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月のひかり★の部屋

月のひかり★の部屋

小説3 i病院病棟

i病院病棟  2003.05.19


i病院は町外れの小高い丘の上にある.
古い木造の廊下の突き当たりを左に折れるとすぐその病室はあった.看護婦の後ろから洗いざらした白い木綿のカーテンを潜ると,秋めいた朝の光の差し込む部屋の中にはベッドが六台並び,一番手前の一台だけ空いていた.それぞれのベッドの上から体を横たえたり,座ったりした老人たちが一斉に物珍しげな視線を私たちの方に注いでいた.
「じゃあ,このベッドですからね.早速,寝巻きに着替えて下さい.お家の人は時々見に来て上げてね.」
白衣のよく似合う優しげな看護婦は舅(ちち)に向かってそれから夫と私の顔もかわるがわる見ながら微笑して言った.
「色々とお世話になりますがよろしくお願いします.」
二人は殆ど同時に部屋の他の人たちにも挨拶するつもりで丁寧に礼をした.
私はその時,ふと(舅のこの入院が或いは長くなるかもしれない)と思った.
二日前,この病院の外来の診察室で思いがけず年配の女医から「すぐに入院させてあげて下さい」と言われた時,誰よりもホッとしたのは他ならぬ私であった.
 医者は病人の舅だけではなく,舅(ちち)と最も身近に接した私にも必要であったのかもしれない.


私の家に来る前,時計店を営んでいた頃,舅はこつこつと地味に真面目に仕事に励んでいた.年に一,二度子供たちを連れて私たち夫婦が遊びに行くと,いつも店の隅の狭い仕事場でキズミを覗きながら時計の修理をしていた.
「こんにちは」と挨拶すると「ああ,来たんか」と眼鏡越しにこちらを見て,ちょっぴり嬉しそうな顔をしてはまた仕事を続けた.
 あまり仲の良くなかったらしい姑が病気になってから急にしょんぼりとし始めて,亡くなると仕事も止めてしまった.
私たち夫婦のところに来てからはまるで魂の抜けた人のように茫然として,あちこちさまよ彷徨い歩いて来るかと思うと,急に部屋に閉じ籠り,テレビの前に終日坐ったまま,何をするのも億劫という感じでまるで言葉を忘れた人のように黙っていた.
 思いがけない時に失禁しては私を何度も大慌てさせた.汚した下着を脱がせようとすると大きくよろめいて手を押し付けるので,壁のあちこちが汚れ家中に臭いが漂った.
「おとうさん,何してるのですか.しっかりして!」
私は思わず大声で怒鳴ってしまうが,判っているのか判らないのか相変わらず黙ったまま無表情な顔であらぬ所に視線を注いでいたりする.
                       .
 看護婦が点滴の済んだ空の壜を持って病室から出て行くと,「受け付けまで書類を出しに行ってくる」と夫も急いで出て行った.
 舅がまるで幼子のようにゆっくり上着やズボンを脱いでいる間,私は旅行鞄の中から用意して来た品々(寝巻き用の浴衣,タオル,石鹸,歯ブラシ,急須,湯呑み,テイッシュペーパーなど)を出し,それらをベッドの傍の食卓兼用の整理戸棚に収めた.
 糊付けのよく効いたベッドの白い蒲団の上にようやく浴衣姿になって舅が坐ると,もともと大柄でない体はいっそう細く儚げにさえ見えた.このまま,馴れぬ病院に残して帰るのかと思うと,急に胸が締め付けられるように悲しくなった.
「お舅さん,私,何度でも来ますからね.ここなら他のお年寄りも多勢おられるし淋しくないでしょう.先生や看護婦さんの言うことをよく聞いて早く元気になるのですよ.」
 舅(ちち)は子供みたいにこっくりと頷いた.
 その時,斜め向こうから「どこから来はりましたんや?」と細く優しげな声がしたのは,この病室で一番古顔というA老人だった. 
Aさんは病室にただ一台あるテレビの持ち主でもとはi病院の従業員であったらしい.
「私には妻も子も無く身寄りはありません」と言った.
「そうなんですか.私たちの家はここからバスと電車で1時間ほどです.」
老人は「そう」と頷き,病室の他の人達についても,いつ頃,どこから入院して来たかなど説明してくれた..暫く言葉を交わす中に私はいくらか元気を取り戻した.
翌朝急いで病室に来て見ると舅は思いの外に明るく顔色も良かった.
                      
                      (2)
 
 病室に一人だけ老人と呼ぶには相応しくない人がいた.大柄でよく肥え病院専用の短めの寝巻きの裾から,相当寒い日でもにょっきりと素足を出したまま杖を片手に不自由そうに歩き廻っていたのは五十三才の坊主頭のNさんだった.Nさんの背中に大きな花模様のいれずみ刺青のあることを私はその時まだ知る由も無かった.
病院の裏の急な坂道をようやく上り終えて病室に向かって歩いていると,その日も窓にもたれてしょんぼりと立つNさんの姿が見えた.傍まで行くと廻らぬ舌で何かを話したが,何を言っているのか判らなくて困った.判ったような顔をして相槌を打ちながら聞いている中に大体の意味が理解できた.
「僕は酒が好きやった.ダンプの運転手しとってな.給料は相当良かったんやけど飲んでしもて家には殆ど入れへんかった.金が残ったら全部女にやったんや・」
Nさんの表情は少し得意げになった.
「せやけどあんまり飲み過ぎて,とうとう一年程前にひっくり返ってしもてな.こんな有り様や.もう,あかんわ!おしまいや!」
「そんなに飲んだんですか?お金も奥さんに渡さんと他所の女の人にあげてしまうなんてひどいわね.」(世の中にはけしからぬ男がいるものだ.こうなったのも自分の蒔いた種なんだから仕方無いでしょう!)と私は内心腹が立ったり,呆れたりした.
「子供さんはいてはるの?」
「二人いてる.」Nさんは指で示して見せ
「家の者も誰も全然見舞いに来よれへん・・.あーあ,早う良うなってまた一杯飲みたいわ」と溜息を付くと杖を突きながら廊下をとぼとぼと歩き始めた.
 私は急にNさんが可哀想になって「奥さんはきっと忙しいのですよ.その中に来てくれはりますから.」と言った.
 あちこち歩き廻っていない時のNさんは大抵ベッドで退屈そうに仰向けに大の字になって寝ていた.
 或る時,隣の病室からおばあさんの患者がひょっこり入って来て,何をするのかと見ていると,寝ているNさんの口の中に黙ってそっと飴玉を入れてあげているのだった.Nさんはその飴玉を当たり前のように何食わぬ顔でしゃぶっていた.私はおばあさんには息子がいてその人はきっとNさんと同じ年頃に違いないと思った.

 
殆どの患者達は入院生活が長いのでお互いに何かと助け合って仲が良さそうだった.午前中の点滴が済むと Aさんのテレビの傍に皆が集まりドラマやニュース,歌等の番組を楽しそうに見ていた.病院の広い庭を散歩しては草花を摘みコップに飾っている人もいた.比較的元気なおばあさんは自分で部屋の掃除もするし,他の人の分まで洗濯もしていた.
 赤ら顔で小柄な森田老人は舅と同じくらいの年齢に見えたが,余程お酒が好きと見え,その為に体をこわし言葉も不自由になっているのだった.枕元には美しい書体の「実践」という文字の小さな額を飾ってあった.病室の壁にバスの時刻表を貼り付けて時折,見舞いに訪れる人達に帰りのバスの時刻を教えてあげるのはいつもこの人の役割で,夕暮れが迫ると私にも「そろそろバスが来ますよ.急ぎなはれや.」と知らせてくれた.そんな立派な森田老人ではあったが,よく昼の日中から医師や看護婦の目を盗んでは洋服に着替えると,病院の坂を下って少し先にある食料品店まで出掛けて行き,そこで好物のお酒を冷やのまま飲んでいるのだった.本人は秘密のつもりらしかったがそのことを知らない人は誰もいなかった.
 そう言えば廊下を千鳥足で歩いている森田老人の姿をいつか私も見掛けたことがある.
その為夜中に時々強い発作が起きるらしかった.
 森田老人とNさんの二人が渡り廊下の中ほどにある浴室まで入浴しに行く時,よく舅を一緒に連れて行ってくれた.一人では入浴出来なくなっている舅を,同じく病気で体の不自由な二人がお湯の中に入れて背中まで流してくれていると知った時はお礼の言葉も無いほど有り難かった.

 

病棟を午前中回診していたのは矢張り老体のO先生だった.
奥さんがつい先頃亡くなってその後,自宅で一人住まいをしているそうで
「病院に勤めている方が何かと都合が良い.食事を家で自分一人作るのは億劫だが病院に来ると食べさせて貰えて有り難い」とそんな単純な理由で勤めを続けていると聞き,微笑ましく思った.
ほっそりと姿勢の良い物静かな先生はいつも舅を診た後,「どうですか?」と声をかけてくれたが,大方病人の方からはノーコメントなので「返事くらいしたらええのにな.」と笑いながら,今度は私の方を見て「お大事に」と言った.
 そのO先生自身もその時,すでに癌にかかっているということを誰かからこっそり聞いた時,私は少なからずショックを受けた.
 O医師から最初に聞いていたとおり,舅の病状は一向に良くならぬまま月日は流れてやがて春になった.
                       
                       (3)
 
 i病院はもと結核専門の療養所だったそうで,長い渡り廊下やあちこちに離れ座敷のような小さな建物のある古い佇まいの中にはそれらしい雰囲気が残っていた.木立の間に,廊下の曲がり角や手洗いの付近に,私はふと病人達の焦燥と悲しみの深い溜息が聞こえてきそうな気配を感ずることがあった.
 四月になると庭にある幾本もの古い桜が一斉に霞がたなびくような風情で花を咲かせた.
 その頃舅はすっかり寝たきりになり畳の部屋に移されていた.
「お舅さん,桜の花綺麗よ.お花見にわざわざ行かんでもここからよう見えるよ.」と私が言うと暫くして
「花なんか見て何になるねん」と舅は小さな声で怒ったように言った.
 それにしても桜は老木になっても美しい花を見事に咲かせるものだと,私は窓の外を飽きずに眺めていた.

 午前中に買い物に行った帰りの電車の中で思いがけず看護婦長さんに出会った.紺色のスーツをきちんと着て婦長さんはあまり混んでいない前の方の席に坐っていた.大胆なショートカットで病院ではいつもユーモアたっぷりでよく人を笑わせるこの人のことを私は最初自分よりも若いとばかり思っていたが,実はもう大学を出て社会人になっている息子がいると聞いて驚いた.こうして電車の中で見ると職業を持つ婦人特有の落ち着きと自信に満ちた気迫のようなものが感じられた.
「今日はお買い物ですか?お舅さんが入院しておられて,何かと大変ですね」と婦長さんは前に立った私に言った.
「ええ,いつもお世話になって有り難うございます.よくして頂けて本当に感謝しています」
「仕事ですからね.当たり前のことをしているだけなんですよ」
それにしても,どの看護婦さんも本当によく働く.
それも弱い病人のために昼夜の区別なく働くのだから立派としか言いようがない.それに較べてこの私はたった一人の夫の父の世話さえ満足に出来ない意気地なしだと思うと心が暗くなった.
                      
                      (4)

 梅雨の半ばの頃,肺炎を起こした舅は一時,とても危険な状態になったが,病院側の適切な処置のお蔭でどうやら峠を越すことが出来た.
 暑い夏の間は点滴と僅かばかりの流動食で,細々と命を保っていた.
 同じ頃に舅の反対側のベッドでやはり急に様態の悪くなったNさんも寝ていた.食欲旺盛であんなに体格の良かったNさんがちょっと見ない間に見る影も無くやつれて,もう杖を頼りに歩く元気も無くなっていた.
 家族の人の姿はまだ見えず,特別にひとみさんと言う私と同じくらいの年頃に見える付き添い婦が世話をしていた.
 ひとみさんは小柄な小太りで大きな目がくるくると愛らしく,屈託のない人柄で病院の中では人気者だった.お昼時に病室に自分の湯呑みセットを部屋から運んできては私にお茶をすすめてくれた.お茶だけではなく,「九州の鹿児島に住んでいるおばさんから煮豚を送ってきたからどうぞ・・」と言ってご馳走になったこともあるが,あんなに美味しい煮豚を私はあの時以来まだ食べたことがない.
 二人でお茶を飲んでいる時にひとみさんは自分の身の上話しをした.
「実は私ね,ここに来るまで一緒に暮らしていたひと男がいたんだけど,その男があんまりぐうたらでヒドイのでこっそり逃げ出してきたんよ.知合いにこの病院のことを聞いてね.それで,ここで働くようになったんやけど最初の中はあの男に見つかれへんかと,とても心配やった.見つかったら殺されるかもしれへんから・・もう大丈夫とは思うけど・・」と,まだ少し不安げな顔をした.
「今から勉強して看護婦の資格を取りたい」とも言った.
 ひとみさんは病院の隅の今は廃屋になっている小屋に縫いぐるみの玩具のような白いマルチーズと一緒に住んでいた.
 私はひとみさんが平凡な自分などとは違ってまるで小説に出て来るひと女みたいに思えて,こんな人に出会ったのは初めてだったので興味深かったし,何よりも温かな親切な心遣いに感謝した.
その後,長い年月が流れて私が小説と言うものを初めて書きはじめるようになった頃,あの時,ひとみさんがお昼時私なんかにお茶をわざわざご馳走しに来てくれたのは実は舅と同じ病室にNさんが寝ていて,ひとみさんがNさんのことを好きだったので少しでもNさんの近くにいたかったからかもしれない.きっとそのこともあったからに違いないのだと気付いた.
 ひとみさんにしても婦長さんにしても,ここで働いている人達は皆,とても働き者で明るくて屈託の無い人ばかりだった.
                      
                     (5)
 
 舅が肺炎になった梅雨頃から,私は病院の指示に従って,午前中から夕方まで看病のために毎日病院に通うようになっていた.
 朝,最寄り駅から電車に五,六駅乗って,五,六分ほどバス停まで歩くのだが,バスは1時間に一回の割合にしか来ず,時刻表はあっても無いのと同じで,十分くらいの遅れはしょっちゅうだった.
 バスから降りると,午前中とはいえ,早くも夏の陽射しの強く照り付ける田舎道には人影は全く無く,私は 白い日傘を手に汗ばみながら急ぎ足で歩いた.四方が山に囲まれ近くには水の流れもあって,せせらぎの音のするこんな素晴らしい自然に恵まれた処に,病院通いではなく,夫や子供達と一緒にハイキングに来るのだったらどんなに楽しいかしらと考えたりしている中に,病院の裏側の上り口の処にようやく辿り着いた.舅のいる病棟まではここからまだ百メートルほどの曲がりくねったかなりきつい坂道を登り切らねばならない.蝉の声がジージーとやかましい雑木林の間の細い坂道をハーハーと息を弾ませながら登って行くと汗が吹き出すように流れ落ちる.やっとの思いで病室に着いた.
 赤い人参,グリーンの野菜,薄茶色のレバー,黄色のトウモロコシ,白い重湯など色とりどりの流動食をいつものように一時間以上もかけてやっと舅に食べさせ終え,食べ切れなかった余りを載せたお盆を持つと,私はそっと足音を忍ばせて病室の外に出た.
 流し場まで行くと付き添い婦のMさんがいた.
「お舅さんの具合いはどう?」
「まあまあです.」
「そう,大変やね.そやけど点滴してるから大丈夫よ.あんたも疲れんようにね.」
Mさんが親切に私を励ましてくれる.
「ありがとう」と言って廊下を歩き出すとまたいつものように長い溜息が堪えようもなく出た.
すぐ傍の松の木にヒグラシがとまってカナカナとしきりに鳴いている.


中庭に長方形のため池があり,ふと見ると苔蒸した緑色の水面を何か小さな生き物が動いていた.
そばに患者のA老人が立ち,それに向かってしきりに手を振っている.病院の台所の裏の辺りにいつも数匹ずつ犬や猫の棲みついているのを私はだいぶ前から気付いていた.餌を与えたりすると看護婦に厳しく叱られるのだけれど,それでも動物好きの患者たちが食べ残しをこっそりと遣るので,犬や猫たちはいい気になっていつまでも棲みついているのだったが,生き物はその中の猫の三毛だった.暑いので水浴びを楽しんでいるのかと思えばそうではなくて,何かのはずみに誤って足をすべらせたものとみえる.
 岸へよじ登るには水面が低すぎるので仕方なしにぐるぐると,池の中を泳ぎ廻っているのである.
「はまったんですか?」と私が尋ねると「そうみたいですな」とA老人が答える.持病の中風でその時も細い小柄な体は小刻みに震えていた.老人は猫の方に何度も手を伸ばすがどうしても届かない.私も何とかと思って同じようにしてみるがやはり駄目だった.(動物は嫌いではないけれど,あまりにも必死のこの生き物を素手で捉まえるのは正直言って気味が悪かった.)
 暫くの後,A老人がやっとの思いで竹菷で三毛を助け上げた時には,まるで大切な仕事を一つ遣り終えたように私もホッとした.
 猫は全身から水を滴らせながら木陰まで走って行くと,早速,さも愛しそうに自分の体を舐めては乾かし始めた.
 いつだったか,小糠雨の降る午後の庭で「再来年の春にはきっとここもさつきの花盛りになりますやろな.」と独り言を言いながら沢山なさつきの挿し芽をしていたのも確かこの身寄りのない孤独なA老人であったことを思い出しながら病室に戻った.
 

蒸し暑い昼下がりの病室はいつものように食後をうつらうつらと眠り出す人もいて,しんと静まり返っている.
 舅は肺炎以来一層やつれて大きくなった目を瞬きもせずに,じっと天井の一点をみつめたままいる.古ぼけた天井にはいつ出来たのか大きなシミがあり,それはまるで私には男とも女とも区別のつかぬ人間の寂しい横顔のように見えた.舅の視線は確かその横顔の鼻の辺りにとどまっているのだけれど,ひょっとすると実は何にも見てはいないのかもしれない.医師からは「もう長くはない」と言われている.もともと無口な人である上に,呼んでもすぐには返事も無いので,私は舅の隣のベッドに腰掛けて,用のある時以外は殆ど黙って,時には文庫本などを出して読んでいることもあった.
 私自身こんな蒸し暑さにはもともと強い方ではないし,病院通いと家の用事で余裕が無くなっているため体が弱っているからだろうか食欲もあまり無く,すぐに眠くなった.我慢出来なくなるとそのままベッドの白い蒲団にもぐり込んでぐっすり熟睡してしまうこともあり(舅だけでなくこれでは私も間違いなく病人だ)と蒲団の中で思わず苦笑した.
 病院側は一週間に一度づつベッドのシーツと掛け蒲団カバー,枕カバーを取り替える時,他の患者のと同じように必ず仕替えてくれたので,ベッドにはいつものり付けのよくきいた白い蒲団があって,横になるには随分気持ち良く,誰からも何も文句言われないのを良いことに,すっかり昼寝の癖がついてしまったことには幾らなんでも自分ながら驚くやら呆れるやら申し開きの言葉も無かった.
                      

(6) 

 殊のほか暑い昼下がりに舅のクリスチャンの姉と妹が二人連れ立って見舞いに来た.
八十三才になる姉はだいぶ前,牧師の夫に先立たれ,今では病気がちである上に耳もすっかり聞こえなくなっている.ここまで来るだけでもさぞかし大変だったであろう.姉は弟の額や手をまるで母親のような仕草で優しく撫でた.「判る?わたしだよ.辛いだろうね.もうちょっとの辛抱よ.今にね.イエス様が来て下さるからね.あなたは只,じっと待っていたらええのよ.」
姉がそう言って聞かせるとやせ細った病人の弟は声も無く泣いた.兄の流した涙を妹が拭った.
 そしてついにこの日が三人の姉弟にとって最期の別れの日になったのだった.
舅に比べてNさんは多分,五十三才という若さのゆえに病気の苦しみが大きかった.病人というものは夜が殊更,辛いものであるらしい.
 ひとみさんは昨夜も寝ないで看病したので自分も疲れ果てて,病人の隣のベッドで深く眠ってしまっている.Nさんは暑がってすぐに寝巻きを脱いでしまう.全身汗だらけで息も絶え絶えに苦しむと,まるで背中の刺青の花も泣いているように見える.
「もういい加減に参りたい.」とNさんが弱音を吐いたりすると,傍にいる者はどうして上げることも出来ないので辛かった.
 

団扇を手にNさんを扇ぎながら「Nさん,お祈りしましょうか。」と私は思わず言ってしまった。
「あのね、私、この春から教会に行ってるのです。聖書も毎日読んでます!」
「そう、僕も教会へは行ったことがある。カトリックやった。」
Nさんは如何にも苦しそうに喘ぎながらやっとのことで言った。
「そうでしたか。私はプロテスタントだけど、それならちょうど良かったですね。一緒にお祈りしましょうね・・」
私はNさんのような人でも神様を信じて教会に行ったということが信じられなかったが、でも嬉しかった。
 Nさんは苦しい息遣いの中で「うん・・」と頷いた.
私は心から「神様、本当にあなたが居られるのなら、どうか生きて働いて居られるところを見せて下さい。お姿を現して下さい。Nさんをどうかお救い下さい。もしも本当にNさんが救われるところを見せて頂けるなら私ももっとしっかりとした信仰になれると思います。」と祈った。
窓の外には夏の終わりの明るい陽射しに木々の葉っぱが輝いて、ツクツクボウシの声がやかましい程だった。
 

それから,間もなくのこと,体格の良いいかにもしっかり者といった感じのするNさんの奥さんを私は初めて見た.「あの人は本当に酷いんですよ.暴力は振るうし,お金は入れてくれないしで,いつだったか小学生の息子の貯金箱からお金を取り出して持って行ったくらいなんですから・・」
帰りのバスの中で私はNさんのことを奥さんから聞いた.
 Nさんは病院では誰にでも親切で,私も気の良いNさんには頼みやすいので,ポットのお湯をよく貰うことがあるのになあと思った.
 次の日は高校生の娘さんと小学生の息子さんも母親と一緒に病院に来ていて,娘さんは父親の枕元で目を赤く泣き腫らして坐っていた.
 その時,もはや昏睡状態のNさんであったが,きっとよく判っていただろう.
 さぞかし嬉しかったに違いない.
 胃が始終痛むので私は病院通いを休んで近所の医院で胃の検査を受けた.結果は異常無しで結局は神経性の胃炎のようだった.
                      
                     (7)
 
 そして,四,五日ぶりに病院に行くと,Nさんが寝ている筈のベッドが空になっていた.
ひとみさんの姿も見えない.誰も何も言わないので(変だな・・)と思っていると,別の付き添い婦の人が部屋に入って来て,「あのね,Nさんが二日前に亡くなったんですよ.淋しくなりましたね.でもね,あの人もこれでやっと楽になりはりました.」と私に言うとまた出て行った.
 咄嗟のことで私は暫く呆然とした.
「そうだNさんはこれで楽になったのだ・・」
 そう思って空っぽのベッドを眺めていると急に涙が溢れて,とめどもなく流れた.
 
 そして,秋風が吹くようになった頃,まるで枯れ葉が散るように今度は舅が亡くなった.
医師も看護婦も付き添い婦もいなくて,その時私一人だけに見守られながら舅はこの地上での最期の息を静かに終えた.
                
 ある朝,机の引き出しを整理していると,古い一枚の写真が出てきた.写真には澄んだ瞳の美しい青年が一人写っている.じっと見ていると青年が不意に私に向かって話しかけた.
「この頃はどんな具合いに過ごしてるの?」
「はい,相変わらず何とか元気にしています.」
「これからも,僕の息子と孫達といつまでも幸せに暮らしてほしいと願っているよ.」
青年はにっこり笑うとそれきり何も言わなかった.
青年の顔がいつの間にか舅に変わった.
               
                       完  
                                               



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