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からだ、からだ、か… New! かめおか ゆみこさん

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さなぎ@ Re: New! 森の声さんへ ありがとうございます。 担…

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森の声

2014.11.26
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カテゴリ:カテゴリ未分類
人間には男性と女性がいます。そして両者は体の構造も、脳の働き方も、感覚も、感情も異なっています。それは「人類」という種におけるそれぞれの役割が異なっているからだろうと思います。

それが同じなら、別に「男性」「女性」に分かれる必要もないわけです。

これは人間の社会的価値観とは別の、生物学的事実です。

ですから、私たちはこの事実を肯定した上に自分たちの考え方を構成していかないことには、「頭の中の世界」と、「脳やからだが存在している現実世界」の間に乖離が生じ、心やからだに不調を来すことになります。

私たちは男性も女性も、一人だけでは「人間」としては不完全なんです。

「男性」と「女性」がセットになって初めて「人間」なんです。ですから、人間らしい社会も、人間らしい子育ても、人間らしい家族も、男性と女性が助け合う事で成り立つようになっているのです。

それなのになぜか、多くの場面で男性と女性が対立しています。そしてお互いに「自分の方が正しい」と主張しています。

その対立が一番強くなりがちなのが夫婦関係です。

男性には女性の価値観が理解出来ません。

女性には男性の価値観が理解出来ません。

本来、その違いは「お互いに補い合うため」のものなのですが、多くの人が、補い合うことをせず、みんな「自分の方が正しい」「相手の方が間違っている」と主張し、対立しています。

それでも、子どもが生まれるまではお互いに譲歩も出来るのですが、子どもが生まれ、子育てが始まるとその対立が表面化してきます。

なぜなら、二人とも子どもを愛しているからです。

「子ども」は、母親にとっても「自分の生命を受け継ぐ我が子」であり、父親にとっても「自分の生命を受け継ぐ我が子」なんです。

父親と母親の半分ずつが合体して「我が子」になったのですから。

そのため、お互いに「自分の価値観」を子どもに伝えようとします。

そこで対立が起きるのです。



でも、本来は「女性の価値観」と「男性の価値観」は、お互いに補い合うために存在しているのですから、対立はしないように出来ているはずなんです。

実際、子育てをする生き物の中で、しょっちゅう異性同士が対立しているのは人間だけだけだと思います。

特に、高度に機械化された文明社会に生きている人間に強くその傾向が見られます。


それは、私たちが生きている「近代的な文明社会」が男性論理によって成り立っているからなのでしょう。

その価値観で大切にされているのは「論理」と「客観性」と「競争」であって、「生命」や「性」や「共存」ではありません。

そのため、「近代的な文明社会」では、建前的には男性も女性も対等で同質になります。

でも、そのような社会では女性も子どもも「自分らしさ」を出しにくくなります。
また「子育て」という「性による役割」が必要になる場面でも対立が発生しやすくなります。


一方、女性の物の見方は統合的、感覚的です。その女性原理が「文化」と呼ばれるものを支えてきました。

そして、物事の「本当の姿」を知るためには、この両方の見方が必要になるのです。

男性は「部分における論理」に間違いがなければ、たとえ「全体の状況」に歪みが生じていても何の問題も感じません。

「論理的に正しい」ければ、「その論理の結果も正しいはずだ」と信じているからです。

でも、人間の知識も、思考も完全ではありません。また、この世界には知識や思考では扱うことが出来ない現実もあります。

人間は「目」でものを見ていますが、実際には「目では見ることも出来ない世界」もあるのです。でも、「目」の能力に依存している人は、「目では見ることも出来ない世界」を平気で無視します。

でも、実際には「見える世界」だけで構成した論理は完全ではありません。そのため、理論値と結果値の間には必然的に誤差が生じます。

それが「歪み」として「全体の状態」に現れるのです。


それに対して、女性は、「論理」には興味がありません。男性が何時間かけて「論理的正しさ」を説明しても、そんなこと聞いてはいません。女性が興味があるのは「論理」ではなく、「現実的な結果」だけだからです。

そのため、女性は「全体的な歪み」には敏感なのです。

だからこそ、男性は女性の意見を聞いて、その論理を修正する必要があるのです。そうでないと、こんなはずでは・・・という結果になってしまうからです。

原発の問題を見ていてもその危険性を強く感じます。


女性が「男性の嘘」に敏感なのは、男性は「嘘」を論理で作り出しますが、女性は男性の論理には関心がなく、その表情とか雰囲気で判断するからです。

男性は(頭で考えた)「理想」を求め、女性は(感覚的な)「幸せ」を求めます。
(もちろんそうでない人もいますが、そういう傾向があるのではないかということです。)

男性が何時間もかけて「自分の正しさ」を論理的に証明しても、女性はそんなことには興味がありません。

女性が興味があるのはその結果「幸せになることが出来るのかどうか」だけです。

このように、能力も、求めるものも違うのですから、役割もまた違うのです。

***************

「男性は」「女性は」という決めつけ的な表現に違和感を感じた方もいらっしゃるかも知れませんが、実際には男性的な思考をする女性もいれば、女性的な思考をする人もいます。

時には、その両方をバランスよく使える人もいるでしょう。

でも、論点をはっきりとさせるためにざっくりとパターン化して表現しています。ご了承下さい。







Last updated  2014.11.26 14:15:55
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