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モーゼルだより

2010/02/24
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カテゴリ:醸造所訪問

一面の雪景色の中、前を走る車のたてる雪煙が地表を這うように風に流れていた。
2月上旬、かれこれ2ヵ月以上寒気の中で雪は積もっては融けを繰り返し、これほど冬らしい冬は久しぶりのことだった。


その日最初の訪問先ベッカー・シュタインハウアー醸造所は、モーゼル中流の観光名所ベルンカステルから車で5分ほどのミュルハイムにある。醸造所とすぐには分からない石造りの洋館の前で車を降りると、村は雪景色の中でしんと静まりかえっていた。「呼び鈴はこちら」の標識に従い足跡のない雪を踏みしめ、中庭に入る。圧搾機から果汁のしたたる音や発酵の匂いの余韻が、そこには漂っているような気がした。呼び鈴を押す。建物の中にベルの響く音が木霊し、しばらくして少し強面な男が扉を開けた。現オーナーで醸造家のカーステン・ベッカーであった。1969年生まれの40歳だが、深い皺が刻み込まれた顔立ちに貫禄があり、もう少し年上に見える。



ベッカー・シュタインハウアー醸造所の醸造家、カーステン・ベッカー。


カーステンが1758年から続く醸造所を父から継いだのは、今から6年ほど前の2004年のことだ。その年に醸造したワインで早速ゴー・ミヨのドイツワインガイドの房を一つ獲得。やがて2006年産で二つ、2008年産で三つに房に増やし、着実に評価を上げてきている。
「それは生産年に恵まれたからだよ」と7代目の醸造家は謙遜する。「天然酵母による発酵も、父がやっていたことを受け継いだだけだ。新たに取り組んだのはマーケティング。両親は栽培と醸造、それに民宿の経営で手一杯でそこまで手が回らなかったからね」とハイルブロン専門大学でワイン経済学を学んだカーステン。彼は大学卒業後1995年から2年間アフリカのケニアでワイン生産プロジェクトに携わり、その後3年間モーゼルの醸造所団体ベルンカステラー・リングでの広報マネジメントを担当した。この5年間をカーステンは職人に例えて『遍歴修行期間』と呼んだ。そしてさらに父の元での修行が3年続き、ようやく一人前の醸造親方として家業を継いだ。


窓の外では音もなく雪が降り続いていた。
1890年に建てられた底冷えのする洋館の試飲室にワイン用のスクリューキャップをひねる軽い音が木霊し、グラスにリースリングが注がれる。香りを嗅ぐと、明らかに天然酵母による発酵の匂いがした。

「天然酵母を使うと角や縁の(Ecken und Kanten)ある個性的なワインに仕上がる。葡萄の果皮やセラーに住む酵母など、様々な種類の酵母が作用するからね。発酵温度を調整することもしない。セラーは年間を通じて8℃前後で冷却の必要がないんだ。そして発酵が自然に止まるのを待つ。タンクによっては辛口に仕上がるものもあるし、中辛口で止まるものもあるが、それでいい。自然に到達した調和が最上の結果と思うから」という。

1970年代まで一般的だった天然酵母による発酵だが、今はほとんどの醸造所で培養酵母が用いられている。
天然酵母はいわば野生児で、醸造家はその気まぐれな成り行きに任せるよりほかはない。一方、培養酵母は特性が把握されているので安全かつ確実に発酵が進み、香味の出方もある程度左右出来る。安定した品質を確保できるが、香味を画一化する傾向があるともいわれる。カーステンは天然酵母を使ってステンレスタンクで発酵する。それは伝統と現代の醸造技術の融合とみることもできるが、1995年頃から10年近く試行錯誤を重ねた末の結論でもある。確かに父も天然酵母で発酵していたが、それを単に引き継いだだけではない。


「Wein mit Ecken und Kanten」とカーステンが表現した天然酵母によるワインの特徴を、机の角(Ecke)と縁(Kante)のように明瞭な輪郭を持つワインと理解したものか、あるいはごつごつとして固いワインと解釈したものか。
いずれにしても、2008 Riesling trocken 1890は鋭角で繊細な酸とミネラルのアクセントが効いて、軽めの酒躯ながら力強い。モーゼルから離れた渓谷に位置するファルデンツの畑Valdenzer Kirchbergの収穫で、ここの地所のワインはルーヴァーの様な酸味に野菜や香草を思わせるヒントがある。同畑の樹齢74年の2008 Alte Rebenは複雑さの中に気品のある力強い酸味がピシリと効いて、エレガントで非常に長い余韻が印象的。一方2008 Steinmauer Rieslingは完熟した柑橘やリンゴの蜜のアロマがたっぷりと詰まった濃いめの果実味に、エキストラクトとミネラルがぶつかり合っている感じがした。シュタインマウアーはツェルティンガー・シュロスベルクの一画で、石がちな急斜面は水はけがよく熟しやすいが、暑く乾燥した年は葡萄樹に厳しいストレスがかかるという。2008 Muelheimer Sonnenlay Riesling Kabinett feinherbは天然酵母特有の酵母と硫黄に似た匂いが軽く漂い、繊細で軽快、ミネラル感に富む。綺麗な伸びの良い酸味が気持ち良く甘みとバランスして、ワイン全体にまとまりがある。夏までゆっくりと発酵したワインだという。
「最近は瓶詰め時期も早まっている。以前は収穫翌年3月までは法律で発売が禁止されていたのだが。2、30年前までは発酵が終わってから樽で2年位寝かせて、飲み頃になってから発売していたものだ。最近は4~5月の復活祭にリリースを間に合わせる醸造所が多いね。アメリカのワイン商はもっと早くしてくれとせっつくけど、ワインには良くない傾向だよ」と肩をすくめる。



2008 Valdenzer Carlsberg Riesling Spaetlese feinherbは熟した黄色い柑橘に白桃のアロマ、まとまり、調和、みずみずしい果実味。0.38haあまりのドイツで最も小さい単一畑の一つで、ブルゴーニュの葡萄畑のように低い石壁で囲まれている。そのお陰で冷たい風が遮られ、葡萄がよく熟すのだそうだ。2008 Brauneberger Juffer Riesling Spaetleseは華やかで懐が深く、熟した柑橘、リンゴのヒントが詰まった上品な甘口。同畑の2008 Riesling Auslese**は澄み切った甘い香りの光芒、完熟した柑橘、ほのかにパイナップル、品の良い酸味、ミネラル感、くっきりしたストラクチャー。いずれのリースリングも明確な個性を備えており、畑の違いが見事に表現されていた。

「ファルデンツでは特に」とカーステンはグラスを揺らしながら言った。彼も醸造所オーナーの通例で、訪問者の前でワインを吐かない。少し口に含んでは飲み込んでいたせいか、酔いとともに少し舌がなめらかになっていた。「葡萄を早めに収穫しすぎるね。完璧に熟した葡萄を収穫することが高品質なワイン造りには欠かせないのに。2008は葡萄がなかなか完熟しなかったから2週間待ったが、私が収穫を始めた頃は他の畑は全部収穫が終わっていた。あの年は収穫がことごとく過熟していた2003や2005よりも醸造の腕の振るい甲斐のある生産年だった。除酸?やってないよ。うちの醸造所が除酸を最後にしたのは1987年、その前は1984年だ」


長男として生まれたカーステンは、子供の頃から家業を継ぐつもりでいたという。
醸造所が所有するのは現在8ha、平均収穫量は64hl/ha。将来的には12ha前後まで増やしたいと考えているが、それが割に合うかどうかは別の話だね、と慎重だ。彼はそれぞれの畑の個性をきっちりと表現するワイン職人である。グラン・クリュに値する地所をもう1,2区画入手できれば、モーゼルのトップクラスに数えられる日も遠くないだろう。


Weingut Becker-Steinhauer
Hauptstrasse 72
54486 Muelheim/Mosel
www.becker-steinhauer.de






Last updated  2010/02/25 07:23:53 AM
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