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たんぽぽの小道

たんぽぽの小道

 
 海を見つめながら、かおりは「ただいま」とつぶやきました。何年ぶりでし
 ょう。
 あれから20年はたったでしょうか。
 明日は中学の同窓会です。
 心の中はあの頃とちっとも変わらないはずなのに、かおりはもう中学2年の
 女の子のお母さんです。
 
 かおりは中学2年の秋まで、この町に住んでいました。父親の転勤で引っ
 越したのです。かおりはこの町のこの海が好きでした。何度この海に会い
 たいと思ったか知れません。同窓会の通知ももう何度となく手元に届きま
 したが、この町に帰るのが、この海に会うのが、とてもこわかったのです。
 いえ海のような瞳のレイちゃんに会うのが……
 
 かおりにはレイちゃんというとても仲の良い友だちがいました。気の強い
 かおりと違い、レイちゃんはとてもおとなしく、気の優しい子でした。
 かおりには友だちがたくさんいましたが、レイちゃんにはかおりだけが仲の
 良い友だちでした。レイちゃんはいつも「かおちゃん、かおちゃん」と言って
 慕ってくれていました。

 ある時、クラスで財布の盗難事件が起こりました。犯人は誰?ということに
 なり、おとなしいレイちゃんに疑いがかけられました。まさかレイちゃんがそ
 んなことするはずがないと、かおりは思いましたが、みんなに嫌われるのが
 こわくて、かおりはレイちゃんをかばえませんでした。レイちゃんはクラスの
 みんなから、無視という目に見えないいじめを受けるようになりました。
 レイちゃんの目は「かおちゃん信じて! かおちゃんだけは信じてくれるよね」
 と訴えていました。
 「レイちゃん、ごめん」心の中で何度も言いましたが、言葉になりませんでし
 た。
 そのうちにかおりは引っ越さなければならなくなり、レイちゃんとも言葉を交
 さないまま、別れてしまったのです。

 レイちゃんは、海のような深い瞳をしていました。すべてを包みこむような深
 い優しい瞳。
 かおりは、海に会うのがこわかったのではなく、海のような瞳のレイちゃんに
 会うのがこわかったのです。

 「レイちゃん、ごめんなさい。」

 今まで言えなかった言葉と同時に涙があふれてきました。
 涙で曇った瞳の向こうに、「かおちゃんー」と顔じゅう笑顔でいっぱいのあの
 頃と変わらないレイちゃんが走ってくる姿が見えました。


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