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フッカツするちから… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

2019.07.01
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沖縄、二日目です。今日の夜、茅ヶ崎に帰ります。
※※※※※※

「人の心は物語で出来ているんですよ」と言うと驚く人や、意味がわからないと言う人が非常に多いです。

そのような人は、「物語とは人が頭で空想して作ったもの」と思い込んでいるのでしょう。
でも、それは物語を人為的に作るようになった現代人の発想に過ぎません。

例えば、神話や昔話といったものは特定の誰かが人為的に作ったものではありません。
人の頭で考えて神様のことが分かるわけないからです。

そう言うものは全て、創り手不詳です。
鬼ごっこなどの遊びや、わらべ唄と一緒です。

そういうものは「作った」のではなく、自然に生まれて来たのです。
意識的に人間の頭が作り出したのではなく、どこからか別の世界から「そうとしか思えない」という形で、突然、物語全体が人の頭の中にやってきたのです。

それは何かが発明、発見される瞬間と似ています。論理的に考えて結論を出したのではなく、ある瞬間に突然降りてくるのです。
しかも、部分から少しずつ降りてくるのではなく、いきなり全体が、まるごと降りてくるのです。

その「別の世界」を昔の人は「ものが住む世界」と考えました。「もの」の字は「鬼」と書きます。「鬼」と書いて「もの」と読んでいたようです。
それがいわゆる「もののけ」の世界です。

その「もの」が語る話が「ものがたり」だったのです。
その世界に詳しい人が「ものしり」で、その世界を怖がらない人が「ものおじしない人」です。

ただ、現代人的な解釈をすれば、それは「無意識」と呼ばれる世界なのではないかと思います。
「もののけ」とか、「魑魅魍魎」と呼ばれるものは、実は自分の無意識の世界の中に住んでいるのです。(その、無意識の世界は、自然や宇宙とも、過去や未来とも繋がっています。)

人は色々なことを突然思いつきますが、でも、意識の世界では突然ですが、無意識の世界では思考は継続しているのです。

だから、突然思いついたのにも関わらず、ちゃんとまとまりが取れているのです。
それに対して、頭で考えたものの方がまとまりがありません。無意識は「全体」を扱えますが、意識は「部分」しか扱えないからです。

その無意識の世界が「物語」で出来ているのです。そして人は、その物語に合わせて、感じたり、考えたり、行動したりしているのです。

「その人らしさ」を決めているのも、その人の無意識の世界にある「物語」です。

人は色々なものを見聞きし、体験し、記憶します。
その記憶にはデジカメの写真のように時間と場所のタグがついています。
でも、脳の中に取り込まれるときには、その客観的な時間と場所のタグに従って整理されるわけではありません。
自分の無意識の世界を支配している物語の原理に合わせて記憶が再構成されるのです。

自分の気持ちを納得させるために、記憶の時間と場所だけでなく、記憶の内容まで簡単に書き換えてしまうのです。
だから、同じ体験をしても、みな、異なったものを見て、異なった言葉を聞くのです。
いわゆる「藪の中」的な現象が起きるのです。






Last updated  2019.07.01 08:19:57
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