をグーパーすると中指が微妙にうまく曲がらない状態が続いたが、それも徐々に気にならなくなってきた。

8月23日に「ピキーン」がきて、今日が11月23日。やっと「完治」かな、という状態にまで戻った、と思う。

右手首の状態はもう長いことイマイチなままだが、とりあえず中指腱鞘炎は完治かな、と。中指は腱鞘炎としては軽度だと理学療法士からも言われたが、結局違和感なく日常の作業ができるまで3か月もかかったじゃん。

ヤレヤレ

案外、長かった。

というわけで、ほったらかしだったブログを再開します。フィギュアネタを待っている人が多いのは承知なのだが、とりあえずは書くつもりでほったらかしだった、「素晴らしき、くじゅう」から。

しかし、今度は左手の中指の第一関節と第二関節の間に痛みを感じるんですが(-_-;)。











最終更新日  2018.11.23 11:15:22
2018.09.13
カテゴリ:Essay
ドケルバンの時にひどい目にあった腱鞘炎。今回の中指はひどくしたくないと早めに評判の良い整形外科に。

結果は、「良好」。

有名スポーツ選手も通ってくるという、元読売巨人軍のチームドクターだった整形外科医が経営するクリニックなのだが、理学療法士が非常に優秀。1か月のリハビリ計画をたて、週2~3回来てくれというので、まじめに週3回通っている。

リハビリルームは、いつも物凄い患者数。理学療法士も多数いて、フル回転。高齢者も多いが、スポーツ選手らしい若者もまた非常に多い。

超音波をあてたあと(もしくはあてる前に)理学療法士による施術があり、これが非常にキク。さらに症状に合わせたストレッチ指導があり、これを自宅で実践。氷水を使ったアイシングだけが、ちょい面倒で(20分冷やすというのがね)、ときどきサボるが、ストレッチはきっちり言われたとおりにやっている。

そしたら、わずかな期間で手首の可動域も広がり、状態も上向いてきた。今は朝、指の少しのこわばり、もしくは多少のピキッが数回…で、日中はあまり気にならないぐらいになっている。だが、ここが肝心と良くなったからといって通院をやめてしまわないように、とりあえず1か月はしっかり行くつもり。

整形外科医に漢方のことを聞いたら、「ぼくは漢方を知らない医者なんです」と、潔い。なので、漢方に詳しいかかりつけ医に相談して。2種漢方薬を処方してもらった。

かなり万全の態勢。

「ステロイド注射は腱が弱くなるので、注射うつなら手術してしまったほうがいい」というのが、ここのドクターの見解。でもねー、手術もそのあと案外大変だから、このまま予防できればそれにこしたことはない。

もう「ほっといて治る」年齢ではないという、経験からくる自覚もある。自分の体のケアにやたらお金がかかる。仕方ないことかな。











最終更新日  2018.09.13 21:42:26
2018.08.24
カテゴリ:Essay
2018年8月23日朝――目覚めたとき、右手中指の「異変」に気づいた。中指だけ、変に折れ曲がったまま硬直している。動かそうとしても、にわかにはできず。

意識を集中させたら、ピキーンと指がはねた。

ばね指、キターーー

前回、手首の腱鞘炎を、自然治癒を目指そうと初期段階で放置して、ひどい目にあったので、今回ははやめに評判がよいという整形外科へ。

診断は腱鞘炎。理学療法士にストレッチの方法など教えてもらい、週に1-2回、1か月のリハビリでこれ以上悪くしないうちの治癒を目指すことに。

というわけで、ブログはぼちぼち。ペースダウンします。

経皮鎮痛消炎剤をまじめに塗り、ストレッチ、アイシングもまめにやるつもり。










最終更新日  2018.08.24 15:11:22
2018.05.16
カテゴリ:Essay
手数料無料を武器にメルカリを追撃する…ハズだったラクマ(旧フリル)だが、2018年6月から手数料が3.5%と有料化することが発表された。

メルカリの10%よりは安いが、専用の送料が高い、楽天銀行で売り上げ1万以上でないと振込手数料がMUSTなど、細かい部分で出品者にとってはメルカリより使い勝手が悪いラクマ。

アプリのダウンロード数も増えて、メルカリと並び立つ存在になるのかな…と思ったとたんに、コレ。やはり手数料無料では、ビジネスとしてやっていけなかったということだろうか。

だが、ラクマを(やや)応援したかった立場から言うと、もうちょっと我慢してユーザーを増やしてからにしてほしかったと思う。

これじゃ、ヤフオクに対抗しようとして、結局はひっそり消えていった楽天オークションの二の舞になりそうだ。










最終更新日  2018.05.16 12:20:08
2018.05.09
カテゴリ:Essay
​先のエントリーで、「フリル」より「メルカリ」のほうが早く売れたので、フリルを使わなくなった…というエピソードを書いたが、「新ラクマ」になって何がどれほどどう変わったか知りたくて、新ラクマに出品をしてみた。

メルカリに出しているのと同じモノで、クリックポストで送ることのできるモノを、販売手数料がない分だけメルカリより値段を下げて出したところ…

メルカリでは、「ちょい高め」だったせいで、「いいね!」はつくが全く売れずに何か月も残っていたものが、数日で新ラクマで売れたのだ。値段を下げたといっても、数百円なのだが(苦笑)。ちなみに、この場合の「いいね!」とは、購入検討者がつけるブックマークのような役割を果たす。

新ラクマでは「購入申請」という機能があるので、出品者はそれを選択しておけば、買いたいと言ってきた人の評価を事前に見ることができ、また、この機能で実際の決済までワンステップおくことで、その他のフリーマーケットに同じモノを出品していても、万が一の「同時購入・決済」を避けることができる。

今回、この「購入申請」を利用したが役立つ機能だと思った。中には札付きのクレーマー(実際には転売目的。難癖をつけて値段を下げさせたいのだ)の購入者もいるから、あまり「悪い」の評価が多い購入希望者で不安を覚えるなら、取引を拒否することもできる。これはメルカリにはない機能だ。

新ラクマでの次の問題は、売上金の振込手数料。通常は金額にかかわらず210円の振込手数料がかかるのだが、2017年12月以降、楽天銀行あてに振り込み、かつ1万円以上なら振込手数料がタダということになった。

メルカリは1万以上なら、どこに振り込んでも振込手数料はタダなのだが、売上金を「貯めておける期間」がこれまでの1年から3か月に短縮されてしまった。つまり3か月内に売上金が1万に満たない場合は、210円の振込手数料を払って振り込んでもらうか、あるいはメルカリ内での購入に充てられる売上金をポイントに交換して(この手数料はタダ)、何かを買うしかない。このポイントなら使用できる期間は1年。

新ラクマの場合は、売上金を「貯めておける期間」が1年とメルカリより長く、断然有利だ。売上金を新ラクマ内の購入に充てる場合でも、ポイントに変換するなどの面倒なワンステップはなく、売上金をそのまま購入に充てることができる。

いつの間にか、新ラクマのほうが出品者にとって良くなってるじゃないですか!

ただ、最後に残った問題がある。それは、送料。メルカリも新ラクマも、日本郵便とヤマト運輸を使った「メルカリ便」「ラクマパック」という、送料が通常より少し安くなるサービス(これを使えるのはスマホのみ)を設定しているのだが、同じサイズならメルカリ便のが安い。

小口の場合…
ヤマトの宅急便コンパクトだと、メルカリのほうが、150円安い。60サイズの宅急便なら、200円安い(メルカリ600円、ラクマ800円)。

厚みのあるワレモノだとこういったサービスを利用したほうが安心なのだが、たとえばカップ&ソーサー1つとか、小さな物品の売買だと、150円、200円という差は案外大きい。

つまり… 1000円ちょっとで売るような厚みのあるワレモノを、ラクマで売ったら、送料だけで800円もかかるから、まったく売る意味はなくなってしまう。といって送料分値段を上げれば、買い手のほうが遠慮する。

メルカリだったら、販売手数料10%といっても、1000円なら100円。その分送料が安くなれば、まあ「捨てるのももったいないし、使ってくれる人がいるなら」という考えで売る価値はある…かもしれない。どちらにしろ、数百円の話ではあるが(笑)。

もう少し高めに売れるものなら、新ラクマで売ったほうが良さそうだ。

しかし、新ラクマで楽天銀行に振り込んでもらっても、楽天銀行の口座に10万以上残高があって、かつ「ハッピープログラム」とかいう、ユーザーにとってはクリックする手間やそのあと送られてくるであろうウザい勧誘メールを考えると、全然ハッピーでもなんでもないプログラムにエントリーしないと、ATMで現金を引き出すときに手数料がかかるのだ。

楽天銀行に10万以上おいておいて、ハッピープログラムにエントリーすれば、やっと月に1回だけ出金手数料がタダになる。

わずかな残高しか持たない人に対する出金手数料は、216円~270円。
https://www.rakuten-bank.co.jp/charge/atm.html

つまり、新ラクマは販売手数料ゼロとはいっても、そのあとに「楽天銀行振込で、かつ売上金1万円以上でないと」かかってくる振込手数料(210円)があり、1万以上売上金を貯めて楽天銀行に振り込んでもらっても、口座10万以上残高がないと、出金手数料(216円~270円)が待ち受けているということ。

わずかなようだが、200円というのは、メルカリでは2000円のものを売った時にかかる販売手数料。現実にはこまごましたものを売る人が多いから、それなら売りやすいメルカリで売って、1万貯めるなり、210円の振込手数料は割り切って現金化するなり、売上金をポイントに変えて別のモノを買うなりしたほうがいいと考える人も多いかもしれない。

だが、今回のMizumizuのようにメルカリから引っ越しを始めているユーザーも増えているようだ。

新ラクマで、「販売手数料無料」のキラキラ文句の裏で待ち受けている、こまごま手数料をすり抜けるには、楽天銀行に口座をもち、キャッシュカードを作り、楽天銀行に10万いれておく、ということだろうか。

楽天市場のユーザーにとってはそれほど面倒ではないと思うが、楽天市場ユーザーでなければ、わざわざ新ラクマのこまごま手数料のすり抜けのために、楽天銀行に口座まで持つのは面倒だろう。

新ラクマのアプリダウンロードと登録ならメルカリと同じなので簡単だから、当面は、少し高めに売れそうなものをメルカリだけでなく新ラクマでも出品してみる、というメルカリ&「購入申請」を活用した新ラクマの併用なら、お奨めできるかな、と思う。

購入希望者も、欲しいものがあったらメルカリだけでなく、新ラクマで検索してみるといい。まだ品数はメルカリのほうが圧倒的だが、旧フリルの時代よりは出品数は増えている。案外、同じものがメルカリより安く出ているかもしれない。










最終更新日  2018.05.09 14:12:59
2018.05.04
カテゴリ:Essay
購入者としてのメルカリユーザーは、買う前に出品者の「評価」をチェックする。品物を買った人が、受け取った時に「受取評価」をする仕組みで、これで出品者の姿勢がかなり分かる。メルカリは基本、受取評価は「良い」にマークが入っていて、わざわざ「普通」や「悪い」の評価にはしにくいようになっている。

「良い」の数を見て多ければ信頼のおける出品者だと思うし、「普通」や「悪い」の評価でも、どこがどう「普通」なのか「悪い」のか、買い手のコメントを読めば、それが妥当な評価なのか、ある種の悪意を持った評価なのかも分かる。

「悪い」の評価は、大雑把に言うと2つの原因に大きく分けられる。1つは、梱包のずさんさ。もう1つは品物の(出品側の)過大評価。「目立った傷や汚れなし」と言いながら、受け取ったら案外汚れていたとか、「新品」と言いながら、明らかに古いものだったり。

買い手としてのMizumizuは、当然「悪い」の評価が多い出品者は避ける。そのせいか、買い手の立場で、これまでに大きなトラブルはない。強いて言えば、写真ほど現物は良くはなかった、という程度のことだが、これは通販でモノを買う場合は、ありがちなことなので、文句をつけるほどのことではない。

逆に、あまりに丁寧に梱包しすぎていて、「ここまでやらんでも…」と思うことのほうが多い。品物も、過大な期待をしていないせいか、値段から考えれば満足いくものがほとんど。みな、律儀だなぁと思う。それはそのまま一般的な日本人の民度の高さを反映しているかもしれない。

ただ、いろいろな出品者に対する評価とそのコメントを見ていると、確かにずさんな出品者や詐欺まがいの出品者もいるようでは、ある。「品物が割れていた。もっとしっかり梱包してほしい」とか、「(ブランドの)正規品と言われたが、違った」とか。

最近、報道で聞くことが多い、「盗品をメルカリで売りさばいていた」という話も、「あるだろうな」とは思う。不用品を売る場合は、自分が過去に買ったものなら、原価はゼロではない。時間が経てば劣化するからさらに価値は下がる。だから、自分で買ったものを処分するのは、あくまで「処分」であって儲からないが、盗んだものなら、ピカピカの新品だ。安く売っても、原価がタダだから、丸儲け。

本来なら事務局がもっと目を光らせるべきなのだろうが、基本的にメルカリは「個人の自由に丸投げ」体質で、こうした反社会的行為に対しても感度が低いようだ。メルカリという自由度の高い巨大マーケットの出現が、万引きを助長する側面は、確かにあるだろうと思う。

だが、あくまで普通に使っているユーザーとしての感想を言えば、ちゃんとしてる人が多いな、ということだ。購入すれば律儀にお礼コメント、メッセージを書けば律儀な返信、受け取ってみれば律儀な梱包。「悪い」評価をもらわないように、みなそれなりに気を使っている感じだ。

ネットオークションもそうだが、あまり自分が詳しくないモノには手を出さないほうがいい。その原則を守って買っている限りは便利なマーケットだ。「民度が低すぎる」「盗品があふれている」といった過剰にネガティブな決めつけ意見は、利益が絡む――つまり、メルカリの成長で迷惑をこうむる業者が絡む、キャンペーンかもしれない。

もちろん、個人の率直な意見かもしれないが、ネット上での他人の意見は、常に話半分で聞いたほうがいい。別にメルカリ利用を勧める気はないが、それほど信用のおけない人ばかりではない、ということだ。そうでなければ7000万人もダウンロードしないだろう。

売り手への信頼感が醸成されなければCtoCマーケットは成り立たないし、大きくもならない。むしろメルカリの成長は、一般の日本人の民度の「高さ」に支えられている、というのがMizumizuの意見だ。










最終更新日  2018.05.05 23:03:28

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