やる気は自分から
小学校ではずっと逆上がりができなかった。毎年テストがあるが、私はダランと腕を伸ばし、上がらない足を見せ、先生が渋い顔をしてメモを取って終わりだ。体育の成績はもちろん悪い。
そんな私が入学した中学校は運悪く、器械体操が盛んな学校だった。体操部でもない男子が、鉄棒で蹴上がり、大車輪を休み時間にやってのける。それはもう圧巻で、素直に憧れのまなざしを向けたものの、自分が鉄棒に向き合うとは思いもよらなかった。
しかし、逆上がりのできないのは許されなかった。できて当たり前なのだ。中学生になると小学生の時より、成績は気になる。内申点に響くからだ。
私は休み時間に仕方なく、大車輪をやっている同級生の隣で情けなく逆上がりの練習をする羽目になった。腕力のなかった私はどんなに頑張っても足が鉄棒の上に来るまで、持ち堪えることができない。見かねた友達がアドバイスしてくれた。
「逆上がりのやり方って二つあるんだよ。腕の力で足を持ち上げるのが一つ、もう一つは地面を思い切り蹴って、その勢いで回るんだよ」
そうか。腕力は無理だと悟ったので、勢いで回る方に賭けることにした。すぐにはできなかったが、手ごたえがある。一か月後に、中三にして、初めて逆上がりで回ることができるようになった。嬉しかったが、中学生で逆上がりの練習をしている人はあまりいなかったので、隣の大車輪と比べて恰好が悪いなとも思った。
逆上がりは体の軽いうちにマスターした方が絶対にいい。そう信じた。
我が子にも同じように考え、幼児期に特訓した。娘はできるようになったものの、特に嬉しそうでないのが少し気になった。
そして、娘が小学校に入学した平成の時代。小学校は指導方針が変わったのか、鉄棒に重きを置いていない。逆上がりも評価の対象になっていない。拍子抜けした。調べると、器械体操は怪我が多いため、時代的に慎重になったのだ。やりたい子がやるのはかまわないが、あまり積極的ではない。私があんなに指導したり、特訓したりしたのは何だったのだろう。
六十四歳になった今ならこう思う。本人がやる気になった時が適齢期だ。私が中三でやる気を出したのは別に恥ではなかったのだ。やる気は強制するものではないと反省する。
そして私のやる気というのはいつもズレていて、フラダンスやピックルボールが上手くなりたいとこんな年になっても思う。中三の逆上がりのような奇跡が起きないだろうか。