カラオケブログ
夕食を6時半頃済ませてから自分のブログの
アクセス数を調べていて、
急に歌を歌いたくなってきたので、
ブログからカラのオーケストラを捜し出し、
そのカラオケで歌を唄った。
まず最初にオオソレミーオを歌い、次にはロシア民謡の
カチューシャを歌った。
すると体が軽くなった気がしたので、次から次へと
歌いだしたら夜の9時になってしまった。
あっという間に2時間以上も歌いまくったら
身も心も軽くなった。
そのあと、妻も参加したので
通算3時間30分歌ったことになる。
これだけ一気に歌った事は
いまだかつて学生時代以外には無い。
私の学生時代は音楽クラブに所属していたので
毎日コール・ユー・ブンゲンで
ア、ア、ア、ア、ア、ア、アの
声の上げ下げの発声練習をした。
また私の学生時代は
藤原義江の歌劇団が全盛期だったので
私には大変な影響がありました。
文化祭では殆どの人はコーラスだけでしたが、
私ともう一人の人がソロで
発表しなくてはならなかったので、
ビアノ伴奏で毎日特訓した記憶があります。
特に発表曲がロシア民謡のカチューシャなので
源語のロシア語で覚えるのが厄介でした
。レコード盤を買ってきて、それを聞きながら
何百回となく歌いまくって
ロシア語独特のコロガシを覚えた。
この転がしを覚えあがる頃には
喉元から血が出てきた記憶があった。
声は皺がれて潰れ別人のような人
の声に変わってしまったのです。
何分初めてのことなので心配は
したが誰でも経験することらしい。
韓国の演歌歌手チョウ・ヨンピルは
ワザワザ1度ならず2度も声を潰したそうである。
味のある声を出すにはこの方法のみのようである。
最初のステージは誰でもあがるものだ。
私などはステージに上がって、
お客の目と目があったら急に
顔が赤面し上がってしまい、
歌を全部忘れてしまった。
観客席を暗くする手はずが、
担当者がライトを消し忘れたミスが、
為した不祥事であった。
早速用意しておいた歌詞カードを
見て歌おうともったら、
ピアノを弾く女の子も上がって
リズムが全く合わないので、
伴奏なしのソロで歌うことにした。
その当時はマイクなしの時代だから
大講堂の隅々まで届く声でないと
歌う資格が無かったので、
二人のみしか歌い無かったのです。
歌詞カードを見て歌ったら
カンニングと野次を飛ばされたが、
最後まで歌ったので
拍手喝采が送られホッとした。
伴奏なしのソロは歌い手が
かなり上手でないと
ステージ映えが全くしなく、
御粗末な結果となるものである。
上がるという事は今までの努力を無にするので、
これを期に上がらぬ為の度胸をつけるために、
社会人となってからは
友達や知人の結婚式の司会や
あちこちのカラオケの司会やらに
顔を出して場慣れを
経験して自分自身に自信をつけさせた。
しかし、上がる性質は自意識過剰の
性格から来ることが多いので、
場面によってはまだ上がる性質は
治っていないようである。
書くことが上手い人は必ずしも話す事が
上手いとは限らぬものである。
書くことは見なおすことが出来るが、
話す事は見直しが出来ないのが
泣き所である。
頭のいい人より悪い人の方が意外と
お喋りが上手いようである。
頭のいい人はミスの無いようにお話するが、
頭が悪い人はミスをあまり意識しないで
ごまかしながら話しているので、
意外に話が上手に聞こえるのである。
虚実皮膜の間に芸の境地を見えだした
近松問左衛門がいるが、
話し方にも嘘を取り入れると
真実味が増してくるのである。
だから政治家の弁舌は
この種のものが多いのである。
あまりにも真面目な方は
不良な方よりも厄介者である。
不良さと真面目さを備わった方が
意外に世の中に通用するのである。
人生を一つの生きるための芸と思えば
虚と実は常に交錯する関係にあることになる。
デタラメ人間の方が案外出世しているのが
その証しであろう。
カラオケブログがこのような境地まで発展したが、
インターネットでカラオケが出来ることを知った私は
今後このカラオケブログに填まりそうである。
お金はかからないし、デジタルテレビの大画面に
繋げられるので迫力を増すことも出来る。
皆さんも是非利用して歌ってください。