7712040 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

森へ行こう(心とからだと子育てと)

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

「世界の果て」の砂浜 New! かめおか ゆみこさん

Comments

森の声@ Re[1]:「子どもとの遊び方」(一人遊び)(11/23) のこのさんへ お子さんは憂鬱質か多血質…

Freepage List

Profile


森の声

2019.07.16
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
以前も書いたように、人の心は「物語」で出来ています。

脳にはたくさんの情報が記録されていますが、そのデータをどのように管理しているのかというと、データを物語化して、その物語とつなげることで管理しているのです。

それは、効率的な暗記方法で使う方法と同じです。

テレビなどで「こうすれば暗記力がアップする」という番組を見ていると、「暗記するものを一つの物語の中でつなげていくと覚えやすいですよ」と言っていますが、それがまさしく人間が物事を記憶する方法でもあるのです。

例えば、「お母さん」「ぺん」「料理」の写真を見せられて、「それらをその順序で覚えなさい」と言われたら、「お母さんがペンを持って、今日の夕食の買い物のリストを書いた」などというように物語化すると覚えやすくなります。

これは意識的に物語を作っているのですが、脳はいつもこのように自分が体験したことを自分の心の中の物語に合わせて理解し、物語の中に組み込むことで覚えているのです。

そして、自分の物語に合わないものはスルーします。物語に欠けている部分があると、勝手に記憶を捏造します。本来はそういう意味のものではなくても、自分の物語に合わせて解釈してしまいます。

「それはダメだよ」という言葉を、ある人は「親切に教えてくれた」と解釈し、別の人は「非難、否定された」と解釈します。

人は、相手の言葉を相手の意図に沿って理解するのではなく、自分の心の中の物語に合わせて理解しようとするのです。

それが人の心の癖なんです。しかもそれは無意識的なものです。だからやっかいなんです。

この心の中の物語の大きな流れを作っているのが、自分の感情です。

人は頭で理解し、頭で考えて生活しているのではなく、感情に合わせて理解し、感情に合わせて考え、感情に合わせて行動しているのです。

そして、その感情の基礎が作られるのが幼児期です。

だからこそ、幼児期における「感情育て」がものすごく重要になる訳です。

幼児期の子を知的な訓練ばかりに追い立てて、感情育てをおろそかにしてしまうと、学校に入ってからどんなに成績がよい子に育っても、自分の人生を「自分のもの」として生きることが困難になってしまうのです。

では、子どもの感情はどのように育てたらいいのかということですが、そこで重要になるのが「感覚に働きかける」ということなんです。

幼児期の感情は様々な感覚体験によって作られているからです。

大人になると「自分の感情」がある程度固定されてしまうので、感覚に働きかけようとしても、自分の感情に合わない感覚は拒否されてしまいますが、幼児期の子どもの感情はまだ柔らかいので、感覚の働きに素直に反応するのです。そして、その感覚体験によって感情が作られて行くのです。

7才を過ぎると、感情が落ち着いてきて「自分らしさ」の基礎ができはじめます。
すると自分の感情に合った感覚は受け入れても、合わない感覚は拒否するようになります。そのため、そこから感情の幅を大きく広げるのは難しくなります。
(それでも大人の感情に比べたら、思春期前の子どもの感情はズーッと柔らかいです。)

で、色々な子どもを見ていて感じることなんですが、幼児期に見聞きし、体験したことに対しては、7才を過ぎても違和感なく受け入れるのに、7才を過ぎてから新しく見たり、体験することに対しては、ちょっと壁があるのです。

「受け入れるか」「受け入れないか」の判断を必要とするようになるのです。

例えば、私の幼児教室では時々「劇遊び」をしています。変身ごっこなどもよくやっています。表現遊びはしょっちゅうやっています。

そういう体験をした子が小学生に入ると、自意識も強くなるので幼児期のように素直にはそういう遊びに参加者してくれなくなりますが、それでも、強い違和感を感じたりはしません。そういう遊びをしている子を見てもバカになどしません。「変だ」とか「気持ち悪い」などとは言いません。

でも、全くそういう体験がないまま小学生になった子は、そういう活動を見ると強い違和感を感じるようです。そして否定的な言葉を言います。

幼児期に造形的な活動を見聞きして育った子は、小学校に入ってからも造形的な活動に興味を感じるようになります。自分がやらなくてお母さんがやっているのを見ていただけの子も、造形が好きになるのです。

幼い子どもは、肌の色が違っていても、障害を持っていても一緒に遊べればそんなこと気にしません。最初はビックリしてもビックリだけで違和感にはつながらないのです。

で、幼児期に色々な肌の色の子や障害を持った子と仲良く遊んで育った子は、成長してからも、そういう人たちに違和感を感じません。そういう感覚が育ったからです。

最近はお年寄りを見て「気持ちが悪い」と言う子もいるそうです。
そういう子は、幼児期にお年寄りとの肯定的な関わり合いが乏しかったのでしょう。

私は、「子どもは7才までの感覚体験を通して感覚的な世界での母国語を育てている」と言っています。

赤ちゃんが母国語を学ぶときには、なんの判断も通さず、無条件に何でも受け入れています。空っぽな状態の中に最初に書き込まれる言葉が母国語なんです。

それに対して、第二外国語を覚えるときは、その母国語によって解釈しながら覚えて行きます。ですから、母国語にない概念は理解出来ません。

それと同じことが感覚や感情の育ちにおいても起きているのです。

だから人生最初の感覚体験を肯定的なものにしてあげる必要があるのです。
人生最初の感覚体験が肯定的なものなら、自分の感情に対しても肯定的になる可能性が高くなるからです。

そこで重要になるのが「耳の育ち」なんです。


もちろん、視覚的、嗅覚的、触覚的、味覚的な感覚の育ちも大切ですが、人間の人間らしさと一番つながりが強いのが「耳の働き」だからです。

でも、「耳の働き」は同時に視覚的、嗅覚的、触覚的、味覚的な働きともつながっています。
ギュッとされながら「大好きだよ」と言われた言葉と、触れ合うことも、目を合わせることもなく「大好きだよ」と言われた言葉とでは、感情に対する働きかけ方が全く違うからです。






Last updated  2019.07.17 09:59:53
コメント(4) | コメントを書く

Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.