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田崎正巳のモンゴル徒然日記

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島田隆の天職相談室 しまりゅう52さん

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2009.04.21
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今日は、モンゴル企業の経営者と夕食をご一緒しました。

こういう機会のほとんどは、友人のBさんのご紹介です。当たり前ですが、日本から来たモンゴル大学の先生にわざわざ会いたがる人はいませんから。ビジネスの世界は、学校とは全く別の世界であるのは、日本もモンゴルも同じです。

今日お目にかかった方は、なんと社会主義時代に日本へ留学した人でした。今でこそ、たくさんの留学生が日本へ行きますが、当時はロシアや東欧が主流で、本当は日本へなんか行きたくはなかったそうです。

当時は、年にたった2人しか日本への留学生はいなかったそうですが、今日本にいるモンゴル人留学生は1000人を超えているそうです。そういう社会主義時代と民主化後の変遷を直接経験された話は、結構面白かったです。

友人のBさんをはじめ、現在の留学経験者のほとんどは民主化後ですから、現在のような自由な体制が当たり前みたいですが、やはり社会主義時代は全く違っていたようです。社会主義側の経験者から直接話を聞くのは初めてでした。

日本に留学中は、「日本人と付き合うな」「勉強以外は、何もしてはいけない」などと強く言われ、少ない留学生同士、お互いを監視させていたんだそうです。

まさに、見聞きした通りの話で、面白かったです。中国やロシアの話では良く出てきますが、さすがに社会主義国はどこも同じなんだなと思いました。

そういう初期の留学組の人は、ほとんど偉くなっているようです。その頃の一緒だった(といっても毎年2人なので、前後合わせても知れてますが)留学生仲間は、現在は会社経営者や国会議員、官僚などになっているそうです。

彼の展開してきた事業の話も、概ね「昔の留学経験者はやはり特別だったんだな」と思えるような話がいくつもありました。

国内に数人しかいない上級通訳になり、それが縁で日本政府や企業の要人とパイプができ、日本政府からの借款とか投資の受け皿になり、どんどん大きくなっていったというわけです。

建設会社を作れば、日本政府・企業がそこを使ってくれ、貿易会社を作れば、日本政府・企業がそこを通してくれる。日本人が増えてきたので、要人相手の日本料理屋をやれば、JICAや商社が使ってくれる、というわけです。

そしてこれらの成功を基に、小売業、卸業、自動車ディーラーなどのローカルビジネスで、着々と地位を築いてきたと言えます。

もちろん、今ではそんなビジネスがメインではないですが、こういうバックアップで大きく成長できたようです。まあ、途上国の典型的パターンともいえるかもしれません。

ただ、こういう形で成功してきた人へのコンサルティングは、ほとんど無理だなと思いました。人脈や特別な資金の導入で大きくなってきているわけで、特段の競争上の優位性で伸びてきたわけではないのです。

こういう第一世代の留学帰りの人たちが、ほとんど自動的に成功への切符を手に入れた後、第二世代(友人のBさんの世代?)は、もうちょっと起業家的なマインドで、人によっては成功を収めているようです。

日本だけでも1000人もいる状況では、今の留学生は、留学したからといって自動的に成功するのは難しいでしょう。今後のビジネスこそは、本当に顧客にどう付加価値をつけるかという、ある意味先進国と同じ考え方で向かい合う必要が出てくるでしょう。

さすがに日本留学組の先駆者の一人ということもあり、多くの後輩たちを纏め上げて行きたいという気持ちがあるようでした。そして、日本企業にもっとモンゴルへ来てほしいという気持ちもあるようでした。

モンゴルでの現在の成功者は、大体こんな経緯で大きくなってきたのではないかと思います。これからの世代は、市場が小さいだけに、なかなかそんな風にはいかないだろうなと思いました。






Last updated  2009.04.22 00:32:36
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