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田崎正巳のモンゴル徒然日記

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モンゴルとチベット

2016.06.20
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ダライ・ラマとオバマ大統領が会談したとの報道がありました。大統領として会うのは4回目だそうです。

この会談は、会談が行われる前から中国によるお得意の「分裂主義者のダライ・ラマと会うべきでない」との批判がなされていました。もちろん会った後もオバマ大統領を「卑劣」だとか中国国民が「傷つけられた」などと騒いでます。

中国が傷つけられた、という意味が分かりません。中国がチベットを傷つけるどころか、殺戮を繰り返してきたというのに、よくまあそんなことが言えるなってことです。

実際、騒いだってどうってことないわけで、それで米中で何かが起こるなんてことはあり得ません。私はオバマ大統領の決断を支持するし、他国もどんどんこうして会っていけばいいと願っています。

ですが、我が日本の首相はダライ・ラマには会っていません。会う機会はいくらでもあるわけで、実際に毎年のようにダライ・ラマは来日していますから、要は意思の問題です。

調べてみると、安倍さんがダライ・ラマと直接会ったのは、2012年11月のダライ・ラマの日本での講演会の時のようです。

講演会は国会議員向け特別講演とのことで、参議院会館で行われました。しかも安倍さんは「チベットで人権が弾 圧されている現状を変えていくために全力を尽くす。」とまで言明しているのです。

ま、この人の場合「全力を尽くす」という文句を安売りしているため、なんでもかんでも全力を尽くしているうちに、何もできない人になっている側面はありますけど。

ですがこの力強いコメントも「自民党総裁」時代に言っただけなのです。首相就任はこの講演の1か月後の12月なので、ことの発言はまだ日本国のトップじゃなかったんですね。

そんなに「全力を尽くす」と言うなら、本当に日本のトップになったんだから、やれよと言いたいのですが・・・もちろん理由はわかってます。要するに中国の批判を気にしているのです。

安倍さんが大好きな靖国神社だって、結局はほとんど行けてません。もしやれば、また中国が日本車を壊したり、日系デパートを破壊したりさせることでしょうから。

確かに経済面からすると、そのリスクを冒してまで、靖国行くべきだとは私も思っていません。ですが、靖国は日本固有の問題だからそのリスクを避けるのはわかります。

が、ダライ・ラマについてはオバマ大統領がもう4回も会っているんです。中国側はさすがにシボレーやマクドナルドを壊したりしませんし、ボーイングの購入をキャンセルもしません。

さすがの中国も「アメリカは仕方ないけど、日本は許せない」という論理は難しいでしょう。そもそもダライ・ラマを匿っているインドの首相にもニコニコして会っているんですから、中国の主席は。

要するに本質の論理なんかなく、弱そうな相手にだけ吠えるという昔ながらのやり方をやっているわけです。それだけ日本はなめられているってことですね。

そんな相手の出方を気にして、「全力を尽くす」と言ったチベット解放への協力もできない安倍さんは、国内的には強気の姿勢を見せる右寄りの政治家には見えますが、対外的には結局は歴代首相と同じ腰砕け型なのでしょう。

そんな日本の首相の弱気ぶりを以前モンゴルで話していたら、モンゴル人に「私たちは中国なんか全然気にしないし、怖くなんかないよ。ダライ・ラマとの関係は古くからあるし、確かに中国は文句言うらしいけど、そんなのを気にするモンゴル人なんていませんよ」と笑い飛ばされました。

確かに「ダライ・ラマ」という名前を名付けたのもモンゴル人ですし、現ダライ・ラマ14世はモンゴルの田舎に行ってもものアイドル並みにすごく人気のある存在です。

モンゴルでもアメリカでもできることを日本政府はできないのか、と思ったりもしました。

ところが、です。


遂にモンゴルも中国に跪くことになったのです。昨年、モンゴルが外貨不足でどうにもならなくなった時に、習主席がやってきたときがありました。道路か鉄道かあるいは現金かはわかりませんが、国中がそのお土産を期待していました。

その習よりも前からモンゴルに来る予定になっていたダライ・ラマを、突然モンゴル側が「ダライ・ラマに用事ができて、これなくなりました」と発表したのです。ああ、やっぱりね、と思いました。

どんなに歴史的な関係があろうと、どんなに国民が強がりを言っても、普通の中国の脅しに屈することはないモンゴル人もお金には負けたということです。

もちろんその時のモンゴル政府の判断を批判する気はありません。日本政府はもっと弱腰なんですから。

ただ、これでモンゴルも対中国に関しては「普通の国」になったんだなと思いました。

こう考えると、弱腰外交といわれるオバマ大統領ですが、結構やることはやってるんだなと思いましたね。日本もモンゴルも、このアメリカの例をうまく使って、チベットへの協力姿勢を示してもらいたいものです。






Last updated  2016.06.22 17:41:02
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2015.09.10
先日、突然中国政府から「パンチェン・ラマ11世は生きている」との発表がありました。

なんでこの時期に突然そんな発表をするんだろうと不思議に思いました。記事の内容は、こんな感じです。

「中国・チベット自治区の政府高官は6日の記者会見で、ダライ・ラマ14世がチベット仏教で2番目の高僧であるパンチェン・ラマ11世と認定した指導者が約20年間、行方不明になっている問題について

「普通に暮らしている。彼は干渉を望んでいない」

と述べ、生存を強調した。高僧の生まれ変わりを探して後継者とする「転生制度」は、中国政府が認定を主導するとも主張した。」



このブログでもチベットについて時々お伝えしていますが、パンチェン・ラマというのはチベット仏教としては第二位の序列の高僧です。つまり、現在インドに亡命しているダライ・ラマ14世に次ぐ宗教的地位にあるということです。

そもそもこの記事にある背景は何なのか、行方不明というのはどういうことなのか?について、振り返りましょう。

最近のモンゴル人の中には、以前ほどチベット仏教に関心を示さない若い人たちも多くいると聞きます。チベットとモンゴルは歴史的に非常に近い結びつきを持っている国同士なのですけど・・・

パンチェン・ラマが中国にとって重要なのは、ダライ・ラマ14世がインドに亡命している現在、このパンチェン・ラマが現在中国に占領されているチベットにおける宗教上の実質的なトップだからです。

ダライ・ラマやパンチェン・ラマらの高僧は、亡くなると同時に転生されると考えられており、チベットの僧らが生まれ変わりを探すという方法で長い間そのやり方を受け継いできました。

それでパンチェン・ラマ10世が亡くなった1989年から転生者を探し、1995年にニマという6歳の少年を転生者として認定されました。当然、その認定はダライ・ラマ14世が行いました。

ところが、中国はそれを認めず、転生者探しを行ったチベットにいた高僧を逮捕した上、そのニマ君とその家族を拉致したのです。(中国政府は、行方不明になったと発表していますけど)

そして、中国政府がコントロールできそうな6歳のチベット人少年のノルブ君を勝手に転生者ということに仕立て上げ、パンチェン・ラマ11世ということにしてしまったのです。

で、そのニマ君はどうなったのか?あれから20年もたつのに、その存在は全く確認されていません。隔離されている、とか、既に殺されているとか言われています。

あの頃の勢い(邪魔な奴は誰でも殺せ、という中国的発想)を考えたら、家族全員殺されていてもおかしくはないでしょう。

そのニマ君について、なぜか今月に入って突然中国政府から「無事ですよ」との発表があったというわけです。チベット人は別にして、多くの外国人らからは忘れられた話であろうに、なんでこの時期に突然発表したのかわかりません。

ネット上で調べても、最近パンチェン・ラマ11世のことが話題になっているということもありません。


私の根拠のない推測では、ダライ・ラマの今後に関連しているんじゃないかと思います。どういうことか?


実は、パンチェン・ラマはダライ・ラマの後継者に関して重大な役割を担っているのです。

それは、この高僧二人は、お互いが「認定者」の役割を持っているということです。パンチェン・ラマ11世にニマ君を認定したのはインドに亡命しているダライ・ラマ14世です。

それと同じことが起こりうるのです。つまり、もしダライ・ラマ14世が逝去した場合は、ダライ・ラマ15世となるべき転生者を認定するのはパンチェン・ラマ11世なのです。

経緯からわかるように、現在のパンチェン・ラマ11世はダライ・ラマ14世には認定されておらず、チベット仏教的には正式な11世ではないのですが、中国政府はそんなことは知ったことではありません。

とはいえ、現在のパンチェン・ラマ11世が誕生したいきさつが「かなり怪しい」ことも承知しています。

なので、新しいダライ・ラマ15世を「共産党の言いなりになるロボット」にできる大チャンスが遠くない将来やってくると見ています。

パンチェン・ラマ11世はちょっと味噌がついてしまったけど、あの世界的に有名なダライ・ラマの後継者を共産党の手で作ることができれば、もろもろのことが一気に解決できるんじゃないないかと期待できるわけです。

「今度のダライ・ラマ15世はチベット仏教の伝統にのっとり、パンチェン・ラマ11世が転生者と認定した少年に決まりました!」と世界に発信したいわけです。

ダライ・ラマの名前は絶大な知名度を誇りますから、そのダライ・ラマ15世が将来「私たちのいるチベットは、昔も今も中国の一部であり、大変良好な関係を続けている」と言えば、こういう裏事情を知らない多くの外国人は信じてしまうでしょうね。


その継承時に、マスコミなどが調べ上げて「今のパンチェン・ラマ11世は偽物で、本当はニマ君がいたのに拉致されて殺されたんだ」と騒がれては、さすがに面倒です。

ですので、本当に生きてるかどうかもわかりませんが、とにかく「ニマ君は元気です」との情報を流しておいて、最終的には「実はニマ君自身がパンチェン・ラマになることを拒否し、普通の暮らしを選んだんだ」というストーリーを作りたいんじゃないかと思います。

今回の発表は、そのシナリオの第一弾だということです。

「ニマ君は元気だけど、干渉されたり、マスコミの前に出るのを嫌がっています。」とあたかも、実在の人物のように扱い、更に「本人の希望でなりたくなかったんだ」という印象を与えようとしているのでしょう。

そして来るべきXデーには、共産党のロボット君を見つけ出し、パンチェン・ラマ11世に「正式に」認定させるというシナリオなのです。

ダライ・ラマ14世もその辺の共産党の邪心はわかっているので、「この転生者制度を私の代で止めにしよう」とまで言ってます。チベット仏教の長い伝統を断ち切ってまでして、共産党の野望を阻止したいのでしょう。

中国政府が何か動き出す時は、必ずその裏には「謀略」があると考えた方が正しいです。

モンゴルも気を付けないと。「習近平に道路作ってもらえるから嬉しい!」なんて、いつまでも子供みたいなこと言ってては、簡単に乗っ取られるでしょうね。






Last updated  2015.09.12 09:04:18
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2015.06.24
もう一人、Sさんにも聞いてみました。

Sさんは、チベットの問題はチベットだけではなく、過去にもほかのところでもあったし、その問題の普遍性を認識しないまま非難したり支持したりしてはいけないという姿勢が私の文章から伝わると言っていただきました。一部の日本人よりも、私の言わんとすることが伝わってるなと感じました。

Sさんの問題意識は、「社会の進歩に連れ、「考え方」、「価値感」、「倫理感」を変えないといけない。問題はどう変えるか。」です。

例えば価値観は全く絶対的ではないです。「侵略は道徳、倫理上ではやってはいけないことか?」と考えると、人類の長い歴史から見ると、そうでもなかったですね。どの国も誰も自分の利益のため、平然と戦争を起こしたり侵略していました。

Sさんから見れば、「倫理感」という価値感の重要性すらやっと最近先進国の中でを論じられるようになってきた、という感じだそうです。

例えば、世界遺産のことをでわかるように「ある地域、もの、人が持つ特有な価値感、習慣」をやはり尊重すべきですし、地球全体のために考えるとそのまま維持してほしい、という価値観は特段昔からあるわけではない、或いはそれに向けて大変な努力を皆でしなければならない、というのはやはり最近のことです。

Sさんはこう続けます。

中国では昔から「道徳」みたいな倫理感はずっと論語の時からありました。しかし、「民主」、「自由」といった現代の倫理感に対してはあまり強く思っていないようです。

情報通信、メディアの発達、教育水準の向上、いろんなインプットによって一部の人の倫理感は結構変わってきていると思います。

ただそれはまだまだ少数であり、社会全体としてその重要性の認識レベルはまだ低いです。仰るとおり、多分豊かになっていくに連れ、いずれこういった価値感を持っている人が増えるだろうし、その状態の中国を期待しています。

(筆者注)倫理観といっても、やはりその地域や時代で重んじる分野が異なるのでしょう。豊かさが、一つのカギになっていくのは確かだと思います。

Sさんは、今後についてこう言ってます。

もちろん、このような変化の流れに対して現在の政府も予測しているし、その問題を解決しないのと統制の破壊に繋がることも認識しているので、問題はこれからどうすればいいかということですね。

共産党は今まで通りのやり方で新しい考え方を抑圧するか、情報封鎖か、それとも自ら現在の統制(制度)を変えていくか、少しずつ身を引くか。

多分前者だけでは既に限界に来ていることは現在の政府も体感していると思います。と言ってもいきなり現在の統制を変えていくのも無理でしょう。ある意味で共産党が試される時期に来たと思います。

(筆者注)私もこの観点には賛成です。確かに必死で情報統制はしていますが、当然幹部の中には限界を感じ、開放路線を主張する人もいるでしょう。共産党の幹部の子弟の多くは、海外留学などで先進国の価値観との違いは十分位感じているでしょうから。

Sさんが、最後に投げかけてくれた今後考えなくてはならない論点は、

・現在中国国民にとってチベットの問題背景を理解したとしても、なぜ海外のメディアがそこまで中国を攻撃したがるかを理解できない。実は多くの中国人は海外のメディアに対してかなり怒りを感じています。そういうことをどう考えるか。
(筆者注)私は答えは簡単だと思います。それは中国のプレゼンスが大きくなりすぎた、ということです。例としては不適切かもしれませんが、アフリカの小国で似たようなことやってても、だれも気にとめないでしょうから。

・民主主義が先なのか、経済発展が先なのか
(筆者注)普通の国では、両方一緒か民主主義と言えるでしょうが、13億人は想像がつきません。でも、この国で民主主義が導入されるところを見たいです。共産党内だけの民主主義とか、何か変形は出てくるかもしれませんね。

・中国の大衆は共産党をどう思っているか
(筆者注)これには大いに関心ありです。コントロールされているのか?コントロールされた振りをしているのか、ですね。

・実際チベットの問題や台湾問題はどうすべきか?チベットが独立できたら本当に問題ないか?チベットの経済はそのままでいいか?
(筆者注)これは結局、チベット許したらドミノになって、今の中国が崩壊するというシナリオも含んでます。私は十分ありうると思います。ソ連だって、消えたのですから。

今回のチベット問題は、元々ある中国内の問題、共産党の一党独裁体制、第2次大戦後の国境策定問題などなど多くの課題を炙り出しているようにも見えます。

諸外国も、昔の「小さな国力」の中国だったら、より強く批判するか、気にも留めないかのどちらかでしょう。でも、今は多くの国にとっての大貿易国です。なかなか綺麗ごと言って済ませられる国は少ないようです。

チベット問題には、人間の歴史、発展ステージの違い、国の在り方など、多くの矛盾が含めれていると思っています。

ですが、個人的には、かの国の人々が早く静かに仏教の信仰に没頭できる環境になればいいなと、チベットで買った自宅にある「曼荼羅」を見ながら思います。

(完)






Last updated  2015.06.27 14:44:16
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2015.06.23
Cさんにとっても当然「なぜ今の中国でこんなことが平気で起きているのか?」という問題意識は持っています。

要するに中国という国を出て、外で暮らせば別に中国民族であろうとなかろうと、おかしなことが起きていることはわかるということです。

共産党の民族抑圧政策はなぜここ50年「上手く行けていた」のか?を、Cさんなりに考えてもらいました。

1つ考えられるのは「世界は中国について知りすぎて(歪みや偏りも含め)いるにもかかわらず、中国人はあまりにも世界が知らない」からなのではないかということです。これは随分示唆に富んでます。

戦前の日本は完全に情報統制をしていました。大本営の発表だけを大新聞が垂れ流し、神の国日本はアジアでも優越な地位にあり、他国を支配することで世界に出ていくのが当然のように思われていました。

今の北朝鮮は、論ずるまでもありません。やはり「情報格差」というのは、こういう「おかしなこと」を引き起こす源泉になるのだなと改めて思いました。

Cさんによると、共産党の教育を受けて、共産党の宣伝を目にして、耳にして、外からの情報がない状態では、何が真で何が偽であるかでさえ客観的に判断できないのは現状です。

そんな国民に人権、民主、平等と問われても、答えがないのです。だそうです。ここまでやりきる共産党とはどんな党なんでしょうか?共産党の下で生まれ育ち、異国で別な世界の教育を受けたCさんの言葉には、説得力があります。

Cさんは続けます。共産党は実に見事に整合性の取れた一連の「優れた」戦略で中国を統治しているのだと思います。特に人間の価値観や意識など見事にコントロールしていると思います。

是と非、真と偽の判断はその人が受けた教育や周りからインプットされた情報に左右されるものですから。

例えば(共産党の教育を受けた一般民衆には)こんな考え方があります。あくまでも現在の一般大衆がこう考えているだろうということで、Cさん自身の考えではありません。

・そもそも真偽是非の判断の基準は何でしょうか?
(筆者注)「人殺しは悪い」など、全人類共通の価値観は別にして、それ以外の基準は、その国や民族が作るのでいいのではないか、ということなのでしょう。こういう考えが根底にあると、確かに欧米の論調には乗れないでしょうね。

・「全世界全人類豊かであるべき」ということは本当に正しいでしょうか?
(筆者注)これも意表を付いた問いです。「当り前じゃないですか!」というだけでは、共産党の教えを受けた人々を納得させることはできません。

・「弱肉強食、適者生存」というのは自然の規律ですよね。だとすると民族問わず頑張って環境に順応する人は生き残るのは正しいでしょう。逆に働きもせずに政府から援助をもらいながら、マージャンなどやっているなどの現象のほうが可笑しいではないでしょうか?そんなの当たり前だったら頑張る人のやる気が なくなるのではないでしょうか?

・環境に適応できない人や民族は淘汰されるのは何がいけないでしょうか?
(筆者注)もちろん、これにはいくらでも反論できるでしょう。ですが、こう思い込んでいる人たちに、単純に「少数民族を大事にしろ」だけでは、通用しないでしょう。それにしても、弱肉強食の証(あかし)が、民族の数だとしたら、漢民族の誇りの強さの源泉がはっきり見えてきます。

・各民族のアイディンティティを守ることの意味は何でしょう?

・そもそもみんな同じ人間ですから、同じ言葉で同じ習慣で行動するのは何が問題でしょうか?(漢民族のなかでも標準語を統一して方言をなくしたほうが経済的、効率的地域間の交流が一層活性化できたのではないか)
(筆者注)これも強烈です。民族に一方ならぬ関心を持っている人間にとって、こういう問いは信じられません。が、根底には「殺すわけでなければ、統一させて何が悪い?」というメンタリティが醸成されてるのでは間違いないでしょう。確かに、日本も全て標準語化してきましたから、ある意味そのメリットはわかっているわけです。

読者の皆さんに再確認しますが、これらはCさんの意見でも主張でもありません。冷静に考え、以前の中国時代を思い出すとこういう考え方の教育を共産党がやってきた、ということです。

当然ですが、Cさんがこれに賛成しているわけではありません。誤解なきように。

最後にCさんは、こう言ってます。

もちろん、これからの中国人が豊かになって、世界を見えるようになって、いろんな是非真偽の判断軸をもつようになったら、ものの見方が違ってくるのかもしれませんね。

政府の不正を抑制するのは民意の力は大事ですが、そもそも民衆はゆがんだ価値観などを持っていては、たいした力になりませんね。逆に「万衆一心、一致対外」になってしまう可能性があります。

欧米も含め、民主主義で解決しよう、民意を反映させようと主張しますが、民衆そのものがゆがんだ価値観を持っている限りは、短期的にはリスクの方が大きいかもしれません。

(続く)






Last updated  2015.06.26 19:20:19
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2015.06.22
モンゴルにご関心のある方はよくご存じのように、モンゴルとチベットは大変深い関係にあります。中国が現在のように「なんで俺のもんだ!」と領土拡張を主張する以前は、漢人の領土は今の半分ほどしかなく、その漢人中国の周りをモンゴルやチベット、ウィグル、女真などが取り囲んでいました。

モンゴルの兄弟国ともいえるチベットですが、残念ながら中国に占領されているので、本当の様子はなかなか見えてきません。チベットについて少しでも皆さんのご理解の足しになり、愛情も生まれてきてほしいと願い、このブログの場を使ってチベットについての記事を載せます。ちょっと古い記事から始めますが、多少なりともモンゴルに関心がある方もチベットへの関心を持っていただけたらと思います。

今回は2008年4月の「チベット問題に思うこと・続(1)」という記事です。北京オリンピックを前にチベット問題が国際的に大きく取り上げられていた時期でした。





先日のブログ「チベット問題に思うこと」では、現在の目の前にある中国の問題を先進国の過去の事例も含めた時間軸を持って見ないと理解しづらいという旨を書きました。そしてその後、読者の方や中国人の友人らからのフィードバックをいただきました。

最近の新聞報道も、中国政府の対応や衝突の模様などから、中国の一般の人々の反応に移ってきているようです。この辺をもう少し考えてみたいと思います。

最近の報道で目立つのは、外国から中国への助言、プレッシャー、提案などと、中国国内の人々の反応などです。

前者は、アメリカの下院議員議長の抗議などを始めとし、北京のオリンピック開会式ボイコットとか聖火ランナーへの妨害だとか、中国以外での動きはまだまだ続きそうです。また日本やアメリカの中国政府首脳は盛んにダライラマとの会話を呼び掛けています。

これらに反応したのは、中国政府高官だけでなく、多くの一般市民もいるようです。一番端的なのは、カルフールなど企業への不買運動です。

小泉さんの時もありましたが、中国の人たちはこれが好きなようで、すぐにこういう提案が出てきます。さすがの自由の国フランスも中国の経済力は気にするようで、カルフールや高級ブランド集団のLVMHなどは、火消しに躍起になっているようです。

実際には、カルフールも含めてターゲットとなる顧客(中国ではカルフールも高級店!)とデモに参加する人たちは層が違うので、大した影響はないと思いますが。

私の記事を読んで、感想をおっしゃって下さった方々の中で、やはりそういう反応があるんだろうな、と思ったのは「中国に甘い!」「中国人の本質を知らな過ぎる」とか「我々日本人のような道徳観がない」などのコメントです。

あるいは「考えが単純すぎる」とか「昔の日本のことは知らないが、今の日本とは中国は全然違う」などもいただきました。

私はなるほど、やっぱりそう考える人がいるんだなと思いました。割合として多いのか少ないのかはわかりませんが、確実に嫌中は増えているでしょう。

こういう考え方の根本は、人間の良し悪しは元々からあるものだ、という考え方が多少なりとあるからではないかと思います。

私は当然ですが、「現象」としては非常にあると思っています。ただ、それが先天的なのか?時代を超えて、国や民族単位で決まっているのか?と考えると、そうではないと思っているということです。

世界を震いあがらせたドイツ・ナチスの存在は、私が会うドイツ人からは全く感じません。もちろん、ドイツにも右翼があるのは知ってますが。

戦前の日本の「世界の世論、無視度」は今の中国以上だったでしょう。でなければ、国際連盟を脱退してまで戦争はしないでしょう。

要するに、国や支配者、時代の趨勢、そしてその国の開発途上度(民度)によって変わるものだということなのです。

こういう考えをするということと、チベット問題はだから仕方ない、ということとは全く違います。

どうも、こういう「時代背景や歴史を遡れば、どこにでも見られた現象ではないか?」というと、「じゃあ、中国の今のやり方に賛成なのか?」と単純に考えてしまう人もいるのでしょう。

だから、大手新聞もなかなか冷静な論調で述べられず、かつ、中国という大国への遠慮もあって、問題の本質を避けたような報道が多いような気がします。

「事実だけを報道する」というのは一見正しいようですが、なぜそうなっているのか?なぜ、世界の人がおかしいと思うことを平然とやっているのか、まで突っ込んだ議論がされてるようには見えません。



中国人の友人二人に、私の前回の記事を読んでもらい、感想を聞きました。二人とも30歳前後で日本の大学院で留学した経験を持ついわば「エリート」で、現在も日本の企業で働いていて、日本語ペラペラで、中国や中国語を武器にした仕事ではなく、普通の日本人と同じ仕事をしています。

そのうちの一人のCさんは、「痛快淋漓」という表現で「全くその通り!」と言ってました。Cさんが一番響いたのは、「要するにこれは時間軸の問題なのではないかということ」と「豊かさが民族抑圧の見方を変える」だそうです。

(続く)







Last updated  2015.06.25 17:10:55
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2015.06.21
そもそも中曽根氏が「日本は単一民族」という発言がありましたが、あれは今の中国よりも劣る見識です。中曽根氏は別に戦前の人物というのではなく、今も生きている元首相なのです。

なぜ、今の中国にも劣るというのか?

それは、中国はまがりなりにも「中国は多民族国家である」と認めているからです。チベット人は漢人とは異なることを前提にはしているということです。

それに対して、中曽根氏は、日本の多様性を「抹殺」していることが問題だと思います。

そもそも日本民族などというのは総称であって、あえて分ければ今の日本の領土に住んでいたのは大和民族、アイヌ民族、琉球民族などです。

これ以外にも、アイヌ民族と大和民族の間(地理的に)に蝦夷と呼ばれる異なる生活習慣、文化を持っていた人々がいたのも数えれば、まだ他にもあるかもしれません。

かもしれません、というのは、皆滅ぼされたからです。アイヌを例にとると、元々は日本という地理的概念とは関係なく、東北の一部と北海道、そして樺太にアリューシャン列島に広く広がっていた民族です。

世界は狭くなったなどという人もいますが、アイヌにとっては樺太やアリューシャンに親戚がいるなんて普通のことで、船で結構頻繁に行き来していたようです。もちろん、今は不可能ですが。

ですから、17世紀までは大和民族はアイヌ民族が北海道の主(あるじ)どということもわかっており、交易を通じてしか接触してなかったのです。

ですが、17世紀半ばのシャクシャインの戦い(満州事変のような、狡猾なウソをついて武力で制覇する方法)を機に、一気に武力を背景に北海道を制覇し、アイヌ民族を奴隷化したわけです。

更に近代日本になっても、明治政府の方針は「哀れなアイヌを保護する」という名目で、アイヌの日本人化を進めました。

アイヌ語の禁止、日本語以外の教育はダメ、文化もだめ、狩猟民族なのに土地の所有化など、またたくまにアイヌ民族のアイデンティティを滅ぼしていったのです。もちろん、途中は虐殺もたくさんありました。

明治政府の言い分は「北海道をロシアに取られないため」と言ってます。つまり戦略上の要地だということです。この流れは、今の中国と全く同じです。

中国にとってのチベットは「数千年来の隣の大国インドへの戦略的な要地」であるチベットを支配し、「遅れているチベット人」を保護するために「中国語化、漢民族の風習」を進め、元々あった宗教国家としての価値観を全て葬り去ろうとしているわけです。もちろん、今回に限らず既に十万人以上のチベット人の虐殺を行ってきました。

「それは日本の遠い昔のことでしょう」という人がいるかもしれません。本当にそうでしょうか?実は明治政府によって作られた法律があり、これを根拠にアイヌに対する民族の価値観の抹殺を行ってきました。

制定は1899年(明治32年)で「北海道旧土人法」と言います。この法律は、遅れたアイヌの文化を改め進んだ大和民族に変えようという法律です。しかも狩猟民族にとって重要な自由に活動できる「北の大地」を、所有権化したのです。

この法律ができた途端に、それまで自由に川でシャケを取っていた人が泥棒になり、山でキノコを採っていた人も泥棒と不法侵入になってどんどん逮捕されたのです。この法律は実はついこの間、なんと平成9年まで続いていたのです。

戦後、多くの法律が大幅に変えられたのに、これだけは残っていたのです。誰もアイヌの痛みなんて感じないからだったのでしょう。

こういう話をすると必ず言われることがあります。「へー、知らなかった。ひどいねー。」と。日本人の「単一民族意識」は、このような多大な犠牲と無知によって醸成されてきたのです。

琉球民族だって、似たようなものです。薩摩藩に武力で占領され、半奴隷化の歴史が長かったのです。そういう諸々の歴史観もあり、第二次世界大戦においては、大和民族を守るためには端っこの琉球民族が犠牲になることは「仕方ない」と思われていたのだと思います。

さて、話は戻って、今の中国とチベットです。私はいずれ今の中国のやり方は持たなくなると思っています。その一番の要因は「豊かさ」でしょう。中国がどんどん豊かになれば、もっともっと今の一党独裁体制では矛盾が生じ、いずれ吹き出ると思います。

そうなって初めて、今の日本人が感じるように「それはひどい」と人々が感じるのではないでしょうか?70年前の日本人には、残念ながらそんな感覚はなかったでしょう。「朝鮮は我々のものだ。他国にごちゃごちゃ言われる筋合いはない!」と皆が思っていたのだと思います。

だから何もしなくていいという論理を展開しているのではないです。チベットの状況は悲惨で悲しいです。ただそれは、中国と日本や欧米先進国と70年のギャップがあるからそう見える、と言っているのです。

絶対的に「中国という国が悪い」とか「中国人はとんでもない」というのではないよ、と言いたいのです。誰にでも潜んでいる、他民族を抑圧したい願望が、そのまま直接に出てしまっているのが今の中国なのだと思います。

(完)






Last updated  2015.06.23 17:19:53
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2015.06.20
モンゴルにご関心のある方はよくご存じのように、モンゴルとチベットは大変深い関係にあります。

中国が現在のように「なんで俺のもんだ!」と領土拡張を主張する以前は、漢人の領土(元々の中国)は今の半分ほどしかなく、その漢人中国の周りをモンゴルやチベット、ウィグル、女真などの「中国とは違う国々」が取り囲んでいました。

モンゴルとチベットは隣国だった時代も長く、文化的、宗教的なつながりがあり、今も多くの面でそれを目にすることができます。

モンゴルの人名には多くのチベット語が使われています。朝青龍のドルジもそうです。(私のイメージでは「ツァ」とか「ツェ」が付く名前には、チベット語由来の場合が多いようです)

ツァガンサルなどの大切な行事で使う「ハダグ」(絹でできた挨拶に使う布)もチベットでは「カダ」と言うそうです。

「Kha」と「Ka」は同類の発音(チンギスハーンとチンギスカーンは同じ意味)ですから、起源は同じでしょう。ちなみにダライラマのダライはモンゴル語で大きな海という意味で、モンゴルのハーンがチベットの最高僧に命名しました。

このように兄弟国ともいえるチベットですが、残念ながら中国に占領されているので、本当の様子はなかなか見えてきません。現代モンゴル人も社会主義時代があったため、チベットとの関わりをあまり知らない人が多いようです。

チベットについて少しでも皆さんのご理解の足しになり、愛情も生まれてきてほしいと願い、このブログの場を使ってチベットについての記事を載せます。

ちょっと古く、まだモンゴルに住む前の記事ですが、多少なりともモンゴルに関心がある方もチベットへの関心を持っていただけたらと思います。

今回は2008年3月の「チベット問題に思うこと(1)」という記事です。




チベット暴動から2週間近くが経とうとしています。欧州諸国をはじめ、中国へ強く非難する声が上がっており、一部には北京オリンピックの開会式ボイコットなどの報道も出ています。


中国政府が発表している「中国を支持している国リスト」が、ロシア、北朝鮮、パキスタンなどいというの笑えるというか、納得いきます。

私が思うには、これは中国だけの問題ではなく、ほとんど全ての国にある、或いは、あった問題だということです。ですので、今回の騒乱は歴史的に見れば至って普通の出来事だということです。

だからと言って、私が中国政府の行動を是認しているのでは決してありません。過去のブログにもありますように、非常に批判的です。

何を申し上げたいかというと、要するに時間軸だけの問題ではないかということです。例えば日本。この問題が70年前に起こっていたら、日本はどう反応するでしょうか?イギリスは?フランスは?アメリカすらもなんと言うか、でしょう。

つまり先進国といわれる国々のほとんどは、今の中国と同じ感覚、価値観を過去に持っていたのだと思います。

それが、その後の民主主義や経済的な繁栄を経て「どうも他の民族を力で蹂躙するするのはいけないことなんだ」と気づいただけのことではないかと思います。

人類の歴史がどのくらいあるのかわかりませんが、仮に文化的生活の歴史5000年としても、今の先進国の価値観というのはほんのつい最近の考え方でしかないということだと思います。

日本を考えてみても、朝鮮半島の支配では半島人の「日本人化」を強制しましたし、満州は「日本の生命線」というまったくの日本の論理だけで支配したわけです。

「あれは昔、今は違うよ。それにあの時代は皆植民地化してたから・・・」という論理もあろうかと思いますが、それは今の中国も同じで「ロシアやイラン、パキスタンにインドネシア、スーダンにイスラエルといくらでも似たようなことやってるじゃないか?」と思う節もあるのでしょう。

私は「だから中国の行動は仕方がない」なんてこれっぽっちも思っていません。今もチベットの地で見た「差別され続ける民族の悲惨さ」は頭に残っています。

言葉も文字も文化も、そして伝統や宗教が奪われていく姿は、悲しいです。子供たちには、将来が全く見えないようにも思いました。

日本という国を考えても、私は同じことを思います。朝鮮半島や満州などといういかにも「欧米のマネ」に見える植民地化とは全く異なる歴史を日本人自身がほとんど意識していないことに、悲しい気持ちになり、怒りもこみあげてきます。

(続く)






Last updated  2018.10.30 09:16:07
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2015.06.12
街に出ると、たくさんの小さなお店があり、たくさんの人が歩いてました。


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ラサの街の様子です。

ですが、ほとんどが観光客用のようで、一般のチベット人が買い物している風景はほとんど皆無だったような気がします。

3食付のツアーではありますが、さすがに「またあの店」(おいしくない料理を毎日3度も出す店)へ行くのは辛いので、ガイドさんに言って街のレストランに出かけることにしました。

そういえば、チベット料理なんて全然食べてないな、と思いながら探しました。もちろん「地球の歩き方」も参考にしましたが、いかにも観光用の店しか出ていません。

ある小綺麗な土産物店に入りました。なんとなく垢抜けた店の作りで、お店の人もいい感じの人でした。同行の中国人の友人によると、綺麗な中国語を話すけど、どうも漢人ではなさそうです。

「お、ついに地元のチベット人の経営する店を見つけたか!」と思って聞いてみると、ネパール人で子供の頃ネパールから来たのだそうです。

チベットよりもネパールの方がもっと貧しいから、こっちへ来て商売始めたんだとか。彼はフランクな感じだったので、いくつか聞いてみました。

「たくさんお店あるけど、チベット人が経営している店ってあるの?」
「いや、ほとんどが中国人(漢人)だよ。あとは、自分のようなネパール人やインド系が少しあるかな。」

「なんで?」
「チベット人は、お金もないし、言葉も十分でないし、あまり働かないし・・・」

もちろんここで言う言葉とは、中国語のことです。

やはりここは、チベット人の国であるけど、チベット人はほとんど何もできないようになっているのだな、と思いました。我々観光客の落とすお金も、チベット人には行かないようになってるような気もしました。

「チベット人が行くような、チベット料理屋を探してるんだけど、どこか知らない?」
「チベット人は、そもそもお金が無くてレストランに入れないから、そういう店はないよ。敢えて言えば、この先の角にある店かな?」

「それって、このガイドブックに出てる店?」
「あー、これくらいしかないよ。中華料理屋ならいくつもあるけどね。」

東南アジアでは、どんな田舎でも地元の人々が入る村の食堂とかありますが、そういう店さえないのだろうと思いました。

結局その店に行きましたが、客はもちろん全部観光客で、しかも半分以上は西洋系の人たちでした。ま、これでは本物のチベット料理は出てくるはずもありませんね。

短く限られてはいましたが、チベット旅行を通じて感じたのは

「独立国として自立させてもらえない状態では、なかなか人々から「活気」というものが感じられなかった」

ということでした。きっと貧しくても、自分たちの言葉や文字、文化に誇りを持て、自分たちで物事を決められる国であれば、人々の目の輝きも違うのだろうなと思うと、とても残念でした。

とはいえ、この支配構造は今後もずっと続くのだろうなとも思いました。今、ラサで一番多いのはチベット人ではなく、戦後移住してきた中国人(漢人)です。

北方領土もそうですが、もうそこを故郷として生まれてきた人たちがたくさんいる状態になっているので、急に「返還」ということは現実的には難しくなっているのだと思いました。

チベット人が、以前の仏教大国としての輝きを取り戻し、周囲から尊敬される国になる日はいつくるのかな?、と思いました。

(完)






Last updated  2015.06.13 08:27:03
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2015.06.08
シガツェの街からラサに戻ってきました。ここまでで出逢ったチベット人は?やはり直接話せた人はほとんどいなかったです。もちろん、見る機会は多かったし、挨拶くらいはしました。

街と街の外で見える人々の風景はかなり違っていました。ほとんどチベット人の家を見たりすることなかったので、シガツェからの帰り道、ガイドさんにお願いして途中で「普通の民家」らしきところでバスを停めてもらいました。

街以外の田舎の方で見る人は、もちろんほとんどチベット人でした。民家は、どこが入り口で中がどうなってるのかよくわからない、石垣の土台に土壁で作った家が多かったです。


img_0[1].jpg

  • これはチベット人の民家です。その辺には鶏がいたり、ヤギがいたり。至って時間の流れを感じないような空間でした。


    そんな中、いかにも働き者風の主婦がちょっと小走りに行ったりする程度でした。

    img_1[3].jpg

  • 急ぎ足の村の主婦って感じでした。

    村の方は確かに貧しそうなのが伝わってきました。東南アジアへもいろいろ行きましたが、東南アジアは、田舎でも人々は明るく活気を感じましたが、チベットの田舎にはそれは全く感じませんでした。

    だからといって、街へ行くのがいいのか?というと、これもまた疑問です。そんな想いで、ラサに戻りました。

    街ではいかにも貧しそうに見えるのがチベット人で、そこそこ小綺麗にしてるのが中国人(漢人)のようでした。極端に言うと、寺院へのお参りに来ている人々、僧侶そして物乞いくらいしかチベット人がいないようにも見えました。

    私は、知らない国へ行くとその街の市場やスーパーに行くのが好きです。その街の人々の暮らしが垣間見えるようですから。

    ラサにあるスーパーに行ったら、お坊さんがいました。チベットでお坊さんといえば、それは敬わなければならない人です。

    そのお坊さんが、化粧品コーナーのカウンターでニコニコしてました。私は最初、チベットのお坊さんでも携帯電話持ってるんだ、とちょっと驚きましたが、近づいて見るとなんと「ネールサロン」というかマニキュアを女性の店員さんにしてもらってました。








  • Last updated  2015.06.09 23:14:53
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    2015.06.07
    モンゴルにご関心のある方はよくご存じのように、モンゴルとチベットは大変深い関係にあります。中国が現在のように「なんで俺のもんだ!」と領土拡張を主張する以前は、漢人の領土は今の半分ほどしかなく、その漢人中国の周りをモンゴルやチベット、ウィグル、女真などが取り囲んでいました。

    モンゴルの兄弟国ともいえるチベットですが、残念ながら中国に占領されているので、本当の様子はなかなか見えてきません。チベットについて少しでも皆さんのご理解の足しになり、愛情も生まれてきてほしいと願い、このブログの場を使ってチベットについての記事を載せます。ちょっと古い記事から始めますが、多少なりともモンゴルに関心がある方もチベットへの関心を持っていただけたらと思います。

    今回は2007年9月の「チベット徒然日記(5)」という記事です。




    ラサの滞在を一旦終えて、いよいよシガツェというチベット第二の都市(といっても、人口は9万人)に向かうことになりました。

    バスの中には朝から全員揃った・・・はずでしたが、あのカリフォルニアから来たマッチョな旦那さんと四川省出身の奥さん(チベット徒然日記1を参照)の姿が見えません。

    この二人は英語が通じるので、なんとなく親しみがわいて話したりしたのに、どうしたのでしょうか?しばらくすると、旦那さんがバスに乗ってきました。

    私の方にやってきて「Nice to meet you!」(会えてよかったよ、って感じかな)

    聞けば、前日の標高5000m(チベット徒然日記3を参照)が効いたようで、もうギブアップで早くチベットから出たいそうです。

    あらら、これでフロリダからのおじいちゃん(チベット徒然日記2を参照)に続き、またしても落伍者が出てしまいました。

    残念だけど、仕方ないです。さようならの挨拶をして、別れました。私だって、ずっと頭痛なのに。段々サバイバルレースの様相になってきました。シガツェは、日帰りにはちょっと遠いので泊まりに行きます。


    このシガツェでは、タシルンポ寺を訪ねました。


    img_0[1].jpg


  • ここは、大きな敷地内にいくつもの寺がひしめいており、たくさんの僧侶が生活していました。今も1000人くらいはいるそうです。

    ここにはパンチョンラマ10世の霊塔(パンチョンラマ11世については、チベット徒然日記4を参照)が1994年にできたそうで、その費用には10億円もかかったとのことです。

    もちろん、全額中国政府が出していると誇らしげに説明していましたが、それだけダライラマの影に怯えているのだろうと思いました。(中国政府としては、チベット仏教の最高指導者はダライ・ラマではなく、傀儡のパンチョン・ラマにしたいため)

    シガツェという街は、有名な寺があるせいか、なんとなく他の地域よりは豊かそうな感じがしました。モンゴルほどではないにしろ、大きな寺の前ではまるで高級ホテルの前のリムジンのごとく、トヨタのランドクルーザーがたくさん並んでました。

    子供たちも小綺麗で、日本の田舎の子供と同じ顔してます。カメラを見ると、皆寄ってきてポーズを取り出しました。

    img_1[1].jpg


  • 写真好きなチベット人の子供たちです。私たちの子供のころと同じ感じで、カメラに向かって笑顔でこたえてくれました。

    チベット人でこんなに明るそうなのは、子供も含めてラサではあまり見ることはなく、このシガツェくらいでしか見ることはありませんでした。

    首都のラサは、今となっては占領後移住してきた中国人(漢人)の方が多い街になってしまいましたが、このシガツェの方は、ほとんどがチベット人のようです。

    ですので、この地のチベット人の表情が本来のチベット人なのでしょう。差別とか悲惨さはあまり感じませんでした。

    同じチベット人でも、より山間部の方の子供はものもらいなどをしており、教育を受けている感じはしませんでした。


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  • これは洟たらしのものもらいの子です。表情は明るいのですが、多分観光客相手に何か貰ってこいと言われてきてるのだろうなと感じました。純真そうな分、ちょっと悲しかったです。

    ラサの街には中国人(漢人)がたくさんいますが、街から一歩外へ出ればほとんどはチベット人です。しかも、そのほとんどが見るからに貧しそうでした。

    草原に出ると老婆が寄ってきて、何か買って欲しいようなことを言ったり、ただニコニコしてる人もいました。








  • Last updated  2015.06.08 22:40:07
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