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ももも。のおスイス暮らし

スイスジャーマンショック。

(2006.5.17の日記)


      スイスジャーマンショック。






      先日、ダンナの誕生日でした。

      義母が料理を作ると申し出たので、私はそれに甘え、
      日本ちっくにイチゴのケーキだけを作りました。

      そこに義妹カップルもやってきて、いつものような食事会になりました。




      思い出すのが、去年のこと。
      去年の誕生日当日、ダンナは入院した。


      あのとき、私はいろいろ考えさせられた。



      あれから一年。


      こわがって拒否していた車の練習も始めた。

      ドイツ語、うーーん、1年前に比べれば上達しているはず。
      自分の診察も果敢にドイツ語で挑戦。半分もわからなくて、がっかりもしたが。

      スイスドイツ語、理解度はちょっとあがってきていると思う。




      ダンナが退院後の日記

      『来年の今頃の自分と今の自分を比べたとき、成長していたいですから。』

      と、書いていた自分。



      劇的な変化はないけれど、少しずつ少しずつ進歩はしている、と思う。










      と、ポジティブなことを書き進めたいのだけれども、ここ最近の私はダメージを受けている。

      原因は「スイスジャーマンショック」



      スイスは言語的にとても複雑だ。

      まず公用語が4つある。ドイツ語・フランス語・イタリア語・ロマンシュ語。
      その中で私はドイツ語圏に住んでいるので、ドイツ語が必須となる。

      しかし、ここでしゃべられているドイツ語は方言以上になまっていて、
      Schweizerdeutsch(シュヴァイツァー・ドイッチュ/スイスドイツ語)と呼ばれている。
      ドイツ人には理解できず、例えるなら、ドイツ語とオランダ語くらいに違うんじゃないかと思う。


      さらに言うと、スイスドイツ語の中にもさらに地方ごとに方言があって、
      チューリッヒドイツ語、ベルンドイツ語、バーゼルドイツ語などなどあげたらキリがないほどだ。



      そして、このスイスドイツ語は話し言葉であって、ルールはない。
      ルールがないので、人それぞれ違ったスペルで書いたりする。

      なので、書き言葉としては標準ドイツ語を利用する。
      小学校に上がると、国語として標準ドイツ語を習うことになる。
      だから、標準ドイツ語を理解しない人はいないわけであるし、はずである。




      まず私達外国人が学校で習うのは、標準ドイツ語になる。
      スイスドイツ語のコースもあるが、標準ドイツ語がそれなりのレベルに
      なってからでないと受講できない。



      前置きがかなり長くなったが、これが私の住んでいるスイスドイツ語圏の言語事情だ。

      ここからはスイスドイツ語のことを「スイスジャーマン」と書きます。
      日記ではなるべく統一感を持たすため、スイスドイツ語と書くようにしているのだけども、
      こういう場合は、「スイスジャーマン」と言う方が個人的にしっくり来る気がするので。



      最初の一年は、このスイスジャーマンにかなりダメージをくらった。
      あの頃のダンナとの会話は英語だったし、他の人にも英語にしてもらうか、
      ゆっくり標準ドイツ語を話してもらうかだったし、ときには通訳が必要だった。

      義両親との食事もスイスジャーマンだけだった。
      私に話しかけるときは、英語のできない義母はゆっくりの標準ドイツ語、
      義父はときたま英語にはしてくれたりはしたが。

      最初の頃は、カップル社会だし、とりあえず頑張って社交の場にも出ていたが、
      スイスジャーマンの中で何度も置いてけぼりをくらい、涙を呑んで、
      ひたすら会が終わるのを待ったりもした。
      家に帰ってから泣いたこともあった。


      ここで思った私のスイス人像。
      英語は恥ずかしくてしゃべらない、シャイな人達。
      決して、私の存在を無視しているわけではなく、スイスジャーマン以外で
      どう接していいのかわからない、といった感じだった。


      この状況は私がドイツ語をしゃべれるようになれば、変わるのではと期待した。
      いつまでも英語で通すのは、私のワガママだとも思っていたし。


      私がダンナとの会話をドイツ語に切り替えてから、実際少し変わった。
      まず義両親達は私がいると、標準ドイツ語に替えてくれた。
      私も頑張って話に参加しようと努力をした。

      そういう状況の中でも、スイスジャーマンを通す人もいた。
      英語だけじゃなく、標準ドイツ語さえも話すことも恥ずかしいと思う人達がいると気付き始めた。
      所詮、彼らには同じドイツ語でも堅苦しい外国語なんだと。

      そして英語の時と同様、一対一だと言葉を合わせてくれるが、
      スイス人がたくさんになると、結局スイスジャーマンオンリーになる。


      特に私はスイスジャーマンを習ってはいないが、日常耳にしていることで、
      なんとなくわかることは増えては来ているし、ダンナに少しだけフレーズを習ったり、
      というのはしているし、違う言語のようだとは言え、ドイツ語族だから、
      標準ドイツ語の理解度が増すと、スイスジャーマンの理解度も上がる感じがする。

      だから、以前の何も理解できなかった頃より、詳細はわからなくとも、
      トピックが何かというのがわかるだけでもましになったし、
      社交の場でも涙を呑むことは少なくはなってきた。

      で、最近の私はお決まりの質問、「スイスジャーマンは理解するの?」に対し、
      「ちょっとだけ推測はできる」と答えるようになってきたのも事実。






      5月になって、スイス人に寿司を教える機会があった。

      友達のP男に前々から頼まれていて、やっとこすることになったのだ。
      P男にだけだと思ったら、彼の友達3人も来ることになった。

      P男の奥さんのL子はダンナの同僚で、スイスに来てからふたりにはよくしてもらっている。



      さて、スイス人4人に対して、寿司を教え始めた。

      その前に、うちのダンナとL子はL子の子供2人を連れて、近所の公園に行ってしまった。


      私は一生懸命標準ドイツ語で説明した。もちろん完璧には言いたいことは言えてはいないが。
      私が説明しているにも限らず、質問はなぜかP男にスイスジャーマンで聞く。
      P男は私の通訳であるかのように。

      「あのぉー、私の発音聞き取りづらいかもわかりませんが、
       あなたの理解できる標準ドイツ語で説明しているんですけど。
       これ英語でも日本語でもないんですけども。」

      と、心の中で思い、腹が立ち始めていた。


      お米を炊いている間、私は監視のためずっと鍋のそばにいた。
      他の人達は、座ってスイスジャーマンで雑談をしている。
      まっ、これはいい。友達同士の会話だし。
      たまにP男と一人の女性が「どう?」と声をかけてくれるだけ、ましでもあった。


      材料を切って、お米の用意ができた頃、ダンナとL子達は帰ってきた。
      そして、巻きに入る。

      私がとりあえず見本を見せて、あとは一人一人に巻いてもらう。
      今度は他のスイス人より知識のあるダンナに質問が飛ぶ。

      「あのぉー、私が一応教えているんですけども。ふんっ、まー、いいや。」

      とダンナに任せ、私は一人で軍艦巻きや寿司飯の用意をしていた。



      できあがって食べるときも、スイスジャーマン全開であった。


      L子は子供の世話で席を外すことが多かったが、戻ってきて私の横に座ったときに
      お決まりの質問「スイスジャーマンはわかる?」を投げかけてきた。

      最近の私は「ちょっと」と言うようになってきていたけれども、
      ここでは私は思いっきり「Nein!」と答えた。

      他の人にも私がスイスジャーマンをわからないということをわかってほしかったからだ。




      一人の男がダンナに何かを聞いていた。

      ダンナは私の顔を見ながら、スイスジャーマンで考えながら答えていた。


      私はまず

      「Hochdeutsch, bitte!!」 (標準ドイツ語でお願い!!)

      と、半分怒るように言った。



      私はその男がお米の分量のことかなんかを聞いていたのはダンナの答えから推測はしていたが、

      「Was war die Frage?」 (質問はなんだったわけさ?)

      と、喝の入った声でわざと聞いた。



      私はこのやりとりで気付いてほしかっただけだ。アホのスイス人に。
      寿司を教えているのは、この私。
      私はスイスジャーマンはダメでも、標準ドイツ語はなんとかわかるの。
      英語や日本語で通訳通して教えているわけじゃない。
      なんで、私に直接聞かないさっ!!
      それってすごい失礼だと思う。

      腹が立った。


      標準ドイツ語をしゃべるのが恥ずかしいですか、そんなに?
      すみませんねー、私スイスジャーマンできなくて。
      スイスに住む資格はないですかねー?
      いずれは理解できるようにはなりたいですよ、
      だから今はその手前の標準ドイツ語を頑張っているわけですよ。

      スイスのドイツ語圏出たら、スイスジャーマンなんか通用しませんよ。

      まっ、スイスの外に出たことがない人ほど、どう外国人と接していいかわからないんだと思うし、
      外国語の大変さを知らないから、私達の気持ちなんかこれっぽちもわかりやしないさ。



      この感じ悪い男は、みんなより先に帰った。
      一応、私にはお礼は言って去って行った。



      この男が帰った後もスイスジャーマンが全開な中、L子が言った。

      「ももも。がわかるように、標準ドイツ語にしようよ。」と。


      涙が出るほど、うれしかった。





      私のこの日のダメージはかなりデカかった。
      夜もそのくやしさばかりが頭の中をぐるぐるした。
      寝たらOKかと思ったけど、翌日も腹が立って仕方がなかった。





      そんな後でダンナの誕生日、母の日の食事会と続いた。
      母の日にはうちらがご飯を作った。
      この日も義妹カップルがやってきて、2日とも同じメンツでの食事会になった。

      今、義妹カップルは購入した家の改装のことで頭がいっぱい、
      義両親は病気のおばあちゃんの介護のことでストレスがかなりたまっている。
      トピックもそのことばかりで、そしてスイスジャーマンだった。

      ダンナもスイスジャーマンをしゃべる、しゃべる。
      どこかで私が推測できていると思っていたからだ。
      確かにそうだがねー。

      この日のダメージは普通の心の状態だったら、大したことはない。
      詳細はわからなくとも、トピックはわかるから。
      でも、あの日の寿司のダメージがまだまだ影響していて、しんどく感じ、
      食事が終わってしばらくして、席を立った。
      そのまま2階の自分のフロアに行ったら、下に戻るのがバカバカしくなってしまった。

      ソファに寝転んでいたら、涙がこみあげてきた。
      寿司のあの日は泣かなかったけれど、1週間経って、一緒にこみあげてきた。

      日本に帰りたいって思った。



      ダンナにさんざん文句を言った。

      ダンナは自分もスイスジャーマンばかりしゃべってしまったことを謝り、
      私をここまで悲しい思いにさせたことに、彼もかなり落ち込んでしまった。



      ダンナは大いに反省し、

      私がいる場合、ダンナ自ら標準ドイツ語を話し、他の人にもお願いする。

      と、約束をした。



      私は、まずは標準ドイツ語を頑張り、それでスイス人を丸め込めるくらいになりたい。
      今のヘボドイツ語だとなめられるし。
      そして、スイスドイツ語の理解度もあげていく。




      スイスに住むことは大きな決断だった。
      だからこそ、泣きべそかいて簡単に逃げ出すつもりはない。
      ここで踏ん張って生きていく。




      いつの日か、このできごとを笑える日が来るのかな。












2006raps2

こんな風景を見れるから、アホーと投げ出したくなるスイス生活も頑張れるんだなー。






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