カテゴリ:パレスチナ・中東問題
僕は石投げが自由をもらたすとは思っていない、しかしそれは僕に声を与えてくれ、無力感へのはけ口でもある。
Aziz Abu Sarah Oct 26, 2015 3:19 PM http://www.haaretz.com/opinion/.premium-1.682381 それは誰もが恐る電話だった。「攻撃された」。僕が電話にでた時、甥っ子のモハメッドが声を震わせながら言った。「入植者によって」。僕はすぐさま恐怖に怯えた。彼は続けて、「僕は今夜の夕食の食料を選ぼうとしていた。彼らはナイフや棍棒をもって叫んだ、彼を殺せ!彼を殺せ!」 皮肉なことに、モハメッドは彼の家族と(イスラエルユダヤ人)友達のユヴァル・ベン・アミとルツ・プリスキンに夕食を作るため食料品を購入している時に攻撃された。イスラエルの過激派はモルモン大学の近くにあるオリーブ山に追い詰めて、彼を殴り、そうして肩を脱臼させた。幸いなことに、彼はそれをふほどき、彼の命はなんとか逃れた。 数時間後、僕はイスラエルユダヤ人友達のサラ・ブラムからテキストメッセージを受け取った。その日の早い時間に一人のパレスチナ人が彼女を(エルサレム)中央バスステーションの近くで刺そうと試みた。 僕は怒った。同じ日に、僕の友達と甥っ子が殺されそうになった。一人はイスラエル人、もう一人はパレスチナ人 ー 2人ともこの問題(紛争)を終わらせたいと思っている何の罪もない一般人である。その無意味な蛮行は、誰もが絶望するのに十分なことです。 にもかかわらず、モハメッドとサラの彼らの反応は私を驚かせました。 私がサラのテキストメッセージを開いた時、「あなたの甥っ子が無事であることを願っている・・・彼に愛と情(ぬくもり)を送ってね」。ほんの数時間前、一人のパレスチナ人が彼女を殺そうとした ー でも彼女は無心で心から僕の甥っ子について心配をしてくれた。 僕が甥っ子をチェックした時、僕は同じように感動した。彼はオンライン上に投稿していた「昨日ユダヤ人過激派に襲われた後、僕は言いたい、僕はユダヤ人を嫌いではない。ただの一人も。でも僕は*占領*が嫌なんだ。僕は声を大にして言う占領反対、それを終了するには憎しみじゃない、愛と平和が唯一の道である。」 その素晴らしい反応、そうしてもし全ての人が同じような方法で対応した場合、僕たちの町(エルサレム)はどのようになるだろうと考えざるを得ない。 人々が持っている恐怖は現実双方にある。東エルサレムに僕を訪ねに来ていた多くのイスラエル人の友達はもはやリスクをとることはありません。 西エルサレムのストリートは空です。 そうして最近パレスチナの友達との集まりでの会話は必然的に安全に滞在するための戦略となる。お店に行く時、僕たちは僕たちの外観と服装を二度考え直す。あまりにも「アラブ人」すぎの外観じゃないか、またはLahava gang(極右組織のレハバ)に攻撃されるかも。 しかしどのようなものが「アラブ人のルックス」なのだろうか? 先週は一人のユダヤ人が他のユダヤ人に刺されたのは彼はアラブ人と思われたから、そうして木曜日は二人のイスラエル人兵士が間違えた認証により三人目の被害者となるイスラエル人が撃たれた。アラブ人として、もし服装と行動があまりにもイスラエル人だった場合、それもまたパレスチナ人により刺されるリスクがある。 僕はほぼ毎日のようにイスラエルと西岸を移動する。僕は絶えずパレスチナ人とイスラエル人に接している、完璧に異なる現実の中でどっぷりと浸かっている。 イスラエル側で、時おき僕はこんな発言を耳にする「もし君がシリアにいたら、アサドは君たち全てを殺しているよ。それと比較すると俺たちは君らに良い待遇をしているだろ。どうして感謝しないんだ?」 人々は恐れ、苛立っている、そうして集団的懲罰と軍事力が唯一の解決策だと容易に説得される。 パレスチナ側もまた人々は大変怒り、苛立ち、そうして恐れている。私たちだけが哀れに生活していてはならない、そうして問う「どうして僕たちだけが占領に苦しまなくてはいけないんだ、他方イスラエルではバブルで楽しんでいるのに」という表現をする人々もいる。パレスチナ人はナイフのインティファーダーが自由をもたらすとは思っていない。しかし政治プロセスが死んでいる、どんどんどんどんと入植は続く、どのくらい少ない土地がパレスチナ国家のために残っているだろう。国連にパレスチナ国旗が揚がっても一つも実態は変化していない。 軍事力が安定をもたらすと思うイスラエル人のように、暴力的インティファーダーが占領を終了させると思うパレスチナ人もまた間違えている。パレスチナ人は第二次インディファーダーで武装闘争を試してみたが、それは失敗に終わりました。結果、何の政治的利益もなく多くの人々が亡くなりました。 両方からの聞く共通の感情は完全なる絶望です。将来のためのビジョンがありません。人々は僕たちが紛争の中に住んでいことが運命であることを受け入れているよう見える、それはゼロサムゲームです。一方は勝ち、他方は負ける。(参加者全員の負け分、勝ち分の総和がゼロになるゲーム)。一方、このこう着状態で潜在的な怒りは水池にたまるごとく建設される。個人の武器利用(ナイフ、拳、鈍器)そうして行き過ぎた暴力、この最近の暴力ラウンドは極度のフラストレーションに油を注ぐ。 僕はエルサレムで生まれた、イスラエルの占領と戒厳令の下で生まれた。僕は自由というものを知らない。僕は生まれた土地の市民ではない。 東エルサレムの住居者、僕はパレスチナでもイスラエルの市民でもない。そうして僕が8才の時、僕は石投げを始めた、それで自由をもたらすことができると思っていたからではない、でも、それは僕に声を与えてくれて、なにもできない無力感のはけ口だったから。他のどの方法で僕は声を大きく出して訴えることができたのだろう? 今、月日が経ち僕は他の手段があると実感している、しかしそれでもやはりみなの苛立ち、怒り、絶望感を理解している。 今日、エルサレムは平和な都市ではない、しかし矛盾だらけの都市でもない。ネタニアフ首相はエルサレムは調和の都市だと呼び続けている、彼はその人口の1/3 のニーズに盲目です。調和の都市はできない、そこの住民には平等がない、ユダヤ人の町だけインフラが整っている。調和の都市はない、新しい家を建てる許可を持つことができない多くのパレスチナ人。調和の都市はない、何千ものクラスメートが東側から欠落している。 どのようなエルサレムになるために僕たちは戦っているのだろうと考えざるを得ない。今日のエルサレムはまるで軍事地区のようだ。パレスチナ人は警察により停止され100mも歩くことができない。人々はズボンやシャツを公共の場で脱がされる耐えきれない取引と屈辱的なセキュリティーチェック。イスラエル人は肩越しに誰かが後ろから近ずいていないことを確かめながら通りを歩いている。西エルサレムは空っぽです;人々はバスに乗ったりレストランに行くことを避けている。 同時にモハメッドとサラから僕は想起させられる。— エルサレムはパレスチナ人とイスラエル人がともに平和に生きることができる一例となることを。ここエルサレムは唯一、日々の双方の人々の交流を垣間見ることができる:僕は個々のイスラエル人たちとパレスチナ人たちをモハメッドやサラのような、敵であることを拒否し、そうして「ワレワレとヤツラ」という双対性を拒否する人たちを見ている。やがて、指導者や政治家たちは僕たちを失敗させてた時、モハメッドやサラのような個々が今と異なる方法で別の現実を作るために出てくる。彼らは本当のインスピレーションを持つ指導者でエルサレムの真の希望である。 (今のような政治指導はいつか、モハメッドやサラのような人々が増えることでいつまでもうまくいかない、私たちの本当の敵はその「ワレワレとヤツラ」という精神構造である。そうしてその時にはそんな彼らの中から指導者が生まれ、それは真のエルサレムの希望である。(それは今の時点でも彼らは希望でもある) Aziz Abu Sarah is a National Geographic Cultural Educator and Explorer, A TED Fellow and the Co-found of MEJDI Tours www.mejditours.com アジズ・アブ・サラはナショナルグラフィックの文化教育研究員、TEDフェローとMEJDIツアー&NBSPの共同創設者 Aziz Abu Sarah Haaretz Contributor お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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