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田崎正巳のモンゴル徒然日記

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島田隆の天職相談室 しまりゅう52さん

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ビジネスinモンゴル

2019.06.14
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10日ほど前の新聞に日野自動車によるモンゴルトラック市場への参入のことが書かれていました。日系企業の進出ぶりが遅いモンゴルですが、ようやくトラックも進出することとなりました。

モンゴルでのパートナー企業は、ヒシゲアルビンという会社です。ここの幹部とは私も何度もお目にかかっており、本ブログでも7年前に訪問した時のことが少し書かれています。

当時は日本企業の現地パートナー企業探しの関係で訪れたので、ブログ中には会社名は敢えて書かれていませんが、「熱烈歓迎」をうけた記憶は鮮明に覚えています。

2012年2月7日付け「私も初体験の歓迎ぶり」(https://plaza.rakuten.co.jp/mongolmasami/diary/201202070000/)をご参照ください。

詳細は現地で聞いているわけではないので私の推測も含みますが、ここは日野自動車との直取引をするディーラーではなく、総合商社が総代理店を務める傘下でのモンゴルのディーラーであると思われます。

トヨタの場合を例にとると、モンゴルにはトヨタの公認ディーラーは3社ありますが、どこもトヨタとは直接の取引をしておらず、すべては伊藤忠商事経由で決済しています。

つまり、トヨタからするとモンゴル金業への信用供与ができるほどモンゴルのことも知らないし、リスクも取れないというわけです。債権管理はすべて伊藤忠に任せているのです。

なので、トヨタのホームページを見て「トヨタ海外ディストリビューター一覧」を見ても、モンゴルのディーラーは記載されていません。

ちなみに、カザフスタンやアフガニスタン、ブータン、カンボジアなどにはあります。それだけ日本の大手メーカーにとって、モンゴル企業への信用供与は難しいということなのでしょう。

日野自動車はトヨタグループですから伊藤忠経由かととも思えますが、ヒシゲアルビンとは住友商事経由と見られます。

住友商事はモンゴルでは建設機械のコマツのディーラーを運営しており、ヒシゲアルビン社はそのコマツ建機の有力な販売先でもあり、良好な関係がもたらされています。

モンゴル企業にとっては、日欧米の有力メーカーの製品を扱いたいのは当然のことですが、他方ではこの「信用供与」の問題が必ず出てきます。

今回日野自動車のディーラーになったヒシゲアルビン社も、8年前は欧州の数千万円もする建設機械を輸入するために、社長自ら飛んで現金前払いで購入していたほどでした。

私が驚いて「え?社長自ら行って、現金前払い?」と聞くと「当たり前です。どこにモンゴルの会社を信用して売ってくれる企業がありますか?」と言われたとき、モンゴル企業経営の難しさを知りました。

金利が高いモンゴルでの現金前払いは非常に辛い(船便は時間もかかる)ところがありますが、モンゴルでビジネスをやるからには「現金先行決済」を覚悟しないといけないということです。

もちろん、実績と共に信用がついてくれば、ユーザンス(支払い猶予)が与えられる場合もあります。

水面下では、三菱ふそうなども提携先と協議している可能性もありますが、なかなか契約・発表とはならないようです。

自動車と同じで、モンゴルのトラック市場は圧倒的に中古車が多く、しかも乗用車と違って中国製のトラックが大量に輸入されています。(乗用車はほとんど入ってきていません)

ですから、一番安いのが中国製中古トラック、次が韓国製中古トラック、そして中国製新車、日本製中古車・・・となるので、日本製新車トラックはかなり高いとみられてしまいます。

但し、建設用、一般輸送用のトラックは「コスト重視」ですが、鉱山用のトラックとなると、「性能重視」になります。

特にOTのような大規模鉱山となると、ちょっと故障したら大変な機会ロスになるだけに、価格より性能重視です。超大型トラックはコマツやキャタピラーが強いですが、日野も大型トラックで参入できる余地はあるでしょう。

モンゴルにはまだまだ、グローバルに活動している日本企業が進出してない例はたくさんあります。是非とも進出企業が増えていってほしいものです。






Last updated  2019.06.16 19:40:37
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2017.01.21
これらの例をもとにモンゴルを考えてみます。

北海道の人口密度は日本ではダントツに低く、1平方キロメートル当たり68人です。が、1.8人のモンゴルの40倍近くもあります。この差はかなり決定的とも言えます。

こうしたわかりきった事実をい言うまでもなく、モンゴルでは旅客輸送で鉄道事業を成り立たせることは不可能なのです。

単に収支という視点でいえば、ウランバートルの地下鉄を含めても、旅客輸送の新路線建設は採算は合いません。

ではもう一つの、資源輸送用はどうか?これは可能性がありましたが、もう無理でしょう。なぜか?

2008-2009年ごろにそんな議論があり、私もそういう議論に参加しました。が、当然ですが、長期的視野を持たないモンゴル政治家はそんな道は選びません。

一つの議論として、TTやOTで算出した資源を日本や韓国に輸出するためにサインシャンド経由でチョイバルサンまで鉄道で運び、その後はロシア鉄道に載せナホトカまで運ぶという案がありました。

私はこれを、既存の路線(ロシアと中国を結ぶ既存線)を南北線とし、この新線を東西線と呼んでします。チョイバルサンから東へいわゆる旧満州地域を横切って、中国の日本海側の港に運ぶというオプションもあります。

もちろん、既存ルートともいえるサインシャンド乗り換えで南北線で天津まで運ぶというルートもあります。

つまりこの東西線ができれば、ナホトカ、中国日本海側、天津と3つのルートができ、政治的リスクを回避しながら輸送コストを下げることができるという案でした。同じ中国内でも、地方政府が強い中国では、路線間で価格競争は十分に可能という話もでていました。

ですが、これらの案をほぼ不可能にしたのがTTと中国を直通で結ぶ鉄道建設です。私はこれを盲腸線と呼びました。

この盲腸線ができてしまうと、どの路線案も経済性で負けてしまうことになり、南ゴビで産出される資源のほとんどが中国へ向かっていくことになってしまいます。

この盲腸線建設にあたっては、当初はMCS主導で、その後政府主導に変わったり、当初はモンゴル国内線路との結合・ネットワーク化を考え広軌道との案でしたが、結局は中国と同じ狭軌道になったという経緯があります。

狭軌道にするということは、モンゴル国内の鉄道とのネットワークは考えず、ただひたすら中国に資源を運ぶだけの専用線になることを意味します。

そしてこれができることで、東西線の収益予測はほとんど不可能となり、誰もこの建設に投資をしようという人がいなくなることを意味します。

モンゴル政府はこの「絶対に利益が出ない東西線」への投資を日本に呼び掛けています。一番おいしいところは中国へ持っていき、赤字にしかならない案件だけを日本向けに提案するという、まことに失礼な話を持ち掛けているのです。

誰が考えても(現に、FSやってもだめだったのです)無理な案件に安倍さんが乗りそうになっていることには、疑問が湧きます。

仮に作ったところで、JR北海道を見るまでもなく、維持管理費用も出せないようなお荷物路線になってしまうことでしょう。もし安倍さんがこの案に乗った時は「別の目的を考えている」と考えてもいいと思います。

盲腸線を認めなければ、東西線維持もやりようがあったとは思いますが、盲腸線がほぼできてしまった今となっては無理でしょう。

というわけで、残念ながらモンゴル全国に広がる鉄道網の夢は、ここ当分、まあ2-30年は実現できなんじゃないでしょうか?

その後、モンゴル国が自力で税収を使って建設するならあり得ます。北海道新幹線だって、赤字になるとわかっていても作っているのですから、不可能ではありません。

ただ、旅客や貨物を載せて経済的に見合う路線は、残念ながらモンゴルではできそうにないのではないかと思っています。

(完)






Last updated  2017.02.06 10:34:56
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2017.01.19
モンゴルに初めて行ったときに、「こんな広大な国なのに鉄道路線が1本しかないのか!」と少し驚いた覚えがあります。

日本はもちろんのこと、ヨーロッパでも中国でも鉄道網があるのが普通なのではないかと思っていたということです。

その後発展を続けるモンゴルですが、将来的にはモンゴルに鉄道網ができるのかと考えますと、それは相当難しいのではないかと思うのです。

なぜか?

昨年はJR九州の上場がありましたが、対照的にJR北海道の苦境ぶりが報道された年でもありました。「全路線の半数が廃線の危機にある」との報道もありました。

こうした報道は数年前から頻繁に起こる事故や災害復興の困難さとして、JR北海道の経営難を伝えていました。

ですがJR北海道の苦難は最近のものではなく、その発足時からずっと続いていることなのです。

JR北海道は国鉄民営化の時に発足しました。九州、四国と合わせて離島3社とも呼ばれていたものです。ですが、発足当時から北海道は3島の中でも別格に経営難が見込まれていました。

一つは、黒字路線がないということです。最初から前線が赤字でした。その赤字のレベルは、JR九州のそれをはるかに上回るレベルでした。

小樽と札幌を結ぶ路線が最も有望な路線とされていましたが、それでも「黒字化の見込みはほぼできない」という深刻さでした。

最近のニュースで「札幌圏の黒字化を目指す」という記事がありました。それは、様々な施策を投入して札幌大都市圏だけでも黒字化を目指すべき、というわけのわからない評論家が書いたものでした。

それを読んで、「よくまあ、こんな記事を民営化後30年も経ったJR北海道に提案できるな。」と思われるほどお粗末なものでした。

要するに、札幌圏の黒字化はJR発足以来ずっと最大の目標の一つとしてやってきたことなのです。でも、できないのです。

コスト構造、クルマ社会の浸透など多くの問題があるのです。200万人にも迫ろうかという札幌市を軸にしてもそれだけ難しいのです。

もう一つが、維持管理費です。これは北海道で災害があるたびに報道され、場合によっては政府が援助したりすることもありましたが、基本的には全部自前の要員、機械、コストで修繕します。

「当たり前じゃないか」と思われるかもしれませんが、競合する高速バスの場合は、高速道路に雪が降ろうと災害が起きようと橋が壊れようと、それを除雪したり修繕したりするのは道路会社であって、バス会社は全く負担しません。通常の高速料金のみです。

これらの大きなハンディがあり、健全な経営は非常に難しいということはわかっていたので、持参金的な運用基金を持たせて分社したのです。

その持参金はJR北海道が一番大きな金額であったということからも、その時点で最も困難な将来が待っていることは、役人も政治家もわかっていたということです。

ですが、長引く低金利で持参金の運用益もほとんど期待できずに現在の苦境を迎えているという経緯があります。

ではそんな経営が厳しいと言われる北海道になぜあのような鉄道網ができたのか?それは二つの要因があると思います。

一つは、石炭や木材などの資材運搬のためです。開設当時は、運搬料との見合いで収支が問題なかった路線も、炭鉱などの閉山などでそのすべてが大赤字路線になってしまったということです。

もう一つは、明治以来の北海道開拓のためです。開拓のための公共事業ですので、収支よりは路線を作ることに意味があったのでしょう。つまり収支計算は二の次ということです。

これらの結果、その全路線が赤字に陥ってしまったのです。

一部に、最近の道内での高速道路網の充実などが理由だとする声もありますが、そんなことには関係なく30年前の民営化の時からすでに全路線赤字だったのです。

これらの例をもとにモンゴルを考えてみます。

(続く)






Last updated  2017.01.24 15:18:22
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2012.02.13
13日月曜日に、無事モンゴルから帰ってきました。

今回は、お天気(というか気温)に恵まれました。聞けば、私たちが訪蒙する前の週はウランバートルはかなり寒く、マイナス41度までになったとのことでした。

が、幸い私たちの滞在した週は、せいぜい25度程度で、昼間には10度台だったことも多かったくらいでした。この時期としては、ラッキーでしょう。

また駆け足で廻ったモンゴル企業でしたが、お目にかかった経営者の方々は皆いい人ばかりで、楽しかったし、私も勉強になりました。

「もうはまだなり、まだはもうなり」などと言いますが、既に多くの日本以外の外資系企業が進出しているモンゴルですが、日本企業にとっての参入機会は「もう遅い」よいうよりは「まだ間に合う」と感じました。

さすがに成田に着くと、「暑く感じられ」ました。冬用の服装と言っても、モンゴル用と東京用は当り前ですが、全然違います。

いつものよに、都心に来ると「ああ、日本は先進国なんだなぁー」と感心します。いいことばかりの日本ですが、やはりダイナミズムというか、完成されすぎた面白みのなさというのがあるような気もしました。贅沢な悩みなんでしょうけど。

次回のモンゴル行きはいつになるかわかりませんけど、今度はもう少し時間的余裕を持って、プライベートな時間を持てるようにしたいというのが、今回の率直な感想です。同行した日本企業の方々が喜んで下さったのが何よりです。






Last updated  2012.02.15 20:16:04
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2012.02.11
今日は土曜日で、モンゴルでも基本的には企業はお休みです。ですが、それでも何人かの人たちと会いました。

今回は、ビジネスパーソンと会うのがほとんどで、一部の政府関係者を除けば政治家と会うことはありませんでした。

ですが、今日は元政治家で、現在は民間の仕事をしている方に会うことになりました。

実は、別のアポがあったのですが、先方の事情で変更になり、昨日の夜に急きょアポイントメントをとったのです。

会いに行く前に、会う予定の人について確認すると「え?あの有名な会社の前社長?じゃあ、会ったことあるかも」と思いました。

ですが、いつ、どこで会ったのかは覚えてないのです。でも、確かに会った気がしました。

で、会ってみると、やはり確かにその方でした。経歴などを聞いて「ああ、やっぱり偉い人だったんだ」とは思いましたが、やはりどこで会ったか具体的には思い出せませんでした。ちょっと情けないです。先方は一応私を覚えていてくれた「風」でした。

オフィスの場所は、モンゴル版インターコンチネンタル横浜ビル。正式にはスカイビルというようですが、建設後に床が傾いているなどの噂があったビルです。

外観から想像できるように、中はなんか狭かったです。エレベーターホールが、「ご立派ビル」のそれではなく、中小ペンシルビルのようでした。

ですが、上層階に上がって見た眺めはかなり素晴らしかったです。お隣、セントラルタワーの17階からも、スフバートル広場やチンギスハーン像は良く見えることは見えますが、やや斜めの角度です。

それに対し、スカイビルからは「ドーン」と真正面からなので、かなり迫力があり、初めて見る角度でした。

話がはずむと、お休みのはずの他の役員たちもやってきました。「面白い日本人が来てるぞ」と連絡したらしいです。結局、先方はCEO以下役員4人となりました。

更に「ウランバートル市の副市長を紹介してもよいが、今日はお休みだから週明け以降になる」と言われました。

私たちが週明けでは無理だと知ると、また電話をかけます。そして「今休みで出かけているところらしいけど、これからこっちに来るそうだ」と言いました。


そして登場したのがG副市長です。そのG副市長を見て、モンゴル人の友人のTさんが驚いていました。

Tさんは、かなり偉い政治家も知っている人ですが、その中でもこのGさんは特別だそうです。

多分、モンゴル国民のほとんどは知っている有名政治家で、民主化の時の英雄です。政治家のランクで言えば「現職の大統領クラス」だそうです!

しかも、汚職話の多い政治家らと違い、清廉で頭が良いことでも有名なんだそうです。

外出先から来てくれたということで、名刺を持っていないため、わざわざコピーを取って私たちに渡してくれました。雰囲気は、確かに(政治的に)戦い抜いてきた人だろうとないう迫力がありました。

そして今後のモンゴルやウランバートルの課題についていろいろ話してくれました。長期的なウランバートルの発展を考えると、水問題や電力問題はやはり重要な課題となるということでした。


モンゴルの場合、確定していた予定がキャンセルになったり、延期になることはよくあることですが、逆に、頼むルートさえ間違わなければ、30分前のアポ申し込みでも実現するというフレキシビリティもありますし、

そこがモンゴルの良いところでもあります。事前アポ主義の日本とはかなり違う文化ではあります。






Last updated  2012.02.14 15:06:27
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日本時間ではもう11日ですが、モンゴルはまだ10日です。

日本企業や日本人の存在か何が薄くなったと書きましたが、このホテルにいてもそれは感じます。

モンゴルに住む前、あるいは日本に帰った後もですが、このホテルは良く利用しました。古いし、高級感など全くないのですが、立地が良いのと比較的リーズナブルな値段なので、使っています。

そしてこのホテルでも感じました。以前であれば、日本人は結構見かけましたし、日本語もここかしこで聞こえました。今は観光シーズンオフなので、いるのはほとんどがビジネス目的だと考えていいと思います。

今朝の朝食会場に行って改めて周りを見ると、なんと日本人はゼロです。20数名いる客全員が、いわゆる欧米人の顔をしています。

もちろん、それがロシア人なのかオーストラリア人なのかカナダ人なのかドイツ人なのかはわかりませんけど。(欧米人ビジネスパーソンではこの4カ国が多そう)

今までこんな経験あっただろうかと考えました。もう10年以上も前からモンゴルには来ていますが、おそらくこんなことはなかったと思います。

逆に、この厳寒期なのに、結構客は多いなと思いました。やはりモンゴル相手のビジネスが活況なのは間違いないと思います。


もう一つ気づいたのは、女性客が多いことです。どう見ても観光客ではありません。真剣にパソコン使いながら議論している女性2人もいました。ちょこっと見えたのですが、やはり鉱山かその関連ビジネスのようです。

また1人で食事している女性もいました。こういう光景は、欧米や香港などでは珍しくはありませんが、モンゴルでは見たことがありませんでした。

単なる鉱山開発だけでなく。いろんな業種の外国人ビジネスパーソンが増えているとも感じました。


お昼にモンゴル初の回転すし屋さんに行きました。ここはケンピンスキーホテルの日本料理屋さん「さくら」の支店とも言えます。中に入ると、中央にどんとシェフのSさんがお寿司を握っていました。

日本人からすると、回転すしイコール安い寿司と考えてしまいそうですが、ここは高級感ある寿司屋です。

高級店のようなカウンターもあり、仲間と一緒に座れるテーブル席もあり、良く設計されているなと思いました。

驚いたのは、お客さんの数とその人たちです。席に着いた後、すぐに満席になりました。しかも「日本人はいるかな?」と見回しても、日本人はゼロです。

私の見る限りでは8割くらいがモンゴル人でした。シェフのSさんに聞いたら「お客さんの7割がモンゴル人、2割が欧米人で日本人は1割くらい」だそうです。

日本人の割合の少なさが、逆にお寿司がこのモンゴルにさえも定着しつつあることを感じました。

また回転すしにして、お寿司に馴染みのないモンゴル人も実際に見ながら選べるので、普通の注文式よりもモンゴル人にはわかりやすいなと思いました。

もともとSさんがいた本家「さくら」には、後輩の日本人シェフが来たんだそうです。

「さくら」自体も、もう日本人に支えられているというよりは、モンゴル人や欧米人のお客さんの方が多いのですから、ある意味、日本料理が本格的にモンゴルに定着してきたのかなと思います。

昨日のランチに行った菓子シェフのMさんがやっている「さくらベーカリー」も、空くのを待つ人がいるほどの人気店です。ここも、私たちが行った時は日本人客がゼロでした。

ここでももう日本料理がモンゴルで市民権を得たのがわかりましたし、最近急に日本料理屋が増えてきたのもうなずけます。


今日お目にかかった在蒙4年になるビジネスマンのKaさんが日本企業の進出に関して「この国は、細かいことを気にし過ぎて時間かけるのか、とにかく波に乗ってやろう、と考えるかで、結果は随分違うでしょう」と言ってたのが印象的でした。

もちろんリスクはどこの国にも存在するので、それへの意識は大切ですが、いつまでも波に乗り切れないのなら、やはりこの国では難しいだろうと言わんとしているんだろうと感じました。

また私が日本に帰国したのとほぼ同じ時期にこちらへ来たビジネスマンのKoさんは、「骨を埋めろと言われたらどうするの?」との質問に「やれと言われたら、そうするつもりです」と迷いのない答えを言いました。


残念ながら、大きな日本企業の進出は今もほとんど見られませんが、SさんやMさんもそうですし、ビジネスマンのKaさん、Koさんらを含め他に会った日本人たちは皆生き生きとして元気なのが印象的でした。

国が元気だと、そこで働いている日本人も活気が出てくるのでしょう。そういう人たちをもっと増やせれば嬉しいです。









Last updated  2012.02.11 01:10:27
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2012.02.10
昨日、寝る前にブログ書いたはずなのですが、なぜか掲載されてません。もしかしてネットがおかしいのでしょうか?それとも私の人為的ミスかな?(ボケ?)

ちなみに、携帯は相変わらずメールの受送信はできません。もし私に携帯メールを下さった方がおられましたら、見ることができない状況であることをご了承ください。


毎日、朝出発して夜遅くに戻る状態なので、なんとなく気持ちがバタバタしています。昨晩も夕食時に友人のBさんと会った時に、頼まれていた「のど飴」を渡すのを忘れていしまいました。


ウランバートルでは、高度成長中を実感します。ビルなどの建設は確かにラッシュです。街中で見かけますし、20階以上も結構できてきました。

また、建設のスピードが速いです。モンゴルは冬の間は建設できないというハンディがあるのですが、それでも半年前、1年前には全く見えなかった高層ビルが「突然」現れて驚きました。


広場前の17階にある「ご立派レストラン」も満席で、予約取るのも大変なようです。昨年のGDPは速報値で17%の成長です。

そして今後数年間は、15~20%成長が続くとの見通しは、モンゴル政府だけでなく、世銀などの国際機関の見通しも高成長を示しています。

Bさんの話では、平均で15%成長と言っても、遊牧なども含んだ数字なので、一般の産業は20%程度が平均となるので、その程度の成長を成し遂げていない経営者は落第とは言いませんが、努力の余地があるそうです。

要するに、戦略的にきちっとやっている会社の成長は30%くらいは当たり前だそうです。10社近く回ってみても、確かにそんなような数字は実際に耳にします。

前年比プラス3%を「達成」などと言っている日本企業からすれば夢のような話です。しかも、供給よりも需要の方が大きい分野が多いので、利益率も日本では考えられないレベルを維持しています。


一部には「バブル?」という声も当然出てきます。ですが、インフラ整備など「まだやらないといけないもの」がたくさんあるのは事実です。

日本の1990年頃のように、生活必需品ではないブランド物が飛ぶように売れるとか、既に住宅戸数は十分にあるのに投機用のマンションが売れ続けるという現象とは違う気もします。

ただ、世界各地のバブルを既に知っているので、そういう冷静な声が出ているのはいいことだと思います。

日本での1990年頃は「日本は欧米とは違うんです」「日本は国土が狭いから土地は永遠に上がるのです」みたいな、自国特殊論は出ていません。


ですが、急成長新興国にある「格差の増大」が出ているのも確かでしょう。もう、ビリオンダラー(数千億円?)を稼ぐ人も現れたそうです。

その反面、経済成長の恩恵から遠く、むしろ物価上昇に苦しめられている「普通の人々」が多いのは間違いありません。

さすがに「所得の再配分」を真剣に考えないと行けな時期に来ていると思います。


日本企業がこの成長の恩恵にあずかるには、まずここに「存在」しないことには始まらないでしょう。

今も変わらず「大企業にとっては小さすぎる市場」「中堅企業にとってはリスクが大きい市場」と烙印を押されているので、なかなかやってはきません。

10年前には外国企業としてのポテンシャルは先頭を走っていたと思いますが、決断力のある中国、韓国企業に抜かれてしまいました。

5年前には噂にもなっていなかったドイツ勢もしっかりした足取りで、日本勢を抜き去っています。

カナダ、オーストラリア勢は、本質を見極めているので、リスクなど恐れず大股で入ってきています。

今の日本はもちろん、周回遅れです。が、この高度成長の果実を得るには、まだ間に合うと思います。嬉しいことにまだ期待してくれている人たちもいます。

最悪は、この高成長の数字が確定して、それを見て「お、モンゴルはすごいな」と検討を始めて、2~3年後にやっと「決断」して来るような事態です。

本社の取締役会用のデータが全て「確定」し、「証明」された頃には、むしろ参入しない方が安全だと思います。

今日もこれから出発です。






Last updated  2012.02.10 08:39:19
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2012.02.09
朝出て行ってからは、夜遅くまでずっとホテルに戻らない状態が続いてます。こっちへ来たら、久しぶりにモンゴルから現地報告をしようと思っていましたが、なかなかそれもできません。

また、携帯メールが突然できなくなって困惑してます。ドコモの携帯ですが、普通は通話もメールもできるのですが、なぜか携帯が使えません。

携帯には「メールが受信されている」ことが表示されているにもかかわらず、それを見ることができないのです。「パケット通信は利用できません」なんて表示は初めてです。

火曜、水曜で7件の企業や政府関係者と会いました。皆、とてもよく迎えてくださったのは嬉しいです。

が、悲しい共通点もあります。それは日本人や日本企業に対するイメージです。

「私は20年前から日本企業と会ってきたが、彼らはまだ調査研究している」

「私の時間もあなたたちの時間も無駄にしないこと祈ります」

「日本人はいつも検討中なのは有名です」

などなど。とにかく日本人は、調査ばかりして、何の行動もしないということは有名になっています。

5年前にはほとんど名前も聞くことがなかったドイツは、今はものすごく食い込んでいます。

鉱山開発そのものには入りませんが、重機械の販売やサービス提供などで大きな成果を上げています。

10年前は、だれもが日本企業に期待し、日本側もたくさんの企業が「調査」に来たのですが、今や、韓国、中国はもちろん、ロシア、アメリカ、オーストラリア、ドイツなどと比べても、存在感は低下するばかりです。

ある政府関係者が言ってました。ドイツ人の組織力、統率力はすごい。ドイツから政府関係者が別々に3人来たことがあるそうです。

その誰もが、全く同じことを言うのだそうです。「モンゴルにこれだけはお願いしたい」と。

あまりに同じことを言うので、辟易するほどだそうです。大統領と謁見した時も、全く同じことを言うそうです。

だんだんこちら側は「わかったわかった、それをやればいいんだな」となるのです。その後民間の人が来ても、また同じことを言うそうです。

結局、ドイツのモンゴルへの方針は理解され、受け入れられたそうです。


恐らく、日本からの政府関係者の数だって負けてないでしょう。が、ほとんどの大臣などは「その場限りの発言」しかしないので、誰も相手にされません。

別に政治家のせいにするつもりはありませんが、民間も政府もまったく連携がなく、方向性も理解されていないのがわが日本だということだけはわかりました。

結局は、できるところからでも少しずつやっていくしかありません。

その辛口の政府関係者が帰り際「あなたのような日本人は貴重です。是非また来てください」と私に言ってくれました。

ま、確かに私のような日本人は少ないことは確かでしょうね、モンゴル人の目には。

今日も今から出発です。






Last updated  2012.02.10 08:01:40
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2012.02.07
今日もモンゴルからです。

先週までは大変寒かったようでマイナス41度あったと聞きましたが、今日は30度程度なので、まずまずの気温でした。

ですが、ちょっとした手違いで、同行の方々を1kmくらい夜の寒い中を歩かせてしまうことになり、申し訳ないことをしてしまいました。

モンゴルへ行く前に「確かに寒いですが、実際には5分以上外にいることはありませんから大丈夫です」なんて言っていたのに、極寒の夜を歩かせてしまったのです。


昼間は、いくつかの訪問先を予定通り終えました。中でも、午前に訪れたあるモンゴルの企業には驚きました。

何が驚いたって、その歓待ぶりです。この寒い中、その会社に到着すると、10名以上の社員が「外で」待っていてくれたのです。もちろん、全員コートなしです。

しかも、会社の入り口には日本語で「ようこそ、モンゴルへ!」との幕も。中に入っても、社員全員?と思えるほどの出迎えです。

更には、美しい民族衣装を身にまとった若い女性社員(?)らが、モンゴル風の儀式で迎えてくれました。

昔、中国へ行った時に、百人以上のお出迎えを受けたことがありましたが、あのときは役所主導で「無理やり」という感じもしましたが、今回はそんな雰囲気は全くなく、私も見たことないようなモンゴル式歓待を受けました。

一番感心したのが、その会社社長の統率力です。社長に言われて仕方なくその歓待に参加した人もいるかもしれませんが、まったくそんな素振りを感じる人はいませんでした。

モンゴル人は一般的に、日本人のように「会社の人が言ったから」というだけでは、調和ある行動を示すことは多くはありません。

そんなカルチャーの中での出来事だったので、この社長はかなり社員を引っ張る力があるんだろうなと感じました。

夜には友人のUさんとも会え、楽しい時間を過ごせました。一緒に行った方々も、異国の地でUさんのような「日本人の心を持つモンゴル人」とでもいえる人に会えたことを大変感激していました。

やはり、百聞は一見にしかずです。特にモンゴルは、「統計の数字では語れない、経済的なダイナミズム」を肌で感じることができます。

明日以降も、多くのビジネスマンや政府関係者と会えるのを楽しみにしています。






Last updated  2012.02.08 00:40:02
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2012.02.06
ウランバートルに無事到着しました。

マイナス29度ですが、この寒さが懐かしいです。ちょっと煙の臭いがしますが、冬のモンゴルはいいですね。

現地時間ではまだ12時半です。ホテルのレストランのメニューも変わってるし、値段もしっかり高くなっていました。

明日からのUB内の活動が楽しみです。






Last updated  2012.02.07 01:36:22
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