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森の声さん

本当の幸ってなんだろう?

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2015.03.14
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昨日、ラッキーさんから

今日のお話を読んでいて、自分もまだ「精神的な自立」が出来ていないような気がしました。今は、専業主婦なので、経済的自立も出来ていません。こどもの自立についての話しなんですが、なぜか不安な気持ちになりました。精神的な自立の中には、自己肯定感や自我の目覚めなど、いろいろな要因が含まれるのでしょうか?

という質問を頂きました。

また、「自立」に関してぐりぐりさんが

たしかにこれが悪いわけではないけど、とっても苦しい生きかただったのは覚えています。生きるって苦しいんだなとか、幸せじゃない人がいたら自分は幸せを感じてはいけないとか思い込んでましたね。苦しい生きかたが限界になって、どうしようもなくなったので違う方向へ向かい始めました。

と書いて下さいました。

ぐりぐりさんは苦しみながら自立への道を見つけたようですが、ラッキーさんはまだ大きな勘違いの中にいるようです。

ただ、それはラッキーさんだけの勘違いではなく、現代人みんなが陥っている勘違いです。だから、みんな自立出来ないのです。

そして社会全体が幸せにならないのです。


色々な人がやるワークですが、二人組になって背中を合わせて床に座ります。
足は90度弱くらいに軽く曲げます。手は床に付かずだらんとします。

その状態で二人一緒に立ち上がるのです。

でも、背中を合わせて、足が前に出ているので、普通に立ち上がろうとしても、絶対にそのままでは立ち上がれません。

それで多くの人が頭を前に突き出し、重心を前に移動し、自分一人だけで立ち上がろうとします。

でも、それをしてしまうと背中が離れてしまいます。

そんな時、お互いに支え合うようにすると、スッと楽に立ち上げることが出来るのです。自分だけ立ち上がろうとするから、いくら頑張っても立ち上がれないのです。

その立ち上がった状態が、ちょうど「人」という字の形になります。

人は「支え合って生きる生き物」であり、「一人では生きることが出来ない生き物」なんです。

それなのに、自分一人で生きようとするから自立出来ないのです。

そこに現代人の勘違いがあります。

また、一人では人間らしさの全てが失われてしまいます。なぜなら、「人間らしさ」の全てが「人と人との関わり合いの中で生まれ、受け継がれるもの」だからです。

このワークで立てないのは「自分だけで立とうとする人」と、「相手に立たせてもらおうとする人」です。

逆に立つことが出来るのは、お互いが相手を立たせて上げようと支えてあげることが出来るペアです。

そしてこれが、「自立」の基本でもあるのです。

お互いに支え合っているわけですから、見かけ的には「お互いに依存している」ことになりますが、でも、これは「支え合うつながり」であって「依存」ではないのです。

人間だけでなく、全ての生命はこの「支え合うつながり」によってその生命が支えられています。「生命」とはそういうものなんです。

それを、否定的な意味で「依存」と考えてしまうから話がおかしくなってしまうのです。

ラッキーさんのように、「専業主婦はご主人に経済的に依存している」とか、「自立が出来ていない」と考える人がいっぱいいますが、その考え方は全くナンセンスです。

どうしてこんな変な考え方をする人が増えてしまったのでしょうか。


人間だけでなく全ての生き物はみな「役割」の中で生きています。

皇帝ペンギンはオスが子育てをして、メスが餌を捕りに行きます。オスは零下何十度の中でも、吹雪の中でも、子どもを守ってメスが餌を持って帰ってくるのを待って立ち続けます。

自分では餌を取りに行きません。

このような皇帝ペンギンのオスは自立が出来ていないのでしょうか。メスに依存しているのでしょうか。

アニメ的な発想ですが、皇帝ペンギンのメスは、人間の男とは違い、絶対に「私が喰わしてやっている」などとは思っていないと思います。

オスもまた、「私は自立が出来ていない」などと卑下してなんかいないはずです。

オスもメスもプライドを持って自分の役割を果たしているはずです。

子どもを守って吹雪の中に立ち続けているオスを見て、「依存している」などと感じる人は少しおかしいです。

一生懸命に子どもを守り育て、家庭を守っているお母さんを見て、「依存している」と感じる人は、経済的には自立出来ていても、精神的には自立出来ていない人です。

また、「自分は自立が出来ていない」と感じているお母さんもまた精神的な自立が出来ていません。

そもそも、男性がやっているような仕事の大部分は女性にも出来るのです。
でも、「子育て」は男性には出来ないか、非常に困難なんです。

お母さん達は、「お父さんには出来ない事」をやっているのです。だから仕事に出るのが困難なんです。

何もしないで養ってもらっているわけではないのです。

「威張る男性」や「卑下する女性」にはその自覚が足らないのです。


「自立している」と言うことは、「一人で生きている」ということではありません。
「ちゃんと自分の役割を果たしている」ということなんです。

会社員は会社からお金を恵んでもらっているわけではありません。

ちゃんと仕事をした当然の代価としてお金をもらっているのです。

何もしないのにお金をせびるのが「依存」です。

また会社では、1000万円の商談をまとめてきても、「これはオレが稼いだ金だからオレが使う」などということはあり得ませんよね。

それを「オレのもの」にしてしまったら横領であり、犯罪です。

会社員は会社の代表として仕事をしてお金を稼いでくるのですから、その稼いだお金は「オレのもの」ではなく、「会社のもの」なんです。

その会社からもらったお給料だけが「オレのもの」なんです。

ただし、これは一人暮らしをしている人だけの話です。

家族を持っている人の場合は、お給料も「オレの金」ではなく「自分の家族のお金」なんです。それは会社の商談をまとめてお金を稼いだ場合と同じです。

それが「自立した大人の考え方」です。

「オレが稼いできた金はオレのものだ」などと言うような男性は奥さんや家族に依存しているのです。だから、奥さんも家族も苦しくなるのです。

そのような男性は、子育てが一段落して奥さんが仕事に出るようになると、存在価値が消えます。


ペンギンの雌が捕った餌は、「私のもの」ではなく、「私たちのもの」なんです。だからオスは子育てに専念できるのです。

「オレが稼いだ金でお前達を養ってやっているんだ」などというようなバカなことを言うのは人間のオスだけです。

そんなバカなオスと同じ意識で自分を卑下するのは止めにしませんか。

また、自立している人は、助けが必要なときには素直に助けを求めることが出来ます。その時、見栄やプライドにこだわったり、恥ずかしいと感じるような人は精神的な自立が出来ていない人です。

だから、自立出来ていない人はどんどん苦しくなるのです。

また、自立出来ていない人が多い社会では「支え合うつながり」が生まれにくいのです。

助けたり、助けてもらったりすることで、人間は人間らしく生きることが出来るのです。






Last updated  2015.03.14 08:21:58
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