2007.10.10

「生きること」は誰かに教わるものじゃない

カテゴリ:feeling



世のため人のために生きるということ。

言葉の裏側には、役に立ってこその人間、成功してこその人生、

幸せじゃなければ意味がないというステレオタイプの刷り込み。

金持ちになって勝ち組にならなければ・・・という焦り。

この世に生まれてしまった以上、人間は人間なりの感覚で整理し認識する必要がある。



誰にとっても共通の大切な問い。

人生という迷路を長い時間かけて渡るために手に入れなければならないカードで、

その答えはひとつでなく、問う人次第で姿を変える。

手に入れることができた人は、一歩前進できる勇気を得て、

進めたその一歩は次の扉を開く鍵となる。




私は比較的早い段階で「生きること」の虚しさに気づいたのかもしれない。

違和感を感じ始めたのが小学生ぐらいの時期で、

疑問の塊を大事に抱きしめていたのは十代前半から。

本格的に整理できるようになったのは、ごく最近のことかもしれない。



世の中のどこまでも不幸にまみれて死んでいく人もいれば、

人を踏み台にして登り成功を手にする人。

不備や不公平は是正されるどころか増えるばかり、

大人というものは不完全でまったく頼りようもなく、

先は不安でいっぱいで大人になることに夢などもてない。

現実をどう飲み込めば生きれるのかわからずにいた。




『答えを出しながら前に進む』

シンプルに、今できること、しなければならないことを全力でする。

そうすれば、そのとき自分が出した答え以上のものが、

音を立てて向こうからやってくる。



そう、誰かに教わるものではないのかもしれない。









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最終更新日  2007.10.16 20:03:02
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