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森の声

2012.09.02
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「人の言葉」には、その人が子どもの頃から体験してきたことの全てが詰まっています。

ですから、「指紋」が一人一人異なるように、「言葉」もまた一人一人異なります。自分と同じ言葉を使う人は世界中に(自分以外)一人もいないのです。

そして、その人の「自分の言葉」が「自分らしさ」を作り出し、また、「自分らしさ」がその人の「自分の言葉」を作り出しています。

「自分の言葉」と「自分らしさ」は一体なのです。

ですから、「言葉の質」が似ている人は人間性も似ています。逆に、「言葉の質」が似ていない人は人間性も似ていません。

また、「気が合う人」とは、簡単に言ってしまえば「話をしていて楽しい人」のことです。それは「言葉の世界」を共有できる人のことです。

ですから、当然のことながら「人と話すのが苦手な人」は、「気の合う仲間」を見つけることが困難です。

ケンカも戦争も「言葉」が伝わらなくなった時、生まれます。

人は「言葉」を通してお互いにつながっています。ですから、言葉が通じなくなった時、「対立」が生まれます。

お互いに、対話を求める姿勢がある限り戦争は起きません。でも、一方が「問答無用」と言葉を断ち切る時、戦争が起きます。

言葉で気持ちを伝えることが出来る子は暴力を振るわないものです。すぐ暴力に訴える子は、自分の感情を言葉で表現することが出来ない子です。

ですから、そのような子に「暴力はいけません」と叱るだけでは、効果がありません。

そのような子には「言葉育て」が必要なのです。そして、「言葉育て」の基本は「感覚や感情の共有」と「話しかけ」です。

これは決してテレビには出来ないことです。ですから、毎日テレビを見せても「言葉育て」は出来ません。

また、虐待を受けてきた子は「言葉」をうまく使うことが出来ません。テレビで覚えたような「紋切り型の表現」は出来るのですが、自分自身の「感覚」や、「感情」や、「考え」を伝えるような表現が出来ないのです。

なぜなら、「虐待」とは「言葉を封じること」だからです。

これが、虐待される側の視点に立った「虐待」の定義です。

韓国の人の日本への恨みの根源もここにあります。また、「子どもの言葉」を封じるような指示命令による一方的な子育てや教育もまた「虐待」です。

「暴力」や「ネグレクト」と呼ばれる行為は、子どもの言葉を封じるための「手段」に過ぎません。

だから、虐待を受けて育った人は「自分の言葉」を持つことが出来なくなり、平気で「嘘」をつくようになったり、「自分」と向き合うことが出来なくなってしまうのです。

「自分の言葉」を持っていない人は、「本当」と「嘘」の違いがよく分からないのです。

実は、「自分」と向き合うためには「言葉」が必要なのです。犬や猿は知能が高いですが、「自分」というものを持つことが出来ないのは「言葉」を持っていないからです。

ですから、虐待を受けた子どもに対しても、赤ちゃんに対して行うような「感覚や感情の共有」と「話しかけ」による「言葉育て」が必要になります。

自分の気持ちや、自分の感覚や、自分の感情を、「自分の言葉」で語ることが出来るようになれば、人間性の成長と共に、少しずつその状態から抜け出ていくことが出来るのです。

「自分の言葉」を育てることがそのまま「人間としての成長」でもあるのです。

ですから、子育てや教育において一番大切なことは「子どもたちの言葉」を育てることなのです。

「精神的な自立」は、「自分の言葉」を持つことで初めて可能になるのです。

でも、ほとんどの人が「言葉とは何か」ということが分かっていません。

言葉を単なる道具の一つとしか考えていません。

そして、指示命令による一方的な関わりによって、知能や技術や学力を育てようとしています。

だから、「能力はあるけど人間性に欠けた人間」ばかりが増えているのです。






Last updated  2012.09.02 09:40:14
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