2021.05.01

知らなければ○○されずに済んだのに

カテゴリ:漫画
東村アキコ著「雪虎の花」をようやく全巻読み終えた。

最終巻発売から2か月ほどだろうか。
昨今買ったはいいがなかなか読まないという事が増えているのでなんとか読み切れて幸いである。

軽くこの作品のあらすじというかキモの説明をすると、

あの戦国武将「上杉謙信」が女性だったのでは説

これに尽きるわけである。

歴史解釈に無理がある部分はともかく、むしろ女性だったと仮定した方が解釈しやすい事柄を中心に物語は進められ、謙信の生誕から川中島での合戦終了までを全10巻で描いている。

作者が好きだったので、歴史にはさほど興味はなくとも、謙信女性説というキャッチーなネタだった事もあり読み始めたのだが、当初は「へぇ~」とか「なるほど~」みたいなアホみたいな感想で読んでいたわけだ。

1巻発売が2015年。
あれからツマラナイ情報に影響されたせいか、なーんか違和感がある。
基本的に漫画は最新刊を読むたびにそれまでを読み返すという事をしているが、最初に読んだ時と違う感想を抱くようになるというのはよくある話。

まぁ何が引っ掛かっているかといえば、作中に数回出てくる「男だったらこんなことはしないだろう」
という作者の独り言ちがなんとも嫌な気分にさせる。
10年前ぐらいなら全く気にならなかっただろうし、むしろ前述の通りの感想なので、「そうだそうだ」と拍手喝采だったかもしれない。

自分の感性が今どういった状態なのか正確には把握していないという自覚はあるので、
正直自分でも「なんだコイツコロコロ意見変えやがって」と思っている。
とはいえこうなって来たら作品の書評という点からは外れていく事になるのも判っている。

答えは単純で、レッテル貼りに嫌な気分がしているわけだ。
いわゆる男らしさ、女らしさというやつだ。

いうて歴史ものであり舞台は戦国時代、逆に言えばそれこそ時代錯誤なのだ。
当時はジェンダー感なんておそらくだが全くなかったのだろう。

だからその前提で読まなければならない。

などというのはちょっと読者に委ねすぎではと思うわけだ。

多分そんな事を思って書いてはいないだろうが、なんとなくもうちょっと言葉を選んでも良かったのではと、結果論を言っているだけなのだ。

少し具体的な事を言えば、作中の謙信はとても男らしい。
生まれた時から男として育てられているためそうなっている、という設定。
なのに女だったらこうするだろう、という設定を被せられている。

そこに矛盾の様なものを感じているのかもしれない。

作中では謙信が女だという事はわざわざ知らしめはしないが、積極的に隠す事もしない。
つまりケースバイケースで男にも女にもなるという事だ。

この都合の良さにも苛立ちを覚えているような気がしてきた。

そう、それなのに枠外からいうのだ、「どう? いかにも女らしいでしょ?」と。

女性向け漫画という括りをここで言うのはいかがなものかと思うが、総じてそういったものにつきものの演出、モノローグで語っちゃうアレ。

大抵は作中のキャラクターの心情が描かれるものと思われるが、本作ではそこで作者が語っちゃう。
それが親近感を覚えながら読めるカラクリの様な気がするので、それ自体はすごく良かったと思う。

ただちょっとだけつまづいてしまったのだ。

他の人は普通に歩いていた道なのかもしれないが、自分はつまづいてしまったのだ。
コレばっかりはしょうがない。

やいのやいの書いたが、本作自体は東村氏の作品を読んだことがあれば楽しく読めるものに仕上がっていると思う。
歴史の成績が悪かった人でも問題なし。
そこら辺は作中でめっちゃ丁寧?にフォローされてるから。

女史の作品を初めて読むという方には案外オススメ出来るかもしれないと今更ながら気づいた。
史の作品としてはかなりアクの薄い方なのでスゴク読みやすいと思われる。

なんとなく敬遠していた方はこの機会にぜひ一読してみては如何だろうか。



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最終更新日  2021.05.01 16:39:48
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