闇
「……厳しい寒気に閉ざされて、このようなわずかな給与での重労働では、だれもが上野苦しみに耐えられず、その心はしだいに荒(すさ)んでいった。盗みと暴行は日常茶飯事のように発生した。/こんな状況のもとで、不幸にも栄養失調で死亡した者とか、伐採で不慮死する者があると、埋葬の前夜、穴小屋のなかで一同は形ばかりの簡単な祭壇を設け、仏様を横臥(おうが)させて成仏を祈り、一時間ばかりお通夜をして寝る。ところが、一夜明けて、わたしはその祭壇を見て驚いた。仏様の着ていた被服はすっかりはぎ取られ、仏様は丸裸で転がっていたのである。被服を盗んだ者は防寒外套(がいとう)の下にそれを忍ばせて、作業場付近のソ連民間人と、黒パンや食料と交換して空腹を満たしていたらしい。このようなことが頻繁に起きると同時に連鎖反応で、仏様ばかりでなく、睡眠中に被服を盗まれるということまで発生するようになった。そので一同は、寝る前に盗まれないように持ち物をすべて身にまとい、自己を守らなければならなかった。こうなるとお互いが疑心暗鬼で、二か月前と比べまさに末世的様相になり果てた。」引用:捕虜体験記 1 堤 喜三郎氏 P203 ソ連における日本人捕虜の生活を記録する会 編集・発行