行田を歩く(その13) 埼玉県名発祥之碑
さまたま古墳公園内にある埼玉県立さきたま史跡の博物館へも訪れました。道沿いには「特別史跡埼玉古墳群」の幟が並んでいました。史跡と指定されたのは昭和13年(1938年)のことですが、国の特別史跡に昇格したのは、令和2年(2020年)のことで、幟も結構新しいものですねむ。この道の途中にあったのが、こちらの「埼玉県名発祥之碑」です。石碑の揮毫は、この碑が建立された昭和62年(1987年)当時の埼玉県知事、畑 和(はた やわら)氏。こういう石碑等をみると県知事とか市長といった職業の人には、大学の卒業証書なんかより、その卒業証書の文字に書けるような、書道の技能が必要なのかもしれませんね。この石碑の脇にあったのが、埼玉県名の由来を説明した銘板でした。簡単に言うと、明治4年(1871), 廃藩置県によって 埼玉県(県庁所在地:岩槻)と入間県(同:川越)ができた。そして、明治6年(1873) 入間県は群馬県と合併し 熊谷県と改められた。そして、熊谷県の群馬部分が群馬県となり、明治9年(1976), 埼玉県と熊谷県が合併し 現在の埼玉県になり,その時かなりの面積を占めていた埼玉県が県名となったとのことです。その埼玉県の埼玉の名前の始まりが、律令の頃に前玉と呼ばれていたこの地であったということのようです。(行田を歩いたコース)【つづく】人気ブログランキングへ行田を歩く(その13) 埼玉県名発祥之碑