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森の声

2006.12.02
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カテゴリ:カテゴリ未分類
しばらく“いじめ”の周辺のことについて書いてきましたが、ではそのいじめをなくすのにはどうしたらいいのか。

と、書いておいてなんですが、実はそんなこと考える必要はないのです。
教育が本当に子どもの育ちを支え、可能性を開くものになれば“死に至るようないじめ”は自然に消えてしまうからです。

それは「科学寅さん」にしても、「今日9729さん」にしても、教育というものをまじめに考えている人には当然のことなんです。

どうして、そんなことが言えるのかというと子どもたちが学ぶ喜びに浸っているときの顔を見れば分かるのです。

学ぶ喜びを知っている子どもは希望を持つことが出来ます。
なぜなら、“学ぶ”ということはそのまま希望につながるものだからです。

その希望を追いかけて人類はここまでやって来たのです。
でも、人類は今その希望を失いかけています。

学ぶことより、所有することの方が喜びになってしまったからです。
教育が“より多く所有するための手段”になってしまったからです。


今、学校では子どもたちに“学ぶ喜び”を与えていません。
また、家庭でも“生きる喜び”を与えていません。
それは子どもたちが学ぶこと、生きることに希望を持つことが出来ないということを意味するのです。

“死に至るいじめ”はそのような背景の中で必然的に生まれています。

私達は今、教育を本来の姿に戻す時なんです。
それがいじめをなくす一番有効な方法なんです。

忘れないでください、教育とは“希望”なんです。

だからこそ“蛍の光”、“窓の雪”でさえ頼りに勉強したのです。

それが、今の日本では教育は“絶望”になってしまっています。






Last updated  2006.12.02 18:10:32
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