12449501 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

森へ行こう(心とからだと子育てと)

森へ行こう(心とからだと子育てと)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

頭ではわかるのに、… New! かめおか ゆみこさん

Comments

森の声@ Re[3]:「体験格差」(子どもの育ちに必要な体験について)(11/04) めげぞうさんへ >これからどうなって行…

Freepage List

Profile

森の声

森の声

2017.04.03
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
最初に告知です。
4月9日(日)から、一年間通しで月1回の「気質の講座」が始まります。
会場はJR茅ヶ崎駅隣のビルです。
時間と参加費は 10:00~12:00 2000円/回
です。
詳しいことはお問い合わせ下さい。
**********

3月31日に、大分の「こども園」に、刃物を持った男が乱入し、数人の児童にケガを負わせました。

犯人は32才の大人の男性ですから、「大人」による事件です。
だから、「大人って怖いから気をつけようね」で片付けることが出来るかも知れない事件です。

以下はネットの毎日新聞に書かれていた、その男性についての記事です。

大分県宇佐市の認定こども園「四日市こども園」に刃物を持った男が侵入し、小学生を含む3人がけがをした事件で、銃刀法違反容疑で逮捕された近くの射場(いば)健太容疑者(32)が「自暴自棄になってやった」という趣旨の供述をしていることが1日、捜査関係者への取材で分かった。園に侵入して刃物で切り付けるなどしたことは認めているという。

 また長く引きこもり状態にあったほか、近隣住民に攻撃的な発言を繰り返すなど精神的に不安定だったことも確認され、県警は動機や責任能力の有無などについて調べている。

 捜査関係者や近隣住民らによると、射場容疑者は小中高校時代にいじめに遭い、長年自宅で引きこもり状態だった。近所付き合いはほとんどなく、自宅から「俺の人生をメチャクチャにしやがって」などと怒鳴り声が頻繁に聞こえていた。

 外で遊ぶ子供や公園で草刈りをする作業員らに「うるさい」と怒鳴ることもあったほか、雨の日に傘を差さずに外でたたずむ姿も目撃されていた。親族が県の施設に相談したこともあったという。

 射場容疑者の両親は以前、食料品などを販売する店を経営していた。幼い頃の射場容疑者を知る男性は、両親の店を手伝う様子を覚えている。「10年以上会っていないが、おとなしく真面目な子供だった。こんな事件を起こすなんて信じられない」と驚いていた。


最近は、おかしな大人の男性による、このような事件が多く報道されているので、「我が子がこんな目に遭ったらどうしよう」という不安から、「知らない大人に近づいてはいけない」というしつけをしている人も多いのでしょうが、実際にはこのような事件に巻き込まれる子は滅多にいません。

それよりもむしろ、交通事故や、自殺や、イジメや、親からの虐待によって、心やからだに傷を負う子どもの方がはるかに多いのが現実です。

単に、そのような出来事は事件性も低く、日常的なので、大きな記事にならないだけです。

でも、「子どもの心やからだに大きな傷が残る」という点では同じなんです。

この事件を起こした男性も、小中高時代のイジメが原因で、心に大きな傷を負ってしまったようです。

その傷を親や周囲の大人が癒やすことが出来なかったので、このような事件に至ってしまったのでしょう。

ですから、この事件は「大人の事件」であると同時に「子どもの事件」でもあるのです。


そして、この男性が起こしたような事件はたまにしか起きませんが、この男性が受けたようなイジメは日常的に起きています。
でも、イジメを受けたからといって、みんながみんなこのような事件を起こす大人になるわけではありません。

親や仲間が積極的に関わることで、心が癒やされることも多いからです。

ただその時に、周囲の助けを得られずに、「心の傷」を癒やすことが出来ないまま大人になってしまった人は、子育ての場ではその傷がうずき、我が子を否定したり、虐待したりしてしまう可能性が高くなります。

否定された苦しみが癒えていない人は、自分自身も、他者も肯定できないからです。

子どもをぶたなくても、子どもの行動や言葉や気持ちを無視し、否定するだけで立派な虐待なんです。
お母さんがスマホから目を離さずに子どもと話しをするのも虐待なんです。
子どもをスマホ漬け、ゲーム漬けにしてしまうのも虐待です。

「子どもの育ちに必要なもの」を与えようとしていないからです。

そして、テレビで流れるような事件に会わなくても、親による「否定」や「虐待」は、子どもの心やからだに傷を負わせるという点では同じなんです。

確かに、親には子どもが被害者にならないように子どもを守る義務があります。
でも同時に、自分が我が子に対する加害者にならないように自分自身とちゃんと向き合っている必要もあるのです。
「ダメダメ」という子育てでは自分が加害者になってしまうのです。

第三者によって心に傷を受けた場合は、親に救いを求めることが出来ます。また、親がそれを癒やすことも出来ます。

子どもにとっては「親」こそが「最後の砦」だからです。
でも、その「最後の砦」に否定され、拒否されたら、子どもは、どうしようもなくなってしまうのです。

これは私の想像に過ぎませんが、この記事では学校時代のイジメが男性を「そのような事件を起こす大人」にしてしまった原因であるかのように書かれていますが、実際にはそれに「親からの否定」も加わっていたのではないかと思います。

確かに、親は親なりに一生懸命だったのでしょう。
それは色々なところに相談に行ったという事実からも分かります。
でも、「大人からの視点」だけで物事を解決しようとしていたのではないでしょうか。肝心の「子どもの心」や「子どもからの視点」が抜けていたのではないでしょうか。

そのような親の態度は、子どもにしてみたら「自分の心が否定されている」としか感じることが出来なかったはずです。


親が子どもの行動ばかり見て、「ああしなさい」、「こうしなさい」「早くしなさい」と指図するだけの人間関係しか築けていないと、子どもは親に何も言わなくなります。

「言っても無駄だ」と悟るからです。

この男性も、小中高といじめられて苦しかった時、親に向けて何らかのサインを出していたはずです。「学校に行きたくない」と言っていたかもしれません。

継続的に、「提出物を出さない」、「朝起きられない」、「土日もぐったりしている」、「学校や友達のことを話さない」、「精神的に不安定」、「食欲がない」、「声が小さい」、「目を合わそうとしない」などの状態はそのサインです。

でも、親が子どものその苦しみには気付かず、子どものその「苦しみのサイン」を「そんなことでどうするんだ」と否定し、一方的に子どもに「子どもらしさ」や、「子どもとしての義務」や、「大人の常識」を押しつけているだけだと、子どもは、親に対してすら救いを求めなくなります。

親に救いを求めることで、余計に傷ついてしまうからです。


そして一人で苦しむようになります。

そんな時、親と子の間に「何でも言い合える人間関係」が築けていたなら、親は子どもの苦しみにもっと早く気付くでしょうし、子どももまたお母さんやお父さんに肯定されることで、傷を癒やし、苦しみに耐えることも出来るでしょう。

子どもが何も言わなくても、「追い立てない」、「押しつけない」、「じっくりと見守る」という関わり方をするだけでも子どもは癒やされます。

でも、子どもがそのような状態だと親も不安を感じるので、子どもを追い立てることで自分の不安を消そうとしてしまうのです。

そして、「自分の不安」だけでなく、「親の不安」まで押しつけられた子どもはますます苦しくなります。

親は学校内のイジメに介入することが出来ません。子どもを守ることも出来ません。でも、家庭内で子どもを肯定し、追い立てず、寄り添い、子どもの言葉に耳を傾けることで、癒やすことは出来るのです。

そして子どもは、親に肯定されることで「自分の大切さ」を守り抜くことが出来るのです。
そして、虐待も、イジメも、こんな事件も起こさない人に育っていくのです。

でも、この事件を起こした男性は、学校でいじめられ、家庭でも否定されていたのでしょう。

また、この男性をいじめていた子どもたちもまた、「親によって否定され、追い立てられていた子どもたち」だったのではないかと思います。

親に否定されている子どもは、さらに弱い立場の他の子を否定することで、自分を肯定しようとする傾向があるからです。

ただ、そのような親の多くは、「親として当たり前のことをしている」と思っているだけで、「自分が子どもを否定している」とか、「それによって子どもが苦しんでいる」ということに対する認識がありません。

だから、何らかの事件になってから「知らなかった」「なんで言ってくれなかったんだ」などと言うのです。

子どもとしたら、聞こうとしてくれなかったから言えなかったのに、それもまた子どもの責任に押しつけようとするのです。

本当に子どもを守りたいのなら「知らない人に近づいてはダメ」と押しつけるのではなく、子どもの言葉に耳を傾け、子どもの意思を尊重し、子どもとの間に「何でも言い合える人間関係」を築いて下さい。

色々なことを一緒に体験し、一緒に笑って、一緒に泣いて下さい。

そのような人間関係が子どもを救うのです。
私は、これが子どもを「被害者」にも「加害者」にもしない子育てだと思っています。

子どもを「第三者による被害者」にしないために一番効果的な方法は、子どもを安全な部屋の中に閉じ込めてしまうことです。

でもそれをすると、今度は親が加害者になってしまいます。

実際にそこまでのことをする人はいませんが、それと似たようなことをやっている人はいっぱいいるのです。

「危ないから」といって子どもを色々な体験から遠ざけるのも、子どもを狭い部屋の中に閉じ込めるのと同じようなものだからです。


いま、我が子を虐待する親がどんどん増えてきていると聞きます。

それだけ、親に受け入れてもらえないまま大人になった人が多いのだと思います。

その状態から抜け出すためには、「子どもからも、また自分自身からも逃げない覚悟」を持つことが必要なのではないかと思います。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2017.04.03 13:05:56
コメント(7) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.
X