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田崎正巳のモンゴル徒然日記

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島田隆の天職相談室 しまりゅう52さん

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モンゴルのビザ問題

2010.03.25
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ようやくビザが取れました。昨日の夕方電話が来て、外務部から「ビザが取れました」との連絡をもらいました。

3月10日に「3週間くらい」と言われていたので、4月までかかることを覚悟していましたが、意外に早かったです。でも、実際に見るまでは半分疑っていました。

実際に行ってみると、確かにマルチビザが取れていました。期限は1年で、来年の3月までです。ようやく取れたのかという安ど感でいっぱいでした。

私はこんにちまで1年半ほどモンゴルにいますが、計算してみるとちゃんと当初約束した通りにマルチビザがあった期間というのは、10か月しかなく、8か月間はなかったということになります。なんともいい加減な国というか、学校だということがよくわかります。

更にビザに加えて、何か紙に私の顔写真を貼ったカードのようなものをくれました。「これはなんですか?」と聞くと「労働省が発行する労働許可証です」というではないですか。

そんなもの1年半もここに滞在しているのに、もらったことも聞いたこともありません。というか、労働省とは学校がビザを取る時に連絡積みだと思っていました。私は不法労働者だったのでしょうかね?

「これはいつ使うのですか?今までこんなの持ってませんでしたよ。」というと「求められたら提示してください」と言います。

「どういう時に求められるのですか?今まで聞かれたこともないですよ。いつも携帯していないといけないのですか?」と聞くと「いいえ、その必要はありません。求められたら出して下さい。」としか言いません。

どうもどういう時に使うのかさえも知らないようです。というか、なんで最初からなかったのかも不思議です。

要は本当に必要かどうかもわからないけど、多分法的には必要なのでしょう。でも、1年半もの間、これに関しては何も話もしてくれなかったということです。

外務部の職員にこれ以上聞いても、多分何もわかっていないのだろうと思い、それ以上気にせずに帰りました。

とはいえ、まずはホッとしました。ようやくこれで、いつでも日本へも中国へも自由に移動できることになりました。外務部さん、ありがとうございました。






Last updated  2010.03.27 00:43:49
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2010.03.10
モンゴルでの今月の最初の授業は、大学ではなく、N小中高学校でした。例によって子供たちは元気です。モンゴルの大人たちとは違い、子供たちはとても礼儀正しいです。

私が教える機会のない学年の子供たちも、廊下で私を見ると立ち止まって「先生、こんにちは!」ど日本語で元気に挨拶します。

低学年の小さな子供から、日本でいえば高校生に当たる大人のような大きな子供まで、多くの子供が立ち止まって挨拶するのです。

日本では多分もう見かけなくなった光景なのではないでしょうか?もちろん、大学生となれば日本と同じように、挨拶してるのかどうかわからないような態度ですけど。


私がモンゴルに戻って来た3月8日は「女性の日」で祝日でした。もちろん、女性やお母さんを大切にしようという趣旨なのだと思いますが、具体的に何をするのかはわかりません。

子供たちに聞いてみました。女の子に「女性の日は何してましたか?」と聞くと、プレゼントもらったとか、花をもらったとか言います。

「誰にもらったの?」と聞くと「男の子」。「ボーイフレンドからもらったの?」と聞くと、ちょっともじもじしてます。

すると、なんとその隣に座っていた男の子が「僕が花をあげたんです」といいます。どうも学校内で、男の子から女の子に花をあげているようなのです。

他の男の子に「あなたは誰かにあげたの?」と聞くと「はい、あげました。今ここにはいない他のクラスの女の子です」と言います。

確か先月のバレンタインデーの時は女の子が男の子に花をあげるという話でしたから、1カ月後のこの時期はいいタイミングだと思いました。ホワイトデーは貰った人へのお返しですから、意味は全然違います。

子供たちでもこうなのですから、大人はどうなんでしょう?女子学生に「女性の日は何してた?」とさりげなく聞いたら「ナイトクラブで踊ってた」と言います。

「ボーイフレンドと?」と聞くと「女性の日なんだから、女友達だけで深夜まで遊んでました」と言ってました。この日は親もうるさくないようでした。

「ナイトクラブは、女性の日は女性半額とかのサービスはないの?」と聞きましたが「そんなの全然ないです。お客さんは女性が多かったけど」だそうです。

結局、本来の女性の日の意味合いはまだ良くわかってませんが、日本にはないなかなかいい祝日だと思いました。





そしてビザです。

私が今回日本に戻った一番の理由がこのビザの件ですから、早速大学の外務部に行きました。私がわざわざ日本に戻ったのは、今までのモンゴル入国時のビザのカテゴリーを変更するためでした。

当初は、日本で新しいカテゴリーのマルチビザを取得できる、という話もありましたが、やはりそこはモンゴル、1回に2つの作業はできないとのことです。

ですから、日本では新しいカテゴリーのビザを得ただけで、マルチビザの申請はこれからなんだそうです。

私が「いつごろできるの?1週間?10日?」と聞くと「うーん、多分3週間くらい」と言うではないですか!

今年1月に日本からモンゴルに戻った時からこの件は、学部長や学科長を巻き込んでなんとか交渉まとまったかのように見えましたが、これから3週間もかかるのだそうです。

私が「昨年の9月に今まで使用していたマルチビザが切れてからもう半年になるのに、まだそんなに時間がかかるの?」と言うと「確かにそうですね」と言うだけでした。

その上「で、お金必要です」と言います。日本へ帰る前に言われたお金は払ったはずです。

「え?まだ必要なの?」と言うと「あなたが払ったのは、エントリービザを得るために必要なインビテーション(招待状)とマルチビザを申請するための費用です。今回のは、あなたがモンゴルに滞在してもよいという許可を得るための費用です。」だそうです。

この国の「どんな名目でも構わないから、外国人となったら何でもいいから金を取っちゃえ」という姿勢が良く見えます。

でも、こういう面倒な費用は多くの日本企業や役所関係でモンゴルに来られている方々はわからないでしょうね。事務局が、会社や団体の費用で処理してくれるでしょうから。

私は「今まで一体ビザ関係で、モンゴルと日本でいくら払ってるんでしょうかね?普通の給料の数カ月分か、それ以上は払ってますよね?」というと「はい、多分そうでしょう」とちょっと同情していました。

彼女たちからしても、日本人は普通は日本の大学やJICAからの派遣ですから、こんなに個人負担している先生は見たことないのでしょう。

モンゴルで3週間と言う場合は、1カ月かそれ以上と考えた方がいいです。結局、その間は私はパスポートなしということになります。

特に日本に帰る予定はありませんが、外国はどこへもいけません。なんとなく心理的には「不自由」な感じです。

こんな感じで、また生活が始まりました。






Last updated  2010.03.11 11:07:13
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2010.03.04
ビザの件で、今日本に来ています。

ブログを読んでくださる方々から「ビザは大丈夫?」と聞かれるのですが、なかなか「はい、もう大丈夫です。」と言えないのが辛いところです。

1月20日のブログ(http://plaza.rakuten.co.jp/mongolmasami/diary/201001200000/ 参照)にあるように、マルチビザ(出入り自由なビザ)取得のためには一旦日本に戻らないといけないということで、東京に戻ってきました。

大学の外務部とも話しあい、3月最初の週に日本に来てビザの申請をすることは1月の時点で決めていました。ですから、彼らも十分に準備の時間はあったのです。

具体的には、私が3月1日に東京にあるモンゴル大使館に行って、ビザの申請をし、翌週の月曜日にモンゴルへ戻るというものです。

ちなみに私の授業は春休みでも何でもなく、この1週間だけ休講ということになっています。

で、月曜日に渋谷の松濤の奥まったところにあるモンゴル大使館に行きました。ですが、その担当者は「モンゴルから招待状が来ていないので、申請書の受理もできない。」と言います。

私は「そんなはずはない。モンゴルの外務省も同意しているのだから、すぐに来るはずです。とにかく、この申請用紙は置いていく。」と主張しました。

モンゴル人の担当者は「本当は招待状が来てからでないと、受け取ることもできないのです・・・」と言いながら、渋々私の申請書とパスポートを受け取りました。

そして、私は携帯の番号を書いて「モンゴルから招待状が来たら、電話してください」とお願いしました。

火曜日になりましたが、何の連絡もありません。このままではヤバいと思い、モンゴルの大学の外務部に電話しました。

「いつ招待状を送るの?昨日、モンゴル大使館に行ったけど何も来てないって言われたよ。」と言うと「おかしいわね、今日火曜日の午前中には送っているはずです。念のため確認してみます。」と言われました。ですが、そのまま何の連絡もありませんでした。


水曜日になったので、さすがに「このままではまずい。そもそも招待状が来てからビザ発行までにも東京のモンゴル大使館で1週間かかるというのに、本当に8日月曜日に出発できるのだろうか?」と心配になります。土日は大使館はやってないので、あと2日です。

モンゴル大使館に電話してみました。すると再び「モンゴルからは何も連絡ない」と言うのです。

なので、またモンゴル大学の外務部に電話しました。すると「今日の午前中に、モンゴルの外務省から送ったので大丈夫です。」と言うではないですか。

私が「たった今モンゴル大使館に電話したら、そんなものは届いてないと言われたよ。」と反論しました。

彼女は「それはおかしい。じゃあ、東京のモンゴル大使館の電話番号を教えて。」というので教えました。ですが、その後も何の連絡もありません。

夕方に、再びモンゴルへ電話すると「モンゴルの外務省は送ったと言うし、日本のモンゴル大使館は来ていないと言ってます。」とやっと理解したようです。

「なので、大学の担当者が今モンゴル外務省に直接尋ねに行っているから、送られるのはいつになるかわからない。」と言いました。

そもそも1月からこの日程はわかっていたのに、彼女らと話していると私が日本へ来てから外務省が動き出したようなことを言ってます。

そうではなくて、私が日本へ行く前に動いて、私が大使館へ行く時には招待状が届いているはずだったわけです。

とにかくモンゴル人は、先の日程を決めて、そこから前倒しで何をしなければならないか、ということを考えられない人たちなのです。

誰が考えたって、日本のモンゴル大使館は招待状が来てから発行するのに1週間かかると言っているのだから、私が日本に到着する前に日本のモンゴル大使館に招待状が届いてないといけないのです。

ですが、彼女らのやったことを聞いていると、私が日本へ着いてから行動しているようなのです。

確かにそれじゃあ間に合うわけありません。何度もこのブログで言ってますが、モンゴル人は先の日程を決めて、そこから逆算していつまでに何をすればいいのか、という発想に本当に乏しいです。

結局、私が日本へ行ってから、やるべき行動を始めたようなのです。じゃあ、1月からスケジュールを決めたことは一体何だったのか?と思ってしまいます。

ですが、もう水曜日です。大学外務部側は「明日木曜日の朝には送られるでしょう。送られれば、その場ですぐに発行するはずです。」と言います。

私は「モンゴル大使館は1週間はかかると言っているから、もうかなり手遅れと言ってもいいのではないか?」と言いました。

結局、その水曜日は何もなく終わってしまいました。そして、今日、3月4日木曜日です。昼間から午後にかけて、ある会社と打ち合わせをしていました。

そこへ、見慣れない電話番号の電話が来ました。普段は、打ち合わせ中に電話を取ったりしないのですが、今日はどんな連絡が誰から来るかわかりませんので、打ち合わせ中にも拘わらず、電話に出ました。

電話の主はモンゴル大使館です。内容は、モンゴルから連絡が来たというものでした。私が時計を見ながら「はい、では明日取りに行きます」というと、なんと「明日はビザ業務は休業です。」と言うではないですか。

しかも8日月曜日はモンゴルの祝日とかでお休み。ですから、「9日火曜日に来て下さい。」と言われました。

私の出発は8日ですから、それでは困るわけです。私は「とにかく今日行きます」と言って、モンゴル大使館に行きました。

前回に引き続き、手数料は2万円余りします。ひどいもんです。モンゴルにおいて、モンゴル外務省向けのビザ取得費用として既に相当額払っていますが、そんなこととは関係なく、何でも取っちゃえ精神で取られます。

結局、ほんの数時間の差で来週火曜日になってしまう(モンゴルへの飛行機の時間の後!)ところでしたが、なんとか間に合いました。

というわけで、なんとかモンゴルへ戻るビザは入手しました。じゃあ、私のビザ問題は解決したかというと、全くそうではありません。

今回のビザは、今までのビザとはカテゴリーが違うというだけで、マルチビザでも何でもありません。単なる入国ビザです。

今後は、来週モンゴルに戻って、大学の外務部経由で外務省に申請し、ようやくマルチ・ビザの申請となるのです。

そして、その申請が通るかどうかは、今の私にはわかりません。本来は、日本でもらうビザがマルチビザである予定であったのに、現物を見ると単なる「入国ビザ」です。

ですから、現在は7合目くらいでしょうか。どんなに前から準備しても、実際にはモンゴル人が行動を起こさないと何も進みませんので、その辺は困ることがあります。

たとえ1カ月以上前に準備しようと、日本へ連絡するのは私が飛行機に乗った後です。で、こうしてギリギリになるのです。

こんなビザ問題を相手にしているので、せっかくの日本滞在もなかなか自由には予定を入れられません。

いつ大使館から電話があるかわかりません。現に、今日の午後もし4時から5時に予定を入れていたら、ドタキャンするしかないでしょうね。

とにかく、日本でやるべきことは終わりました。後は、モンゴルで本当にマルチビザが取れるのかどうかが今後のカギとなります。

その件がわかるのは、多分今月末ごろでしょう。それまでは中途半端な状態が続くでしょう。それがモンゴルなんですけどね。






Last updated  2010.03.04 23:32:41
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2010.01.20
ビザ問題で再び大学の外務部に行ってきました。SRさんらの後押しで、外務部もようやく動き出しました。

基本的にはマルチビザを取得する方向で動くことになりました。ですがその取得のためには、まだまだ沢山のステップが待ち受けています。

今私が持っているのは、モンゴルに入国してもいいというエントリービザと滞在してもいいという滞在許可です。

それをマルチビザに切り替えるには、ちょっと複雑な過程が必要なのです。まずは、一度日本に帰ってから改めて申請し直す必要があるというのです。

私は「2008年にマルチビザを取得した時は、日本へ帰らずにモンゴルにいたまま取れたのに、なぜ今回は帰国しないといけないのですか?」と聞きました。

それに対して外務部は「前回はあなたのビザカテゴリーの変更をせずに、そのままマルチビザにしたからできたのです。」と答えます。当然のように「じゃあ、今回も同じようにやってください。」と言いました。

「それはできないのです。あなたのカテゴリーは、例外的に1回だけマルチビザを出すことができますが、2回目はできないのです」と答えました。

私は「じゃあ、なんで昨年9月にマルチビザの延長を依頼した時に”それはできません”と言わずに、”OK、ノープロブレム”と言って引き受けたのですか?」と聞きたかったけど、それを言うとまた話が進まなくなるので、そこは我慢しました。

「なるほど、じゃあ私は一旦日本に帰らないといけないのですね。で、東京のモンゴル大使館でマルチビザを申請すればいいのですね?」と聞くと「いいえ、それはできません。マルチビザはモンゴルでしか発行しないのです。」と言います。

私はそんなわけないじゃない!と心で思いました。東京にあるモンゴル大使館への申請書にはマルチビザを申請する欄があったのを覚えていたからです。

ですが、私が彼女らの流れに沿わない話をすると、またしても作業を止めてしまうでしょうから、仕方なく「はい、わかりました。じゃあ、一旦日本に帰国するだけで、東京のモンゴル大使館へは行かなくていいのですか?」と聞くと、またしてもそれもダメとのことです。

彼女は「まずは、ここで出国ビザを取得します。これは出入国ビザではなく、モンゴルを出るだけのビザです。ですので、そのままではモンゴルには入国できません。ですから、東京で新しいカテゴリーでビザを取得してください。こちらから新しいカテゴリーでの招待状を送ります。」と言いました。

「ですが、そのビザは単に1回モンゴルに入国するだけのビザです。」とも付け加えました。

つまり今現在私が持っているビザと同じということです。ただ違うのはカテゴリーが新しくなっているということです。

ここで話を一層複雑にしているのは、今の私のパスポートに貼ってあるビザのカテゴリーがその新しいカテゴリーになっているのです。だから、これは実はもう今でも実現しているということが言えるのです。

私が「要するに、今の私の状態ですよね?だったら、今からでもマルチビザ取得できるんじゃないですか?」と聞くと、いかにもモンゴルらしい素晴らしい答えが返ってきました。

「ああ、それは東京のモンゴル大使館のミスです。」でおしまい。あっさり言います。そんなにカテゴリーを云々言ってるくらいだから、さぞかしカテゴリーは大切なのだろうと思っていたら、単なるミスでも発行できる程度のものなのです。

で、その入国だけのビザで再びモンゴルに来てからどうなるのか?「で、その後マルチビザですか?」と聞くと「いいえ、その後はまずは滞在許可の申請です。」と言います。

私が「いや、それはもう私は持っていますよね?必要ないんじゃないですか?」と聞くと「あれは前のカテゴリーでの申請ですから、その時点で無効になりますから、新たに取得しないといけません。もちろん、お金がかかります。」だそうです。

「で、それが終わったら、マルチビザですか?」と聞くと「はい、そうです。それを今から申請しないといけないので、書類を出して下さい。写真6枚に市役所での登録証にHIV検査、さらに講義予定表に・・・」といろいろ言いだします。

私が「そんなの9月に全部出したじゃない?またいるの?なんで?この外務部には私はもうそれらを3回も出してるんですよ?いい加減にしてください!」というと「そうですか、じゃあわかりました。HIVはいりません。市役所登録もいりません。」というではないですか。

たった一回文句言っただけで「じゃあ、いりません」という書類って、一体何なんでしょうか?

つまりこれから私がやることは「出国ビザ」「新カテゴリー入国ビザ」「滞在許可証」を経て「マルチビザ」に辿りつくわけです。もちろん、全て私からお金を徴収します。

日本への旅費を入れれば、合計で軽くモンゴル人の一般の人の給与の4カ月分くらいは取るのでしょうね。

しかも、これらは彼らとして「取得するつもり」でやるわけで、例によってコミットはしてないのです。要は「こうすれば、きっと取得できるでしょう。」ということなのです。

ですが、まずはこれでやってみます。日本帰国は、まだ今月帰ったばかりですから、少し先になるでしょう。

2月にはモンゴルで大切な旧正月(ツァガンサル)もありますし。なんだかマルチがどうだなんて言ってるうちに、9月からスタートした今学期も半年以上も経ってからのビザ取得になりそうです。

これが初年度ならわかりますが、2年目です。何も学習効果がないのがモンゴル人の特徴と言えるでしょう。

これだけははっきり言えます。多くのモンゴル人には「改善」という概念はありません。

とにかく、100%信じてはいないけど、この流れでやってみるしかありません。






Last updated  2010.01.22 00:43:37
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2010.01.14
前月12月の一時帰国時に発生した、というか発覚した私のビザ問題です。

昨年9月に、モンゴル国立大学の外務部(対外折衝部)に大学との新しい契約書とパスポートを持ってビザの延長に行ったにもかかわらず、なんと「ビザの取得すらしてなかった」という全くお粗末なものです。

その後、日本にいる私とモンゴルの外務部とでメールのやり取りをしましたが、その内容も全くひどいものでした。

ビザは個人の問題だから外務部は関係ないとか、私からのビザ取得の依頼はなかったとか、そもそもマルチビザは取れないだろうとか、ネガティブなものばかりで「なんとか取得しましょう。」という雰囲気のものは皆無で、当然謝罪もありませんでした。

やはり外務部のような対内的な仕事だけをしている(外部は役所のみ)とこうなってくるのでしょうか?ですが、私の日本滞在の後半になるに従って、ちょっとトーンが変わってきました。

実は、私は外務部とのメールのやり取りを一部の先生たちにCCで共有化していたのです。もちろんBCCではなく、受信者にもわかるようにしました。

ですが、私はこの大学の外務部にはほとんど諦めていました。更には友人のBさんは「あんな大学あてにしちゃだめですよ。私の会社で取得しますから、その方向で進めましょう。」と言ってくれましたので、そっちの方がいいかなと思いました。

ただ、そのためには私の主たる契約者を大学からBさんの会社に変更する必要が出てきます。それもあるので、大学ができないと言うならそっちの方向で行こうと決めました。

大学に戻ってみると、いつも私をサポートしてくれるSRさん(例のイギリス式教育プログラムの責任者)はかなり怒っていました。

彼女は「外務部は怠慢よ。私は外務部の仕事もしたことあるし、マルチビザなんてやろうと思えばできるに決まってるじゃないの!」と言って、目の前で外務部に電話しました。彼女とは別に、やはり学部長も動いていたようです。

捨てる神あれば、拾う神あり、というのが有難いというか、これがなければとうにケツまくって帰るところです。

ですが「この大学にマサミがどれだけ必要だってことが、外務部はわかってないのよ!」と言ってくれる人もいるのが嬉しいのです。その辺、私はかなり単純にできてます。

SRさんは「今、外務部に電話しました。あなたたち嘘ばっかり言ってるじゃないの!って。いろいろ言ったけど、何にも反論せずにじっと聞いていたわ。普通は、あんなにおとなしい対応するはずないのに。やっぱり自分たちが悪いってことを感じてるみたい。とにかく、必ずやるようにって言ったわよ。」と言いました。

するとその数分後、私の携帯に外務部から電話が来ました。まず話し方が全然違います。丁寧で低姿勢です。

「ビザのことでディスカッションしたいのですが、お時間ありますか?」と言われ、私は「ディスカッションの必要はないでしょう。マルチビザが取れるか取れないかだけです。取れないなら、話す必要もないです。いかに難しいかの説明だけなら結構です。他に頼みますから。」と言いました。

すると、今までとは打って変わって「いいえ、私たちのところで取ります。今日、あなたのビザのカテゴリーを変更することに決めました。そうすれば取得できます。」と言ってきました。

カテゴリー自体、別に私が頼んで決めたわけでもないし、今もよくわかってませんが、とにかく取得の方向で動くようです。

「そもそもなんでこんなことになったんだ?だれの責任なの?」と聞こうと思いましたが、思いとどめました。

前日、友人のBさんから「モンゴル人は責任逃ればかりで、自分が悪いというのが一番嫌なんです。だれの責任?となった瞬間に、もう動かなくなるでしょう。過去のことには触れずに、今後のことだけを話して下さい。」と言われていたのです。

私は「だから、進歩がないんだよ。だから、同じ過ちでも平気で何度でも繰り返すんじゃないの?改善努力がゼロなのは、責任をはっきりさせないからでしょう?」と言いましたが、Bさんは「その通りです。でも、今回大事なのは改善よりも、ビザ発行です。多分あそこの外務部は本当にダメなんでしょうね。だからと言って、責任をはっきりさせようとしたら、もっと働きませんよ。」と言いました。

この辺にモンゴル社会全体に「改善」が全く見られない、同じミスを平気で何度でも繰り返す根深い要因があるようです。

で、今日外務部へ行ってきました。ですが、ここでの目的はビザ取得ですから、私は「なんでこんなことが起こったんだ?」ということは何も言いませんでした。

外務部スタッフは、何事もなかったかのように、でも以前よりはずっと丁寧に対応しました。

「とにかく、明日イミグレーション事務所へ行って、どうすべきか相談してきます。」と言って、私のパスポートを預かりました。

つまり、マルチビザ取得の方向で動き出した、ということです。ですが、努力するとは言いましたが、コミットはもちろんしていません。

その後Bさんに「Bさんにお願いしようと思ったけど、いろいろあって大学がやらせてくれって言うから、頼んできました。」と言ったら、Bさんは「わかりました。でも、まだもうひと波乱はありそうですね。その時に、私の方でやることになるでしょう。」と言いました。

私の今回の件での一番の不満は、なぜ9月の時点で素直に「マルチビザは取れませんでした」と言ってくれなかったかということです。

マルチどころか、シングルビザも取ってなかったのですから、論外ですけど。その時点でわかっていれば、いくらでも手が打てたのに、全くひどい話です。

このブログは、結末が見えてない問題もそのまま書いてますので、もしかして「やっぱり外務部ではダメでした」になるかもしれません。

まだまだその可能性は否定できないです。数日以内には「方向性」はわかるでしょう。Bさん経由なら、1カ月程度かかるかもしれないけど、取れることは取れるようですが。






Last updated  2010.01.15 00:46:04
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2009.12.22
モンゴルへ来ての最大の悪夢と言えば、ビザ問題でしょう。

昨年からこのブログをご覧いただいている方は覚えていらっしゃるかもしれませんが、昨年10月末に日本に一時帰国する時に、空港から追い返されるという、他の誰にも聞いたこともないような出来事が起きました。

(2008年10月27日付け「さすがに信じられない・・・絶句です! 」 http://plaza.rakuten.co.jp/mongolmasami/diary/200810270000/ 参照)

その後いろいろあって、(このブログのカテゴリー「ビザ」の欄参照)ようやくマルチビザを取得でき、普通に出入国できるようになりました。

そして、今年の8月に大学と1年延長の契約をし、その際に当然ですがビザの1年延長が決まりました。

それに基づいて、大学の対外折衝部に行き、ビザの延長手続きをお願いしました。その際にもすったもんだはありました。

(2009年9月25日「ビザ更新手続き」 http://plaza.rakuten.co.jp/mongolmasami/diary/200909250000/ 参照)

ですが、最終的には「これでOK」というものをもらいました。その時ビザだと言われたパスポートに押してあるハンコがやけに貧弱で、とてもビザには見えなかったので、何度も「本当にこれビザですか?」と念を押したのを良く覚えています。

彼らは「大丈夫。これはビザと同じです」と言いました。

そして12月に入って年末年始を過ごすために日本に一時帰国することになりました。すると・・・

前年同様、入国管理のところで「これはビザではない」と言われました。そして、去年と同じところに連れて行かれました。

同じ部屋なので、良く覚えています。私は「モンゴル大学の者で、大学はこれがビザだと言いました。」と言いましたが「これは滞在許可印であって、ビザではない。」と言います。

その場から、モンゴル人の友人のBさんに電話して話してもらいました。結論は同じで、それはビザではないということです。

昨年はこのまま空港から追い返されましたが、今年はこの場でビザを買えば発行すると言います。ですので、43ドル払って出国ビザを買いました。

その部屋を出て行く時に係官から「それは出国だけだから、入国はできないよ。」と言われました。

それにしても、同じことが何度も繰り返される国です。こちらは学習しているので「これはおかしいよ」とか「こういうのではなく、シールを張ったビザだ」と大学事務局に言うのですが、返って来るのは「ノープロブレム」だけです。そして、その結果がこの始末です。

ビザ取得後、空港から学部長、学科長らに電話しました。彼らは同様に驚き「帰るまでにはなんとかする」と約束しました。

ですが、その後日本帰国後にメールや電話でやり取りしていますが、大学の対外折衝部の態度は全くひどいという以外にありません。

仲介してくれる学科長は「すいません、なんとかします」との必死さが伝わって来るのですが、外国渉外部からは何の連絡もありません。

私が何度かせっついて言ってきたのが「大学がビザを発行するのではなく、国が発行するのです。」とか「あなたはビザの延長を頼んだことはありません」などの妄言のみです。

国が発行するビザ取得のために手続きをして取得のために働くのが折衝部の仕事なのに、意味のないことを言ってます。

「ビザの延長を頼んだことない」は、嘘もいいところです。私が単なる滞在許可のためにお願いにいくはずないし、そもそも滞在許可なんて制度があることも知りません。全てはビザだと思っていますから。

今後どうなるのか?今は想像もつきません。学部長や学科長は「大変だ~」という感じですが、折衝部は意味のないことをメールに書いてくるだけで、最終的に「入国ビザは取得してあげる」と言っているにすぎません。

今後の展開次第ですが、年明けのモンゴルへの帰国が延期されるか、最悪これでおしまいになるかもしれません。

今回は空港で追い返されなかっただけ、私自身もまだ冷静で「まるで第三者」のようにこの事の成り行きを見守っています。どこまでおかしなことが起こるのか?

モンゴルが半端な国でないことだけは確かです。






Last updated  2009.12.28 14:08:04
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2009.12.08
以前のこのブログで、友人のBさんがやっているリゾート開発向けのコンサルティングのことを書きました。

その時に、日本にいる私の昔の同僚Kさんを紹介しました。その後いろいろなやり取りを経て、Kさんがそのプロジェクトにアドバイザーとして参画することに決まったのです!私も嬉しいです。

本当に縁とは不思議なものです。Kさんとコンサルティング会社で知り合ったのは20年以上も前のことです。

その後、彼女はマーケティングやリゾート関係のキャリアを重ね、私と一度も一緒に仕事をすることはありませんでしたが、ここモンゴルでの話を私が耳にした結果、こうして20年ぶりの縁となりました。

で、明日9日から大事なミーティングが数日続くこととなりました。ですので、モンゴルへは今晩到着の飛行機で来ることになっていました。

私は前回来蒙時には、喉の薬などを彼女に頼みましたが、今回は日本の雑誌などを頼みました。順調にいけば、今日深夜にホテルにチェックインです。

残念なのは、この時期成田とウランバートル間は直行便ではなく、全てソウル経由になってしまうことです。

そのため、直行便なら5時間程度なのに乗り換え入れてその倍近くはかかってしまいます。ですが、結果として直行便でないことが良かったと言えるかもしれないです・・・

昼過ぎにBさんから衝撃の電話がかかってきました。

「実は、Kさんがビザを取るのを忘れて来られなくなるかもしれないのです。成田でトラブったらしいのですが、とりあえず韓国行きの飛行機には乗りました。なんとか緊急にビザを取る方法をご存知ですか?」と私に聞くのです。

私は、一瞬頭が真っ白になりそうでした。元同僚のKさんをそのプロジェクトに紹介したのは私ですし、今回のモンゴルでの会議は、Kさん以外にも海外からプロフェッショナルが集まる重要な会議なのです。

そこにKさんが参加できない、しかもビザ取得忘れという100%Kさん側の落ち度です。私は、今後のプロジェクトに大きな影響を与える今回の会議に不参加となるKさんは、契約解除されてもしょうがないな、とさえ思いました。

Bさんに対しては「私がビザでひどい目に会ったの知ってるでしょ?私の経験では、モンゴルはビザに関してはかなりシビアな国だと思います。どうしたらいいか、見当もつきません」と力なく答えました。

ソウルからウランバートルへの飛行機の出発は夜8時頃だそうです。あと5時間しかない。その間でなんとか・・・なんて無理に決まってます。

私は「あとは、政府とかの偉い人に頼むしかないよ。」と言いました。

Bさんは「わかりました。やってみます。」と言って電話を切りました。Kさんがいなくて一番困るのはBさんです。

明日のためにずっと準備をしてきて、いよいよ関係者が国内外から集まろうという矢先です。しかも、KさんをBさんのクライアントに紹介したのは、当然私から直接ではなく、Bさん経由なわけです。

午後5時、6時とBさんと連絡取りあいました。もうKさんはインチョン空港に到着しているはずです。

Bさんは「今、関係各署にかけまくってます」と言ってました。そして6時を過ぎたころ「なんとかなりそうです。今、その件でKさんに連絡を取ろうとしています。」と連絡がありました。

すごいなー、この超限られた時間内にあらゆる知り合いに電話をしまくったことでしょう。実は、このプロジェクトのオーナーはモンゴルでも有名な会社の会長で、各方面に力があるので有名です。

私は「会長の力を借りたの?」と聞いたら「それもやったけど、やっぱりすぐには無理でした。いろんな人に頼んだけど、結局私の友人経由でなんとかしてもらうことができました」と言いました。

いやはや、なんともすごい対応力です。日本のコンサルティング会社ではまさに一番下の「駆けだし」だったBさんは、その後着々と力をつけ、こんな離れ業ができるほどのネットワークを持っているのです。後は、インチョルにいるKさん本人との確認だけだと言ってました。

私が「携帯にかければいいじゃない?日本の携帯はソウルでも使えるから大丈夫だよ。後で、私もかけてみます」と外出先かBさんに伝えました。

飛行機の出発時間まであとわずかという時に、Kさんの携帯につながりました。「この度は申し訳ございませんでした」という声に「とにかく、大丈夫なんだね。気をつけて来てね。」というのが精いっぱいでした。

でも「もうチェックインもできました」というのを聞いて安心したのか「今回のはかなり大きなミスだよ。国際会議をいくつも経験しているはずなのに、プロフェッショナルとして絶対にしちゃいけない失敗だよ。」と先輩面して小言を言ってしまいました。

電話を切って思ったことが2つありました。

一つは、平和ボケというか日本人は今、かなりの場所へはビザなしで出張に行けます。ですので、ビザのことを忘れがちになってしまうのでしょう。

彼女も、中国やシンガポールの会議などは行ってますが、確かにビザは不要です。その点、モンゴル人はビザなしの国は少ないので、ビザを忘れるというのは考えられません。

もう一つは、ソウル経由で良かったということです。成田でビザのことが発覚したわけですから、これが直行便だったらもうとっくにアウトでしょう。

ソウルまではとにかくビザなしで行けるのでそこまでで時間を稼ぎ、その間にBさんの離れ業でビザがとれたのです。不便も時にはいいことがあります。

今、これを書いてる時間に飛行機に乗っていることでしょう。なんとなく、到着して入国管理をパスするまでは多少の心配はありますが、まあ、モンゴルに来てしまえばBさんが直接行ってでも入国させることは可能でしょう。

この短時間にやりとげたBさんに感謝です。

このブログを読んでいる方の中には、Kさんが誰かピンとくる人もいると思いますが、今度会った時にこの件で冷やかすのは勘弁してあげてください。






Last updated  2009.12.08 21:39:22
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2009.09.25
昨年9月に来蒙以来のビザが今月で切れました。正確には、私が1年前にモンゴルへ来た日、9月22日からのビザでしたので、今月22日に切れました。

普通は、来蒙の日付でビザが発行されるはずありません(それでは成田の出発に間に合いません)が、私の場合は昨年11月までビザで「すったもんだ」があったので、来蒙時のビザは破棄され、入国日付けで発行されたのです。

今年は単なる更新だから簡単だろうと思い、9月に入って大学の対外折衝部へ行くと、事務局の顔触れが全員変わってしまっていました。

私が更新をお願いすると、私のファイルがないと言います。昨年の経緯もあり、どうも普通のファイルとは違うようです。

私は昨年の事件から、出入国自由なビザ(マルチビザ)でないとダメと強く言ってますが、他の外国人の先生たちはどうも出国するにも申請が必要なビザしかもらってないようです。

つまり私のビザは、発行時期も種類も違うようで(私は別に特別なことをお願いしている意識はないのですが、この国では「出入り自由なビザ」自体が、取得に大変なようです)、事務局も探しきれませんでした。

昨年の事情は誰も知らないし、このままでは再びビザ問題が大変になりかねませんでした。彼らは「あなたの資料はない」というし、引き継ぎも当然やってません。

私は切れそうになるのをなんとか押さえて「とにかく、やってくれ!」とお願いしました。更新であるにもかかわらず「健康診断書」「住民登録表」など多くの書類が必要で、これらモンゴル人の手助けなしでは手にいれられないような書類も、時間がないこともあってなんとか一人でやりきりました。

さすがに彼らも「ビザ更新できなくて授業が中止になりました」という事態はまずいので、必死に探したらしく、なんとか違う場所にあったファイルを探しあてたようです。結局、ビザが切れた翌日に新しいビザが届きました。

ですが、今度は期限が来年の4月までになっています。「なんで?1年じゃないの?」と聞くと「あなたのパスポートが来年4月までだからです。」と言われました。

なるほど、確かにそうです。10年のパスポートなのに、ついに期限が来たわけです。「新しいパスポートになったら、そこに残りの期限のビザを加えます。」と言われました。

それにしても10年です。10年前にこのパスポートが切れる日が来るなんて想像すらできませんでしたが、その日が来ようとしています。

一瞬、この10年間のことを思いめぐらしてしまいました。ですが、どう考えても、どう想像力を膨らませても、10年後(正確には昨年は8年後になります)に私がモンゴルにいるなんて、夢にすら見ることもなかったでしょうし、想像もできませんでした。

人生、まったくわかりません。私の場合が特に先が読めない人生であることは認めますが・・

新しいパスポートは、次回の日本への帰国の時に有楽町の交通会館で更新しなくてならないと思っていました。

ですが、パスポート新しくしたら、ビザはどうなるのか?古いパスポートは無効だとか言って、入国できないのかな?

日本であれば合理的なことは、皆理解してくれますから、あまり心配しませんが、モンゴルは違います。なんでも文句のネタを探してるような役人が多いですから。

「古いパスポートのビザは無効だ」と言いかねません。現に、大学のビザ関係専門の部署で聞いても「確かに、失効したパスポートについてるビザはダメかもしれません。」と弱気です。じゃあ、入国できない? 

日本大使館に聞いてみたら、答えは簡単でした。モンゴルでパスポートの更新ができるとのことでした。

考えてみれば、当然のようですが、私はビザではかなり痛い目にあってるので「おお、それは素晴らしい制度ですね!」と電話口喜んでしまいました。

というわけで、25日金曜日にパスポートの申請をしてきました。月曜日には無事パスポートが更新されることを期待してます。そして、再び大学事務局へ行って、1年分の再申請です。なかなかやっかいなもんです。







Last updated  2009.09.27 18:06:23
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2008.12.04
今日3日は、いろんなことがありました。ですが、一番のニュースはビザです。

来蒙時からの、実際には空港でビザ問題で追い返されてから(10月27日「さすがに信じられない・・・絶句です! http://tb.plaza.rakuten.co.jp/mongolmasami/diary/200810270000/0444a/  参照)ですが、このまま滞蒙すべきかどうかにも影響するビザ問題が、今日解決しました。

いやー、ホントにホッとしました。もちろん、実際に出国管理でどういう扱いを受けるか行ってみないとわからない不安が少しだけありますが、さすがにまず大丈夫そうです。

今回のビザは「マルチ(数次ビザ)」とはっきり書いてあります。関係者の方々はいろいろ骨を折ってくれたようですが、そもそも最初からなかったことの方が問題なのですが、まあそれはもう善しとしましょう。今年入国した9月22日から1年間の有効となっています。もしだめなら、本当に帰ろうかと思っていただけに、安心しました。

一番の懸念が解決されたことで一安心ですが、やはりここはモンゴル。次から次へと問題が出てきます。ですが、さすがに出国を禁止された時ほどの問題ではないので、もう慣れっこになってますけど。

今日、経済学部のNO2?とおぼしき、アカデミック・ダイレクターと会いました。彼女は「いかが?何か問題ある?」と聞いてきました。「他の外国人教員はいろんなクレームや問題を私のところに持ってくるけど、あなたからは来たことがないですね。例えば、他の先生たちとの交流が少ないとか、もっと他の科目を知りたいとか?なんでも言ってください。」だって。

私は笑って「そんなに高級な悩みはないです。私のはもっと基本的なことばかりです。例えば、給料が払われないとか、空港でビザ問題で追い出されるとか、そういうことです。」というとびっくりしてました。

更に「あなたの授業のアウトラインは提出してありますか?私は見てないです。」というので「授業のアウトラインを求める前に、授業をスタートする前に情報をくれないとできるはずありませんよ。私は、授業の回数とか時間を授業スタートの前日に聞いたのですよ。まあ、モンゴルのやり方だから今は諦めてますけどね。」

こういうと、彼女は怒って、「信じられません。それはモンゴルのやり方ではないです。あなたは誤解しています。」だって。まあ、大きな部屋でのんびり仕事しているだけだから、現場のことは何もわかってはいないのでしょう。

こういうポジションにはやはり昔の社会主義というか古い体質の人がいるんだなと思いました。結局、私の説明を全部聞くと「とても信じられません。確かめてみます。もし本当なら、とんでもないことです。」と言ってました。

「私があなたの問題を解決します。」と言ってくれましたが、あまり期待はしていません。なぜなら、形式的なことばかり気にして、本当に授業のこと、生徒のこと、大学を良くしたい、という熱意があまり感じられなかったからです。

単に、自分のプライドが傷つけられて怒っているようにも見えました。やはりこうしてみると、ちょっといい加減とはいえ学部長の方がずっとリーダーにふさわしいと思いました。彼は形式よりは実質を重視しますから。

会社もそうでしょうが、大学、しかも途上国の古い大学、しかも悪いことにその国では一番と言われている大学には、やはりいろんな人がいるなあと思いました。もちろん私は日本人ですから、「ありがとうございます。よろしくお願いします。」と頭はちゃんと下げましたよ!






Last updated  2008.12.04 01:42:58
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2008.10.29
昨日、指定された午後3時に入出国管理事務所にパスポートを取りに行きました。

朝一緒に行ってくれたEさんは、仕事で忙しいということで運転手さんのZさんと一緒に行きました。彼は私はもう何年も前からモンゴルへ来るたびにお世話になってるので、よく知っているいい人なのですが、英語も日本語も全く話しません。でも、朝の雰囲気から外国人だけではとても無理そうなので、一緒に行ってもらいました。

朝来た時には、ここはモンゴル人のためのパスポート申請書だと思っていました。ですが、ここが外国人専用の申請所と聞いてビックリです、なぜなら、ここにはいろんな表示物があり、薄型プラズマテレビで情報も流しています。ですが、すべてモンゴル語です。英語はゼロ。もちろん他の言葉もないです。

Passportという文字さえ見当たりません。ここが外国人専用窓口と聞いて、信じられない思いでした。聞けば「あそこに外国人一人で行く人はほとんどいません。必ずモンゴル人がついて行くでしょう」だそうです。この国の外国人に対する考え方が全くわかりません。

まずは、銀行の番号札受付機みたいなのがあって、その中の自分の要件を押して番号札を取ります。ですが、この表示もすべてモンゴル語なので何が何だかさっぱりです。Zさんが番号札を取ってくれました。それによると1番窓口です。

ところが、1番窓口で彼がモンゴル語で話しても明らかにほとんど相手にしてません。多分、「それは私じゃない。」と言ってるのでしょう。じゃあ、どこかと聞くと、向かいの反対側方を顎で示します。もちろん、ホスピタリティはゼロです。

で、言われる通りに、反対側に行きました。担当者は、ガラス越しに非常に近いところ(30cmくらい?)でPC叩いていました。Zさんが、声をかけるのですが、全く動きません。眼さえも1ミリも動きません。

更にガラスをコンコンと叩きましたが、その彼女は全く動きません。私は非常に驚きました。こんなに近くで、声を出してガラスを叩いているのに、わずか1ミリさえも顔どころか眼も動かさないので。

普通の人間なら、そんな近くでやられたら、何か反応するでしょうが、それがないのです。まるで訓練でもされてるように。Zさんが、ガラスを少し開けて更に呼び続けると、面倒くさそうに何か一言だけ言いました。もちろん、わかりませんが、多分「私じゃない」か「ここじゃない」でしょう。この女性はホスピタリティゼロどころかマイナス30℃です。

で、またしても1番に戻ってきました。が、相変わらず1番の女性も無視してます。それでもZさんが今朝もらった黄色い紙を出してしつこく言うと、それを受け取り「パスポート出せ」と言います。

私は心底「こいつアホなんじゃないか」と思いました。パスポートは午前中に申請書と一緒に渡してあり、それを受け取りに来たと言ってるのに、こっちにパスポートがあるわけないじゃないかと思いました。

Zさんは途方に暮れたようでした。私は最初から、午前中に私の申請を受理した男性を指差し、Zさんにあの男性だ、と言ってました。ですが、彼は申請を受ける人で、パスポートを渡す人ではないので、Zさんはその男性のところに行こうとしません。

ですので、私がZさんに渡した黄色い紙(申請書の控え)を取って、その男性のところに行きました。「あなたが3時に取りに来いと言ったので、来ました。どこで受け取ればいいのですか?」と英語で聞くと、顎で「1番」だけ言いました。

私が「彼女は知らないと言っている」というと、さすがにちょっと1番の彼女の方を向いて、何か言ってます。でも、その1番の彼女の返事は短く相手にしてません。

その午前中に申請書を受理した彼は立ち上がり、1番に言ってその彼女と一言二言話すと、ぐるっと回って、反対側の方へ歩いて行きました。そして例のガラス越しの無表情の彼女の所へ来て何か言ってます。

彼女らは、これまた無表情で無視。私は、なんとなく彼は少しは偉い人だと思っていたのに、その辺にいる女性たちは誰も顔さえも上げずに無視しています。とにかく不思議な光景です。多分「この日本人のパスポートはどこにある?」とでも聞いているのでしょう。ですが、誰も返事しません。

ガラス越しの向こうには、山のように積まれた無数のパスポートがありました。彼は、最初の大きな山をどこかにどけて、その下の積み重なった層を探しました。でも、ないようです。更にその層もどこかにどけて、その下の層を探していると、一つのパスポートを取り出しました。

あ、あれは日本人のパスポートだとわかりました。彼はそれを持って、ガラスの部屋からもといた場所に戻って、私に渡そうとしましたが・・・何か急にいろいろ言ってます。なぜか、私に英語ではなくモンゴル語でまくしたてました。

Zさんがそれを聞いてくれましたが、いかんせん彼は英語も日本語もわからないので、私には伝えられません。そうこうしてると、その担当官の男性は私のパスポートを見ながらどこかに電話をしています。私はまたしても不穏な空気を感じました。ここまで来て「またか・・・」と。

その間、Zさんは午前中一緒に来てくれたEさんの仕事先へ電話し、経過を報告していました。そして、私に電話を代わってもらって、私が説明を受けました。「なんで騒いでるの?」と聞くと、Eさんは「学生のビザなのになんで先生なんだ、おかしい、と言ってるらしいです。今朝説明したときはわかってくれたのに、多分もう忘れてるんです。この電話をその担当官に渡してください。」と。

電話を終えた担当官に私が携帯を渡して「この人と話してくれ」と言いました。少し話すと、私に電話を戻し、パスポートを投げるように私に渡しました。

とにかく、パスポートは私の手に戻ってきました。早速チェックしました。出国もその後の入国も大丈夫には見えます。が、正直どこまでが本当で、どこまでが私の解釈の間違いなのか、もうわからなくなっていました。

最初のビザが学生ビザだったなんて、素人には見抜けませんし、その後たくさんの人がチェックしたのに、誰も指摘しなかったですから。私なりに確認して、Eさんに再び電話しました。まずは、Eさんにどういう会話があったのか聞きました。

「彼(担当官)はどうも午前中のやりとりを忘れてたみたいです。だから、学生と教員がごっちゃになっておかしいと。でも、僕が午前中の話をすると、彼も思い出し、OKとなったのです。」だそうです。

そして、「とにかくそのパスポート一緒にチェックしましょう。すぐにオフィスに来てください。」と。オフィスへ行って、Eさんに改めてチェックしてもらいました。もちろん、彼も私同様、パスポートの専門家ではないですが、チェックするのは多い方がいいだろうと。

彼も「さすがにこれなら大丈夫でしょう・・・多分。」と。申請通りのビザが貼ってあったので、どうやら当初の出発から遅れますが、日本へ今週末帰れそうです。ですが、超短期滞在なので、雑務や最小限の用事を済ますことを考えると、友人などは誰にも会うことはなさそうです。

しかも平日ではないので、済ませたい用事も帰国日の昼間少しの時間を使うことになります。ですが、帰国の予定を組んでいたので、仕事関係の方々には大変申し訳ありませんが、トンボ帰りでも帰ることにしました。今回帰らないと、手元にある航空券は全て無駄になりますし。

ちなみに今回の騒動で、航空券の予定変更で52ドル、ビザ関係で70ドル弱の合計120ドル余りの余計な出費になりました。この国の所得水準を考えると大層な金額です。

帰国後は、腰を落ち着けて当たり前のビザに変えてもらおうと思っています。学生ではなく、教員、1回だけではなく1年間は何回でも出入国可能なビザに切り替えてもらいます。さすがにこれには大学の事務局に相当頑張ってもらうつもりです。

一昨日は絶望的に、絶対無理だと思っていた今週中のビザ取得は、多くのモンゴル人のサポートのおかげで実現できました。私の中では「奇跡的」とさえ思っています。そもそも間違ったビザから始まっていますので、常に難癖付けられる運命にありますから。

わずか滞在1カ月ですが、これだけ私のことを心配してくれ、サポートをしてくれる友人を持ったことに感謝し、私としては誇りに思っています。

ただの一度も、日本人や日本大使館の助けを得ようと思ったことはありません。






Last updated  2008.10.29 12:37:49
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