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土曜日の書斎 別室

土曜日の書斎 別室

八甲田山死の彷徨

【土曜日の書斎】  名作断章


 
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  日露戦争前夜・・・。
  厳冬期の輸送路確保と耐寒訓練を目的として、 冬の 八甲田連峰 を踏破する行軍演習の計画が、 第八師団隷下の二つの歩兵連隊によって、 同時に進められていた。

  一方の計画策定者である 青森歩兵第五連隊 の演習部隊 210名は、 是の日・・・。
  進軍喇叭の吹奏音と共に、 意気揚々と営門を発した。

  折から・・・列島北部には、 観測史上未曾有の大寒気団が急接近していた。
  天候は急激に悪化し、 八甲田山系は雪と突風の支配する、 魔の領域と化す。
  視界一面の白い闇・・・。
  荒れ狂う暴風雪に進路を阻まれ、 演習部隊は立往生を余儀なくされるのである。

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八甲田山死の彷徨

(1902 (明治35) 年1月22日)




1


 
  戦前に在って・・・。
  八甲田山雪中行軍遭難事件は、 軍歌 ・ 『陸奥の吹雪』 に詠われ、 微かながら、 その片鱗を伝えられて来た。
  軍国美談調の修辞に糊塗された詩世界は、 悲惨極まりない遭難の実態から程遠い。
  厳秘に付されていた感のある惨事の実態が、 一般に周知されるに至ったのは、 戦後も相当年数が経過してからの事・・・。
  云うまでもなく、 作家 ・ 新田次郎 の小説 『八甲田山死の彷徨』 によってである。

  作者は、 青森第五連隊と平行して八甲田踏破の計画を進めていた 弘前歩兵第三十一連隊 の演習部隊に着目している。
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  同部隊は、 全く同時期に八甲田山系へ突入しながら、 一人の落伍者を出す事もなく、 踏破に成功しているのである。

  両者の全く正反対の結果は、 一体何を意味するのか?
  何が両者の明暗を分けたのか?

  綿密な資料に基いて、 そして、 小説ならではの分析手法によって、 両者の行動を対比的に再構成していく。

  大自然の猛威を侮る事なく、 謙虚な態度で対象を分析し、 問題点の克服に努め、 周到な準備をもって臨む、 第三十一連隊。
  情報を軽視し、 自らを過信し、 情況を自己に都合良く推量し、 惨憺たる潰滅に至る、 第五連隊。

  同書の示唆する所は重大で、 刊行当初から 経営者 ・ 管理者必読書 と評され、 今日まで読み継がれている。







2


 

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(森谷司郎監督作品 『八甲田山』 )

  目的地まで 2km弱と云う地点に達しながら、 暴風雪に前進を阻まれた第五連隊の演習部隊は、 雪濠を構築し、 露営の態勢に入っていた。
  情況が不明である以上、 黎明まで現在位置に留まり、 様子を見るのが賢明との指揮官 ・ 神田大尉 (史実では神成大尉) の判断によるものである。
  然し、 演習部隊に随行していた 大隊本部 が横車を押した。
  大隊長 ・ 山田少佐 (史実では山口少佐) は、 公然と指揮に容喙し、 帰営の命令を下す。

  「この儘では・・・朝までに、 大半の者が凍傷で動けなくなってしまうではないか~~ッ!?」 (悲)

  斯くして、 演習部隊は八甲田踏破を断念し、 帰営の途に着くのであるが・・・。
  その途次に於いて、 当初の目的地への道が発見されたとの具申が、 特務曹長より成される。
  すると、 大隊本部は、 又も指揮官を差し置いて、 その意見を容れ、 再度の反転を命じるのである。
  その結果として、 進路も退路も見失い、 完全な遭難状態に陥ってしまう。

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(森谷司郎監督作品 『八甲田山』 )

  部隊は、 食料も燃料もなく、 数日間に渡って山中を彷徨した果て、 潰滅を遂げるのである。
  演習参加人員 210名中、 凍死者 199名。
  世界山岳遭難史上最大最悪の惨事として記録される。









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