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(市川崑監督 『炎上』 )
日本の伝統美の象徴・・・。
戦災をも免れた重要文化財の、 突然の滅失は、 世に異常な衝撃をもたらした。
数年を経て、 作家 ・ 三島由紀夫 は、 同事件を題材とした小説 『金閣寺』 の執筆に着手する。
今日に至るも、 “金閣炎上” が多くの人々の関心を惹起して已まないのは、 同作品の影響による面が大きい。
私が明瞭な意識を取戻したのは、 おどろかされた鳥の叫喚のためである。
或る鳥は私の顔の目近に、 大仰な羽搏きを辷らせて翔った。
あおのけに倒れた私の目は夜空を見ていた。
おびただしい鳥が、 鳴き叫んで赤松の梢をすぎ、 すでにまばらな火の粉が頭上の空にも浮遊していた。
身を起して、 はるか谷間の金閣のほうを眺め下ろした。
異様な音がそこからひびいて来た。
爆竹のような音でもある。
無数の人間の関節が一せいに鳴るような音でもある。
ここからは金閣の形は見えない。
渦巻いている煙と、 天に沖している火が見えるだけである。
木の間をおびただしい火の粉が飛び、 金閣の空は金砂子を撒いたようである。
私は膝を組んで永いことそれを眺めた。
(三島由紀夫 『金閣寺』 )
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