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「故郷の香り」(暖/NUAN)
監督:フォ・ジュンチィ 原作:モォ・イエン「白い犬とブランコ」NHK出版 脚本:チウ・シー 出演: ジンハー(井河):グォ・シャオドン(森川智之) ヌアン(暖):リー・ジア(藤原美央子) ヤーバ:香川照之(本人) ツアオ(曹)先生:グォ・ズーシン(小山武宏)他 (2003年中国、2005/1日本公開、2005/10/28DVD発売) 北京の役所に勤めるジンハーは、恩師である曹先生の事業のもめ事を解決するため、10年ぶりに山あいの村へ帰郷した。目的を果たし、すぐ北京の妻子の元へ帰ろうとしたジンハーは、村の橋の上で柴を担ぎ汗と泥に汚れた女とすれ違う。まるで別人のような姿であったが、その強いまなざしは間違いなくジンハーが青春の日々を捧げた初恋の人、ヌアン(暖)だった。次々と心に蘇るヌアンとの懐かしくもせつない思い出の数々。そしてヌアンの家を訪ねたジンハーは、町に嫁いだとばかり思っていた彼女の予想もしなかった”今”を知る・・・(DVD裏の箱書きより) 観たのは勿論吹き替え版。 すこし見比べたが、画面に収める関係からか直接的な表現が多い字幕版に比べ、吹き替え版の日本語は趣がことなり素晴らしかった。そこはかとない人の心の機微が、ある時はゆったり流れる川の水のように、ある時はしとしとと降る雨の滴のように心に染みた。そんな演出のドラマに仕上がっている。 撮影は山西省の田舎の農村。限りなく美しい自然の山野と、質素で地味な農村の人々の生活が、美しく気品のある音楽を背景に山水画のように描かれいる。カメラワーク、構図、色彩、それをさらに演出する美しい音楽とすべて秀逸。淡々とした主人公のせつない語りが全編を彩り、彼が切々と語る過去のさまざまな出来事の記憶が、あやとりの糸がほぐれるように時間の空白を埋め、そして同じく切々とした語り口での現在の彼の気持ちとが、だんだんとつながってゆき、そして静かに、しかし確実に、胸に染み得も言われぬラストへと突き進む。 人間が生きていくのに必要な人の繋がりという部分で、いろいろと考えさせる複雑な感動が押し寄せて来て、しばらくTV画面をメニューの静かなBGMのままにして呆然としているしかなかった。涙が頬を伝わる理由も、ただ悲しいとか、ただ可哀相とかという単純なものではなく、一つの言葉では表現が難しい、人生という織物の柄に象徴される人と人との感情の複雑な絡み合いの美しさに感動して涙する、そんな感覚であった。うーん、説明がむずかしいので、後は観た方にご自分で判断していただくしかない。とにかく、泣けます。特に女性には、思いがいろいろ込み上がってくるかもしれない、そんな気がする。男の人にはまた別の感情が沸いているかもしれないなと思う。 本作、森川さんのモノローグでお話が進む。その静かで、甘くて、せつない語り口は、とてもとても深く胸に染み渡る。たぶん、森川さんこの日は軽い鼻炎で鼻声、風邪ぎみだったのかもしれないが、その分物憂げなまったりとした部分も含めて、なんとも言えない柔らかい語り口になっている。声の高さはコンラッドのそれ、丁寧で真摯な語りには主人公の込める思い出への感情がよく伝わって来る。本編のジンハーはモノローグよりすこし軽めでたどたどしく喋る。ヌアンにぼそぼそと語りかけるジンハー青年は、平凡で誠実だけが取り柄の控えめな貧乏農家の次男。村の娘の中では器量が良く頭も良く芸能にも才能を示す活発なヌアンは幼なじみ。ジンハーはそんな彼女に強く惹かれているが、ぼやぼやしているうちに、村にやってきた京劇の花形男優にヌアンの心を持って行かれてしまう。そんな二人の様子にじっと耐えながらも、彼女のためを思い勉強し、やがて念願が叶って大学に合格。北京へ行くことになる。一方おなじくヌアンに一途な思いを寄せる青年がもう一人村に居た。ヤーバという聾唖でガチョウを追って暮らす貧農の青年で、この粗忽で野生児のようなヤーバを日本人の香川が熱演している。言葉が話せず態度もがさつなため最初はヌアンから毛嫌いされていたが、10年後にジンハーが再び村を訪れたときには、そのヤーバがヌアンの夫となっており、7歳の娘と3人で慎ましい家庭を築いている。一方ジンハーも、北京でささやかな家庭を持ち、男児が生まれて1ヶ月が過ぎたところであった。ジンハーはヌアンに偶然にも再会してしまったため心が大きく動揺する。昔の初恋時代のときめきとその後に別々の人生を歩むうちに至った苦しくせつない経緯を思い出しながら、心を痛め、未練から彼は北京に帰るのを1日延期してヌアンの家を訪ねる。ジンハーとヤーバ、そして何よりヌアンの心は穏やかでは居られないはずなのに、相手を思いやって控えめな行動する彼らの奥ゆかしさが歯がゆくもあり悲しくもある。そんな彼らにやきもきはらはらしながらも、あまり強い負の印象を与えない演出、美しい物語である。設定はそれほど昔という訳でもないということが折り畳みのジャンプ傘で示されるが、それでも中国の田舎の貧乏な農家の女性には、自由があまりない境遇であることが判る。飛び抜けた才能か強い運でもないかぎり、大半の女性は素直に運命に従って生きるしかない、そんなヌアンの境遇と心を思うと、自分の置かれている環境との大きな違いに愕然とする。しかし、そんな生活の中にあっても、静かな幸せがあるんだと実感できる、そんな心に染みるお話である。 ヌアンを演じた藤原さんの演技がまたとても自然で素晴らしく、森川さんのジンハーのセリフのリズムとよく馴染んで画面にシンクロしている。この作品は藤原さんと森川さんの二人の会話が全てなので、この二人の絶妙な揺れ動く心の演技が、かなり難しいはずの中国語のリズムをも難なくクリアして、画面の中の役者さんの、微妙な心の動きや表情での感情のやりとりにも素晴らしくフィットしていて、さらに胸がせつなくなった。 こういうアジア映画が大好きになったかもしれない、そんな瞬間であった。 好みの問題があるかもしれないが、私はこれは5つ星。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.11.01 07:59:23
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