|
テーマ:歩いて愉しむ東京(1302)
カテゴリ:川の流れに
馬込給水所から坂道を下って、西馬込商店街にやって来ました。
馬込という地名は、諸説あるそうですが、このあたりは、平安末期から鎌倉期にかけて、農耕馬がたくさん飼われていたそうです。また、馬込の地は起伏の多い地形で足腰が強く、足が速いため、鎌倉武士用の馬として放牧され、馬込の「込」は牧場の柵を設けていたことから来ているという説があるそうです。 そういえば、宇治川の先陣争いで、名馬の誉れ高い池月に乗る佐々木高綱と先陣を争った梶原景季が乗った名馬「磨墨(するすみ)」もこの馬込の地に葬られた場所がこの馬込にあるそうです(→→→こちら)、また磨墨が生まれた地もこの馬込だと伝わっています。 ![]() 国道1号にやって来ました。 ![]() 西馬込駅前にある「太田区立ライフコミュニティ」という施設の敷地の北端にあった「馬込半白節成胡瓜 馬込大太三寸人参 発祥之地」(→→→こちら)という石碑がありました。 「馬込半白節成胡瓜」は, ヘタに近い部分が淡い緑で 先の方は白い「半白」のキュウリのことで、 「節成」というのは, 節ごとに雌花が咲いて実がなることを意味しています。 「馬込大太三寸人参」は、昭和25年(1950年)に農林省に種苗名称登録された西洋ニンジンの改良種です。長さは10cm(3寸)程度、短い円錐の尻つまり形をしており、根の先が丸みを帯びているのが特徴です。昭和30年代頃まで ニンジンと言えば, 50cm以上もある 細長いものが一般的だったのですが、現在の短いニンジンの先駆けとなった品種です。 いずれもこの馬込の地で生まれたんですね。 ![]() 国道1号を渡って、南馬込地区に行くと、かって、人気のあった居酒屋チェーンの「養老乃瀧」(→→→こちら)がありました。そういえば、MoMo太郎がまだ社会人1年生だったころは、昼の時間帯に牛丼を販売していたけど、今はやっていないんでしょうね。 ![]() その「養老乃瀧」の近くにあったのが、このお堂。 ![]() 夢告観音という石像が安置されていました。 ![]() 観音像の後ろには夢告観音由来が書かれていました。 よく見ると、文章の所々が「・・・」となっていたり、観音像で隠れていたりしていますが、なんとなく要約してみれば、 馬込(馬篭)牛洗戸(西一丁目)北向稲荷から塚越(西二丁目))に至る中間に、河原栄蔵氏の所有地に昔無名塚があった。村人はそれを観音塚と呼んだ。今は跡方も認められないほど変わって道路となってしまったが、塚には元禄時代に作られたとされる観音像が奉納されていた。明治年間に、取り締まってきた河原氏のもとに収容されるが、一夜河原源蔵氏の夢枕に立ち、元の位置に戻せとのお告げに従って、現地付近に祀ったのは、堂宇の南一丁ほど先に古井戸があることや。西二丁目の合同卜ラっク前徳川時代に村民幕命を布達揭示する高礼場の跡もあったことから推察したというようなことなのでしょうか。 ![]() 馬込周辺については、MoMo太郎も2024年7月25日(→→→こちら)前後のブログで紹介していますが、まだまだ馬込界隈にも色々発見がありそうです。しかし、そろそろ歩き疲れたので、都営地下鉄浅草線の西馬込駅から帰りました。 ![]() (洗足池探訪コース) 【了】 人気ブログランキング 洗足池探訪(その27) 西馬込駅周辺 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[川の流れに] カテゴリの最新記事
|
|