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土曜日の書斎 別室

土曜日の書斎 別室

四枚の羽根

【土曜日の書斎】  名作断章


 
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  1880年代前半・・・。
  回教原理主義者 マフディー ・ ムハンマド ・ アフマド 率いる叛乱軍が、 燎原の火の如き勢いで、 スーダン全土を席捲しつつある情勢下・・・。
  軍事介入の意思を持たなかった英国政府が、 スーダン派兵に踏み切ったのは、 エジプトの宗主国としての体面 ・ 大国の威信を保つためであり、 国内世論の突き上げに苦慮したからであった、

  英国軍は、 水陸両路から首都ハルツームへ進撃を開始し、 マフディー軍との間に戦端が開かれる。
  然し、 先遣隊がハルツームに到達した時、 同市は既にマフディー軍の制圧下に在ったのである。

  結局、 英国軍はなんら得る所なく撤退し、 スーダンは以後十数年間・・・戦乱と飢餓と疫病に支配される事となる。

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四枚の羽根

(1882年6月15日)






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  英国によるエジプト遠征 (1882年) 及びスーダン派兵 (1884年) を背景とする文芸作品としては、 同国の歴史小説家 A ・ E ・ W ・ メイスン の執筆した 『四枚の羽根』 が最も著名であろう。

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  近年、 シェカール ・ カプール 監督/ヒース ・ レジャー 主演で映画化 (邦題 『サハラに舞う羽根』 ) された事から、 日本での知名度も急激に増し、 従来抄訳でしか読めなかったのが、 完訳での鑑賞が可能となった。
  非常に嬉しい事である。 (^.^)

  スーダン派兵は、 英国政府の一貫性を欠いた方針の下に挙行された。
  大国の威信。
  世論への配慮から成されたもので、 勇断さの片鱗も見られず、 結果として万事が裏目に出て、 惨憺たる失敗 に終わる。
  その不透明な振幅の過程を反映するかの様に、 同作品の主人公 ハリー ・ フェヴァシャム も、 戦争への懐疑に揺れ動いている。

  名門の軍人の家庭に生まれたハリーは、 軍人の道を歩むべく宿命付けられ、 幼少期から厳格な訓育を施されていた。
  然し、 元来が 繊細な感受性 の持ち主である彼は、 戦争に対して、 強い恐怖の念を抱き続けて来た。
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  成長したハリーは、 陸軍士官学校を優秀な成績で卒業、 名門連隊に配属される。
  美しい婚約者 エスネ ・ ユースタス との挙式を間近に控え、 人生行路は順風満帆かと思われた。
  ソンなさなか、 エジプト遠征が決定したのである。
  従軍命令をハリーが受領したのは、 1882年6月15日。
  奇しくも、 彼の27歳の誕生日の事であった。
  然し、 大英帝国の体面のために、 遥か異郷の地に赴いて戦う意義を見出せない。
  愛するエスネを気遣い、 懐疑と苦悩の果てに除隊を決断したハリーであったが、 戦地へ征つ三人の同僚は、 彼のもとへ 白い羽根 を送り付ける。

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  白い羽根とは・・・。
  臆病者 に対して投げ付けられた、 訣別の印であった。
  事情を知ったエスネもまた、 四枚目の羽根を差し出して、 彼のもとから去っていく。


  名誉友情 も・・・全てを失ったハリーは、 或る決意を胸に秘め、 故国から姿を消す。
  そして、 三年後・・・。
  嘗ての僚友達が苦戦を強いられているサハラ砂漠へ、 忽然と現われるのである。

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  ハリー ・ フェヴァシャムは臆病者ではない。
  決して、 死を恐れていないし、 敵を恐れてもいない。
  彼が恐れていたのは、 自分が臆病風に吹かれる事であった。
  初陣に臨んで、 無意識の裡に醜態を曝してしまうのではないかと、 絶えざる不安に苛まれていたのである。
  従って、 臆病者の烙印を押された者が 汚名返上 に奮闘すると云う、 単純な冒険譚ではない。
  無論、 贖罪 の物語でもない。
  現地人に身を窶し、 敵地深く潜入するのも、 ジョセフ ・ コンラッド『ロード ・ ジム』 の如く、 自虐自責の念 に駆られての事ではない。

  敢えて危険に身を曝すのは、 自己の全否定を意味しない。
  本来の自己を発見し、 確立するための試練と位置付けている。

  自分が、 本当に価値ある人間なのか。
  その証を立てるべく、 戦乱の渦中へ身を投じたのである。
  誰に対して、 証を立てるのか?
  他でもない、 自分自身に対してである。

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