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森の声

2009.12.17
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昨日書いたように、私たちは「人と人のつながり」を断ちきって、物やお金に依存させようとする大きな流れの中で生きています。

直接「人と人がつながる社会」ではなく、「物やお金を介して人がつながる社会」の方が経済効果が高いからです。それがアメリカによって象徴される今までの資本主義の姿です。

アメリカは移民の国ですから、言葉も価値観も宗教も異なる人たちが一緒に暮らしています。そんな人たちが一つにつながり、大きな国を作るためには、物やお金という「心とは無関係の物」でつながる必要があったのです。「物」や「お金」に対する価値観を共有する以外に、多様な価値観の人たちがつながる方法がなかったのです。

でもその「資本主義の形」が、「強い軍事力」や「強い経済力」と共に、貧しい国々へ流れて行った時、その土地のそれまでの「人と人のつながり」がアッという間に崩壊してしまいました。アメリカのような豊かさを求めて、アメリカのような資本主義の形を取り入れれば、必然的に人と人のつながりは切れてしまうのです。

その結果、アフリカなどでは悲惨な状況になってしまっています。

でも、日本は積極的にアメリカの真似をしました。そして、アメリカの形を取り入れるために意識的に人と人のつながりを切ってきました。それほどアメリカに対するあこがれが強かったのです。

でもそのお陰で、みんなが物やお金に依存する社会を作ることに成功しました。そして、ものすごい勢いで経済は成長し、アメリカに追いつくことが出来ました。

アフリカやその他のアジアの国が、内戦状態に陥ったり、日本のような急激な経済発展を遂げることが出来ないのは「アメリカに対する強烈なあこがれ」がないからです。日本の場合は、昔から伝わってきた人と人のつながりは切れましたが、アメリカに対するあこがれだけはみんな共有していたのです。だから内戦にはならなかったのです。

私が子どもだった昭和30年代は、そのアメリカへのあこがれが非常に強烈な時代でした。今でもその感覚を覚えています。

でも、近年その「アメリカへのあこがれ」は急速に萎えてきています。それは人々をつないでいた「共通の価値観」と「目標」を失ってしまったということを意味します。でも、人々の「つながり」は失われたままです。

そして、つながりから切り離された「バラバラな人たち」は未来の姿を描くことが出来ずに右往左往しています。

日本はアメリカに近づくことは出来ても、決してアメリカに追いつくことは出来ません。なぜなら、アメリカで生きている人たちは、バラバラな社会で「個」として生き抜くための能力を身につけていますが、日本人にはその能力がないからです。ただの烏合の衆なんです。日本の政治を見ているとそのことがよく分かります。

それが「歴史があるバラバラ」と「歴史がないバラバラ」の国の違いです。

でも、そんな状況の中でもヨーロッパは比較的まだつながりを大切にする価値観、人と人がつながることが出来る社会を維持しています。

それは多くの移民を受け入れながらも、母胎となる歴史や民族や生活や価値観やつながりがしっかりとしているからです。また、アメリカに対して批判的な価値観を持っていることも影響しているでしょう。

古い歴史を受け継いできたヨーロッパでは「バラバラ」は受け入れがたいのです。なぜなら人々がバラバラになることで、自分たちが祖先から受け継いできた宝物が失われてしまうことを良く知っているからです。それが「無」から始めたアメリカとの決定的な違いです。

それは長い歴史の中でバラバラになりそうな危機を何度も乗り越えてきた民族の智恵なのでしょう。ヨーロッパの国々の歴史は、外敵によってバラバラにされないように民族や国を守ってきた歴史なのです。

でも、日本は海に守られてきたので「バラバラになることへの抵抗感」があまりありません。「日本に住んでいれば、みんな同じ日本人」という安心感があるのです。日本に住んでいる限り、日本人は分かり合える、という根拠のない信仰のようなものがあるのです。

日本人は、民族がバラバラになることへの不安など考えたこともなかった、世界的に希有な民族なんです。

だから移民を受け入れたくないのです。その信仰が失われてしまうからです。

でも、現実には今日本人はバラバラになってしまっています。日本人であるというだけではつながり合うことが出来ない時代になったのです。

今私たちには、人と人をつなぐ新しい価値観が必要なのです。私は「言葉」と「自然」がその価値観になり得ると考えています。なぜなら、日本人はまだ「言葉」と「自然」への感受性だけはかなり共有しているからです。

右翼的な人たちは「日本」という国への忠誠心によってつながりを取り戻そうと考えていますが、それは無理です。日本人はもともと「国」という意識自体が希薄な民族だからです。昔から、日本列島そのものが「日本」という国だったのです。それがバラバラになる危機に直面したことのない民族の意識なんです。

だから他の国の人のように、素直に国家や国旗に敬意を払うことが出来ないのです。これは強制しても無駄です。日本人は日本語や日本の自然は大好きですが、近代国家的な意味での「日本」という国にはあまり愛着がないのです。そういう歴史の国なんです。

日本人は「日の丸」より「富士山」の方が好きです。

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さて、ここでみなさんに質問です。

子どもはなぜ大切なんですか。

可愛いからですか。

親の願いを叶えてくれるからですか。

いろいろと親を助けてくれるからですか。

老後の面倒を見てもらえるからですか。

経済活動に貢献しているからですか。

みなさんのお考えをお聞かせ下さい。

もしかしたら私たちは「子ども」という存在の本当の意味を理解していないのかも知れません。だから子どもたちが大切にされていないのです。






Last updated  2009.12.17 10:03:04
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