テーマ:九州 旅と食(1338)
カテゴリ:熊本地震とその復興関連
ゴールデンウィーク中に訪問した熊本城の様子を撮影してきた写真を
掲載していく企画の実質第2回目(通算4回目)です。 前回の終わりでついに熊本城の敷地に足を踏み入れました。 3年前に発生した熊本地震の影響で、熊本城はいたるところで被害を受けました。 そのため、敷地内にはこのように立入禁止となっている部分が数多くあり、 見学コースもこれらの部分を通らないように設定されています。 前回登場した馬具櫓を別の角度から撮影したものです。 実は馬具櫓の石垣は地震(前震・本震)発生直後は何ともなかったのですが、 約3週間ほど経った5月10日に崩壊してしまいました。 この部分はまだ復旧工事に着手していません。 上の写真から右側へ進むと、復旧工事に入ったばかりの長塀の様子が分かります。 逆に長塀を左側へ進むと行幸橋(みゆきばし)が見えます。 そしてその手前には熊本城を築城した初代熊本藩主の加藤清正の銅像があります。 加藤清正は熊本城を築城しただけでなく、かつて『隈本』と呼ばれていたこの地を 『熊本』に改称したと言われており、 土木技術を駆使して治水事業を行い、農業生産量を上げて熊本を豊かにしたこともあり、 熊本では今でも『清正公(せいしょこ)さん』と呼ばれ親しまれています。 上の写真は8年前に撮影したものです。 こうして見ると清正公の銅像は地震の影響がほとんど無いことがわかります。 余談ですが、東京都港区白金台の熊本藩邸跡に建立されている覚林寺は 加藤清正の位牌や像が祀られていることから『清正公』と呼ばれており、 東京メトロ・都営地下鉄の白金高輪駅は当初『清正公前』という仮称でした。 次回はいよいよ現在の熊本城見学コースに入っていきます。 それでは、今日はここまで。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019年06月01日 21時57分52秒
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