助けてもらったブログのご紹介
いざチョビとのエピソードを書こうとすると、今でも辛くて文章に出来ない記憶がまだ沢山ある。 デジカメ以前のチョビの写真もアップしたいとスキャナーの機能のついたプリンターを去年買ったくせに、どうしても心の何かがつかえてスキャナーできないまま...。 チョビが地球の空気に戻っていったのは去年の冬。 それからの私は「早く元気にならなくちゃ息をひきとる瞬間まで大切なものを与え続けてくれたチョビのためにも・・・。言葉では言い表せない大事な事をたくさん教えてくれたチョビのためにも相手を思いやれる本当の強さを持った人間にならなくちゃって・・・」心の中で何度もそう繰り返し思っていた。 そう、思ってはいた・・・。思っちゃいたけど、心の支え(チョビと親友の1人)がなくなった私は あまりにも弱かった。 去年は、チョビと親友が続けて亡くなった後も『弱り目に祟り目』『泣きっ面に蜂』とは良く言ったもので、次々に蜂(大きな出来事)が襲ってきた。 それも、蜂は蜂でも以前私を刺した蜂、にっくきスズメバチと同じ蜂だったらしく刺した時に針が取れないから何度でも刺すわ、刺す時に特殊な匂いを出すから、それめがけて仲間が次々襲ってくるわで『泣きっ面に蜂の大群』だった。 私の脳も心も体も限界をはるかに超えていて、私のちっこい器じゃ、それぞれの事を受け止める事が出来ない状態だった。 そんな私を心配する知人から「早く新しい犬を飼ったら?」「だからチョビが死ぬ前に、もう1匹飼っとけばよかったのに」と言われるたびに、 「違う!私は犬に居て欲しいんじゃない!チョビに居て欲しいんだ!チョビの代わりなんて、どこにもいない!」と余計に辛さが増して、心の殻もさらに厚くなるばかりだった。 チョビは私とって特別な存在だった。 チョビと過ごした15年の間には自分の体調などの問題の上に家庭内の大変な事情が重なる非常に苦しい時期があった。 悩み苦しみ押しつぶされ、心が砕け散ってしまいそうだった時に、チョビの存在にどれほど助けられたかわからない。 そんなチョビは犬とか人とかそういうものを超え、かけがえのない存在(個犬?)だった。 だから、「つれづれなるモナカ」のきなこさんが多頭飼いをすれば、万が一の時に残った方を抱きしめて過ごし、その存在で1がゼロになる淋しさから逃れられると思っていたけれど違ったと言って下さって私の気持ちを分かってもらえる人を見つけたようで、ずっと溺れて息が出来ずにいた私は浮き輪を投げてもらったような気がした。 また、フラフラとハスキーや老犬のブログを放浪していた時に出会ったのがしっぽさんが先代のご長寿ジェフ君の日々を温かな目で見つめてジェフ君へ話しかけられていた「ジェフとサリーの犬写真」でした。 短めの文なのに、その言葉からは思いが溢れこぼれていた。 愛しくてたまらない、だからこそ亡くすのが怖い。チョビとの日々で感じていた思いと重なって、このブログを読みながら素直に泣くことが出来た。 他にもメールやブログ等などで、いっぱい優しさをもらっていた。 その中でも、今回特に上に2つのブログを紹介させてもらったのは、愛する存在を亡くした時に「(ペットということで)結局は誰にも深い悲しみに共感してもらえない」「心が疲れ果てて、虚ろで何も感じれない」という時に、共感できるホッと安心できる場所・少し楽になれる、そんな場所だと思ったから。 愛するパートナーをなくした誰かが、私が『やっと呼吸が出来た』と感じたように、ほんの少しでも癒されたらいいな・・・。