2880852 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

田崎正巳のモンゴル徒然日記

田崎正巳のモンゴル徒然日記

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

モンゴル2008

モンゴル2008

Category

Calendar

Favorite Blog

島田隆の天職相談室 しまりゅう52さん

Comments

愛読者@ Re:ブログ休載中(09/03) 長い間お疲れ様でした。どうかお大事にし…
Mei@ Re:ブログ休載中(09/03) お大事になさってください。ブログの再開…
あくつ@ Re:ブログ休載中(09/03) お大事にしてください。 再開を楽しみにし…

Freepage List

Headline News

2019.10.13
XML
本ブログとは別の「徒然散文記」(著者同一)というのがYahooブログにありますが、そのYahooブログが間もなく閉鎖さるとのことで、一部転載します。

以下、2010/3/14付け「ダライラマとモンゴル」を掲載します。



チベットについては、本ブログでも何度か取りあげて書いてきました。

恐らくチベットとモンゴルの両方を訪れたことがある日本人はそんなに多くはないと思いますが、私は両方の国に関心を持っているので、ニュースなどを見てもどうしても気になります。

最近のニュースでも、ダライ・ラマがアメリカを訪れたとか、中国でパンチェン・ラマを高い地位に引き上げたなどが断片的に報道されています。

本ブログの読者のほとんどの方は、ダライ・ラマのことはご存知でしょうが、その歴史や中国が持ち上げるパンチェン・ラマなる人との関係は、良くわからないでしょう。

先日も、ダライ・ラマと会ったことがあるという私の友人のブログにコメントを書いたところ、ダライ・ラマの名前の経緯はやはり知らないようでした。

ですので、ちょっと備忘録代わりに、これらのことについて書いてみます。私が見聞きしたり、本読んだりして得たことが基になっていますので、多少の誤解や認識違いがあるかもしれませんがご容赦ください。

モンゴルではダライ・ラマを「ダライ」と呼ぶ人が多いです。当初、なんでダライ・ラマと呼ばないのだろうとちょっと不思議に思っていました。ただ、どうもこの名前は「ダライ」と「ラマ」とで分かれるのだろうというくらいは推測できました。

そしてなんと「ダライ」というのはモンゴル語なのだそうです。なので、モンゴル人はモンゴル語である「ダライ」という名前をそのまま呼ぶことが多いのでしょう。

「ラマ」というのはもちろんラマ教のラマに当たり、モンゴルではチベット仏教をルーツとするモンゴル仏教(基本的にはチベット仏教と同じようです)を「ラマ」と呼ぶことが多いです。

つまり「チベット仏教」とか「モンゴル仏教」と呼ばずに、これらをただ「ラマ」と呼ぶのです。元々は、この「ラマ」というのは、高僧を指します。

この中でも生き仏と言われる「化身ラマ」というのが特に地位が高いのです。この化身ラマにダライ・ラマやパンチェン・ラマも含まれます。

化身というのは、転生したラマという意味で、例えば今までダライラマ13世がいて、彼が死んだら、彼の後継者を国中の子供の中から探し出し、ダライラマ14世にするというものです。つまり、14世は13世の生まれ変わりとされるのです。

チベットは1、000年以上も前から、漢民族の支配する中国とは別の独立した地域でした。

そこにはインドから伝わった仏教が栄え、10世紀以前からチベットの支配者はインドに仏教を学ばせるために留学僧を送っていたそうです。インドの仏典をチベット語に翻訳させるためにチベット文字が作られたと言われています。

インドで仏教が滅びた後は、インド仏教の実質的な後継国はチベットであるとも言われたほど、仏教に関しては中心的存在でした。

そして時代はチンギスハーンのころです。ご存知のように、モンゴル帝国は今もって有史以来地上最大の帝国ですが、当然チベットにもやってきました。

チンギスハーンの後継者は、チベット仏教をモンゴルの国教としました。そして当時のチベット仏教の最高指導者をモンゴルに招き、チベット全土の統治権を与えたのです。この時から、チベットでは正式に宗教のトップが政治のトップになるようになったと言われています。

その後、モンゴル帝国の衰えとともに、チベットではいろんな宗派が権力を取り合うようになりました。そして16世紀になって、再びモンゴル軍がチベットにやってきて、その時ある宗派の高僧に贈った称号が「ダライ・ラマ」という称号なのです。

ダライはモンゴル語で大きな海という意味です。日本語的には「大海高僧」とでも訳せるでしょう。

この時の高僧は偉い人で、自分をダライ・ラマ1世とせずに、先々代を1世、先代を2世とし、自分は3世と名乗ったそうです。

そして、5世の時に、現在に続くチベットを統一したのです。ですので、モンゴルにおいては、チベット仏教が精神的支柱となり、チベットにおいては、背後にあるモンゴルの強大な軍事力が権力の基盤となったというわけです。

つまりお互いの強みを相互に支え合う、ウィンウィンの関係だったということです。今の有名な14世は、もちろんその時から続いている「ダライ・ラマ」です。

こういうことから、両国を旅行してみると、距離が遠い割にはなんだか近しいものを感じるなあと思うわけです。

化身ラマは転生による、と書きましたが、実際にはどうやるのでしょうか?本や聞いた話を総合すると、こんな感じです。

高僧(例えば、ダライ・ラマ)が死ぬと、その死に際してダライ・ラマが残したとされる暗示や高僧たちの予言や啓示などに従い、次のダライラマが生まれる地方や特徴が決められるのです。その特徴を基に、僧たちが全国からいろんな場所に出かけ、予言や啓示に合致した子供を探すのです。

更に、選ばれた子供たち(ダライラマの候補者)たちは、本物かどうか試されます。ダライラマであれば前世の記憶が残っていたり、ダライラマ前世の癖が同じとか、いろんなことを調べ、それで合格すると、ダライ・ラマの生まれ変わりとして認定されるのです。

ただ、選ばれるのは子供ですから、成人(16歳から18歳)になるまでは、高僧の一人が摂政として政務をおこない、成人したら全権がダライラ・マ法王に引き渡されるのです。

こう書くと、なんとなく「なんだか人為的にインチキできそうな後継者選びだ」と思われるでしょう。ですが、チベットでは真剣にこれをやり続けてきたようです。

ですが、このちょっと「インチキくさい人為的な後継者選び」を感じ取ったのは、やはり今の中国です。「おお、これは便利なシステムだ」と言ったかどうかは知りませんが、完全な世襲よりも付け入る隙はあるわけです。

中国ではダライ・ラマを認めていません。もちろん、政府レベルでは存在はわかっていますが、一般人には敢えて存在すらも抹殺しているように見えます。

私がチベットへ行った時に、観光ガイドにダライ・ラマのことを聞いたら、真顔で「誰ですか、それ?」と聞き返しました。

英語もペラペラでチベット観光の専門家の漢人が知らないはずもありません。一緒にいた外国人も、一様に驚いていました。

私がしつこく尋ねると「そんなこと聞くなよ。答えられるはずがないだろう?」という顔をしました。

とはいえ、中国政府としては、観光的にも魅力のあるチベットは「チベット仏教の国である」ということはアピールしないといけないし、中国政府は「こんなにチベット仏教と仲良いよ」というところを見せないといけません。

で、出てきたのが、例の転生です。

ダライ・ラマは、文字通り政治と宗教の両方のトップですが、パンチェン・ラマというのは宗教上のトップと言われています。ですから、実質的にはナンバー2というところです。

このパンチェン・ラマの先代が亡くなった時(これも不審な死に方でした)に、中国は自分で「これが次のパンチェン・ラマだ」と連れてきたのが、今のパンチェン・ラマ11世です。ですので、中国的には彼が現在のチベット仏教のトップだということです。

ちなみに、チベット国内でも、上述のやり方で「本物の」パンチェン・ラマ11世を選び出しましたが、その子供は中国政府に連れ去られたまま、両親ともども現在も行方不明だそうです。

これはそんなに昔の話ではなく、1995年のことです。これがいわゆる「2人のパンチェン・ラマ問題」と言われるものです。

最近も新聞に出ていました。20歳になったパンチェン・ラマ11世を中国政府の宗教関係の高位に付けようとしています。まさに「傀儡」以外の何物でもないことは、誰の目にも明らかです。

私はチベットの観光ガイドに「どうしてチベット民族の象徴ともいえるパンチェン・ラマは、ラサに住まずに北京に住んでいるのですか?」と聞いた時、彼は答えられずに、咄嗟に「パソコンが好きだからでしょう」とわけのわからない答えをしました。

モンゴルとの関係、ダライ・ラマの意味、転生、パンチェン・ラマ問題など少しでも関心を持ってもらえたら幸いです。

私はもちろん、チベット人が民族として完全に自由になれる日が来ることを祈っています。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2019.11.10 10:16:51
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.