アサイチの風景は、アッというまに一変し、この影響、どう出るか?
雪が舞っている。ゆっくり落ちて来る。選挙の日。京都は今のところ投票箱までの道のりになんの心配もいらない。・うユつメつ夢を彩る風景は思い出とも連鎖している。・四角に「よつかど」と呼んでいた駄菓子屋さんがあって、10円握ってよく出かけた。グライダーとか凧、魚獲りの網なんかも売っていた。隣には玄関タイルの隙間から生えるイロハ紅葉があって。散髪屋さん自転車屋さん、ちょっと行くとお墓の向こうに八百屋さんに肉屋さんがあった。子供地図をたどる・・・小川が流れ鬱蒼としたお屋敷があり、秋田犬が2匹門の横に居た。記憶クルクル回ってみる。とーじの町並み。東北側には大きな料理旅館があって「神様」って呼ばれていた人が悠々キャデラックでやって来ていた。「ニゴウサン」のところ。当時意味は分からずで。あっちにもこっちにも、そんな家があって。とある通りは「オメカケサンドーリ」とも呼ばれていた。やっとダイハツミゼットが近所の酒屋さんの前を走り始めたころの話で。近所の並びには「カフェ」からパン屋さんに代替わりした店が有り、5円のお煎餅、メロンパン、チョコレートなどを売っていて、店の前、藤棚の下には床几が置かれ、その上には将棋盤が有り老人たちがのんびり過ごしていた・・・藤棚、、、のぼったこともあるよ。なにせ子供も多かったしジャングルジムがある公園までは遠かった。そこは疏水を眺められるうどん屋で「入舟」という屋号。店の南側には大きな桜の木と柳の木があった。右見て左見て車に気を付ける必要はまだ無かった頃の記憶・・・同年代の子供たちがいっぱいいて「ハシリ」だけで遊べてた。町内全部が遊び場で里道はどこへでも繋がっていて「空き地」「ハタケ」「お庭」「境内」は全部遊び場だったり野球のグランドだったりした。相撲なんかどこでも出来た!^_^ ビーダン(ビー玉)遊び「インキョ」というやつ、十字に道に五つ穴を掘ればみんなで遊べた。お豆腐やお揚げさんは振り売りのおじさんから買えたし、うらんちょの魚屋さんが焼いてくれた魚をよく食べた。グジにハモ、そしてお作りも祖母は琴を鳴らし、近所からは三味線の音が聞こえ、猫たちは低い屋根に灯籠をジャンプ台にしてひょいひょいっと散歩に出かけていった。やがて洗濯機がやって来てモリアオガエルが白いボディに、、、キレイだったなーそうそれからしばらくして南禅寺の三門拝観にお金がいるようになるんじゃ無かったっけ、、、ボクらの空き地は、アスファルトが敷かれ駐車場に変わるザリガニ取ってた池には柵ができ、疏水は遊泳禁止に。目の前の大きな松並木は道路拡幅のために日本カモシカの群れと共に消えた。目を開けると今。子供たちはいなくなって。車は連なり、観光バスがやっとこすれ違い、外国人旅行者が行き交っている・・・#morning #kikkan #OxygenSharingEquality #酸素消費の平等 #kyotolife #ありふれたのしいいひ雪は大丈夫そう。選挙の日。日本はこれからも「発展」を目指すのだ、、、そして冬将軍がやって来た