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モモン・PART2

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父による保護説得。

2011.08.04
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あいうえお さん家に遊びに行って思い出したんだよね。
http://plaza.rakuten.co.jp/hgfdsa12345/diary/201108020000/

私は、あの時以来、親父の布団から放り出されたのだ。

あれは寒~~~~~~い、ある冬の休日の事。
私は『寒い~~~~。』と、当たり前のように親父の布団に潜り込んだ。

私は風邪を引いていたから寒かったのだ。
風邪を引いていなくても超が付くほどの寒がりなのですが。^^;

寒い日は親父の布団の中で暖を取るのが子供の頃からの日課でしたから。
(親父は静かな夜に仕事をしていることが多かったので、時々、昼寝をしている日があった。)

親父も、私も、それが当たり前のようになっておりました。

が、そんな、ある日のこと。

親父の友達が遊びに来た。
親父は、いつも玄関に一番近い部屋で寝起きしていたから、
そのお友達が『居ってか~?』と仕切り戸を開けて、

親父の友達:『え゙え゙!』と驚愕の声をあげた。

私も親父の友達が何に驚いているのか?も全く分からず『え゙え゙!』。

親父:『いっつも寒かったら温もりに来るねん。』

親父の友達:『そうかいなー。あー、ビックリした!』

親父:『もう温もったやろ。』

親父の友達が訪ねてきたこともあり、私は茶を入れに台所へ行きました。
寒かったんだよね・・・また台所が。


で、次の休みも寒かったので親父の布団で暖を取ろうとしたら、

親父:『あかんで。もう子供と違うんやからな。』

と、それ以来、私は親父の布団から放り出されました。








Last updated  2011.08.04 22:13:12
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2010.12.02
統一協会とは全く関係ない話で申し訳ありませんが。

私が20代半ばの頃、親父に早朝、起こされました。
私が起きると・・・・・
見知らぬ男の子が親父の布団で寝ているではないか!

私:『誰や?この子共。父ちゃんの子か?』

親父:『子供を作る元気なんか残ってへんで。違うんや。』

母:『拾うたんやて!』

私:『拾うた?この子は行き倒れかいな?』


親父の話では、
友達とマージャンをした帰り道、午前3時ごろ街灯の下で座り込んで泣いていたのだそうです。
辺りを見回しても親らしき人影もなく、静かな闇が広がっていただけだったのだとか。
子供に何所から来たのかをたずねても泣きながら首を横に振るだけで、親がいるのかを尋ねても、泣きながら、ただ首を横に振るだけだったそうです。

誰かに子供の身元を尋ねようにも、人っ子一人、通らない。
(当たり前だよね。年末の、しかも、午前3時ごろ、なんて皆、寝てるよ。疲れて。)

子供の体も冷え切って可哀想だから家へ連れて帰ってきたのだって。
で、子供を着替えさせて(大人用の下着しかなかったのですけれど。)親父が暖めながら寝かしつけたのだとか。

夜が明けてから親父は母に言ったそうです。
『もし親が居らんかったら、この子を育ててもええか?』と言ったそうです。

母:『え゙え゙!育てたいんかいな!』

親父:『親が居らんかったら育てたい。』

母:『・・・(しばらく沈黙)・・・・・。○子が、ええ(OK)言うたら育ててもかまへんわ。』

という事で、年末の早朝、家族会議に私も起こされました。


親父:『この子に親が居らんかったら家で育ててもええか?』

私:『うん。ええで。』

母:『え゙え゙!育てるんかいな!』

親父:『お前かて、○子が「育てても、かまへん。」言うたら、ええ(OK)。言うたやないか!』

私:『その子、ほんまに親がおらへんのんか?』

親父:『それは、まだハッキリとは分からん。せやから、もう一寸してから親を探しに行こ。と思うてな。ほんで、親が居らんかったら家で育てたいな。と思うたんや。』

私:『うん。親が居らんかったら、家で育てても、ええで。』


で、子供が起きてから、子供を拾った辺りに連れて行ったのだそうです。
すると、直ぐ側の一軒の家に入っていったのだそうです。

中から年配の女性の叱る声が聞こえてきたのだそうです。
親父が戸口から声を掛けると年配の女性は、
『あんた、誰や!何所から来たんや!』と不審者のように扱ったそうです。

年配の女性は『警察を呼んでくれ!』と騒ぎ立てていたそうです。

親父も取り付く島もなく困ったそうです。

そうこうしている所へ、『○やん、こんなん所で何やっとんや?』と声を掛けてくる人がいたそうです。
親父の友達なのですけれどね。
親父の友達は至る所におりましたから。

年配の女性も親父が友達に事情説明をしている話を聞いて納得してくれたそうです。

親父が拾って連れて帰ってきた子供は、その年配の女性の孫(娘の子供)で預かっていたのだそうです。

親父が、『何で、あんな時間(午前3時ごろ)に子供を外へ出したんや?』と女性に尋ねると、

女性が言うには、『この子は、夜中に用を足しに行くとき、よくトイレのドアと玄関のドアを間違えて外へ出てしまうんです。』ということだったそうです。
気は付けていたそうなのですが、寝入ってしまっていて孫が外へ出てしまった事に気づかなかったそうでした。


まあ、何は、ともあれ良かった。良かった。という事で、その場を解散したそうです。


子供が好きな親父の話でした。音符







Last updated  2010.12.02 22:43:33
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2010.11.26
私が統一協会に勧誘されてしまったことを親父は人伝に知りました。
親父は、そのことを、それとなく電話で私に伝えたのだけれど、
親父は私を攻める言葉など、一切、吐きませんでした。

親父が最初に言ったことは、

『人間は誰でも壁やら天井に頭をゴンゴン、ゴンゴン、ぶつけながら賢くなって行くものやねんから何も心配せんでもええ。大事なことは自分の失敗したことは忘れんことや。
【成功とは、99パーセントの失敗の上に成り立った最後の1パーセントである】というていた人がおったんや。トーマス・エジソンの言葉やねんけどな。

他にも、【失敗は成功への一里塚である】というていた人もおったんや。

言うている意味は同じやねんけどな。
どんな失敗でも、その失敗をしたことを忘れへんかったら、それは成功へ1歩、近付いたということや。

せやから何も心配せんでええで。
父ちゃんが、今、言うていることも、今の、お前には理解できへんかもしれんけど、父ちゃんが、今、話したことを覚えといてくれたらそれでええさかいな。』

というものでした。

私も、この当時は複数の物事を関連付けて考えられない状態にありましたから親父が何を言っているのかが分かりませんでしたけれど。

統一協会を辞めた後も分かってはいませんでしたけれどね。

今、ようやくと分かり始めた。というところですかしら。

親父は、さらりと軽く言っていたけれど、
親父の話の内容は、とても重いものなのですよね。







Last updated  2010.11.26 14:06:51
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2010.11.18
私の実家は事務所兼住居でした。
親父が家で仕事をしていると男が物売りに来たそうです。

親父が購入を断ると、

男は、『俺は別荘から出てきたばっかりで金がないんや。何か買うたれや!なーぁ、おっさん!』と、凄んで見せたそうです。

親父:『へ~え。あんた、別荘から出てきたばっかりかいな?別荘いうたら俺も別荘を持ってるで。』

男:『あんた、ほんまに別荘に入ったことがあるんかいな!?』

親父:『ほんまに別荘に入ってたら此処には居らんで~ぇ。別荘に入ったのに出て来よったら人が腰抜かしよるがな~ぁ。よく見てみぃや!足がちゃ~んと有るやろ?あんたかて、嘘言うたらあかんで!ちゃ~んと足が有るやないか!』

男:『はあ?(・・)?』という顔をしていたそうです。

親父:『ほんで、あんたの別荘は何所に在るねん?』

男:『俺は網走の別荘から出てきたばっかりや。』

親父:『あんた、また、豪い遠い所に別荘を建てたんやな~ぁ。家族が参りに行くときは飛行機で行かんとあかんやないか。もう一寸家族のことも考えたらんと可哀想やで。今更、建ててしもうたもん、しょうがないけどな~ぁ。』

男:『別荘を建てたんやない。別荘から出てきたんや!』

親父:『あんた、足が有るやないか?別荘に入ってたんやったら足はないはずやで。嘘言うたらあかんで!』

男:『ほな、聞いらるけど、あんたは何所に別荘を建てたんや!』

親父:『神戸市営墓地や。俺が死んだときに入る別荘や。ほんで、あんたは、何時、別荘から出てきたんや?』

男:『ああ!今日は、もう、いんけつや!止めじゃ!』と言って帰ったそうです。







Last updated  2010.11.19 01:46:59
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2010.11.10
昔、親父が家で仕事をしていたとき、大学生くらいの女性が『昆布アメ』に似た食品を売りに来ましたそうです。
親父が玄関の戸を開けると、
『ニコニコ、ニッコー。で、¥2,500円です。』という口上で、田舎から出てきたばかりの様な風貌の素朴な若い女性が物売りに来たそうです。

親父は、『悪いんやけど、いらんわ。』と言って断ったそうです。
いくら断っても玄関から動こうともしなかったので、事情を聞いたのだとか。

若い女性は、『これを全部売らないと家へ帰ることが出来ないんです。』と、
なにやら分けありの様子だったので、親父は女性の話を聞いたそうです。

女性は北海道から出てきたばかりで、何も分からないまま食品を全部売ってくるように言われて訪問販売をしているのだ。と言っていたそうです。

親父が、『全部、売れたら家に帰してもらえるのやな?』と、その若い女性に聞くと、

若い女性は、『これを全部売った代金を渡したら家に帰ることが出来ます。』と言っていたそうです。


親父は、その女性が田舎なら出てきたときに、タコ部屋の親方に上手いこと言われて騙されたのやな。と思い、親父は、その女性をタコ部屋の親方なら開放して、無事、親元へ帰れるように手配しようと、
『品物を、オッチャンが全部買うてあげるさかい、あんたも、親の所へ帰るやで。』と言うと女性は大喜びしていたそうです。

親父は女性に商品代金を渡し、『親方は、あんたが品物を全部売るまで見張ってるんかいな?』と聞くと、

女性は『はい。』と返事をしたそうです。

親父が、『あんたを家に送り届けてくれる人が来るまで、オッチャンの家に隠れとき、親方が、あんたを連れに来ても、オッチャンが追い払うたるさかいな。』と言うと、その若い女性はキョトン(・_・)?としていたそうです。

親父:『大丈夫やで。今、警察に電話をして、あんたを保護して北海道の親の家に連れて帰ってくれるように、オッチャンが頼んであげるからな。』と言うと。

若い女性:『け、警察ですか?警察は呼ばなくいいです。本当に警察を呼ばなくても大丈夫ですから。本当に私のことでしたら大丈夫ですから。』と言って玄関の戸も閉めずに脱兎のごとく逃げるように駆け出して行ったそうです。

このとき親父は、その女性から¥2,500円の品物を4個、¥10,000円と帰りの交通費の足しにするようにと、¥5,000円を上げたそうです。


すぐに、親父も、その女性の怪しさに気づき情報を集めました。
私も、仕事から帰って親父から、その話を聞き、女性が売っていた品物の小売価格がいくらなのかを調べました。
品物の小売価格は¥500円でした。

親父が情報を集めた結果、統一協会の信者であったことが判明しました。

韓国へ行って、韓国人の男性と結婚するための修行としてボッタクリの訪問販売を行っていたそうです。

親父は近所の小父さん達と話をしていました。
親父:『親は知っとるんかいな?』

近所の小父さん 1:『親が、なんぼ言う聞かせても、親の言うことなんか聞きよらんねんと。大学にも行かんと、文鮮明いう朝鮮人のオッサンの命令しか聞かへんねんと。』

近所の小父さん 2:『親は情けないやろな~ぁ。あんな朝鮮人のオッサンに自分の大事な子を取られて情けないやろな~ぁ。』

と話をしていたそうです。


親父は、私に『警察』と聞いただけで怯えて暮らすような闇の世界の住人にはさせたくなかったのでしょうね。
お天道様の下で真っ当に顔を上げて暮らしていて欲しかったのでしょうね。







Last updated  2010.11.11 01:26:20
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2010.10.30
私が、まだ、統一協会。
父は、毎日、電話をかけてくれました。

父と、毎日、電話で話をしていることをアベル(私を管理していた人)に話したら。
アベルは、『サタンが入るから、お父さんと、これからは、もう話をしてはだめよ~ぉ。』と言っていましたね。

だから、私も父と距離を置こうとした。
極力、電話に出ないようにしていました。

アベル(私を管理していた人)の指示が出てから、4~5日経った頃だったかな・・・父からの電話がかかってきました。夜遅くに。
家の旦那さんが電話に出たのですよ。
仕方がないから私も電話に出たのですがね。

父:『どないしとったんや?元気やったか?』

私:『うん。元気やったで。ちょっと忙しかったから。今も忙しいねんけど。』

父:『そうか~ぁ。元気やったらええねんや。今日はなぁ、お前に、一寸、報告や。』

私:『何の?』

父:『あのな~ぁ、また儲けたで~ぇ。○百万、儲けたで!また儲けに行くからな!儲かったら、また電話をするから、電話に出るんやで~ぇ。話は、それだけや。ほな、おやすみ~ぃ。』と言って父は電話を切りました。


明くる日。
アベルは、『昨日も、お父さんから電話がかかって来た?』と私に問いかけてきました。

私:『はい。昨日、電話で「○百万、儲けたで。」という連絡の電話でしたよ。』

アベル:『お父さんは、何か、お仕事をしているの?』

私:『はい。いろいろ、やって稼いでいるみたいですよ。』

アベル:『今日は、お父さんと話をしてきたの?』

私:『父と話をするな。と言われていたから話はしていません。』

アベル:『あなたからも電話をかけていないの?』

私:『あなた(アベル)に、「サタンが入るから父と電話で話をするな。」と言われていますから私からは電話をかけていませんよ。』

アベル:『お父さんに電話をかけた方が、いいんじゃないかな?と思ったものだから。』

私:『ん゙~ん゙!何で?!この前は、「電話で話をするな。」言うたでしょう!?何で、今度は「電話をかけろ。」と言うの?いったい、どっちがホンマなん?!』

アベル:『この前は、お父さんの事情を、よく知らなかったから、私も、他の人と同じだと思ってしまったのよぉ。あなたと、お父さんの関係は他の人とは違うのよ。だから、これからは、お父さんと確りと心情を深めてね。今日はまだ、お父さんと話をしていなかったのよね?それだったら、今すぐに家に帰って直ぐにお父さんに電話をかけなさい。今日も、ビデオを用意していたんだけど、ビデオは何時でも見られますからね。明日か、明後日でもいいから見に来てください。今日は、家に帰ったら直ぐに、お父さんに電話をしてくださいね。それじゃぁ。気お付けて、行ってらっしゃい。』という話になって、

父の私の電話での会話は統一協会公認となったのでした。

その後、父は、いろいろな話をしてくれました。
私の話もたくさん聞いてくれました。
思い出すと心が温かくなります。








Last updated  2010.10.31 00:04:58
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2010.08.01
親父は、いのち、ギリギリのところで生きていたのだ。と、実感しました。
今、はじめて。
それまでは、頭では分かっていたけれど、心では分かっていなかったのだ。

私のブログでは、
『UCネタ』だけは重くならない。暗くならない。
どちらかといえば・・・・・お笑い系。

これは、親父の影響なのです。
親父のとった方法が、そうであったから。

親父の話し方は暗くはならなかった。
でも、メリハリがありましたね。

叱るときはキッチリと叱る!
UCの話は笑いを交えながら質問してくれました。

普通なら感情的になっても仕方がないのにね・・・・

深刻な話であるのに、笑いを交えながら質問するというのは相当な精神力と忍耐を要求されますよ。
しかし、親父は、それをやってのけた。

親父よ。
あなたは凄かった!
と、しか言いようがありませんね。






Last updated  2019.09.16 23:52:51
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2010.05.28
私の親父は、人から見ると変なオッサンである。
実際に、変なオッサンと言われたこともあった。
何時も素顔のままで生きていたからね。

何所が変か?というと、
大正男らしくないのである。
クリスチャンではないが、人をハグする癖があったのだ。

相手が男でもハグしていたのだ。
悲しみの中にある人に慰めの言葉の代わりにハグしていたのだ。

私は生まれてから、ず~~~~~っと、
親父にハグされてきた。

親父は所かまわずハグするから恥ずかしいときもあった。
が、、、、、今は、懐かしい思い出である。

そして、人間は、皆、平等である。
ということを教えてくれたのも親父であった。
人間には優劣などない。

優劣があるとすれば、
それは、努力することを放棄した人間である。
と、親父は言っていた。

子供のときは優秀な人間であっても学業を終えた後、その後の努力を放棄したものは劣った者となる。

バカと揶揄され続けた者でも、努力することを放棄することなく人生を歩んでいたなら、
その人のことを誰もバカにすることは出来ない。

何故なら、その人以上に自分は努力してきたと言い切れるか?を問われるからだ。
と、親父は私に教えてくれた。






Last updated  2019.09.16 23:06:07
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2010.03.29
統一協会に入っていたとき、
家の中にいる悪霊。
外から家の中に入ってくる悪霊。
それら全ての悪霊を吸い込んでくれる『お壷様』というものがあるという話を聞かされたことがありました。

大きい壷から、小さい壷まであるということでした。

大きな壷は、
私が住んでいる同じマンションの住人で、
私を統一協会に勧誘した人の家で見せてもらいました。
壷には龍の彫り物がありました。

親父に、それとなく、その壷の話をしたことがありました。

親父:
『孫悟空の話に出てくる瓢箪みたいな壷やな~。』

私:『ほんまやな~。』

親父:『悪い気(け)~、みたいなモノを、壷が吸い込むとして。その壷は、どうやって、それを吸い込むいうのや?』

私:『置いておくだけで良いらしいで~。』

親父:『置いとくだけで良いのか? ん゙ん゙・・・・・父ちゃんは、納得でけんな゙~ぁ。
孫悟空に出てくる瓢箪を持っていた妖怪の名前は何やったかいな・・・・・あれは何ちゅ名前やった?』


私:『え~とね。え~と。(思い出すまでに少し時間が掛かりました。)金角か銀角の、どっちかが持っていた。』


親父:『せや。せや。銀角やったな~。銀角が瓢箪の栓をとって名前を呼ぶのやったな~。ほんで、相手が返事をしたら瓢箪の中に吸い込まれてしまうんやったなぁ。

モモンが瓢箪を持って、父ちゃんの方に向けて「父ちゃん」いうて呼んだとして、
父ちゃんが「何や。」いうて返事をしたら、
父ちゃんは瓢箪の中に吸い込まれてしまうねんな~ぁ。』大笑い

と親父は笑いながら孫悟空の話を例えに使って説明してくれました。


私:『うん。うん。銀角の瓢箪が本当にあったら、そないなる。』大笑い

と、親父と電話で『孫悟空』の話で盛り上がっていました。

孫悟空が、銀角が持っていた瓢箪に吸い込まれてしまったけれど、
上手く瓢箪から抜け出して、
最後は、金角と銀角を瓢箪に閉じ込めて、めでたし。めでたし。
という話で盛り上がっておりました。


親父は、統一協会について、あまり批判的なことは言いませんでしたね。
そういえば・・・・
親父は自分の昔話を交えながら面白おかしく話をしてくれていました。

親父の人生もジェットコースターのような人生でしたからね・・・・
話の種が尽きることはありませんでした。






Last updated  2019.09.16 22:39:40
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2010.03.06
アベルが、
『見たい映画があれば、こちらで用意しますからリクエストしてもいいですよ~ぉ。』
と言ったからリクエストしたのだけれど・・・・

用意してくれませんでした。

私がリクエストしたのは、
チャールトン・ヘストン主演の
『ソイレントグリーン』という映画でした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%82%A4%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3

近未来の食糧事情を題材にした映画なのですが・・・・

子供の頃、見に行きたかった映画でした。
テレビで予告編を見たときに・・・・
『50年後、そうなるかもしれないよな・・・・』と思って見に行きたかった映画でした。

それから数年経って、テレビで見ることが出来ました。
見た後・・・・考えさせられました。

このまま何の対策も取らずに飽食の時代を突き進んで行ったら、こうなってしまうかも・・・・と思ったら、背中が寒くなりました。

それから、また月日が流れ・・・・親父も出張先の旅館のテレビで深夜放送していた『ソイレントグリーン』を見て、その内容に釘付けになって見ていた。と、
家へ帰ってから言っていました。
で、映画の話で親父と盛り上がっておりました。

それから、また齢を重ね・・・・

統一教会に勧誘されてしまった私の目を覚まさせるために、親父は交流の時間を作ってくれていました。

このときも、あの『ソイレントグリーン』の映画の話で盛り上がりました。
私にとっては思い出深い映画です。






Last updated  2019.09.16 22:26:35
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