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田崎正巳のモンゴル徒然日記

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日本語教員・N学校

2010.06.04
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カテゴリ:日本語教員・N学校
国会の中に入ると、まずあったのが空港にあるような金属探知機のゲートです。私は携帯、財布などを取り出して通りましたが、「ピー」と鳴りました。

で、チェックしてもらうのですが、ものすごく簡単なチェックです。背にしていたリュックの中身のチェックも、チラッと見る程度。

その後生徒らが入るのを見ましたが、結局全員「ピー」と鳴りました。でも、大したチェックはしません。要は、鳴り過ぎて誰も気にしないという状況です。

中に入って、早速カメラを取り出し撮影しようとすると「この建物内は全部撮影禁止なので、カメラはここに置いておくように」と没収されました。

その場で手にしていた生徒たちも全員一時預かりです。せっかくの卒業式なのに、カメラなしとは残念です。

と、思っていたら、誰かが交渉したのか、カメラは全員に戻ってきました。国会内などの撮影禁止区域に気をつけるようにとのことでした。

ところで、卒業式というのに親は来ていません。Dさんに聞いたら、親が出る卒業式はもう前に終わって、今日は国会見学だけだそうです。

なるほど、国会内で卒業式をやると聞いていましたが、正確には卒業記念の見学会ということだったのです。私は国会内で卒業式を本当にやるのかと思っていました。

説明をしてくれる国会の広報(?)のような女性が来て、私たちを引き連れて進みました。

廊下を進むと、横に長い、絵巻物のような絵が廊下の壁一面に広がっていました。

e
これはゲルを作ったり、ラクダを飼っていたりする絵が描かれています。


この他にも、モンゴル相撲をしている様子、仏教の様子、日常生活などいろいろな場面の絵が描かれていました。



ewomiru
こういう感じで、学生も熱心に説明を聞いてました。



建物は1940年代にできたとかで、当然ロシア式です。

rouka
廊下にはこんな感じのシャンデリアが続いていました。


案内の人は「建物内は博物館ではありません。政府の人たちが実際に仕事をしているオフィスなのです」と言う通り、廊下から見えるドアの隙間からは、実際に仕事をしている官庁の人たちがいました。

建物は国会と言いつつ、総理大臣や大統領の執務室も同じ建物内にあるそうです。

国民の英雄、チンギス像は国会会議場入り口前にもありました。

chingis mae
ここでも記念撮影。11年生なので、ほとんど女の子のです。


残念ながら、国会内は撮影禁止でした。ですが、学生の中にはちゃっかりシャッターを押している子もいました。私はガードマンが近くにいたので、カメラは手にしませんでした。


この後も、何箇所かで撮影会状態になりました。

shoujo
この秋からは、皆女子大生です。11年生ですから、多分17歳でしょう。



廊下には国会らしく、歴代大統領の肖像画もありました。

daitouryo
写真よりも絵の方が、なんとなく風格があるように感じました。

というわけで、1時間程度の国会内ツアーは終わりました。こういう催しも卒業記念にはいいかもしれません。多分、今後も入る機会はないであろう私にもいい記念になりました。

やはり一国の政治システムの中心地は、小国であろうと途上国であろうと、荘厳な雰囲気は感じました。

「完」






Last updated  2010.06.07 12:33:45
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2010.05.31
カテゴリ:日本語教員・N学校
というわけで、国会前でDさんと会いました。さあ、入ろうとした時「パスポート出して下さい」と言われました。

「は?パスポート?そんなもの持ってないよ。持ってきてって言わなかったでしょ?」と言うと「だって国会ですよ。当然でしょう?」と言われました。

こういう連絡についても何もないのもモンゴル式です。私は入れないなら仕方ないと思いながら、大学の職員であることの証明書を出して、「これで間に合うかな?」と思いながら進みました。

幸い門では厳しいチェックは無く「N学校の日本人の先生です」という紹介で、門内に入れてくれました。


そして敷地内に入ると、既に生徒や先生らが待っていました。どうも順番があるようで、本来ならN学校が入れる時間なのですが、急きょどこかの国の偉い人が入ったらしく、そとでしばらく待つことになりました。

それにしてもいい天気です。卒業式にはもってこいでしょう。あちこちでN学校の卒業生らが写真を撮っていました。


futaride
こちらはどうも携帯で撮っているようです。

写真好きな女の子が多いのは、世界中どこも同じようです。ほとんどの子供たちは、携帯かデジカメを持っていました。

こういう光景を見るたびに、この国は本当に一人当たりGDP年間20万円にも満たない途上国なのかと思ってしまいます。


デジカメの値段は普通のサラリーマンの1カ月分の給料は優に超えるでしょうし、子供が持っている携帯のほとんどは、私の安物携帯より高価そうです。


satuei
こんな感じで、何枚も写真を撮り合っていました。

来ていた卒業生は、11年生と9年生だそうです。11年生は本当にN学校を卒業して、この秋から大学へ進みます。進学率は100%のようです。

9年生は、中学生から高校生になるということですが、実際には今後もN学校に来ます。

不思議なことに、11年生はほとんど女の子で、9年生は過半が男の子です。このアンバランスの意味はよくわかりません。

設立後5年ほどの新設私立学校ということですから、人口構成をそのまま反映している公立学校とは違います。

otoko
この男の子たちのほとんどは9年生、つまり中学3年生です。

どの国も、このくらいの年頃の男の子は、ちょっとふてくされた感じで、ほんの数年前の素直な感じは消えていました。でも、それは見た目だけで、話してみればやっぱり子供です。


そしていよいよ国会へ入ります。

kokkai
これは国会の裏側です。表側は大きな広場とチンギスハーン像が立っています。

「続く」






Last updated  2010.06.01 12:38:45
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2010.05.30
カテゴリ:日本語教員・N学校
大学の卒業式の日程は未だに連絡ありませんが、今回は週に1回日本語を教えているN学校の話です。

N学校も卒業式は終わったように聞いていましたが、27日木曜日に「明日、国会で卒業式があるけど、出られますか?」との連絡を日本語の先生のDさんからもらいました。

卒業式?国会?国会で卒業式?一体どういう意味かわかりませんでしたが、どうも国会内に入れるようなのです。

私は是非行ってみたいと言いました。そのためには、パスポートナンバーと生年月日を事前に伝えるのだそうです。もちろん問題ないですが、問題は時間です。

「後で確認するけど、多分金曜日午後2時から」と言われました。実は午後2時からコンサルティングのお客さんの所へ行かなくてはならないのです。

うーん、国会は見てみたいです。日本の国会内部さえ見たことないわけで、多分そんな機会はそうはないでしょう。

実は、コンサルティングのお客さんの方は、最近先方の事情で何度も予定が変更され、「いい加減にしてよ」という気分でいました。

ですが、先方もさすがに恐縮しており、私が1度くらい予定を変更したところで文句を言われる雰囲気は全くありません。ま、2時間くらいの後ろ倒し変更は大丈夫でしょう。


こういう場合、日本であればどうするでしょうか?客への時間変更は全く問題ないという前提です。

多分、ほとんどの日本人ビジネスパーソンなら「今日の明日なんだから、お客さんに連絡して2時からの予定を4時にしてもらうようにお願いする。」に決まっている、と思いますよね?

私も日本でならそうします。ですが、ここはモンゴルです。モンゴルでは2つの予定がきちんとその通りに行く確率の方が圧倒的に少ないのです。信じられないかもしれませんが、例え前日であってもそういうことはしょっちゅうです。

私はDさんが「多分、明日午後2時から」と言ったのを聞いて、前日にも拘わらずお客さんには連絡しませんでした。日本でなら間違いなく「マナー違反」です。

さてその結果は・・・

「多分、午後2時から」と言っていたDさんからは、その後確認の電話は無く、木曜日の夜は過ぎました。

そして金曜日の午前10時頃、Dさんから電話がかかってきました。「さっき学長さんから電話がかかってきて、今日11時に来て下さいとのことです。」だそうです。

当日の集合時間の1時間前に連絡が来るのがモンゴルです。場合によっては「今、皆集まっていますから来て下さい」なんていう場合も、驚くには値しません。

こういう国の人に、1か月前から「いつ何時からですか?」なんて聞いても全く意味はないのです。前日夜ですらわからないのですから。

こういう場合、私も含めて日本人は「どうして?どうしてそんなこともわからないの?」と突っ込みたくなります。

私も何度も突っ込んだことはありますが、ほとんどの場合何も理由はありません。なぜなら、これはモンゴルにおいては普通のことなので、誰もおかしいと思っていないからです。

ラテン系は時間にルーズとか言われますが、モンゴル人の時間管理の概念はそんなもんじゃありません。

いい意味で言えば「常にフレキシブル!」で、要はいい加減、その場限り、他人の時間は気にしない、ということです。こういう点では、世界中(ちょっと大げさですが)を見回しても日本人と最も対極にある人々と言えるでしょう。

結果として、私は午後2時からの仕事へは間に合いそうです。午前11時であれば、かなり余裕でしょう。

モンゴルのスケジュール管理に対する勘は、結構当たります。

「続く」






Last updated  2010.05.31 14:11:50
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2010.04.30
カテゴリ:日本語教員・N学校
男の子クラスを終え、今度は女の子クラスです。こちらのクラスはかなり進んでいて、私が普通に話しても、6-7割は理解しているようです。

ですので、こちらのクラスでは日本で買ってきた「10歳までに覚えておきたい、ちょっと難しい1000のことば」という日本の小学生向けの教材を使っています。

この本は3月に日本に一時帰国した際に買ったものです。日本の本屋に入っても、ついつい日本語教育のようなコーナーに目が行ってしまうというわけです。

ですが、10歳までの言葉にしてはなかなか説明しづらいのが多いです。最初のページに出てきたのが「怒られていた人が急にひらきなおる」というものです。

ひらきなおる、ということばをどうモンゴルの子供に教えるか。本には意味として「急に態度を変えて、えらそうにする」とありますが、これだけではよくわかりません。

とあるシチュエーションを作って、自分で一人芝居をするようにやらないと、意味はわかってもらえません。

「顔にはおのずとその人の気持ちが出る」というのもあります。おのずと、はこの本では、自然に、としか書いてありません。自然にだけでは腹に落ちないでしょう。

「赤ちゃんのころをありありと思い出す」というのもあります。ありありと、は、はっきりと、ですが、子供たちにわかるのかな?

私自身、この問題の文章を読んで「赤ちゃんのころの記憶を持っている人なんているのかな?」と不思議に思って読んでいたほどです。

後から、これはお母さんが子供のことを思って言ってることなんだなとは気づきましたが。少なくとも私には自分自身の「赤ちゃんのころをありありと思い出す」ことはできません。

意外と難しかったのが「すべてのメンバーが出そろう」でした。そろう、と何が違うのか?解説には「みんな出てきてそろう」としかありません。

「例えば・・・」と例文を作ろうにも、子供がわかるような例は出てきません。「例えば、このクラスで学芸会をするとしますね。」と例を出そうとしましたが「学芸会って何ですか?」と聞かれ、そっちの説明に入って、泥沼に入りそうになりました。

「あわやホームランという当たり。」というのもあります。あわやは、本当にホームランには適切な言葉だと思いますが、当然野球のないモンゴルではホームランはわかりません。

解説には「もう少しで」とありますが、「もう少しで、家につきます」という例文には使えません。

「あとあじが悪い試合だ」というのもありました。私があとあじの元々の意味を話すと、すぐにわかってくれました。「食べた後も、良くない味が残ること」と。

ですが、授業後半、復習のために「あとあじが悪い試合」とは何ですか?と聞いたら「食べた後に良くない味が残る試合」と言われてしまいました。

「おせじばかり言われてきまりがわるい」も、まずはおせじの意味からです。

そしてきまりがわるいの解説を。「なんとなく恥ずかしく、落ち着かないこと」とありますが、それをモンゴル人の子供にわかってもらうのは、結構骨が折れます。

あ、この骨が折れます、もそのままの意味で取られてしまわれました。

日本語を教えると言いながら、自分が日本語再発見しているような授業になるのが、子供たちへの日本語クラスです。大人向けも少しやりましたが、かなりやり方が異なると思いました。

でも、一生懸命学ぼうとする子供らを前にすると、一人芝居でも身振り手振りも大きくなってしまう自分が楽しいです。






Last updated  2010.05.02 01:48:41
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2010.04.29
カテゴリ:日本語教員・N学校
この半年ほど、N学校で週に1回日本語を教えています。

私は日本語の教授法などを教わったこともありませんので、自分のやり方でやっています。もっとも大学の方も、特段教授法など教わったことはありませんが。

ですが、子供たちには結構好評のようで、とても楽しみにしてくれているようです。私が担当していない子供らからも、しょっちゅう声をかけられます。

礼儀正しいというか、挨拶も丁寧で一般のモンゴル人では見かけない光景が多いです。日本語教育をすると、日本的な文化がなんらかの形で伝わるのだろうと思います。

今、担当しているのは、7年生(13-4歳)の2クラスです。2つのクラスはレベルで分かれており、上級クラスには女の子が多いので「女の子クラス」と呼び、まだ初級レベルのクラスは男の子が多いので「男の子クラス」と呼んでいます。

ここで何を教えるのか、特段教科書に沿ってやろうというつもりはないので、毎回頭を悩ませまています。

きちんとした教科書でしっかりしたカリキュラムは日本語の先生のDさんを始め、他の日本語の先生がやって下さっているので、私は「日本人と話をした」という現場感を大事にしようと思っています。

季節感ある話題なども取り入れています。とはいえ、毎回面白い話題があるわけではありません。

今は、それぞれのクラスで基本的なパターンを持つようになりました。男の子クラスでは、日本の生活を書いたカードをベースに話しています。

カードには日本のいろんな生活場面が出ているので、それを皆に見せながら「何をしていますか?」とか「これは何ですか?」と聞きながら、スタートします。

この時、モンゴル人にあまり概念のないものを説明するのは、結構難しいです。私がモンゴル語ができればいいのですが、それはできません。結局、彼らの知っている少ない日本語で説明せねばなりません。

先日は、カードに日本の定食が出ていました。「これは何ですか?」「魚」「これは?」「コメ」。

私は「コメは生のものを言う場合が多く、こうして調理したもの、炊いたものはごはんと言います。」と説明しながら、黒板にお米の穂を書いて、コメとご飯の違いを説明しました。ここまではわかってくれます。

次に書かれていたのがみそ汁の絵です。「これは何ですか?」「スープです」。「これは日本語ではスープとは言いません。みそ汁と言います。みそというのは・・・」と説明しかけて、ちょっと難しくなりました。

味噌の説明ができないのです。もちろん、モンゴルには味噌なんてないですし、醤油もありません。

英語であれば、soybean pasteなどといえば、なんとなくはわかります。ですが、そもそもモンゴルでは大豆もないのです。豆すら見たことありません。

もちろん「大豆知ってる?豆知ってる?」って聞いても誰もわかりません。私はモンゴル語で豆をなんというか知りません。

黒板に豆を書いては見るのですが、多分子供たちは、生の豆を見たことがないのだと思います。そうなると教える方もきついです。

結局、ちょっと乱暴ですが「日本では、ご飯と一緒に飲むスープをみそ汁と言います」と言い切ってしまいました。もちろん、子供たちはその通りに覚えようとします。

「じゃあ、お吸い物はどうなんだ?」と自分自身で聞きたくなりますが、そこはまあいいかと。

その次がもっと難しい。漬物です。絵では、ご飯やおかずのそばに小さな皿の上に、何かごちゃっと乗ってるだけで、魚のように見てわかりやすいものではありません。

私も定食の位置関係と皿の小ささから「あ、これは漬物だな。」とわかるだけで、写実的には全然そうは見えません。

これをどう説明するか?モンゴルはご飯の国ではないので、もともと漬物なんてないのです。「野菜を塩で漬けたもの」と言っても、もちろんピンときません。

サラダはわかっていますが、それはもっと大きな皿です。「ピクルス知ってる?」と聞きましたが、ほとんど知りません。数人いましたが、きゅうりの酢漬けなので、やはりイメージが違います。

絵からは想像できないでしょうし、ご飯のお共にちょっとつまむものなんて説明でわかるはずありません、モンゴルにはそういう位置づけの食べ物がないのですから。

仕方がないので「日本人は塩味の野菜をご飯と食べます」としか言いようがなかったです。多分、子供たちの頭の中にはほとんど漬物とは違うものが刻まれたことでしょう。

「続く」






Last updated  2010.05.02 01:51:22
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2010.04.17
カテゴリ:日本語教員・N学校
昨日、日本語オリンピアードの表彰式に行ってきました。

このオリンピアードというのは、ウランバートル市内にある日本語教育をしている20校(11年制小中高)を対象に、JICAとウランバートル市教育局が共同で行っている日本語の試験のコンテストのようなものです。

その試験の結果、中学校の部と高校の部それぞれ上位3人が表彰する式が昨日あったのです。

なぜ、私がそこにいたのかというと、私が週に1回、子供たちに日本語を教えているN学校から、表彰対象者が3人もいたからです。20も学校があるのに全受賞者6人中3人とはすごいです。

本来なら日本語の先生のDさんが出席すべきなのですが、どうしてもDさんが出席できない事情があり、代わりに私が出ることになったのです。

Dさんの話では「テレビ局が取材に来るから、その時に誰か日本語の先生がいないといけないのです」ということでした。

「私でいいの?」が最初の疑問でした。だって、私は週に1回7年生を教えている程度で、その表彰される子供のことも知らないんですから。

ですが、連絡が来たのが前日の夜でしたので、他の人の都合もつかなかったのでしょう。なんとか予定をやりくりして、行くことにしたというわけです。

場所は、市内の中心部にある23学校という11年制の学校です。いつも行くN学校は私立校で、校舎というか教室は狭いビルのワンフロアーを借りているだけのとても狭いスペースですが、この23学校は国立だそうで、校舎は大きく中はまるで大学のようです。聞けば、2000人も生徒がいるとのことでした。

行ってみると、なんとまあ賑やかなこと。子供たちが、幅広い廊下や階段を奇声を上げて走り回っていました。

その中の一つの教室が、日本語教育用の部屋となっていました。日本語の本や教材が並んでおり、小さな図書館のようです。そこで表彰式が始まりました。

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表彰対象は、この6人の生徒たちです。

式を進めるのは、JICAの青年ボランティアの方々です。司会の女性と少し話しましたが、彼女はモンゴルに来て2年だそうです。

ですけど、モンゴル語の上手なこと!ペラペラです。私は改めてショックを受けました。2年といえば、私と大差ないです。

なのに、方やモンゴル語で司会できるほど上手に話せ、方やそのモンゴル語を全く理解できないままなのです。

わかってはいましたが、改めて「この1年半、結局何もしてこなかったんだな」と自己認識をしました。まあ、自分自身の能力のなさが原因ですから、嘆いてもどうにもなりません。

まずは中学生の部の表彰です。N学校の女生徒が金メダルを獲得しました!

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彼女は日本語を勉強し始めて、わずか2年しかたってないそうです。(逆光で、写真の背景が白くなってます)

ですが、小学校2年生から日本語の勉強始めている子らを上回る、堂々の金メダルだそうです。

試験は、日本語のヒアリング試験やペーパー試験などで、中学の部、高校の部それぞれ50人余りが受けたそうです。

人数が少ないのは、予め各学校別に予選のような試験をし、各校上位3人のみが本試験に臨めるからです。

高校の部でもN学校の子が表彰されました。

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N学校の生徒がテレビ局のインタビューを受けています。

テレビ局は、表彰式開始前からずっと撮影し、受賞者らにインタビューもしました。子供へのインタビューの後は、関係者や先生らへもインタビューです。

JICAの司会者の方も上手なモンゴル語でインタビューに答えています。すると、今度は私の所にも来ました。

ですが、もちろんモンゴル語はわかりません。で、近くにいたメダル受賞者の子供が急きょ通訳として呼ばれました。彼は一生懸命通訳しますが、そうは言っても子供です。

どうも私の言ってることがそのまま正確に訳されているのではないようです。ですが、私はテレビに映ることを考え、翻訳とは関係なく、きちんと話そうと心掛けました。

さすがに、通訳が今一つなのを見かねたのか、他校の日本語の先生が私の通訳を買って出てくれました。

聞かれた内容は一般的なものですが、当然聞き手は私がこの受賞者たちの先生という前提で聞きます。が、本当は今日初めて会っただけなのです。

もちろんそんなことはおくびにも出さず、「N学校は、校長以下日本語教育への取り組みは素晴らしく、日本語を学ぶには大変良い環境にあります」との宣伝文句も忘れませんでした。

そして皆で揃って記念撮影です。

zenin
この6人が受賞者です。

子供たちへのモチベーションはきっと大きなものとなるでしょう。今回受賞した子供たちは、今後も日本語の勉強を続けるんだろうなと思います。

こういう草の根的取り組みは、日本語や日本文化の普及には大切なことだと思いました。

「多分、明日の夜に放送されるでしょう。時間がわかったら、連絡します」とN学校の先生に言われましたが、どうなることやら。

どんな番組なのかもわかりません。もしニュースなら、全体でも数分、私のインタビューは数秒、もしくはカットという程度でしょう。






Last updated  2010.04.17 16:43:34
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2009.12.11
カテゴリ:日本語教員・N学校
先日のセカンダリースクール(日本の小中高校)の日本語授業でのことです。

授業の最初はいつものように「先生、おはようございます」という全員の合唱のような挨拶から始まります。

挨拶を終えると、一人の女の子が前に出てきました。私は見たことのない顔です。「先生、こんにちは。新入生のNです。」と言います。

「ああ、そうですか、よろしくお願いします。でも、日本語が上手ですね。どこで勉強したの?」と聞くと「最近、日本から戻ってきました。」と言いました。聞けば、親の仕事の関係で日本にいたのが、最近帰国したということのようです。

だから、周りの女の子がピンクの制服を着ているのに、彼女は違う服を着ていたんだなと思いました。

「そうですか。日本のどこから来ましたか?」と聞くと「新潟です。」と言います。「えっ!新潟??」と驚きました。新潟県の新潟市から来たのだそうです。

「私も新潟市出身なんですよ。」と言って、ちょっと話しました。彼女は新潟市内にあるT中学という市内では大きい方の中学校の1年生だったそうです。日本人の子と同じ中学に行っていたほどですから、そりゃあ日本語は上手です。

「この制服もT中学の制服です。」と言いました。なるほど、だからなんだか日本っぽい制服だなあと思ったのでしょう。

彼女は日本にいた時のことを嬉しそうに話しました。詳しくは聞いてませんが、表情から察するに新潟での生活は楽しかったようです。

「このカバンもT中学のなんです」と言って見せてくれました。昔のダサい黒っぽい手提げかばんではなく、リュックサックタイプのちょっとおしゃれなバッグでした。確かにそのバッグにカタカナで彼女の名前が書かれていました。

「また新潟に行きたい?」と聞くと、目を輝かせて「はい、また行きたいです」と答えてくれました。

モンゴルに1年以上住んでいますが、日本人でもモンゴル人でも私の故郷の新潟市に縁のある人に初めて会いました。

彼女のような人がまた新潟に戻って、日蒙交流の懸け橋になってくれるといいなと思いました。

が、現実は厳しく、日本の入国管理所はモンゴル人に対してはかなり厳しい入国制限(つまりビザを出さない)をしているようです。

彼女も「昔懐かしい街だから」といっても、大人になってからでも簡単には新潟市へは行けないのかと思うと、なんだか悲しいです。

アジアとの交流を深めたい、観光客を増やしたいと政府は言ってますが、現実的にはいろんな問題があり、ほとんどのアジアの国々に対してはかなりの入国制限をしているのが、今の日本の実態なのでしょう。

難しい問題はあるでしょうが、もうちょっとオープンにならないものでしょうか?日本も「憧れられているうちが花」で、あと10年もすれば、日本は行きたい国でもなんでもなくなるかもしれませんから。






Last updated  2009.12.11 15:08:48
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2009.11.25
カテゴリ:日本語教員・N学校
今日からセカンダリースクールの授業が再開されました。

以前このブログでお伝えしたように、現在モンゴルではインフルエンザ対策として様々な規制が行われています。

主なものは、レストラン、小売店に関するもの、交通機関に関するもの、そして教育に関するものです。

レストランの規制は、夜9時以降のレストラン、バーなどの営業禁止ですが、これは今後も当面継続することが決まりました。

飲み屋系の店は大打撃が続くようで、本当にこのまま年明けまで規制してたら間違いなく倒産、廃業が出てくるでしょう。

街の食堂ももちろん9時で終了です。レストランではないですが。各種イベントなども現在全て中止となっています。(なんと年に1回の日本語の検定試験も中止だそうです。)

地方と首都を結ぶバスや鉄道などが禁止されていましたが、それは19日から解除するとありました。

一部には、たまたま田舎に行っていた人が、ウランバートルに戻れない状態だったと聞きますから、さすがに規制継続は難しかったのでしょう。

そして学校です。大学以外の一般教育学校(日本語で書く時不便です。小学校とか中学校とか書けないですから)と幼稚園は休校状態でした。

それが今週23日から一般教育学校の6年生以上は再開となったのです。つまり、5年生以下と幼稚園は更に2週間休校が続くということです。日本の感覚でいえば、小学校6年生から高校2年生までは授業再開ということです。

私が教えているクラスは7年生、つまり中学校1年生なので、今週から授業再開となりました。私にとっては、今日25日が再開初日というわけです。

皆マスクをしてきました。こちらでは、色とりどりのマスクが多いので、ちょっと楽しいです。もちろん白が多いのですが、それは6-7割ほどでしょうか。

7年生も初心者クラスと初級者クラスに分かれます。初心者クラスでは「あなたのマスクの色は何色ですか?」という質問をしました。「黒です」「ピンクです」「青です」「緑です」などいろいろあり、中には柄模様のもありました。

「休みの間は何をしていましたか?」と聞くと、多くの子供が「テレビで勉強してました」と言います。よく聞くと、ある放送局でこの期間中に子供向けの授業を朝9時から夕方5時まで放送していたというのです。しかも複数のチャネルで。

「どんな授業ですか?」と聞くと「モンゴル語」「歴史」「算数」「理科」などのおなじみの科目が出てきます。

「英語」というのもありました。私が「日本語は?」と聞くと「それはありません」だそうです。ですが「ロシア語はあります」だって。やっぱりこういう公式の教育の場では、日本語はマイナー扱いのようです。

それにしてもやはり子供たちは元気です。授業も一生懸命だし、楽しんでるようです。やる気のない大学生相手よりは、よほど楽しいです。

とはいえ、今日も午後からその大学生相手にやらねばなりません。例のイギリス式授業ですが、残念ながらこの授業が一番モチベーションが低いです。

でも、それもあと2週間ほどです。始めたばかりだと思っていたら、早いものです。








Last updated  2009.11.25 13:00:00
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2009.10.07
カテゴリ:日本語教員・N学校
いよいよ子供たちの授業の日がやってきました。

朝9時前に学校へ行きました。前にも申し上げましたが、日本の小中学校のイメージとは全く違います。

ちなみに、普通の公立学校は日本のイメージに近いですが、新設私立学校ということもあるのでしょうか、普通のビルで「間借りしてる」という感じです。

gakkou1
こんな感じのビルです。ここから見える看板には学校の名前は全く書いてありません。


gakkou2
この入口の脇にある金属プレートに学校の名前が書いてあります。女の子が学校に入ろうとしています。


授業が始まる前に、少し日本語の先生のDさんと打ち合わせをしました。最初のクラス(男の子が多いので、男の子クラスと呼んでます)では、初歩的な会話中心で、次の女の子クラスでは、もうちょっと上級レベルで、漢字も含めて教えようということになりました。

とにかく最初ですから、まずは感触をつかむことから始めたいと思います。まずは、男の子クラスです。

otokonoko
女の子は3人だけで、あとは皆男の子です。男の子は皆制服を着ていましたが、女の子は私服でした。

授業開始時に皆起立して、「先生おはようございます!」と元気な挨拶をしてくれました。こんな挨拶、いつ以来でしょうか?

もちろん、日本の大学院では誰もそんな挨拶はしてくれません。自分自身は、どうだったかな?高校ではそんなことしなかったです。

中学は?記憶にないけど、「起立、礼」くらいしたかな?小学校の時はどうだったのか、やはり記憶にないです。とにかく気持ちがいいくらい、元気です。

このクラスでは、挨拶の練習から始めました。とにかく皆積極的で、元気がいいです。発言したくてうずうずしているという感じがひしひしと伝わってきます。

午後の大学の授業と比べると、雲泥の差です。大学生は、多分日本でもそうでしょうが、やる気があるのかないのかわからないような学生が多いです。

社会人経験のある大学院生は、日本でもモンゴルでも当然、身銭を切って学んでおり、社会に出てから学びの必要性を痛感しているからでしょうか、取り組み姿勢は前向きです。

高校までは、大学受験という目標もあり、やはり真剣に取り組む人が多いでしょう。ですので、当然ですが、大学生というのが一番勉強しないというのは多くの国での共通問題なのでしょう。私も振り返れば、人のことはとても言えません。
 
40分の授業は、あっと言う間に終わりました。そしてまた起立して「先生、さようなら」と大きな声で挨拶します。

次は、女の子クラスです。

onnanoko
こちらは男の子が2人だけでした。

このクラスには、日本滞在経験者も何人かいるようです。親の日本に滞在に同行していたようです。

こちらも皆発言したくて、思い切って手を挙げています。このクラスでは、ちょっと難しい漢字も取り入れました。ですが、なんとそこで異変が・・・

黒板に大きな漢字を書くなんていつ以来でしょうか?黒板に漢字を書こうとしたら、なぜか字が出てこないのです。

「あつい」の練習をしました。「本が厚い」「夏は暑い」そして「お茶が・・」と、書こうとしたら出てこないのです。

もちろん、「熱い」を書こうとはしました。全くど忘れしたのではなく、字は頭に入っています。ですが、大きな字をゆっくり書いているうちに、細かい書き方がわからなくなってしまったのです。

これはまさにパソコンというか、ワープロの影響でしょう。最近、手で字を書くことが本当に少なくなりましたが、その影響でしょう。

結局、手元で紙に小さく書いたらなんとか思い出すことができました。ちょっと冷や汗です。大きな字をゆっくり書くと、なぜかわからなくなってしまうのです。

ところが、これだけでは済まず、またやってしまいました。春はあたたかい・・と書こうとしたら、「暖かい」が書けないのです。

もちろん、字は思い出していましたが、やはり黒板に大きく書くと、突然「あれ、日を偏に書いて、作りは上部までは書けたのですが、下部を書くと「あれ?なんかおかしいなぁ」と思ってしまったのです。

それにしても、こんな簡単な漢字で戸惑っているようでは、先が思いやられます。もしかしてこの授業を通じて、私自身のボケ防止に役に立つかもしれません。

これもまた、あっと言う間に授業を終えるて「先生さようなら」の挨拶を済ますと、一斉に「先生、宿題は?」の声が。

私が「宿題、出さなくてはダメなの?」と言うと皆「はい、出して下さい」とこれまたすごく熱心に要求します。

私は「じゃあ、春夏秋冬の文字を使った文章をそれぞれ一つずつ、全部で4つ書いてきて下さい」というと「はーい!」と嬉しそうな声。全く、私の方が癒されてしまうような生徒たちでした。

毎週1回、こういう形で元気をもらうのもいいような気がしてきました。






Last updated  2009.10.08 00:07:13
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2009.10.06
カテゴリ:日本語教員・N学校
いよいよ明日から7年生の日本語の授業が始まります。

朝9時から2コマやって、その後大学へ行って例のイギリスの大学の授業をやります。スケジュールを入れているうちに、なんだか落ち着かないような日程になってきました。

明日の授業どうしようかなと思っていたら、夕方日本語の先生のDさんから携帯にメールが来ました。

「今日、予定通り塾へ来てくれますよね?」と。一瞬「はぁ?なんだっけ?」と思ってしまいました。で、思い出しました。

私が先週N学校へ訪れた時、帰り際に「私の塾の先生もお願いね。同じ料金で。」と言われたのです。私はお世話になっているDさんですから、思わず「はい、いいですよ。」と言ってしまったのです。

そしてその日が、今日の夜でした。つまり明日の授業よりも先に、塾での日本語の先生デビューというわけです。

Dさんの生徒さんは皆、今度の日本語検定を受ける人ばかりです。ですから、基本的には話せるのです。

ですが、生徒がより日本語を理解しだすといろいろ疑問も出てきます。日本語の言い回しとか、そもそも日本人の考え方の背景などから説明しないと、すっきり理解できないことも多いのです。

生徒さんから面白い質問を受けました。

「日本人は、奥さんが旦那さんが本当にお世話になっているかわからないのに、あるいは実際にはお世話になっていないのに、旦那さんの会社の人と会うと「主人がいつもお世話になっています。」ということがありますが、どうしてですか?」と。

なるほど、いい質問です。こういう会話は、やはり日本人の考え方や大げさですが歴史的背景から説明しないと、腹落ちはしないでしょう。

ということで、私は聖徳太子の「和をもって尊しとなす」から話を始めました。こういう余計な話でも、話すことと聞くこと自体が生徒さんには日本語の勉強になります。

更には「できた奥さんですね。」と言われる意味、「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」のように「偉い人ほど謙虚な態度を持つことが大切」というカルチャーなども合わせて話すと、とても興味を持って聞いてくれました。

そして「その言葉、私のノートに書いてください」とまで言われました。モンゴルでは、偉ければ偉いほど威張るものだと思われていますから、かなり新鮮だったようです。

こういう話を理解できるほど日本語のレベルはかなり高く、結構日本人との接点は多いようです。

ですので、一連の私の話を聞いた後「今までの日本人の話し方や態度の意味が良くわかりました。素晴らしいですね、日本人は」とまで言われました。

私は「でも、それは日本という島国でたくさんの人が仲良く暮らすための知恵なのだと思います。問題は、この考え方が外国ではほとんど通用しないので、結構誤解されることが多いのです。」とマイナス点も例をあげて説明しました。

「すいません」の多用は、日本国内では対人的な緩衝材としてかなり有効ですが、直接的な表現を好む国の人にとっては「日本人は、本当に悪いと思わないときでも、すいませんという言葉を使うから気をつけろ。嘘つきだ。」と誤解されるなども、背景がわからないことが原因でしょう。

授業の最後に「来週も来てくれるのですか?とても楽しかったです。」と言ってもらえたので、今後しばらくはDさんの私塾にも通うことになります。

ただ、こういうレベルの高い生徒さんはいいとして、明日は子供たちです。きっと予想外の反応があったりするのでしょう。何事も、未経験のことは不安もありますが、楽しみでもあります。






Last updated  2009.10.06 23:46:31
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