モーゼルだより

2010/06/11(金)08:24

カールスミューレ醸造所新酒試飲会 2010年5月

醸造所訪問(88)

今年からカールスミューレ醸造所で働くことになった若手醸造家、カイ・ハウゼン。今年の新酒試飲会は、彼の顔見世興行でもあった。 前回報告したフォン・シューベルト醸造所から国道をはさんで徒歩5分ほどのところに、カールスミューレ醸造所がある。ここのオーナーのペーター・ガイベンはざっくばらんで野性的だ。 「原始人みたいな男」と地元事情通は評したが、シーズン中週に二回はイノシシ狩りに出ているくらいだから、あながち的外れな表現ではない。しかし時々、外見とは違って実はフォン・シューベルト氏と同じかそれ以上に切れ者なのではないか、と思わされることがある。質問すると大抵最初ははぐらかすような答えで「わっはっは」と大笑いする。それも外人相手に手加減なしの早口のモーゼルフランケン訛りなので、こちらはどこが面白いのかよく分からないままに調子をあわせて笑うと、その後で興味深い話が詳細に続く。これもまた醸造の素人相手に手加減なしに込み入った内容だから、理解するのも容易ではない。今度来るときはヴォイスレコーダーを持ってこようと思いつつ、いつも忘れている。先日、ここの新酒試飲会に行ってきた。 「野生酵母で発酵すると」とガイベンは言う。「アルコール濃度は約1%位低くなる代わりに、複製産物が増えるんだ。それがワインを個性的にする。とくにグリセリンを多く生成するから、クリーミィなテクスチャが生まれる」 なるほど、と思った。 醸造所の辛口のフラッグシップである2009ローレンツホーファー・アルテ・レーベンや同クアルツィットは、ミネラルと酸が繊細かつ明瞭で、どちらかといえば直線的で軽めなのに、確かにクリーミィな感触があり、アロマティックで熟した柑橘やリンゴに、ベリーのエッセンスのような、ほのかで上品な甘みが備わっている。 「でもな」とガイベンは続けた。「野生酵母独特の臭いを嫌う人も多いんだ」と言うなり、近くにいた旧知の間柄らしい顧客を呼び寄せ、野生酵母に由来する臭いをどう思うか、と尋ねた。 「味はともかく、臭いは抵抗があるね。出来れば鼻をつまんで飲みたいくらいだ」という答えが間髪おかずに返ってきた。「あの硫黄みたいな臭いには食欲を失うよ」ワインから温泉の臭いがする感じらしい。 「君はそう思わないか」と聞くので、正直なところそれほど気にならない、野生酵母で独特な個性が出るのは興味深い、と答えた。 「たとえば、今試飲した2009カーゼラー・ニースヒェンのシュペートレーゼ・ファインヘルブ。柔らかなボディに複雑さ、深みがあって、とらえどころのない、一筋縄ではいかないワインと思いました。これは野生酵母で発酵したワインですよね」と私。 「ほめて貰ってうれしいが」とガイベンはにやりと笑った。「野生酵母と培養酵母と、それぞれ別のタンクで発酵したワインをブレンドしている」 「え!どうしてですか。ガイベンさんみたいな野性的な人に野生酵母というのはイメージピッタリじゃないですか。もったいない」動揺した私は意味不明な反論を試みた。 「だって、こいつら一緒になりたがってたからな。男と女みたいなもんだ。わっはっは!」あ~、出たなガイベン節と思いつつ、神妙に笑顔を作り、続きを待った。 「野生酵母臭を嫌う消費者が多いのはさっき話した通りだ。フォン・シューベルトも野生酵母にこだわりはじめて以来、顧客がかなり減っている」おっと。そうでしたか。「培養酵母を使うと、透明感のある綺麗なワインに仕上がる。そこに魅力を感じる消費者が大半だ。そこで必要に応じて野生酵母臭(いわゆるベクサー)を目立たなくする処理をするわけだが、空気を送り込んでやるとか、早めに酵母をワインから引き離すとか、あるいはこのワインみたいに、全部を野生酵母で発酵せずに、同じ畑の収穫を別のタンクで培養酵母を使って発酵して、あとでアサンブラージュしてやるなど、色々やり方はあるんだ」と、早口かつ詳細に解説してくれた。聞きながら、やっぱりヴォイスレコーダーを買おうかな、と思った。 一方、甘口は野性酵母のみで醸造したという。2009ローレンツヘーファー・マウアーヒェンのカビネットは確かに軽く温泉卵の臭いが漂っていたが、味わいは澄んで繊細な果実味に、非常に長く綺麗なアフタ。対照的にカーゼラー・ニースヒェンのカビネット甘口に硫黄臭はなく、培養酵母ではと思うほど透明感のあるストレートで澄んだ甘み、フレッシュな香草、熟した赤いリンゴの酸味が印象的だった。甘みが増すと雑味が包まれて、甘さの中にある複雑さと奥行きが際立つようだ。ニースヒェンとローレンツヘーファーのアウスレーゼはどちらも文句なしに素晴らしい。極楽の花畑に迷い込んだ蝶のような気分にさせられる。 最後はまだ発酵中のアイスヴァイン。フィルター前でやや埃っぽいが、蜂蜜入りミルクティーの濃厚な甘みにひたすら長い余韻が続く。12月19日、朝7時から氷点下18度で約2時間半かけて収穫。果汁糖度は180エクスレに達した。 アイスヴァインを収穫して数日後、1年半前に受けた心臓手術後の定期健診で、肝臓に影がみつかった。ガンであった。 「発見が早かったのが不幸中の幸いだな」とガイベンはサラリと言った。それから間もない1月7日に手術して、肝臓の半分を切除した。 「そんな体でワインを飲んでも大丈夫なんですか」と聞くと、「これまでの倍飲めと医者に言われている。ワインは体にいいからな!わっはっは!」と破顔一笑し、グラスのワインを一息にあおった。 カールスミューレ醸造所のオーナー醸造家、ペーター・ガイベン。 今年、ガイベンが右腕のジルヴィア・ウェルスに加えてもう一人若手醸造家を採用したのは、そんなこともあってのことだ。カイ・ハウゼン、29歳。地元ルーヴァー出身でガイゼンハイムで醸造学を修め、オーストリアのシュロス・ゴベルスベルクやイタリアで研修・就職後、地元カルトホイザーホフとモーゼルのマルクスモリトールで働いていたところを、顔なじみのガイベンにスカウトされた。ハウゼンは野生酵母による発酵にこだわりがあるそうだが、今後親方から学ぶことも少なくないだろう。 試飲を終えて外に出ると、併設のレストランで結婚の祝宴が開かれていた。 華やかにクラクションを鳴らしながら入ってきた車の一団があったが、これだったのか。人生の節目を迎えた人々を目にして、次世代を育てることと、やがて継承される醸造所の伝統を思った。 Weingut Karlsm?hle www.weingut-karlsm?hle.de

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