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テーマ:歩いて愉しむ東京(1265)
カテゴリ:フォトグラファー
関東地方も梅雨が明けて、連日猛暑日が続くようですね。
これからは熱中症が心配。気象災害は台風や洪水だけでなく、猛暑も気象災害と言ってもいいのではないかと思いますね。 さて、そんな猛暑の夏が恥っていない7月の初旬、飯田橋駅にやってきました。 ![]() 区制会館の前に、飯田橋の地名の由来が紹介された案内板がありました。これによると、 天正18年(1590年)、開府前の江戸で農村地帯だった現在の飯田橋周辺を徳川家康に案内したのが、土地の長老であった飯田喜兵衛なる人物であった。家康はその功を称え、一帯を「飯田町」と命名しました。 そして、明治14年(1881年)、交通の便のため、新たに外濠を跨ぐ橋が架けられ、飯田町に接する橋であることから「飯田橋」と命名され、昭和3年(1928年)に飯田橋駅ができたことから、飯田町という町名の存在が薄れて、飯田橋と呼ばれるようになったそうです。 ![]() 飯田橋から目白通りを九段坂方面にでたところに、「東京農業大学開校の地」と刻まれた石碑がありました。 ![]() 側面には、その由来が刻まれていました。 ![]() 明治24年(1891)、 東京農大の原点「育英黌農業科」が、当地で産声を上げました。生みの親は、逓信、農商務、文部、外務の大臣などを歴任した榎本武揚でした。明治26年(1893)、現在の中央線である 甲武鉄道の新設工事, また農場用地取得のため 大塚窪町に移転しました。 (開学の町飯田橋を歩く) 【つづく】 人気ブログランキング 開校の町、飯田橋を歩く(その1) 東京農業大学開校の地 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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