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テーマ:歩いて愉しむ東京(1160)
カテゴリ:芸能スポーツ
土手通りを浅草方面に向かって歩き、吉野通りと呼ばれる道路に出ると、
このモダンなビルがあります。このビルは、実は、 ![]() 「誠向山 正法寺」(→→→こちら)という日蓮宗のお寺です。 ![]() 入り口にある毘沙門天の幟にあるように、「江戸三大毘沙門天」の一角に数えられる開運大毘沙門天王で有名ですが、大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の主人公、蔦屋重三郎の墓があることでも知られています。 ![]() そして、こちらが蔦屋重三郎の墓所です。 ![]() こちらにあるのが、蔦屋重三郎の親族と、版元蔦屋重三郎を継いだ歴代とその親族が葬られている墓碑になります。重三郎の父母、重三郎とその妻、そして子孫(正確に言えば、二代目蔦屋重三郎は店を継いだ番頭さん)の法名が刻まれています。 ![]() こちらは、右側の喜多川柯理(きたがわからまる)というのが蔦屋重三郎の本名で、石川雅望の蔦重への碑文が彫られており、左側は蔦屋重三郎の実母顕彰の碑文で太田蜀山人によるものだそうです。 ![]() こちらは「萬霊塔」というもので、正法寺が開山から供養している全ての仏様の遺骨が納められているもので、蔦屋家の遺骨もこの中にあるということです。 ![]() また、蔦屋重三郎とは関係ないですが、田中 智學(→→→こちら)に関する石碑もありました。 田中智學は明治~昭和期の宗教家で、近代日本の政治・文学・思想に広く関わった人物で明治の文学者の高山樗牛や詩人の宮沢賢治が熱心な支持者だったそうで、また満州事変の指導者だった石原莞爾も一時期、田中智學の思想に傾倒していたそうです。 まあ、その人物や思想はよくわかりませんが、それなりの人物だったようですね。 ![]() 以上、大河ドラマ「べらぼう」の町、吉原を巡った話にお付き合いいただき、「ありがた山の寒がらすでござんす」。 (吉原を歩いたコース) 【了】 ![]() 人気ブログランキング 大河ドラマ「べらぼう」の町(その5) 蔦屋重三郎の墓所 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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