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彼女からの手紙は、月に2度、多いときで3度来た
初めてその事に気がついたのは、1年半前 俺はまあ、それなりに売れている俳優だ 大して大きな話題がない時期でも 定期的にマネージャがまとめて運んで来るファンレターの数は、そこそこダンボールいっぱい デビューしたての頃は、1通2通ともらうファンレターが嬉しかったが 役者になって10年もたってしまえば、ファンの書き連ねるありきたりの文章に 感謝こそすれ、そこそこ飽きが来てさほど気をいれて読むことはない 1通1通目を通すことだけは怠っていなかったが、正直記憶に残るものは稀だ だから俺が、彼女の手紙に気がついたときも、 正直いつから彼女が手紙を送ってきてくれていたのか、見当つかなかった その日は撮影で不覚にも腰を痛めた マネージャの車でやっとの思いで帰宅したが しばらくは動き回れない絶対安静と医者に命じられた それから数日間の腰の痛みは尋常じゃなく 俺は寝ても起きてもいられないほどに痛みに苦しめられた そんなわけで、俺はいらいらする気分を紛らわせようと部屋を見渡した 目にとまったのは、部屋の片隅の数個のダンボール ロケやらなにやらで数ヶ月ためていたファンからの手紙の詰まったダンボール 何時から見てなかったっけ? 俺は、沢山のクッションと毛布をひきづってダンボールのそばへ なんとか体を落ち着かせ、そして、ファンからの手紙を読み始めた こういう気分が落ち込んだときに、ファンからの手紙は良いものだ 俺を愛し好いてくれているファンからの応援の言葉は、俺のめいった気分をかなりなごませてくれる そう、見慣れたありきたりの文面ばかりとはいえ、どれも俺への励ましと愛情がこもっている その中に、彼女からの手紙があった 文面を読むうち、この子は以前にも何回か送ってくれていたなと気がついた 丁寧な文体、きめ細かく心を砕いた文章、俺のさまざまな出演作品の感想が 何枚もの便箋にびっしり書き込まれている それは、小さなTVのインタビューから、ドラマ、映画、CM、バラエティショーの出演、宣伝ポスターに至るまで 微に入り細に入り、俺の仕事を網羅していた へぇ、こんな小さな雑誌のインタビュー記事まで、チェックしているんだ・・・ 彼女の文章には愛が溢れていた もちろん、熱烈なファンは少なくない こういう手紙は過去にも沢山貰っている だか、彼女が他のファンとすこし違うなと俺に感じさせたのは、 俺の演技へのこだわりだった 脚本の解釈にまで、彼女の評価は及んでいた、批評家も顔負けの知識と分析力 俺への批判もあったが、どれも俺を不快にさせない巧みな文章 いつしか彼女の文章に引き込まれ、彼女の評価にうなずき、彼女誉め言葉に浮かれ、彼女の批判に唇を噛んだ 彼女の文章の一つ一つに一喜一憂している自分を発見した それからの数日間で、おれは溜まっていたファンからの手紙を一気に読んだ ダンボール5箱分はゆうにあったか その中に彼女からの手紙は15通入っていた 今回の不測の事態によって生まれた休暇は ある意味、自分の仕事をゆっくり考え直すいいきっかけになった 数日後、腰の痛みがそこそこになったところで、 痛み止めを打ちながらのロケ再会になったときでも 俺は仕事の途中でふと彼女の手紙のことを思い出した この作品、彼女はどう見てくれるかな、早く見て欲しいな・・・ そんなことまで思っていた それ以降、俺はマネージャが運んでくるファンレターをいちいちチェックするようになった 俺の同居人で恋人の相棒は、なんだか恋人からの手紙を待ってるみたいだねなんて すこし焼いたような口調で言って俺をからかったが 確かに、俺はいつしか彼女の手紙を待っていた あれからずっと、いやきっとそのしばらく前からだろう、正確には何時からかわからないが、 律儀な彼女は、2週間か3週間に1度、きちんと手紙を送って来てくれていた ほとんど全部が俺の仕事のフォローだ、 雑誌の小さな写真での髪型や服装まで、彼女の評価は及んだ マネージャよりも厳しく、しかし愛に満ちていた 俺は彼女に誉められると、小さくやったと思うようになっていた あるとき、その彼女からの手紙が突然来なくなった およそ2年続いた手紙が、ぱったり来なくなったのだ 1ヶ月が過ぎ、2ヶ月が過ぎたところで、俺は彼女が心変わりしたのかと思い その存在を忘れることにした 仕事をして、しばらくすると貰える彼女からの批評を楽しみにしていた俺には 彼女からの手紙がない生活はすこし物足りなかった しかし、スケジュールががんじがらめで、忙しさにかまけて 彼女の存在すら、いつしか忘却の箱に閉じ込めていた そう、3ヶ月後、彼女から1通の手紙を受け取るまでは・・・ かつては、毎回、分厚い封書を送りつけてきていた彼女っだったが 今回の手紙はたった1枚の便箋 数行だけミミズの這ったような文字がかかれていた 最近のあなたの仕事を見ることが出来なくてとても残念です ごめんなさい、私は持病が悪化して入院してます おそらく私が書ける手紙はこれが最後です いつまでも応援しています お体を大切に さようなら 俺は、立ち尽くした かつて一度も、彼女へは返事を書いたことがない 彼女へは仕事を通して返礼をしているつもりだった、彼女もそれをわかってくれていると思っていた そもそも彼女は一度も住所を書いてきたことはなく、いつも裏書は名前だけだった この名前すら本名とは限らない だが、俺は、封書の消印をたよりにマネージャに近辺に大きな病院の入院患者を当たってもらった そして意外にもあっさりと、数件目の病院で彼女の名前が見つかった 彼女が本名で送ってくれいたのが幸いだった 俺はその夜、面会時間修了間際に病院に飛び込んだ すでに彼女は面会謝絶状態になっていたが 付き添っていた家族が、俺の姿に驚き、そしてすぐ医師に相談した 俺は滅菌服を羽織って、病室に案内された 俺は元気だった頃のこの彼女を知らない だがベッドに横たわる彼女は、痩せてやつれて見えた どこにでも居そうな平凡な女性 だがなぜか、姉や妹に感じるような懐かしさを覚えた 俺はしばらく、おそらく10分ぐらい、 うとうとと眠る彼女を眺めた その間、彼女からのいろいろな手紙を思い出していた ある時期、彼女の手紙に批判の文字が溢れた 人気がうなぎのぼりになり、女性誌の人気投票で3位にランキングされた時期 マスコミにも追いまわされ、すべてにうんざりしている時だった おれは忙しさに溺れ、疲労がかなさり、いつしか惰性で仕事をしていた 仕事そのものに、新鮮味を感じなくなっていた あなたは、こんなレベルにとどまるべき人ではない この一言は俺の脳天を直撃した 俺は冷水を浴びた気分だった これまで、あれだけ俺の演技を誉めてくれていた彼女の文書が 悲しみに満ちていた、俺も読んで泣きたくなった 彼女からの手紙の中身が、以前のような愛情と好意に変わるまで、それからさらに半年を必要とした 俺は結果を出した 彼女の批判のおかげで、俺は足場を見失わなくて済んだ 俺は、以前にもまして自信をもって自分の仕事に取り組めるようになっていた そう、そしてまもなく彼女からの手紙がぱったりこなくなった・・・ 『うそ・・』 かすれた、小さなつぶやきだった 気がつくと、彼女の目に大粒の涙が溜まっていた いつ気がついたのか、じっと動かず、俺を見つめていた 『・・・ゆ・・・め?』 かすかな、ため息とともにふたたび彼女はつぶやいた 俺は、大きな声を出さないために彼女にすこし顔を近づけた 『たぶん、ゆめじゃないと思うよ』 俺は、しずかに囁いた 『岩城さん・・・私・・・』 彼女の眼から大粒の涙が溢れる 『岩城さん・・・本物?』 俺は、彼女の力の抜けた手をとって、そっと握り締めた 『ああ、本物』 『手紙・・・?』 『ずっと、読んでたよ』 『うそ・・・うそ・・・』 『うそだったら、ここにきてるわけないだろう』 彼女が、わずかに力なく微笑んだ その顔は青白く透き通っていてたが、頬がかすかに紅潮した 握る手に、少しだけ力をいれて握り返して来た 『い・・いままで・・ありがとう・・・』 『それは、俺のセリフだよ、ずっと支えてくれて、本当にありがとう』 彼女はかすかにうなずいた しばらく彼女は無言で、俺の手を必死に握っていた 何か言いたいのか、何も言いたくないのか、その表情からはわからなかった ただ彼女は、俺を見つめ、手を握っていた やがて後ろで、付き添いの医師の咳払いが聞こえた 俺は、そっと立ち上がった 『また手紙くれる?待ってるよ』 『う・ん・・・岩城さ・・ん・・・ずっと応援・・・し・て・る・か・ら・・・』 『ありがとう、俺も君を応援するから、病気に負けるな、きっとまた来るから』 『う・ん・・・』 彼女は、わずかにうなずいたように見えた そして、そのまま眼を閉じ、眠ったようだった 病院を後にして5時間後、 俺は早朝のロケ現場へ向かうマネージャの車の中だった、 携帯に1本の電話がかっかって来た 彼女の他界を知らせる電話だった 俺は泣いた、心の中ですすり泣いた、 俺はかけがえのない大切なものをひとつ、永遠に失ってしまった それでも、俺は仕事に向かった 葬儀の後、彼女の家族から送られてきた何冊もの分厚いノート そこにはびっしりと彼女の俺・岩城観察日記がつづられていた ばか岩城、どっち向いて答えてんだよ、しっかりマイクに向かってインタビューア見ろよ こら、そんなにカッコイイ服着て、素適じゃないか、いい色だよそのシャツ、そのジャケットも凄く良く体の線を強調してる、セクシーだねぇ~最高だよ、いけてるよ、岩城 ばか、どこをどうしたら、そんなしらけた言い方ができるのさ、ここは心をこめて一発決める場面だろ クールにかこつけて醒めすぎなんだよ・・・ そこには、 ファンレターには決して見られなかった、歯に衣着せぬ本音の彼女の走り書きが踊っていた ぞんざいな言葉や罵声も沢山書き込まれていたが、それでも、すべてに愛が溢れていた 俺はあるページを目に留めた 岩城さん、それそれ、ステキ、最高の笑顔よ、いままで見た中で最高に素適、岩城さん、大好き! 俺は目が曇って、そこから先は読めなくなった ノートを閉じ、かばんを開けて、そっと台本のとなりにそれを収めた 忘れないよ、君のこと・・・ END え~春抱き5を聞いていて、急に思いついて書きました(汗) 恥ずかしい~~~ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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