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田崎正巳のモンゴル徒然日記

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島田隆の天職相談室 しまりゅう52さん

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モンゴル国内旅行

2015.01.19
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カテゴリ:モンゴル国内旅行
モンゴルから日本へ帰国した後の本ブログはモンゴルの情勢の分析などが中心で、モンゴルそのものを伝える機会が少なかったように思います。ですので、本ブログの開始前に書いた内容を時々アップしようと思います。ちょっと古い内容ですが、まだモンゴルのことをあまり知らなかった頃です。お楽しみいただければと思います。

今回は2008年5月付け「モンゴル徒然日記(最終章)」という題名の記事です。



1週間余りのモンゴルゴビ砂漠の旅もいよいよ終わりに近づいてきました。

モルツォク砂丘に行った日に泊まったのもやはりゲルです。その夜に見た星空は忘れられないものになりました。今まで星空で一番きれいだと思ったのは、沖縄の離島の小浜島で見た星空でした。

何もない小島で、夜にはお店もやってませんから周囲は真っ暗で、ものすごい数の星でした。プールサイドにあるようなパイプベッドみたいなのに寝そべって見てるだけで、全然飽きないし、それは美しい光景でした。

ですが、ゴビで見た夜空はそれとは全然違うレベルでした。星星星・・・星だらけ。人工的なプラネタリウムよりももっと多い!天の河みたいなのがいくつもあって、感動を覚えるような光景でした。

でも、私の写真技術はそれを撮影できるレベルではなく、ちょっと挑戦してみましたが、単に真黒な写真を撮っただけでした。

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私たちが止まったゲルです。隣には2-3のゲルに、ドイツ人?北欧人?と思われる中年くらいの女性陣が多かったです。


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  • これは食事をするレストラン。おいしかったです。


    さあ、帰るぞと支度をすると、運転手さんがローバーの点検をしていました。

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  • 力強いランドローバーディフェンダー110のエンジンです。粘りのあるディーゼルエンジンです。


    帰ろうとしたら、ゲルの向こうで何やら車が集まっています。午前中からなんだろうと思っていたら、狩りから帰ってくる人たちでした。ここでいう狩りとは、狼狩りです。

    狼を狙うときは、早朝に出かけるのだそうです。車は何とレクサスLX!(ランドクルーザーの高級版)アメリカからの中古輸入でしょうが、当地では5-600万円はしそうな超高級車です。

    どうもお金持ちの狩りのようです。車をよく見ると、屋根に獲物が乗っていました。


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  • 獲物の狼は、屋根に乗せて運んでます。カメラを向けると、こちら側に顔を見せてくれました。


    帰り道、遠くから大きな黒い影が草原の上に見えました。近づいて見ると、なんと鳥が立ってました。あまりの大きさに驚きました。幼稚園児くらいの子供が立っているかのような大きさでした。


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  • 遠くに見えた影が、小さな子供くらいはあろうかという大きな鳥でした。

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  • さすがに、もっと近づこうとすると飛んで行ってしまいました。が、しばらくは付近を飛び回っており、幅3メートルもあろうかという羽を広げていました。野生の大型の猛禽類は、見ていて絵になります。



    いよいよウランバートルへ旅立つダランザドガド空港です。

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  • デジタルとは無縁の体重計みたいなのでスーツケースを図ってます。

    モンゴルは知れば知るほど奥が深く、また訪れたいなと思いました。






    Last updated  2015.01.21 21:56:21
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    2015.01.13
    カテゴリ:モンゴル国内旅行
    モンゴルから日本へ帰国した後の本ブログはモンゴルの情勢の分析などが中心で、モンゴルそのものを伝える機会が少なかったように思います。ですので、本ブログの開始前に書いた内容を時々アップしようと思います。ちょっと古い内容ですが、まだモンゴルのことをあまり知らなかった頃です。お楽しみいただければと思います。

    今回は2008年4月付け「モンゴル徒然日記(モルツォク砂丘)」という題名の記事です。




    ゴビ砂漠は、今までご覧いただいたとおり日本人が思い描くサハラ砂漠のような「一面見渡す限りどこまでも砂の丘が続く」という光景はほとんどなく、草原に近いイメージです。背の高い木々はほとんどないですが、植物が全くないという場所もあまりありません。

    その中でもこのムルツォク砂丘はいかにも砂漠といった数少ない場所です。草原の中に砂丘が出現した、というイメージの方が近いです。

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  • 砂丘を草原から見ると、手前が草原、次に砂丘、そしてその向こうが山々です。


    遠くから見ると近そうに見えるのですが、結構距離はありました。


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  • 砂丘側から見ると、草原の様子がよくわかります。草原には馬が放牧され、向こうに見えるゲルはこの付近でラクダを観光客に乗せている一家のものです。



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  • ローバーは、砂丘のふもとまで進みました。そこで車を降りて、登ってみることにしました。


    登ってみると、これが結構気持ちいいです。近づくと、砂の皺(?)というのでしょうか、風でできた模様が奇麗でした。


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  • 砂丘の皺(?)です。


    足跡一つない砂丘を歩くのは楽しいです。私の友人は、どんどん砂の山を登って行きました。


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  • 遠くに見える「点」が友人のBさんです。登るのが速いので驚きました。


    遠くから見ると何もない砂丘ですが、現地に行ってみると花は咲いてるし、動物の骨は落ちてるし、野性味を感じました。



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  • 砂丘に咲く、一輪の花です。鮮やかなオレンジ色でした。


    砂丘を歩いていると、自分の姿が大きな影になって見えました。

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  • 自分の影です。


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  • 砂丘の表面はいろんな表情を見せてくれました。






    Last updated  2015.01.16 15:38:09
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    2015.01.07
    カテゴリ:モンゴル国内旅行
    モンゴルから日本へ帰国した後の本ブログはモンゴルの情勢の分析などが中心で、モンゴルそのものを伝える機会が少なかったように思います。ですので、本ブログの開始前に書いた内容を時々アップしようと思います。ちょっと古い内容ですが、まだモンゴルのことをあまり知らなかった頃です。お楽しみいただければと思います。

    今回は2008年4月付け「モンゴル徒然日記(トゥンゲネー渓谷)」という題名の記事です。


    今日は朝早めに出発し、野生動物を見に行こうとなりました。

    当初のイメージは、そこら中に野生の動物がいるのではないかと期待していましたが、もうそんな光景はここ20-30年は見られなくなったそうです。やはり人間による乱獲で、極端に数が少なくなったそうです。

    また、多くの大型野生動物は人間を恐れるようになり、滅多なことではその辺の草原には表れないそうです。今回は、朝には比較的野生動物がみられると言われるトゥンゲネー渓谷を訪れました。

    でも、車で走っていては野生動物は出てきませんので、車は後からくることにしてもらって、歩いて行きました。


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  • 渓谷に入ったところで、ローバーとはお別れです。写真のドライバーは、ゴビの地を知り尽くしているウランバートルから来ているベテランドライバーです。

    しばらく歩いて行くと、何やら原始時代か恐竜映画にでも出そうな景色が続きましたが、険しく高い渓谷の間は車も通れるようないい散歩道でした。


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  • カメラ片手に、渓谷を歩く友人Bさんです。

    彼が言うには、この辺には野生のガゼルが見られるとのこと。ですが、谷間に降りてくることはなく、人間が来ると山の上から興味深そうに「人間が来たのかな?」と見下ろしに来るのだそうです。

    「歩くときは、渓谷の上を見て探してください」と言われずっと見てました。が、全然わかりません。すると彼が「あ、いました。右の山の上です。見えますか?」と言いました。

    ですが、全然見えません。彼とは視力が全く違うので、彼が指さす方向には何も見えません。ですが、こちらは文明の利器、カメラがあります。

    カメラのファインダー越しに望遠を目いっぱい大きくすると、なんかいるようないないような。とにかくシャッターを押してしまえ、と撮ってみて、後で見ると数頭がこちらを見ていました。


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  • 山の上からこちらを見ているガゼルたち。肉眼では全く見えませんでした。言われて凝視してもよくわかりませんでしたが、こうして写真にははっきりと写っていました。



    しばらく歩くと、今度は左に見えるといいます。

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  • これまたわかりにくかったですが、明らかに我々人間を見に来ていました。動物園と反対で、人間が見られる立場です。

    頭をずっと上に向けながら、約1時間ほどこの渓谷を歩きました。残念ながら「大量に」見ることはできませんでしたが、それが最近の現実だそうです。

    動物は、人間に乱獲されたことをどうやって子孫に伝えているのでしょうか?わずか550年ほど前は、人間のことはあまり気にせず、その辺を走り回っていたそうです。


    今日はこれからモルツォク砂丘近くのゲルに向かいます。ゴビ砂漠は、砂漠といってもサハラ砂漠とは違い、多くは草原です。ですが、このモルツォク砂丘は、いかにも砂漠というイメージのところだそうです。


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  • 途中休憩しました。当たり前ですが、周りには何もないです。


    今日の宿にやってきました。ここはモルツォク砂丘から20kmほどだそうで、ここを拠点に砂丘に行きます。

    行ったのは10月上旬ですが、実はこれがゴビ観光のぎりぎりだそうです。10月中旬で閉まるキャンプ地が多いそうです。我々が訪れたところも、半分くらいゲルが畳まれてました。


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  • ゲルをしまうと、こんなにシンプルになってしまうのですね。移動用ですから当然ですが、ベッド、ストーブ、骨格とフェルトくらいでできてるんですね。


    キャンプ地は、宿泊用のゲルとレストランのある建物がありました。


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  • 半分畳んであり、半分は宿泊用に残してありました。我々はあちらに見えるゲルに泊まることになりました。

    一休みして、いよいよモルツォク砂丘です。







    Last updated  2015.01.11 14:51:53
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    2015.01.05
    カテゴリ:モンゴル国内旅行
    モンゴルから日本へ帰国した後の本ブログはモンゴルの情勢の分析などが中心で、モンゴルそのものを伝える機会が少なかったように思います。ですので、本ブログの開始前に書いた内容を時々アップしようと思います。ちょっと古い内容ですが、まだモンゴルのことをあまり知らなかった頃です。お楽しみいただければと思います。

    今回は2008年2月付け「モンゴル徒然日記(バヤンザク、炎の絶壁)」という題名の記事です。



    バヤンザクで、私たちのランドローバーを停めた空き地に旧いラーダがありました。一時日本でも人気があった、ラーダのニーヴァよりももっと旧そうです。

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  • 旧いラーダ。多分、元々はジープ同様に軍事用だったのでしょうね。


    バヤンザクは、1923年に米国自然史博物館の送ったロイ・チャップマン・アンドリュースらモンゴル探検隊が多くの恐竜の骨を見つけたところだそうです。更に調査したところ世界で初めて卵の入っている恐竜の巣を発見したのだそうです。

    恐竜たちは、何か大きな自然災害で生き埋めになったのだろうと考えられてるそうです。なので、今でも時折、豪雨などで地表面の地層が表れて骨が出てくることもあるそうです。ちょっと歩いてみましたが、残念ながら恐竜の骨には出会いませんでした。

    そのにしても驚くのは、今から80年も前にモンゴルへ探検隊を送ったアメリカの先見の目と底力です。

    1923年なんて、日本では大正時代です。この時期に、大変な金額をかけて中国ではなくほとんど誰も行ったことがないモンゴルへ探検隊を送ったのです。

    モンゴルで当時の貴重なビデオ(フィルム)を見ました。当然、同行したアメリカ人が撮ったのでしょう。3ヶ月もかけて、アメリカから何十台ものトラックを船で送り、中国(当時は清)経由でモンゴルへ入ったのだそうです。

    そして、大量の現地人(モンゴル人)を雇い、発掘作業を行って、恐竜の骨はほとんどニューヨークに持ち帰ったそうです。もちろん今は、骨や化石は国外持ち出しは禁止です。

    富国強兵で精一杯だった日本には、鉄鉱石や石炭を取ってくる動機はあったかもしれませんが、こういう文化的、歴史的なことを考える余裕なんて全くなかったのでしょう。


    このビデオを見てわかったのは、景色はほとんど変わってないのですが、当時の草原や砂漠にはおびただしい数の野生動物がいました。

    残念ながら、今はまず見かけることはできない光景です。わずか100年にも満たない近代で、多くの野生動物が人間の手によって滅ぼされていった証拠を見せ付けられたような気がしました。

    この辺の絶壁は「炎の絶壁」と呼ばれるんだそうです。景色を見ると確かに赤い土というか石が多いとは思いました。ですが、その本当の意味を知ったのは、夕方になってからです。日が沈みかけると辺り一面が赤々としてきました。

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  • なるほど、これが「炎の絶壁」なんですね。



    別の方向を見ると、より炎が迫ってくる感じでした。

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  • まさに「炎の絶壁」です。


    元々赤い絶壁を、夕日が一層赤くしているのです。しばし見とれていました。ですが、日が落ちるのも早いです。

    反対側を見ると、地平線に日が沈んでいくのが見えました。日本では、水平線は見れるのですが、なかなか遠くまで地平を望むことができないので、貴重な体験でした。

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  • 沈み行く太陽です。


    まだ、明るいうちにと帰路を急ぎました。途中、ヤクの群れに出会いました。チベットでは何度も見ましたが、モンゴルでは少ないような気がしました。

    のんびりと草をはぐくんでいたのですが、私が車を降りて近づいていくと「なんだこいつは?」という感じで、私を観察していました。

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  • 私を見るヤクです。

    おとなしそうなので、怖くはないんですが・・・ただ、実際に近づくと巨体に圧倒されました。北海道で見る乳牛よりは明らかにふた回りほど大きいです。


    私も、ある程度は近づけるのですが、急に反撃されたらどうしようなんてビビっていたら、ヤクの群れも「こんな奴に付き合ってやれない」と思ったのか、群れで移動してしまいました。

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  • 移動するヤクの群れです。左に1頭だけこっちを見ているのは、よっぽど私が気になったのでしょうか?


    このまままっすぐ、ゲルへ向かって帰りました。やっぱり100kmくらいの行程です。明日は、野生の鹿がいるらしい渓谷を行きます。






    Last updated  2015.01.08 18:53:27
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    2015.01.04
    カテゴリ:モンゴル国内旅行
    モンゴルから日本へ帰国した後の本ブログはモンゴルの情勢の分析などが中心で、モンゴルそのものを伝える機会が少なかったように思います。ですので、本ブログの開始前に書いた内容を時々アップしようと思います。ちょっと古い内容ですが、まだモンゴルのことをあまり知らなかった頃です。お楽しみいただければと思います。

    今回は2008年1月付け「モンゴル徒然日記(恐竜の故郷、バヤンザクへ)」という題名の記事です。



    ヨリーン・アムを後にして、バヤンザクへ向かいました。このバヤンザクというのは、世界最初に恐竜の卵が見つかったところとして知られているのだそうです。

    途中、例によって何もない砂漠(草原?)を走り続けました。草原でのんびりしている羊も、気のせいかウランバートル近郊(といっても、100kmとか200km圏)の羊よりも、青空の下でよりのんびりしているように見えました。

    もちろん見渡す限り、羊の管理人も含め人の気配は全くありません。

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  • 青空の下、のんびりしている羊の集団です。



    草原には、羊だけではありません。ラクダの集団もいます。羊は慣れっこになってましたが、さすがに大型のラクダが悠然と集団で歩いていると迫力があります。



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  • 写真を撮ろうとする私が気になって仕方がないラクダたちです。


    私も結構近づきましたが、友人のBさんも近づいて写真を撮りました。おとなしいのですが、やはり身体が大きいので興奮でもされると怖いだろうなって思いました。さすがに、触れる距離までは行きませんでした。

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  • ラクダに近づいて、写真を撮ってるBさんです。(モンゴル人です。カメラの腕は私と違ってセミプロ級です。)



    更に走り続け、ようやくバヤンザクへ到着しました。車は巨大な丘の上のようなところに停められ、あとは歩きとなりました。


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  • バヤンザクの丘陵地帯です。化石はこの丘の下へ降りて行った平原にあります。


    車を停めるところのすぐ近くにお土産物屋のような店がありました。店といっても露天で、置いてあるものはその辺の石ころとか、わけわからないガラクタみたいなものでした。

    店には大人の姿はなく、少年二人とそのお姉さんのような少女一人でした。こんな誰もいないところに(周囲数キロ?数十キロ?誰もいないように見えました)よくこんな小さな子供に店番させてるなって思いました。


    モンゴルの子供たちは、すぐに相撲を取りたがります。ここでも私たちの前で幼い少年二人が相撲を取り始めました。

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  • 相撲を取る少年二人です。かなり長いこと、何度も何度もやってました。しまいには、私の友人Bさんにも挑んでいました。

    その様子を一歩引いて、陰から心配そうに見ていたのがお姉さんです。

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  • まるで星飛雄馬の姉「明子」のしぐさにそっくりでした。とても優しそうな眼差しで弟たちを見てました。

    ここから少し恐竜の化石でも探しに歩いてみることにします。






    Last updated  2015.01.07 13:25:51
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    2014.12.26
    カテゴリ:モンゴル国内旅行
    どんどん先を進むと、岩が割れてるところが多くなってきます。まさに渓谷の谷間を歩いてる感じです。


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  • 人間を寄せ付けない岩の谷間が続きます。



    空には、この地名を表す鷲が飛んでました。


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  • 優雅に飛んでいる鷲です。



    更に進むと、突然何かわからないようなものが。見ると牛の亡骸です。ここまで迷い込んでしまったのでしょうか?これもまた自然の現象なのでしょう。


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  • 牛の亡骸です。乾燥しているせいか、全然臭くないし、虫などもほとんどいませんでした。



    かなり深くまで来たところで、友人のBさんが「ああ、やっぱりなー。ないなー。」と言い出しました。

    彼が子供の頃はこの辺は氷河の残りがまだあり、夏でもひんやりして雪渓が残っていたそうです。つまり、1年中雪が消えることがなかったそうです。わずか10年前にもまだ残っていたそうです。それが今は消えてしまったのです。

    でも、ここには綺麗な小川が流れていました。


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  • とても綺麗な山の源泉のような水です。この辺は、ほんの数年前まで真夏でも雪渓が残っていたそうです。


    さらに進むと、小川というよりもっと勢いのある水流が流れ出ていました。

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  • 冷たくて美味しい水が流れ出ていました。

    これが地球温暖化ということなんでしょうか?ただ、私たちは昔話ではなく「氷河や雪渓が消える同じ時代を生きている」なんだなと肌で感じました。こういう小さな現象が世界中で起こっているのでしょう。

    原因はもちろん私なんかにはわかりませんが、違う時代への転換点にいるような気がしました。

    東京にいると、自然の変化も動物の変化もほとんどわかりませんが、こういう地球上のある意味「端っこ」にいると変化を感じます。

    わずか50年前に、野生動物が縦横無尽に草原を駆け巡っていたビデオを見てショックを受けました。あまりにも今のモンゴルの草原と違いすぎます。もう野生動物が人間の前を走り回ることは無くなったのです。

    そして、この目の前で見た温暖化の最前線。何かが変わっていくのを考えないわけにはいきませんでした。






    Last updated  2014.12.30 20:49:27
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    2014.12.24
    カテゴリ:モンゴル国内旅行
    モンゴルから日本へ帰国した後の本ブログはモンゴルの情勢の分析などが中心で、モンゴルそのものを伝える機会が少なかったように思います。ですので、本ブログの開始前に書いた内容を時々アップしようと思います。ちょっと古い内容ですが、まだモンゴルのことをあまり知らなかった頃です。お楽しみいただければと思います。

    今回は2007年12月付け「モンゴル徒然日記(ヨリーン・アムへ)」という題名の記事です。


    今日はいよいよ雪渓のある谷、ヨリーン・アムへ出発です。

    標高は2,200mと結構高く、ランドローバーもどんどん登っていく感じでした。もちろん、行く途中は人や車は全く見ることなく、岩山と蒼い空だけの道が80km近くも続きました。

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  • 見上げるとこんな岩山ばかりでした。



    1時間ほど走って、ようやく渓谷の入り口に到着しました。ここからは車は禁止で徒歩です。


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  • 渓谷入り口はまだなだらかで、途中までは車も入れる道がありました。



    ちょっと歩いてるだけで、鳥や小動物の動きが感じられました。

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  • 顔を出している野ネズミです。



    いよいよ本当の入り口です。ここの中をこれから入って行きます。


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  • 先を行くのは私の友人のBさんです。



    段々渓谷が深くなってきました。日差しは強いので、警告の隙間から差す光がちょっと神秘的な雰囲気をかもし出しています。

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  • このヨリーン・アムはモンゴル語で「鷲の谷」というのだそうです。確かに上空にはそれらしき鷲が飛んでいました。まさに数万年前から変わらぬ姿を保っているような空気が漂っていました。

    この先に、万年雪というか、氷河が本当に残っているのでしょうか?






    Last updated  2014.12.30 12:37:13
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    2014.12.19
    カテゴリ:モンゴル国内旅行
    モンゴルから日本へ帰国した後の本ブログはモンゴルの情勢の分析などが中心で、モンゴルそのものを伝える機会が少なかったように思います。ですので、本ブログの開始前に書いた内容を時々アップしようと思います。ちょっと古い内容ですが、まだモンゴルのことをあまり知らなかった頃です。お楽しみいただければと思います。

    今回は2007年12月付け「モンゴル徒然日記(キャンプ地到着)」という題名の記事です。


    ダランザドガド空港から西へ80kmほど休みなくひたすら走りました。見える風景は、ひたすら草原と動物たちです。対向車も結局1台だけ。人の住むゲルもほとんど見えませんでした。

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  • 大草原には多くの野生動物がいそうな気がしますが、実は我々が見ることができるほとんどの動物は遊牧されているのだそうです。

    50年程前には、この草原にも多くのゼール(ガゼル)などの野生動物が草原を群がって走り回っていたそうですが、そのほとんどが人間の手によって殺されてしまい、今では滅多に見ることはできないようです。野生の馬すら、今ではモンゴルに100頭もおらず一部の保護区で生息するのみだそうです。

    弓などで狩をするレベルでは、人間と野生動物は共存できるのでしょうが、ひとたび銃が持ち込まれると、あっという間に消えてしまうというわけです。人間が生態系を崩す力を持ちすぎている事実を改めて知りました。

    とはいえ、日本で想像する北海道などの遊牧とは全く違い、近くには管理する人もいなければ、もちろん囲いもありません。数十キロも数百キロも気楽に行動しているように見えてしまいます。

    キャンプ地が近づいてきました。遠くに夕陽が綺麗です。

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  • 翌朝、キャンプ地の周りを散歩してみました。丘の上から、20戸近いゲルとレンガ作りのレストランからなる全容が見えました。

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  • ここの支配人は中年の女性で、なんでもウランバートルでは大学の教授をしているんだそうです。夏の間だけ、こっちで支配人をしているということでした。


    ここは厳寒の砂漠ですので、秋から冬にかけては当然閉鎖になるのです。散歩を続けると、鷲(多分?)が小動物を捕らえているのが見えました。早速近づいて見ると、なにやら朝食の最中の様子でした。。

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  • 盛んにこちらを気にはしていましたが、かといって飛んで逃げる様子もなく、時々獲物を食してました。

    さすがに、鳥や小動物は野生ですから、こんな近くで普通に見れることに、ちょっと感動を覚えました。我々の朝食は、至って普通の洋風の朝食でした。パンにミルクに卵料理にコーヒーなど。

    草原の朝は、他には何もありません。遠くに馬が見える程度で、動物も少ないですし、森や林があるわけでもありません。ただ、空気が澄んでいて、自然に深呼吸したくなる気持ちになったという程度です。

    いよいよ、今日は永久凍土、年中雪渓が残っていると言われているヨリーン・アムに向かいます。車のところまで送ってくれたスタッフは、草原の少女のごとく可憐でしたが、聞けばこの時期だけウランバートルからアルバイトに来ているのだそうです。

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  • こちらの人々は、日本人に似ていると言われますが、この少女も信州か沖縄で民宿のアルバイトをしている女子大生とそっくりだなと思いました。ヨリーン・アムへも1時間以上はランドローバーに揺られることになりそうです。






    Last updated  2014.12.22 10:17:02
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    2014.12.15
    カテゴリ:モンゴル国内旅行
    そのトラックの行く方向にみんなが走っているのですが、走る方向にはなんの設備もありません。

    フェンスがあるだけです。我々もあわてて走り出しました。そこで見た光景は・・・

    なんとトラックからフェンス越しに荷物を出しているのです。

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  • モンゴル語で大きな声で荷物についてる番号を呼んでいるのだそうですが、もちろん私にはわかりません。

    仕方がないので、自分の荷物がトラックから出てくるのをじっと見ていて、出てきたら大声出して「こっちこっち」と叫ぶしかありません。

    でも、フェンスには群がるように人がいてなかなか見えないのです。友人の助けを借りて、なんとか自分の荷物は引き取ることができました。なんとも原始的な受け渡しです。雨の日なんか、どうしてるんだろうと考えてしまいました。

    無事荷物を引き取って、車に乗り込みます。車はランドローバー110というモデルで、日本では私は見たことはありません。

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  • アフリカの映画に出てきそうな、タフで逞しそうな車です。今時の都会のSUVとは雰囲気も乗り心地も全く違いました。

    首都のウランバートルでさえも、ランクルを始めとした乗り心地重視型が多く、本格的なオフロード・タイプはほとんど見ることはありませんでした。この車でこれから80km離れたキャンプ地に向かいます。

    まだ夕暮れ前でなので、ずっと先まで見えますが、道らしい道は空港から出た最初の5分くらいで、後はいわゆる整備された道ではなく、正確に言えば草原や砂漠にできた轍(わだち)だけしかない状況です。

    しかも走るスピードがすごい。未舗装(当然)の草原を時速70ー80kmで走ります。舗装道路を走るのとはわけが違います。

    なぜなら、自然の道ですから、陥没あり、小川あり、凸凹ありですから、そんなスピードで穴に突っ込んだら転倒しそうな勢いなのです。

    それなのになぜ運転できるか?それは一番は「目」のようです。
     
    かなり遠くの道の状況を正確に掴んで、即座に反応する運転技術と、この辺の細かい地図を頭に叩き込んだ経験がなせる技でしょう。

    この運転手さんとは、この滞在中ずっと一緒できたがまるでラリードライバーを見ているがごとく、とても上手な運転でした。聞けば、ウランバートルの人で、こっちに出稼ぎに来ているとのことでした。

    人はほとんどいません。というか、80km走って、見えた人間はゼロでした。民家(移動式のゲル)さえも途中、ほんの数軒のみ。

    見かけた車は、80kmでなんとたったの1台でした。いかに人や車が少ないところとはいえ、やっぱりここは砂漠なんだなーと思いました。

    目標とするキャンプ地のゲルには夕方前には着けそうです。

    (完)






    Last updated  2014.12.22 10:08:26
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    2014.12.14
    カテゴリ:モンゴル国内旅行
    モンゴルから日本へ帰国した後の本ブログはモンゴルの情勢の分析などが中心で、モンゴルそのものを伝える機会が少なかったように思います。ですので、本ブログの開始前に書いた内容を時々アップしようと思います。ちょっと古い内容ですが、まだモンゴルのことをあまり知らなかった頃です。お楽しみいただければと思います。

    今回は2007年10月付け「モンゴル徒然日記(いよいよゴビ砂漠の玄関へ)」という題名の記事です。




    ウランバートルで国内線に乗るための日程調整し、いよいよゴビ砂漠へ出発です。ゴビ砂漠といっても非常に広大ですので、今回は南ゴビといわれる地域の玄関であるダランザドガドの空港を目指しました。

    モンゴルの国内線に乗るのは初めてです。いい天気の中、ロシア製(ソ連製?)のプロペラ機に乗り込みました。

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  • 私も結構いろんなところへ行ったことがある方だとは思いますが、今回の飛行機は初めて見るものばかりでした。まず、乗ってびっくり。スーツケースなどの荷物置き場が、客室とつながった廊下の脇にあるのです。

    ですから、空港のカウンターで手荷物預かりとして預けた自分の荷物が、飛行機の入り口から自分のシートへ行く途中にむき出しで見えるのです。

    飛行に入る前に、ロープで荷物全体を縛ってずれないようにはしていましたが、客荷一体というのがなんとも不思議でした。

    中へ入って、シートを見てまたびっくり。シートが車のソファーのように簡単に前に折りたためるのです。車の場合は、座席脇にあるフックのようなものをちょっと動かすことによって、ロックを解除しシートを前に倒すわけですが、この飛行機のシートは何もしなくてもちょこんと指先で前に傾ければ、バッタリとなんの抵抗もなく前に倒れます。

    しかも、乗る前にはほとんどのシートが前に倒れています。一見、全部のシートがこちらに向かってお辞儀をしているように見えてしまいました。なんか、こんなんでいいのかなー?とは思いましたが、特に困ることはなかったです。

    飛行中は、ちょっとエンジン音がうるさい位で特に問題もなく、気持ちよく乗れました。乗ってる人は・・・モンゴル人、欧米人、中央アジアの人々が多く、日本人らしき姿はなかったように見えましたが、こればかりはわかりませんね。中国人はいなかったように思います。

    さて、いよいよ到着です。空から空港を見たら、なんか田舎の学校の校舎とグラウンドみたいに見えました。空港は、だだっ広い草原にポツンと簡易な建物があるという感じでした。

    飛行機への搭乗のために通るゲートと、チェックインしたり待ち合わせをしたりする建物が別れていて、ゲートはまさに簡易建物という感じでした。

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  • チベット仏教のお坊さんも乗ってました。

    飛行機を降りて、そのゲートのある小屋に向かい通過すのですが、あまりにあっけなく「え、もうこれで出ちゃったの?」というくらいのものでした。

    今時、世界でも最も簡易なゲートの一つだろうなと思ったほどです。外部は飛行場とフェンスで仕切られているだけで、なんとものどかな光景です。

    外へ出ると、多くの人々が待っているようでした。迎えの人や到着した人がたくさんいるのは、どこでも見る風景ですがいつまでたっても人は減りません。そもそも荷物が出てこないからなのです。

    ですが、もう外に出てしまっており荷物を受け取る場所はないし、どこの空港行っても必ずあるターンテーブルのような荷物が出てくる場所もありません。

    モンゴル人の友人に「荷物はどこに出るの?」と聞いたら「さー、どこかその辺に置かれるんじゃないでしょうか?」なんて暢気なこといってました。

    かなりの時間(20分以上?)たって、突然人々が走り出しました。フェンスの向こう側に荷物を積んだトラックが走っているのです。

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  • そのトラックの行く方向にみんなが走っているのですが、走る方向にはなんの設備もありません。

    (続く)






  • Last updated  2014.12.22 10:07:43
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