森へ行こう(心とからだと子育てと)

2019/11/09(土)15:42

「大人になりきれない大人が増えています」

最近、「社会人」としては問題がなくても「親」としては問題がある人が増えて来ているような気がします。 1才の我が子をエアーガンで撃って遊んで、結局は死に至らしめてしまったというニュースをテレビで見ましたが、やることが実に幼いのです。 最近は「趣味はゲーム」という大人も増えて来ましたが、精神性が子どものまま大人になってしまっている人が実に多いような気がするのです。 (子どもも大人も、〝ゲームも好き〟というのならいいのですが、〝ゲームにしか興味がない〟というのは問題です。) 幼児性が抜けないまま小学生、中学生、高校生になっている子も増えて来ています。 というかその延長に今の大人の状態があるのですから、それは当然のことなのでしょう。 「バイトテロ」などをする若者も同じです。 犯罪を犯しているところを自撮りしてSNSにアップしたり、仲間をいじめているところを動画で撮ってアップしたり、死んでしまうような危険を冒しながら自撮りをして、結局死んでしまう子も結構います。 やることが実に幼いのです。 昨日も書いたように昔の若者は反社会的な行動をすることが多かったですが、今の若者は「反」ではなく「非」社会的な行動をします。つまり、「社会」というもの自体に対する理解が足らないのです。 そのような子どもたちは指示や命令があれば行動できるのですが、自分の頭で考えて行動しなければならないような場面では途方に暮れてしまうのです。 自分で目的を見つけて、計画的に考えて、自分の責任で行動するということがなかなか出来ないのです。 確かに昔から困った子どもや困った大人はいっぱいいました。 幼児虐待だって昔からいっぱいありました。 イジメだって昔からありました。(学級崩壊はありませんでしたけど・・・) だから「昔の子や大人の方が素晴らしかった」などと言うつもりは全くありませんが、でも、最近の問題行動をするような子や大人の特徴はとにかく「幼い」のです。 「悪い考えを持った悪い子だから問題行動をする」のではなく、幼さ故に自分が何をしているのか分からないまま欲求に従って行動してしまうのです。 学級崩壊はその表れのような気がします。 私が子どもの頃は「悪いことをする子」は、(変な言い方ですが)ちゃんと問題児でした。成長して「ヤクザ」になった子もいました。 でも、今では、一対一で話をしていると普通のいい子なんですが、悪意もなく普通の感覚で困ったことをしてしまう子が多いのです。 万引きも、仲間イジメも、教員イジメも「遊び」に過ぎないのです。 教員による生徒イジメも同じです。 相手が苦しんでいるのに悪意がないのです。だから、いじめられてしまった子が死んでしまっても「なんで?」という感覚しか持てないのです。 また、周囲が困っていてもその事に気付きません。指摘されても「わざとじゃないから、自分のせいじゃない」などと言います。 また、失敗すると誰かのせいにします。 「嫉み(ねたみ)」の感情も強く、「ずるい」などということもすぐに言います。 平等にしても「ずるい」と言うし、平等にしなくても「ずるい」と言うのです。 とにかく、自分が一番でなければ「ずるい」と言うのです。 昔から、兄弟の間ではこういうことは良くありますが、今では、結構普通にみんなこんな感覚なんです。(ネットのコメントを見てみると、この感覚に溢れています。) 「仕付け」と称して、子どもを裸でベランダに立たせたり、食事を与えなかったり、ぶったり叩いたりしても、「それは子どもが悪いからであって自分のせいではない」と平気で言います。 それでいて、自分の子がレストランで騒いでいるような時に他の人に注意されると、「私の子育てに干渉するな」と怒ったりします。 他の人に我が子が叱られると、普段自分はそれ以上のことを言い、それ以上のことをやっているのに、「子どものやることなのに」などと食ってかかってきたりします。 昔の子が他の子に暴力を振るう場合は、そこに何らかの原因や目的がありました。大人が困ったことをする場合にも、そこには何らかの原因や目的がありました。 でも最近は、単に「気に入らないから」とか「自分がやりたいから」という理由だけで平気で周囲が困ることをしてしまう人が多いのです。 そして、この自己中心的感性こそが幼児性の表れでもあるのです。 このような子どもや大人でも、指示や命令を与えられればそれなりに行動することは出来ます。だから、学校生活や社会生活も普通に営むことも出来ます。 でも、指示や命令がなく、自分で考え、自分で感じ、自分で判断して行動しなければならないような場では気分だけで行動してしまうのです。 今、政治家も幼児化しています。 教師も幼児化しています。 親も、親でない人も幼児化しています。 もちろんそうでない人もいっぱいいますが、そういう人がどんどん増えて来ているような気がしてしょうがないのです。 英語の受験問題のアタフタ、オリンピックの問題のアタフタなどを見ていても「大人のやること」とは思えません。 この流れを何とかしないと、大変なことになります。 大人になりきれていない親に育てられている子どもも苦しいですが、自分で判断できず、どうしていいのか皆目分からない状態で子育てしている親もまた苦しいのです。 大人になってからでも遅くはありません。大人になりましょう。

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