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カテゴリ:社会人野球
住所変更をしてなかったせいで遅れて届いたJABAニュース7月号。今日はその中で、おやっと思ったことを。
最終ページの右下、つまり7月号のいちばん最後のところにこんな記述があります。
あれっ、臨時代走って、社会人野球では認められてないんですか? 私、社会人の試合で臨時代走が出たところ見たことありますよ。 それも、都市対抗野球の本大会で。 そして、一生忘れられない一戦で。 ●臨時代走の思い出 その試合は1999年の都市対抗野球本大会。二回戦、東芝府中と日産自動車の対戦での2回表、日産自動車の攻撃のときのこと。 東芝府中のマウンドには、千葉ロッテでエースってことになってるらしい清水直行投手。 まず先頭の4番の鷹野史寿選手(近鉄→楽天)(最近、あんまり名前聞きませんが元気にしてるんでしょうか)がヒット。5番の小山豪選手(今は日産不動の4番)もヒットで続いて無死一二塁のチャンス。打席には6番の上島格選手を迎えます。 カウントは忘れましたが、清水投手が右腕を振りぬいた次の瞬間。 何と顔面に死球。 どよめきの中、その場に倒れ込む上島選手。 上島選手はベンチに戻って治療を続けますが、まともに顔面に当たってまして、長引きます。そしてこのとき、臨時代走が告げられたのでした。確か3番に入っていた青柳信選手だったと思いますが、ベンチから出て来て一塁ベースにつきます。 私も「あれっ、臨時代走ってあるんだ」と思ったくらいなので、「臨時代走です」のようなアナウンスか何かがあったんじゃなかったかな。 上島選手はこの試合では指名打者だったので守備につく必要がなく、ひとまず臨時代走を出しておけば次に打席が回ってくるまでかなりの治療の時間を稼げます。試合進行上にはとっても好都合でした。 そして治療が済んだ上島選手は、次の打席が回って来るとしっかり出場。臨時代走が出た甲斐がありました。 が、再出場した上島選手、三塁側スタンドから見ても明らかに顔のあたりがおかしい。頬の上のこめかみのあたりが大きく赤く腫れ上がってます。これで良く試合に出たものです。 日産自動車の先発だったオマール・アヘテ投手も、あれだけ顔を腫らしながら打席に立ったこの上島選手の勇気に心を動かされ、彼のためにも絶対に負けない、と思って投げたとか何とか。でもやはり無理だったのか、その次の打席で交代。でも恐ろしいほどの試合への執念を感じました。 というわけで、社会人野球でも臨時代走は認められていたはずなのですが…。 これももう7年も前の話。その間に廃止されたのかも知れないし、もしかしたらこの試合のときは審判がその場の判断で認めたのかも。 確かに足の遅い選手の臨時代走が俊足の選手だと守備側は損した気分だろうし、場合によってはワザと治療が長引くフリをして…なんていうことも考えられるから慎重なのかな。どういうときに臨時代走にするか、っていうのも判断が難しそう。 この際だから、頭部に死球が当たった場合は無条件で臨時代走にする、なんていうのはどうですか。軽く当たっただけだとしても、やっぱり頭に当たったときは急に動くと良くないんじゃないかと思うので、攻撃の間はちょっと休んでてください、みたいな。 ●試合の続き ちなみに。先ほどの試合、上島選手への死球で無死満塁の大ピンチとなった清水投手はそのあと7番・大平幸治選手と8番・黒須隆選手を連続三振に斬り、二死までこぎつけます。このへん、今思えばプロへ行く片鱗を見せたってところでしょうか。 あと一人でピンチ脱出。が、それなのにそれなのに。9番の藤沢英雄選手(いすゞ自動車から補強、いまはシダックス)がライトスタンドへライナーで突き刺さる先制の満塁弾… 日産の先発はキューバの剛腕左腕のアヘテ投手であることを考えるとこの4点はとてつもなく重かった。それでもこの大会限りで解散が決まっており、負けたら最後の試合となる東芝府中打線は果敢にアヘテ投手に立ち向かい…と話は続けられるのですが、これはまた別の話。 おまけ: 名前で検索したら発見。確か大平選手はこの年限りであがられたと思いましたが、社業でしっかりご活躍のようで、こういう資格を取られたようです。合格おめでとうございま~す。 →[網頁]金属製品製造関係業種>金型製作職種 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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