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月のひかり★の部屋

月のひかり★の部屋

小説2 私の右近様

            
  私の右近様  2003.03.9

 
 すぐ近くで「ホーホケキョ」と鶯の鳴く声がした.
姿は見えないけれど,たぶんどこかの庭の梅の木に止まっているのだろう.
今年初めて聞く鶯の声だった.
四辻のゴミステイションまで,白い半透明のビニール袋にいっぱい詰め込んだ数日分のゴミを出しに行くと,ちょうど向こうの方からピンク色のエプロン姿の小柄な春野夫人もやはり同じように,負けじとばかりに大きなビニール袋を,いかにも重そうに片方の肩を傾けながら引きずるようにして歩いてきた.
「まあ,お久しぶり!お元気でしたか?お金はなかなか貯まれへんけどゴミだけはよう溜ります。」
「ほんとにこのゴミの量には毎回閉口しますね。」と私も合槌をうつ.
「わたしね。風邪なんか引いてしまって・・今年の風邪は聞いてたとおり,きつくて長くてそれはそれはしんどくてね。もしかするとインフルエンザやったかもと思うくらい大変やったけど,やっと少し楽になりましたのよ。」
すでにメイクアップ済みのフアンデーションを塗った白い顔はオレンジ系のルージュもくっきりと鮮やかで,長いまつげの二重の目が瞬くと年齢(?)は年齢なりにまだ充分可愛いく見える・・そう言えば頬のあたりが心なしか少しやつれている.
「まあ,そうやったんですか.道理で近頃お見受けしないので,どうされたかと思ってました.でも治って本当に良かったですね.」
 
そうそう,,私の家から二軒向こうの花田さんが亡くなられたのは去年のちょうど今頃だった。まだまだ惜しい年齢で,一年ほどの間患っておられたが,胃ガンという病気に、日頃丈夫だと自信を持っていただけに、どうにも納得いかない様子で,
「何で私が急にこんな病気になったのか判らないです.一人息子がやっと結婚して,さあ,これから旅行なんかもして楽しもうと思っていた矢先に判るなんて,ほんとに一寸先は判らないものだとつくづく思いますよ.」と淋しそうに言っていた顔が瞼に浮かぶ。
刺繍の先生をしていて教室には生徒も多勢来ていたらしい。
優しい人柄で忘れられない人である.

四辻は風がよく通る.
春とは言え頬に当たる風はまだ冷たくてとても寒い.
立ち話は病み上がりの春野夫人の体に障ると良くないし,私も午前中に歯医者の予約が入っていて出掛けなければならず,それに何よりも時間に余裕があり過ぎる主婦達に,二人で朝から何を喋ってるのかと,要らぬ勘ぐりをされると面倒なので極力控えなければならない.(そういう私も主婦であることには間違いないのだけれど・・)
 春野夫人とは今まで特別深い付き合いをして来た訳ではない.朝のゴミステーションで出会った時だけちょっと話す相手に過ぎないのだが,「大家族の家に嫁いで来て,外で長年仕事もして来た私は苦労の連続やった.」と口癖のように言う自称「苦労人」だけのことあって,人の話がよく判り,その上明るくユーモアもあり,私のお気に入りの人物のリストの中にいつの間にか春野夫人も加わった次第である.

 それはそうと「いじめ」というのは何も小,中学生達の専売特許と決まっている訳ではなくて,こんなひっそりとした住宅街のいい年をした「おばさん」達の間にも時々発生することがある.
 数ヶ月前からYさんと言う人と五,六人の主婦達の間にごく些細なことが原因になって気持ちの行き違いが生じていることは私もうすうす知っていた.

ごく些細なこととは、他でも無い。庭の植木のことらしい。Yさんの家の植木が隣のTさんの家の庭に覆いかぶさっていて、秋になると木の葉がずい分沢山舞い散るらしく掃除に時間が掛かって困っているらしい。Tさんは何とかその木の選定をして欲しいと苦情を言ったところ、受け入れる気配が全くないとのこと。それだし、Yさんの家では大きな犬を飼っていて、庭に放ち飼いをしてある。ある時、誰かが自治会の用事で訪問すると突然犬が飛び出して来て犬の嫌いなその人は大慌てで追い掛けて来る犬から逃げ、空き地の石垣に夢中でよじ登ってもう少しで噛まれそうだったらしい。鳴き声も喧しく何と非常識なYさんかと何時の間にか、うわさ話が付近の人達の間に広まった。犬とか猫の好きな私の場合はそれほど気にならないが・・まぁ、噂話なんて背びれ尾びれが付いて、事実よりもかなり大袈裟に広まるものだとは思うが・・・
或る日、夕方からのパートの仕事が休みだったので、私はゆっくりと駅前スーパーでの買い物など楽しんで夕方帰ってくると,近所の主婦達が一人の人の玄関先に集まって何やら熱心に話し込んでいた.

(またまた、いったい何ごとだろう?)
気になるので私も早速その中に参加してみると、
「Yさんってほんまに訳判らない人よね。」
「おとなしそうに見えてもあれでなかなか根性あるから・・」などと,案の定,話題はYさんの評判に集中していた。Yさんが意地っ張りで、いったん何か言い出そうものなら、なかなか簡単に自分の考えをを曲げない気質であるということくらい私も百も承知しているが、考えようによっては、奥歯にモノが挟まったようにイエスかノーをはっきり言わない日本人の中では、そう言う人もこれからの日本社会では貴重な存在で、一概に悪いと決め付けることは出来ないかもしれない。私だってかなりの意地っ張りかもしれないし、何とも言い難いのだが、何はともあれ、今は一対多数になっているのは良くないことだと思った。けれども主婦たちは誰か2人代表を決めてYさんの家に話に行くと言っていた。
考えようによっては、それも悪くはないと思うが、そうするとかえって問題が大きくなるような気がしたので、
「皆さんがそんな風にあの人のことを言われるのはご尤もなことかもしれませんが、もしも,あの人がこういうことが原因で突然病気になったり死んだりしたら一体どうしますか?」と、思い切った発言をしてみた。すると、すかさず、
「まさか、そんなことあり得ないことでしょ!」と主婦たちは顔を見合わせて一斉に笑った。
そこで私もすかさず、「たとえば自殺って思いがけない時に思いがけない人がするものだということは皆さんもすでによく御承知の通りです。ほら、以前に中学生とか若い娘さんのタレントなんかが飛び降り自殺した時、周囲の人は<いったいどうして?理由が全く判らない>と言ってたじゃあないですか。だから、まさかと思うような人がまさかと思うような時に思いがけないことするものなんですよ。」
(言ってる自分が何だか訳判らなくなってきたが、ま、いいか・・)
急に主婦達は静かになった.


そして
「それは困りますよね・・・」と主婦の中の誰かがひと言いうと「そう、そう、それは困るよね・・」と他の人達も同じように口を揃えて言う。
そして、ついに、、
「ねえ、ねぇ、あなたはクリスチャンなんだから何とかケアしてあげて下さいよ。」と言う人まで出て来た。
「そうですね。勿論、私なりにもうケアはしたつもりです。実は昨日、Yさんに偶然道で出会った時に少し話しを聞きましたが、とても落ち込んでおられて全然元気無かったです。
<自分の家の犬は人懐っこいので、多分、喜んでその人を追い掛けて行ったのだと思う。それだしTさんの家からは毎晩、息子さんの聴いてる喧しい音楽がジャンジャン聴こえて来て、自分の方こそ迷惑をしているけれど、「もう少し静かな音で聴いて下さい。」と何回か奥さんに言いましたが相変わらずで、お互い様です。それなのに、如何にも自分とこばっかりが悪いみたいに近所中の人が思い込まされてしまって・・もう誰のことも嫌になったので、お付き合いたくはありません。この所、夜も眠れないです。>と言ってました。それを聞いて、実は私もなったことがあるので、Yさんは、きっとかなり重症の心の病いになっているんだと思いました。私はとてもYさんのことが心配です。」
その場がし~んと静まり返った。

気が付くといつのまにか主婦達はそれぞれの家に散るように帰ってしまって,私一人だけ一人の主婦の玄関先にとり残されていた。

話の経緯(いきさつ)とは、ざっとこういう次第である。



                                                
                      
「それはそうと右近様は近頃お元気ですか?」と不意に春野夫人がにこやかに聞いた。
「はい,相変わらず元気ですが、それが何か・・?」
 私は右近様のこととなると何故だかいつも少しむきになってしまう。春野夫人は私の顔をさも愉快そうに見ながら
「いえ、別に・・ただちょっと聞いてみたくなっただけですよ。右近様って一度出逢ったら二度と忘れられない魅力的なお方ですものね。何と言ったら良いか,そうそう<花のある方>と言うのはきっと右近様のようなお方のことですわね。そう思いません?私に較べたらあなたは随分お幸せな人・・右近様と毎日一緒に暮らせるなんて女みょう利につきることですよ.羨ましい限りです。」
「ええ、自分でもそう思っています・・」私は真剣に言った。唇が少しこわばっているのが気になった。
私が右近様と初めて出会ったのは去年の五月の青葉,若葉の頃だった.
仕事仲間のスミレさんと初めてそのお店に行った。
そのお店のナンバーワンが右近様だった。
そして、何と右近様の姿をひと目見た瞬間、私としたことが右近様の虜(とりこ)になってしまったのだった。
右近様も私の気持ちをすぐに察してくれて、わざわざ,そばに来て、私の膝にそっと優しく手など置いてくれたりしたものだから、生真面目で一途な私はますます右近様のことが好きになりどんどんと、のめり込んで行った。いつかどこかで読んだことのある物語りの筋書きとそっくりに、私は足繁くそのお店に通い詰め,そうでない日は寝ても覚めても美しく凛々しい姿が頭から離れず目の前にちらつき仕事も殆ど手につかない有り様であった。
 そして,ついに有る日、私は意を決してせっかく溜まったお金を銀行からはたき出すと,そのままあの方のいるお店まで車で突っ走った・・


という次第で、、
ついに今は念願叶って、私と右近様はいっしょに暮らしている。
これが右近様と私の馴れ初めの全てであって、もし、誰かが私達のことを羨むのなら、その気持は判らないこともないが、文句を言われる筋合いは全くないし,言わせもしないと思っている。
それなのに、私のそんな気持を知っているのか知らぬのか春野夫人はまだ何か右近様のことで話したいことがあるらしい。
「実はね,よく考えてみたら,右近様と私が初めてあのお店で出逢ったのはあなたよりも先だったんですよ。あなたが五月ならわたしは確か四月でしたよ。お店の入り口の傍の桜が満開だったからよく覚えています.」
「まあ,そうでしたか.(それが一体どうしたというの?)」
「あの日,私は右近さまをそっと抱きしめて差しあげましたのよ.すると右近様もすぐそれに応えて下さって私の頬に何度も唇をお当てになったりして,それからじっと私を見つめなさいましたの・・そう,あの海のように深い藍色の大きな目で見つめられた時には私,まるで夢かうつつか判らなかったです.
 その後,あなたがすぐに大金を支払ってあの方をお引取りになるなんてまさか思いもよらないことでした.
実は私もあなたと同じことをしょうと考えていた矢先だったんですから・・それなのに,まさかあなたが・・あなたが・・・全く思いもよらない・・」
そんな呟きを残して春野夫人は自分の家の方にスタスタと帰って行った.
(やれやれ・・ではわたしもそろそろ・・嗚呼、寒い・・すっかり体が冷えてしまったわ。)

                        

家へ帰って来て、玄関のドアを開けると私は真っ先に右近様の名を呼んだ.
「右近様,どこにおられますか?右近様!」
すると、間もなく右近様がゆっくりと、いとも優雅な足取りで玄関に立ったままでいる私の前にお出ましになった。
私が外で春野夫人とお喋りしている間、リビングの長椅子の上に寝そべって、いつもの日課の朝の仮眠をとっておられたと見え、私を横目で眺めながら、思いきり大きな欠伸と伸びを一度づつなさった。
 
「ゴロゴロ、ニャーン」
「まあ、何て素敵な私の右近様!」

右近様を抱き上げて何度も頬ずりした。

「ホーホケキョ」とすぐ近くで鶯がまた鳴いた。    完




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