いっぱい咲いた
我が家に家族が増えて、早一ヶ月。ずっと男子禁制だった我が家の規律をいとも簡単に破ってくれた。甘い声と潤んだ大きな瞳のハンサムな表情に、私達３人は夢中になった。夜な夜な３人の部屋を行ったりきたりで、奴を取り合い。お陰でみんな睡眠不足。「だって一緒に寝ると、あったかいんだもーーん！」女３人とオス！一匹・・・・、奴は猫。彼が我が家にやってきたのは、長女・優花の恋の終わりと引き換え。彼女は１８才の頃から交際していたアマプロボクサーの彼氏が居た。その頃彼氏の実家には、一匹の怯えて不安げな表情の猫が居た。名前は「サイ」その名前の由来は、彼氏の実家にやってきた時とてもブサイクだったので、ブサイクのサイをとって付けたそう。それを聞いて優花は激怒した。「あんたら自分達のことを棚に上げて何がブサイクだー！ そんな心がブサイクって言うんだーーー！」と、叫んだとか・・・。そしてもっと激怒させたのが、サイは生まれつき余り目が見えないので動作が鈍く、と言うよりゆっくりなので、あちこちにぶつかる。それがイラつくと言って彼氏の兄がサイをワシ掴みにして投げる。そんな兄を誰も注意しないで知らんふり。だからサイはいつもびくびくして、余計に物に頭をぶつける。優花はどうにかしてあげたいといつも私に相談していた。そんな時、彼氏が一人暮らしをすると言うので、優花は叫んだ。「サイを連れて出てくれないと、あなたと別れますーっ！」まだまだ恋の上澄み状態の頃の、別れますー！の脅し文句は、何よりも効果絶大。彼氏は慌ててサイを連れて家を出た。そして優花の愛しいサイとの通い妻の生活が始まった。彼氏の晩ご飯は作らないけど、サイのご飯はしっかり用意して、彼氏の世話はしないけど、サイの世話はしっかりして帰ってくる。どんなに仕事で疲れても、サイのおやつは買って走る。そんな三角関係？を過ごしながら、月日が過ぎ夫々が成長していった。彼氏はボクシングの試合に勝ち続け、確実に自信をつけていった。優花は子供の頃から続けていたダンスのイベントやショーに招待されることが続いた。お互い仕事と夫々の夢を両立させる姿勢は、結構かっこよかったけど、二人の間には、皮肉にも違う空気が漂いだした。亭主関白に憧れる彼氏は叫ぶ。「結婚して落ち着いて、俺を影から支えてくれーー！ 家に居て、俺の飯を作って待っていろー！ 」今時亭主関白なんて古いと優花が叫ぶ。「結婚はお互い自立した大人になってするもんなんだよ！ 私はまだまだ自分の夢に向かいますーー！」ふんふん、若い二人の気持ちが良く分かるわ～。私は早くに結婚して離婚したけどね～。 ←部外者（私）の声そんなこんなの話し合いが二人の間で暫く続いて、お互い２３才のクリスマスまで数日前の寒い夜。優花は疲れきっって泣き腫らした顔で、サイを毛布にくるんで帰ってきた。私が何も言わなかったのは、彼女は初めて体験する大人の女になる為の痛みと決断を、今回逃げずに一生懸命体験したから。恋と夢の板ばさみで、沢山泣いて、沢山悩んで彼女が選択したこと。でも・・、情が移ってなかなか別れられなかったのね・・。「サイと別れるなんて・・、やっぱり絶対できないっっ！！！」あ・・・、彼氏じゃなくてサイね・・・。まぁ、予想はしていましたが・・・。とにかくお疲れ様、よく頑張ったね、優花。あなたの好きなグラタンでも作って、せめて体をあたためてあげるとしますか！それ以来、サイの女に囲まれたハーレムが始まった。彼の様子を見ていると、どうも距離感覚を把握できないらしい。だからあちこちに頭をぶつけて歩く。はっきり輪郭が分からないから、大きな声や音に怯える。その上、横で人が動くと異常に怖がる。怖がらなくても、もう絶対誰も投げたりしないよっ！！怯えた姿は、見ているだけでも胸が痛む。で、家族会議。サイが怖がらないように、ドアは静かに閉める、物は静かに置く。つまずかないように、床に物は置かない。自分達の部屋を常に掃除する。（全部当たり前なことですけど・・・）安心できるように、誰かがいつも優しく声を掛ける。常に触れてあげる。真衣花の大好きな妻夫木君がテレビに出てても、私の愛しいブラピのかっちょいいCMが映ってても、優花のテンションをピークにさせるK-1の試合を観ても、決して叫ばない、騒がない、キャーキャー言わない。サイを中心に、そんな気遣いが当たり前になってきた頃、我が家の空気が変わり始めた。なんだかみんなの心の中が、とっても穏やかになっていった。ほのぼのした優しい空気が我が家に充満しだした。そうして今はすっかり我が家の一員になったサイ。毎晩みんなでサイの奪い合い。彼は私の寝床が一番気に入ってると、お互い譲らない。「だって、一緒に寝るとあったかいんだもーーーん！！」冷え性な、女３人。先日、眠そうに甘えるサイを撫でながら真衣花が呟いた。「お母さん・・・、サイは目が見えることより、 大好きって気持ちが一番嬉しいはずだよね・・・。 今はサイ、幸せかなぁ・・・。」ちゃんとサイはみんなの気持ちに答えてくれてるから、心配しなくて大丈夫！優花や真衣花が帰ってきたら、あちこちぶつかりながらもすっ飛んで玄関に走っていくでしょ？優花の心ん中癒すように、おでこをくっつけて眠ってくれるし、私が台所に立っている間、ずっと足にしがみ付いてぶら下がってるし、（お陰でGパンぼろぼろ・・・）真衣花がお風呂に入ったら、じっと前でボディガードしてくれるし。サイは、きっと幸せ！今日、久し振りのお休みで天気が良かったので、沢山の洗濯物をベランダで干していると、ゆっくりの足取りでサイがやってきて、ゆっくりと横に座った。洗濯物を干している私の横で、眩しそうに空を見上げている真ん丸いビー玉のようなサイの目の奥の瞳孔は、猫特有の細くなったり丸くなったりすることはなく、ずっとぼんやりした丸い形のまま。でも、とても透き通って綺麗だよ。ねぇ、サイ・・・、お日様は光って見えてる？この空の色は、サイの世界は何色なの？今の音は怖がらなくていいよ、鳩が飛んでいったんだよ。鳩みたいに翼が欲しいねー。一緒に飛んでみたいね！雲だとぶつからないし、好きなだけ走れるのにねー。ねぇ、サイ・・・、ありがとう。喉をコロコロ鳴らしながら、目を細めて私の声をたどってくれているサイを見ていると、閃いた！！！サイのお陰で沢山の優しさ咲いた、幸せ咲いた。優花と真衣花も名前の通り、サイのお陰で幸せいっぱい花咲いた。あんたは今日からサイ太！渡辺サイ太だ！ブサイクだからサイなんて、こんな美男子つかまえて本当に失礼な名前、今日から抹消！分かった？決まりね！サイ太、あんたの短い人生私達がしっかり面倒みてやるわよ・・・。私のひざの上で眠そうにしているサイの体温が、お日様の温度とゆっくり優しく重なった。
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