ホスピティエン醸造所試飲会
ホスピティエン慈善協会のボトルと今は使われていない木樽。先代ケラーマイスターのエルンスト・エーレン氏は今もよくトリアー近辺の試飲会でおみかけする。真っ青に晴れ上がった5月半ばのとある週末の午後、トリアー市街地の外れ、モーゼル川沿いにあるホスピティエン慈善協会醸造所の新酒試飲会へ行って来た。屋外には初夏の陽射しが満ちていたが、かつて防空壕にも使われた試飲会場の地下セラーは薄暗く、奥に行くほど肌寒かった。今は用いられていない木樽の列に挟まれた通路で、リッター瓶のグーツヴァインから試飲を始める。辛口・ファインヘルブとも軽くシンプル、柑橘のアロマが快適。アフタはやや短めだが一本5.80Euro、デイリーワインとして安心して飲める。この様子なら2008も期待できそうだ、と思った。2008ヤコブスQbA辛口。ヴァイスブルグンダー、グラウブルグンダー、リースリングをブレンドした醸造所のオリジナルキュベ。マイルドな酸味に典型的なブルグンダーのナッツ系のアロマに柑橘のヒント、健全な収穫から丁寧に仕込まれた印象。2008ヴァイスブルグンダー、グラウブルグンダーはしかし、その日の私にはあまりにマイルドすぎると感じた。分析値を見ると酸はそれぞれ6.7g/L, 7.5g/Lあるはずなのだが、存在感がない。ヴァイスブルグンダーはややシンプルな青リンゴのヒント、グラウブルグンダーはイチジクのヒント、ボトリティスでやや傷んだ収穫を用いたかと推測させた。醸造所の経営責任者ヨアヒム・アルンス氏の話しでは2008の収穫は健全で、仕上がりにも満足しているという。いずれにしてもヴァイスブルグンダー、グラウブルグンダーは雑味が少なく酸味控え目で小さくまとまり、個人的には不満が残る。2008ブラウアー・シュペートブルグンダー、ブラン・ド・ノアールはフレッシュなイチゴのアロマがあり、しなやかで軽やか、これは楽しめる。しかし同ロゼは味が薄くアフタがあっさりとしすぎて、少し首をひねった。夏の午後にキリリと冷やして、フレッシュなイチゴなど浮かべて炭酸水かゼクトを混ぜて飲めば美味しいかもしれない。試飲しているうちに、いつしかセラーは訪問者でごったがえしてきた。毎年ここの新酒試飲会は地元の愛好家達で大いに賑わう。2008年と2007年産あわせて36種類がトンネルの奥にむかってずらりと並び、3人のスタッフ達は訪問客達との談笑に余念が無く、ボトルから手酌で注ぐ量は個人の良識に委ねられているし、多少のことは大目に見られている。私はテーブルを囲む人々の背後から手をのばし2008 Saar-Riesling,Seeriger Schloss Saarfelser Sclossberg, Riesling QbA trockenのボトルを掴み、二口ぶんほどグラスに注いで元に戻した。1リットル瓶だ。軽い黄りんごのアロマ、シンプルでやや素朴な酸味、10年以上昔飲んだクラシックなモーゼル辛口を思い出す。2008 Serriger Schloss Saarfelser Schlossberg, R. K. trocken durchgegorenは完全発酵しており、残糖1.5g/Literの極辛口。繊細な白桃のアロマ、ミネラリティ、火打ち石のヒント、透明感のあるボディにフレッシュなシトラスのアクセント、ほどよい綺麗な酸味。スタイル的に最近よく飲むロワールの辛口白に似ている気がした。完全に発酵したことを意味する“durchgegoren“にはもう一つ2008 Wiltinger Hoelle, Riesling Sp. trockenがあり、火打ち石のヒント、青リンゴのアロマ、ほんのりクリーミィなボディにスパイシーなミネラル感。こちらも食中酒として良い感じ。どちらもアルコール濃度11%、酸度は7.9g/Lと7.4g/L。その他カビネット辛口はTrierer Augenscheiner, Seeriger Schloss Saarfelser Schlossberg, Scharzhofberger、シュペートレーゼ辛口はScharzhofberger, Kanzemer Altenbergがある。アルコール濃度は10.5~11%、酸度は6.6~8.3g/Liter、残糖度は4.7~8.6g/Liter。シャルツホーフベルクとカンツェマー・アルテンベルクは恐らく収穫は遅い時期だったのだろう、アロマがやや明瞭で奥行きがあり、前者は白桃に柑橘、後者はオレンジと柑橘が香る。アウゲンシャイナーとゼーリガーは軽くややシンプル、そのぶんミネラルのスパイス感が目立った。悪くはないが、完全発酵ワインに比べると「このワインならでは」という魅力にやや欠ける。中辛口は3品目。Seeriger Schloss Saarfelser Schlossberg, R. QbA halbtrockenとKanzemer Altenberg, R. QbA feinherb、そしてWiltinger Hoelle, Kabinett feinherb。最初の2つは物足りない。ゼーリガーは小さくまとまってあっさり、カンツェマーはそれより少しアロマが明瞭だが締まりに欠け不満を感じたが、ヴィルティンガー・ヘレはほのかにパイナップルのヒント、柑橘の香りがアフタまで持続し楽しめた。私の悪い癖で、何故こうなのだろうとあれこれ考えてしまう。何故物足りないのか、小さくまとまってあっさりしているのかと、試飲しながら考えていた。ワインは自然が与えた条件と醸造過程での人為操作の結果だと思うのだが、醸造過程の中で、畑から得たポテンシャルを減衰させている所があるのではないかという気がする。気がするだけで確認出来た訳ではない。聞いても醸造責任者は肩をすくめるだけで、25haの畑から毎年36種類15万本も醸造する大変さが素人に分かるかと問われたなら、私には返す言葉が無い。あるいは、あと数ヶ月寝かせて落ち着くとまた印象も変わるかもしれない。ようやく甘口に辿り着く。あえて除酸を行わなかったというカビネット以上の甘口の酸度は7.8~9.5g/Literだが、いずれのリースリングも酸味が力強さと長いアフタをもたらしていた。自然な酸味で果実味の稜線はすっきりと全貌を現し、表情に生彩がある。ザールの白桃、青や赤リンゴ、スモモ、シトラスは香り高く、ピースポーター・ゴルドトレプヒェン・カビネットは熟した桃の甘みがクリーミィで軽く繊細なボディに漂う。醸造所が所有する唯一の中部モーゼルの畑からのカビネット甘口が、今回の試飲で一番良かった。最奥部にある中世初期の礼拝堂であったセラーでの有料試飲。モーゼル川に最も近い位置にあり、年間を通じて低温と湿度が保たれている。解説をするマーク・ノイマンは私の知る限りモーゼルに最も通じている愛好家の一人。新酒の試飲からトンネルの最奥部、中世初期の遺跡でもあるセラーへ向かう。暗闇の中、ろうそくの灯りに照らされたグラスの中で赤い液体が妖しく輝く。33年前は黄金色であっただろう1976 Trierer Augenscheiner Rulaender Trockenbeerenausleseである。こんこんと湧き上がる繊細な香りは甘くなまめかしい。なめらかな舌触りの甘みは複雑な要素が一体となって調和し、力強く、重く、香ばしい焼き栗の匂いに晩秋の冷気と暖炉の暖かさがある。名残を惜しむかのように舌に残る甘美な味わい、見事な古酒。1975 Trierer Augenscheiner Rulaender Beerenausleseは琥珀色、蜂蜜、カラメル、華やかで明瞭かつ濃厚な甘みにアーモンド、艶やかに磨かれた甘みの塊、非常に長い余韻。まだ熟成可能。1983 Trierer Augenscheiner Rulaender Ausleseは軽く、甘みはやや枯れ始め、干したリンゴ、蜂蜜、アーモンド。これは頂点を過ぎ、静かに滅びていく過程にある。熟成ルーレンダー比較試飲の他に2001, 2002, 2005のリースリング・シュペートレーゼ及びアウスレーゼのマグナムボトル比較と1989のリースリング・アイスヴァインとTBAが試飲に供されていた。2002 Piesporter Goldtroepchen, R. Sp. (Magnum)は熟成香のヴェールをかぶった繊細でフレッシュな甘み、りんごにカラントのヒント。2001 同畑のR. Aus.は一本綺麗に通った極上の酸味、熟成感は控え目でまだ新鮮、非常に長いアフタ。2005 Scharzhofberger R. Aus. GKはほっそりとしてエレガント、高貴な甘み、カラント、白い花の蜂蜜、青リンゴ、素晴らしい調和と充実感、長いアフタ。1989 Serriger Schloss Saarfelser Schlossberg R. Eis はアイスヴァインとしては控え目な酸のアタックで繊細、様々な要素が揮発性香料のようなタッチで複雑かつ上品に香り立つ。緑の香草、白い花の蜂蜜、エッセンス的な甘み、非常に長いアフタ、後味に残る甘みは上品に口中いっぱいに広がる。1989 Scharzhofberger R. TBAは濃厚、熟成、ナッツ、蜂蜜、力強くミネラリティに富むが、その日はアイスヴァインの方が印象に残った。それにしても、1976 TBAと1975 BAは素晴らしかった。リリース当時はどんな味だったのだろうか。そして現在のステンレスタンクによる還元的に醸造したワインも、やがてこれほど見事な古酒となるのだろうか。その答えは、今の私には見えなかった。Vereinigte HospitienKrahnenufer 19, 54290 Trierwww.vereinigtehospitien.de