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カテゴリ:日本の生活(日常)
連日、民進党党首候補者である蓮舫の国籍問題が話題になっています。
台湾籍だ、中国籍だ、いやいや中華民国籍だなど、二重国籍の日本以外の方の定義もままならない状況です。こういう報道を耳にすると、なんか「痛ましいな」と思ってしまいます。 確かに野党第一党の党首は、理屈で言えば日本の首相になる可能性がありますから、単なる「ヒラの一般議員」とは違う見方をされるのもわかりますから、そういう議論があること自体は否定しません。 ですが、突然聞いたこともないような評論家も含め、日本の国籍制度の解説や台湾の成り立ちなどの経緯を述べながら、ニュースやコラムで書く内容については「叩いちゃえ」という悪意を感じます。 またネットニュースなどに比べ、テレビのニュースの量が少ないのも感じます。この辺にネットニュースの特徴というか、ヤバサ加減が潜んでいるようにも見えます。 テレビのニュースの場合は、仮に怪しいとしても「どういう基準で怪しいのか?」「具体的に、この問題がどういう法律に触れるのか?」が明確でないと、ニュースとしては流せないでしょう。 「えー、おかしいじゃん。なんか、過去に言ってたことと違うらしいし、中国の血が入ってるってことなんじゃない?」みたいな、いい加減な噂話ではニュースには取り上げられないでしょう。 貴重なテレビの時間枠があるわけで、どの問題を取り上げるかの優先順位付けは非常に重要なのです。 他方、ネットは違います。物理的に言えば、ほとんど無制限みたいなものです。だからこうして私なんかでもネットに記事をかけるわけです。 全然厳選された情報でも、審査された情報でもない、その辺の与太話がもっともらしく「ニュース」扱いされるのが、ネットニュースの特徴です。 私はこうしたセンシティブな問題は、扱うならもっと深く考えるべきだと思います。 表面的に「二重国籍だ」「政治家のくせにけしからん」「17歳で国籍変更?覚えているはずだろ!」などと、普段は国籍のことどころか日本の歴史をまともに読んだこともない連中が、21世紀のこの世が100年前から続いていると考えているんじゃないかと思えるような身勝手な論理で話すことに、非常に抵抗感があります。 「二重国籍?」「外国籍?」 一体、どういう国の話をしているのかわかっているんでしょうかね?ロシア籍、アメリカ籍などとは全然違うのです。 私は台湾や韓国籍の人たちの国籍問題を語るときは、一呼吸置いてその経緯を寛大に理解しなければならないと思っています。 それは台湾や韓国は70年前まで日本の植民地だったからです。戦争するときも、日本国籍の兵士として戦った人たちなのです。 その後、当然ですが国籍は変わりましたが、それは「個人の意思」とは関係なく、国と国の勝手な論理で翻弄されてきたのです。 「いやいや、何言ってんだ。そんなのは昔の話で、蓮舫は戦後生まれだろ?」と言うかもしれません。 ですが、わずか70年前なんてまだまだ我々の親や祖父母世代です。別に、古代のルーツ探しの話をしているのではありません。 しかも、70年前にルール、つまり法律が変わったまま、ずっとそうだというのならまだしも、日本の台湾や韓国、北朝鮮の人たちへの国籍に関する法律は結構変わっています。 昔(といっても戦前ではなく、戦後)は、父親が日本人でなければ日本国籍ではなかったが今は母親が日本人でも日本国籍が取れる、とか。 要するに「現代の目」で見れば、蓮舫は普通に日本で生まれて、日本国籍をすんなり取得できたことなんです。どうせ歴史を知らずに批判するなら、今と同じ目線で理解してほしかったです。 つまり、今回の疑惑らしい本当の原因は、今生まれていれば何の問題もないのに、昔生まれたからこんな問題になった、って話です。 それを鬼の首でも取ったかのように、旧植民地国の特殊事情も知らずに、更に現代であれば何の問題も発生しないであろう問題を、あたかも個人の悪意の現われのように扱うネットニュースには呆れてしまいます。 「そんなことを言ってんじゃない、蓮舫はそもそも台湾国籍が良かった、みたいなこと言ってるじゃないか」とか「台湾への思い入れがありすぎるじゃないか?」という声もありますが、そんなの当たり前です。 私の姓は父方のものですが、私にとっての祖父母は両親両方の親であり、そのどちらかがどちらより大事なんてことはありません。 こう書くと「政治家は特別」とか「嘘が良くない」とか言い出す人もいるでしょう。もちろん、そこへの批判はあるのはわかりますが、「なぜそう言わざるを得ないのか?」に思いを馳せる必要があると言いたいのです。 周辺国を植民地で巻き込んで、その後は一転「お前は国籍が違う」で差別する。身勝手極まりない論理です。 私だって、自分の顔から想像するに、おそらく朝鮮半島から何千年前かわかりませんが、渡ってきたことでしょう。 ですが、国籍や出身問題で批判されることはありません。今日生まれてきた、日本人のお母さんと台湾人のお父さんの間の子供も、法的には当然に日本人ですから、このような問題はありません。 あえて言えば、「1945年から1985年までのこの特殊な期間に生まれた人だけの問題」であって、それ以前もそれ以後も、蓮舫のケースでは単純に日本人なのです。(現在は選択できるという前提ですが) もちろん政治家ですから問題にされるのは仕方ありません。蓮舫もそうした覚悟はあったでしょう。 でも、この問題をあたかも蓮舫個人の過失、場合によっては悪意と捉えて批判するのは、いかにも思いやりがなさすぎます。 植民地支配した国が、その地の人々の国籍問題で、国の問題を個人に全部負わせて批判するのは本当に情けないです。 モンゴル人も他人ごとではありません。私の出会った内モンゴル人は「あなたは何人ですか?」と聞かれると「モンゴル人です」と答えました。 でも、モンゴル国のモンゴル人は「えー、あれは中国人だよ。一緒にしないでよ。」という態度をとります。 いつの日か「モンゴルで生まれたモンゴル人」「中国籍のモンゴル人」「元中国籍だったが今はモンゴル国籍になったモンゴル人」「お父さんは内モンゴル人だが、お母さんは漢人で、自分はモンゴル人だと自覚している内モンゴル人」・・・・ いくつものパターンが出てくるでしょう。その場合の国籍問題は、なんだかもっとややこしくなりそうです。 でも、そのややこしさは、彼ら個人の責任ではないのです。国同士の様々な歴史から、涙なしには語れない事情でそうなってしまったのです。 その時に、ちょっとでも「中国の血」があるからと言って、その人を「お前なんかモンゴル人じゃない!」「嘘つきやがって、この野郎!」などと言っていいものでしょうか? 過去の経緯に敬意を表しない人は、当然ですが良き隣人にもなれませんし、周囲の国からも尊敬は得られないでしょう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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日本とモンゴルは単一民族国家ですので、一般人にはnationality(国籍)とcitizenship(市民)の区別が難しいです。ちなみにロシア語ではこのように区別しています:Rossiyanin-ロシア連邦市民、Russkiy-ロシア民族の人。 確かに英国も同様です。
やはり、チンギスハーン時代の人材登用では宗教差別・人種差別が無かったです。優れた者たちがそのようなことで地位が与えられなかった場合ではモンゴル帝国ような世界帝国の存在も無かったかもしれません。 (2016.09.15 20:53:41)
カザフ人さん、ありがとうございます。
おっしゃる通り、日本はあまりにも単純に割り切りすぎていると思います。周辺諸国、民族との混合はありうるという前提で考えねばなりませんね。 (2016.09.15 23:02:00)
蓮舫さんは日中のハーフと言われていますが、父親はご存じ台湾国籍です。母親は日本国籍。ここまではわかりますが、母親の元の国籍は中国ですょ。よって日本の血は一切入っていません。これはどうなんだろう?と思います。当時中国人が帰化できる可能性は残留孤児さん関係以外では皆無です。帰化方法にも疑問が残りますね。
(2016.09.16 10:35:49)
http://defence.pk/threads/murata-renho-japans-strongest-female-politician-is-a-chinese-japanese.397327/
バックグラウンドとの表記でした。訂正します。 (2016.09.16 10:51:48)
訂正しますさん、訂正ありがとうございました。
いろんな過去のことがネットに出ていますが、今は日本人だということですね。 (2016.09.16 14:09:43) |