「あれもEこれもE加曽利E式土器ー総括編」と加曽利貝塚令和6年度発掘調査現地説明会 加曽利貝塚博物館
2024/11/30加曽利貝塚発掘調査説明会へ行ってきました。↓昨年の様子はこちら加曽利貝塚令和5年度発掘調査現地説明会昨年度発掘したところの北側の長辺をさらに深く掘って、後期の柱穴があったところよりも下に中期のものがあるかどうかなど確認したそう。竪穴住居跡や、小竪穴などが確認されて、遺物集中地点からは土器片などが出てきた。黒色土、暗褐色土、黄褐色土、写真ではわからないけど、実際に見ると色が違う。昨年は入れなかった住穴跡の上を歩いて説明を聞いたのだけど、縄文時代の地面に立ってるのか、と思ってしまった。でも、地表からたった30センチ下なんだよね。縄文は割と近い。↓加曽利貝塚博物館のHPより令和6年度加曽利貝塚発掘調査日誌説明会の後は博物館で「あれもEこれもE」を!今回は総括編。001 中峠6次1住型 中峠遺跡(松戸市)005 中峠0地点型 長塚遺跡(千葉市)006 加曽利EⅠ式 荒屋敷貝塚(千葉市)007 加曽利EⅠ式 大松遺跡(柏市)えっと、書いててよくわかんないですw説明のまま書いてます。左下:加曽利EⅠ式 高根木戸遺跡(船橋市)右下:加曽利EⅡ式 芋ノ谷東遺跡(千葉市)左下:加曽利EⅡ式 加曽利貝塚(千葉市)右下:加曽利EⅡ式 加曽利貝塚(千葉市)この二つは加曽利貝塚出土のもの。加曽利of加曽利!左下:加曽利EⅠ式(大木8a式) 養安寺遺跡(東金市・大網白里市)中下:加曽利EⅠ式(大木8a式) 養安寺遺跡(東金市・大網白里市)右下:加曽利EⅡ式(意匠充填) 川焼台遺跡(市原市)相変わらず土器がいっぱい!そして毎回、なんかわかった気になるけど、わからないw典型的な加曽利E式ならわかるようになった…気はする。けどⅢとかⅣとか意匠充填とか言われちゃうともう何が何やら。そして常設展示。改めて、加曽利貝塚を知る。<北貝塚>縄文時代中期〜中期後半から貝層が形成され、後期前半以降に環状になった。直径は約140m、貝層幅は約25m、高さ2m。北貝塚から出土した遺物たち。<南貝塚>縄文時代後期〜後期前半から貝層が形成され、後期後半頃に最も盛んに貝層が形成される。長径約190mの馬蹄形で、中心部は窪地になっている。貝層の最高点との高低差は約3m。南貝塚から出土した遺物たち。やっぱり実際にここで出土したものが見れるのってすごいなぁと思う。そして、中期のハマグリは小さいけど、後期のハマグリは大きい。これは採れるだけ採っていたら数が減り、これじゃやばいと思った縄文人がある程度の大きさに育った貝だけ採るようにした結果、らしい。かそりえでは今回の発掘調査で出土した遺物が展示されていた。ここでスタッフの方とお話もできました。中期の住穴と後期の柱穴では大きさが違うのはなぜなのか?とか。博物館内のパネルで、加曽利E・Bが発掘された地点のことが解説されていて、今後そこを最調査する予定なんてあるんですか?なんて軽い気持ちで聞いたのだけど、なかなか難しいようです。なにせ100年前なので、今のようにきっちり区切って掘ってるわけではないし、あとは優先度。加曽利貝塚は広いですからね。最後に、南貝塚の窪地の真ん中に立って、ぐるっと見回してきました。加曽利貝塚 南貝塚 YouTube説明会で、発掘は遺跡を破壊する行為でもあると言っていました。むやみやたらに掘るのではなくて、必要最小限に留めることも大事なんだろうな。