ミニマリストと、生活必需品。イタリアの発表に思うこと、のお話。
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2020/03/12
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全29件 (29件中 1-10件目) my family
カテゴリ:my family
晴天だった日曜、リアル息子のイベントを覗いてきた。 10年前、市有地だった場所をスコップを片手に土を盛って ジャンプ台を作り始めた。 ご近所の自治会の方々との月一度の周辺清掃を続けてきた彼らは、 数年前に市と掛け合い、公認の自転車公園にしてもらって、 横には立派なスケートパークまで完成している。 この日もイベントの合間に、参加者全員による45分の清掃活動が プログラムされていた。 自転車を愛し土を愛する仲間の熱意と、本気で向き合ってくれている 行政の方々の真摯な想い、そして自治会の人たちの協力があって こんなステキな場所が存続しているんだな、と思った。 ギャラリーさんだった、こんな可愛いワンコと目が合ってしまいました。(笑 662Trail 10th Anniversary DirtJump Meeting 130人の元気なライダーさんと、たくさんのギャラリーさんの笑顔が 心に残ったいい日でした。
2010/11/01
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3ヶ月前も、3週間前も行ったような・・
美味しいモノに出会うと、誰かに教えたくなるなるし、 大切な人に食べてもらいたくなるんですよネ。 ということで、 義母さんと、実家の母を連れて(オットも連れて(笑)) 4人で『そばんち』へ、お蕎麦を食しに行った。 また、アノ丹波市市島のお蕎麦屋さんデス。 『そばんち』激リピ夫婦?! ヒザに人口関節が入っている義母さんと、 両大腿骨に人口関節が入っている母は、二人とも 正座が出来ないので、予約の時に縁側の席をお願いしておいた。 ![]() 2時間以上かけて、ゆるやかに運ばれてくる蕎麦会席の ひとしなひとしなは、どれも店主の蕎麦に対する意気を感じる。 今日の蕎麦がきには、旬の黒豆のずんだが添えられていて、 ![]() 酒を造る水だけで出される水そばには、庭先に咲く可憐な蕎麦の花が 浮かんでいた。 ![]() 普段は食の細い母達が、「おいしい、おいしい」と、 デザートのそばアイスまで全て平らげていた。 バイクではないので積載に余裕があり、いつもの露天で テンコモリの野菜も買いつつ、 ![]() 春日の道の駅では、大きな圧力鍋を使った こんなパフォーマンス販売に ![]() 母達ふたりは、目を丸くしながら ![]() 左・実家の母79歳 右・義母さん78歳 今の季節しか味わえないアツアツの丹波焼き栗に、 これまた舌鼓。 ![]() 松茸が食べたいという母。 今年は松茸が豊作で値段も通年の半分以下になっていると TVで見たので手が出るかもと、奥の冷蔵庫から出してきてもらった コレ。 さすが丹波の松茸は3万円也のビックリプライスで、 母は手が出ず、ワタシも買ってあげられず。(汗 販売しておいでだったオジさま曰く、 「こっちのは安くなってないよ~。 岩手や長野なんかはヤスなってるそうやけどね。 ほとんど、料理屋さん行きやね。」 せっかくなので、写真だけ撮らせていただきました。(笑 で、母ちゃんが買ってきたのは直径15センチ、超肉厚の シイタケ200円也。 ![]() 素焼きにして、おろしポン酢に一味をかけていただきましたが 松茸に勝るとも劣らず・・・・・ とまでは参りませんでしたが、メチャウマでした。 銀杏は、紙封筒に数個いれてレンジでチン。 ![]() 網の銀杏煎りは要りませんデ。
2010/10/26
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エンジンのついていない2輪を愛するリアル息子から
「松山でのダートジャンプの大会に、662trailローカル30人で 繰り出すので、バスの運転手して~。 出会いはプライスレス、ということで。」 という任務を授かり、母ちゃんの大型免許も役に立つコトがあるのね~、 おまけに、初めましてなヒトとお友達になれる良い機会やし~ とばかり、喜んで引き受けた。 BMX自転車満載のハイエースと、29人乗りコースター。 ツイデに、みんなのお昼ごはんも任せてもらって、 4日前からルーの仕込みをはじめ、 いつものバター300gと小麦粉をカレー色になるまで炒め続けて、 また腱鞘炎・・・(汗 でも、コレが楽しい。(笑 ニンニクと生姜もこの量で、家じゅうスゴイ匂い。(笑 コースターの荷物の積載能力が極端に悪く、 大きな発電機を持参できなかったので、 アゴスジカレーとサラダ35人分、ごはん3升、から揚げ3キロ、 ついでにおにぎり60個も、家で作って持っていった。 土曜日、午後10時半に出発、バスの中はイキナリ大宴会。 ![]() 6歳から51歳まで、年齢層も幅広く、皆キャラ濃すぎで、 面白すぎ。 何度もトイレ休憩でSAに止まりながら午前3時に松山に到着、 仮眠を取って6時過ぎ、夜明けとともに、練習走行開始。 ※数名宴会続行。(汗 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() BMXの世界も最近は女性ライダーが増えているそうで バックフリップ(バク転)をメイクする女の子もいるらしい。(驚 本日唯一の女性ライダー、我らが「チーちゃん」の スリムなうしろ姿。 チーちゃん、飛びます、飛びま~す。 カッコイイ! sgmさん撮影 キッズクラスからプロクラスまで、小学生も中学生も高校生も おにいさんもオヤジも、皆ホント楽しそうにジャンプ。 ![]() このジャンプなら、母ちゃんも出来そうだ! (嘘 ちーちさん撮影 みんな本当に格好イイ。 ジャンプをミスしたり、BMXだけ飛んでったりで、 ペダルがグニャッ、なんてコトも。 ペダルなら良いのですが、どこかの坊ちゃんは 2度目のジャンプで胸を強打し右肩亜脱臼で、 只今自転車に乗れないそ~で。(汗 プロクラス1位でシャンパンファイトは、長野県からエントリーの 栗瀬裕太選手。 大きな怪我からの病み上がりだとは思えないジャンプでした! 大型免許を持っているライダーさんがひとりいて、往路の運転を お任せした。 帰りの高速は交代する予定でしたが、母ちゃん、運転席のナナメ後で 爆睡していたので、運転をお手伝い出来たのは集合場所への 回送だけでした。(滝汗 スンマセン。 バイク乗りなBMXライダーさんも数名いたり、 8月に結婚したばかりの新婚さんも、プロ級のカメラマンも、 母ちゃんと真剣に遊んでくれたちびっ子もいた、 素敵なご縁をイッパイいただくことができた、本当に楽しいツアーでした。 解散前にみんなで記念撮影 西宮662trail 662 trail 10th Aniv.Dirt Jump Meeting
2009/12/02
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日曜日、リアル息子の大会をコッソリ見に行ってきまスタ。
母ちゃんは、息子が大会に選手として出るときは 足がすくんで怖くて見ちゃいられないので、 絶対に行かない。 でも今回は、お世話係さんなので、乗ることはナイと 分かっておりまして。 なので、行ってまいりました。 サスペンションのないリジットフォークの自転車なのに ぴよよよよヨ~ン、と飛ぶ飛ぶ。 ヒザやヒジや、コシやアシクビがサスなのね~ きっと。(驚 母ちゃん写真を撮るのがヘタなので、たくさん撮っても マトモなのがありまへん。 ええ?連写?? あぁ、デジカメにはそんな機能もあるんでしたっけか? ようワカラン。 中学生さんも何名かエントリーしてらして、 とても上手にピョコピョコ飛んでらっしゃいました。 みんなとっても楽しそうでした。 Enjoy BMX Contest ↑足がスクむ鳥肌モン動画アリ。(汗 リアル息子と母ちゃんの顔が同じだと 昨日、友人にメールをもらいました。(滝汗 (そんなチェックはいらん) でもね、オヤジ8割の母ちゃんは、この目立つクルマでいらした 「Red Bullガール」のかわゆいおねえさん二人のチェックは 抜かりございませんデ。 品川からお越しの、スリムで美人なおねえさん達でした。(笑
2009/11/26
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豊田市で仕事をしているリアル息子からメールを貰った。
ちっちゃい輪っかの自転車が趣味の息子は 次の日曜日に、岐阜の中津川でこんな大会を開くという。 Enjoy BMX Contest 小さい頃から自転車に興味があった彼は、中学生になった頃 近所の自転車チームに入れてもらい、小学生の頃から乗っていた 安物のマウンテンバイクでクロスカントリーの草レースに せっせと参加していた。 プラザ坂下、グリーンピア三木、るり渓と 何度か応援にいったことがあったが、 アップダウンの激しいコースを、夏の炎天下も、凍えそうな寒い日も、 土砂降りの雨の中も 汗だくになって、「もどしそう」になりながら、必至にペダルを 漕いでいた。 「何が楽し~て、あんなシンドイことするんかいなあ・・」 と、不思議ではあったが、 いつかバイクに興味を持つだろうと思っていたので、 自転車で2輪の基礎を養っておくのは悪いことではナイと 母ちゃんは考えていた。 ところがギッチョンチョン、 全くバイクに興味を示さない。 いつだったか、勝手に輪っかの小さな自転車に乗り換え、 バイクの免許が取れる年齢に達しても エンジンの付いた2輪には一向に興味を持たなかった。 23歳になった今も、4輪の免許しか持っていない。 しかし、 その小さな輪っかの自転車が、なんやら楽しいらしい。 ホンキで楽しいらしい。 一度しかない人生、楽しい方がいいに決まってる。 辛いことも、しんどいことも、悩みもテンコモリあるだろうけど、 万事気持のもちよう。 たくさんの人達に支えられていることに感謝を忘れず、 楽しい人生でありますようにと、 母ちゃんは願ってまっせ。 メールをくれたと言うことは、 中津川に観にいってもエエのかいなあ。。。
2009/08/31
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リアル娘が四輪の免許を取った。
母ちゃんの強制でマニュアル免許である。(笑 親バカよろしく、早速オットと一緒に乗せてもらって 頃合の良い距離に位置する、讃岐うどんのお店に ランチに出かけた。 友人から、初心者の子供が運転する車に乗る時は 後の座席に座るか、横に乗ったら無口に徹すること!と アドバイスを受けていたので、硬く心に誓っていた。 ※ちなみにアドバイスをしてくれた友人は、 ピカピカ若葉マークのお嬢さんの助手席に 乗ってから親子関係が悪くなったそうだ。 (生きた心地がしなかったらしく、口うるさく言って しまったのが原因) ・・・。 うん、うどんは美味しかった。 親子関係も悪くならなかった。 でも、 一日たった今日、 右足ふくらはぎと太ももの筋肉痛があるのは ナンデやろ?(滝汗
2009/08/17
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惜しかったなあ、ホント。
母ちゃんがPTAを謳歌していた学校が、今日 2回戦敗退でした。 70年振りに夏の甲子園ということで、1回戦は応援に行くべく PTA母ちゃん友達と連絡を取り合っていた。 なのに、 順延、順延で先約のあった12日になった。 「なんで2日も続けて雨かいなあ・・」と思いつつ 出先で携帯をチェックしていた。 まさかの1回戦突破! 「お~っ、やった!」と喜んだ。 で、2回戦はお盆休み明けの月曜日、今日。(汗 「なんでこんな忙しい日かいなあ。行かれへんし。」 名古屋からお盆休みで帰省していた息子も、 応援に行きたがっていたが昨日帰ってしまった。 が、 娘とボーイフレンドが応援に行くというので 「写メ撮ってや~。 実況中継してや~。 しっかり応援するんやで~」 と、朝送り出した。 試合が始まると気になってしかたがない。 仕事をしているフリをして、 ヤフーの速報をチラ見。 逆転の5回表は思わず「わぁ!」と出そうな声を 飲み込んだ。 9回表に同点になったときは我慢の限界で、 ラジオに手が伸びてしまった。 9回裏、サヨナラ本塁打で試合終了。 真っ赤に日焼けした娘は 「凄い応援の、凄い試合だった。」と。 応援に行っていた友人からは 「負けたけど、心底感動した!」 と、清々しい声で電話をもらった。
2009/07/31
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今日も更新だい。
小学生じゃないが、夏休みだから日記は毎日書くぞ。 お~っ!(リキミすぎ) (しかも、母ちゃん休みじゃない) まあね、半世紀生きてたらネタはイロイロ沸いてくるもんで。 そうそう、 30歳前後はアラサー、40歳前後はアラフォー 60歳はアラカン、で50歳前後はなんと言うか。 アラフィーとかアラフィフなのかと思っていたら、 『アラ!半世紀』と言うそうな。 ヘンに納得。 ところで、 野球にはあまり興味のない母ちゃんだか、 ココのところ、試合の結果が気になってしかたない 高校野球のチームがあった。 昨日の決勝で見事優勝、晴れて甲子園への切符を手に することが出来た。 リアル息子の母校である。 息子は野球部ではなかったが、母ちゃんはどっぷり PTAに漬かっていたので、なんとも嬉しくてたまらない。 スポーツ選手の優待入学がない学校で、夏の甲子園は 難しいよね・・・と、誰もが思ってきた。 なんと70年ぶりの出場で、そのブランクは史上最長だそう。(驚 リニューアルされた甲子園球場は母ちゃんちの近所。 PTA母ちゃん仲間と、日焼け対策をバッチリして、 アルプススタンドで校歌を大合唱するぞ~! お~っ!(クドイ)
2009/04/07
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総帥にモトレヴォwithモトルネRd.1の「お疲れさんコール」をし
とりあえずみんなケガもなく帰還していること聞き、 ひと安心。 総帥は土曜の雨での転倒にもめげず決勝完走で、お立ち台。 えっ? MC90クラスエントリー何台だって?(笑 ドカ乗りの焼酎ハシモっちゃんが今回はニンジャ600を駆けて オープン105で一番高いところでのシャンパンファイトだった。 見たかったなぁ。 レース中にシングルシートのベースが外れてしまい、 ヘアピン立ち上がりで一瞬スピードを落とし お尻を浮かしてシートベースを抜き取り、 コースオフエリアへ「ポイッ!」しながら チェッカーまで走り続ける離れ業を披露した ベテランライダーもいたそうで。(ビックリ! ・・・ねえtopsさん。(笑 ミドリの息子のひとり、団長も一番高いところだったと。 おめでとサンでした。 土曜の宴会も盛り上がっていたみたいだし。 楽しそうでなにより。 転んだヒトも、不本意な結果だったひとも、 サンデーレースは、とにかく楽しいのがイチバンなワケで。 レース参戦のみなさん、お手伝いのみなさん 今頃ですが、お疲れさまでした。 今回は、お手伝いにもいけなくてホント残念だったなっ。 母ちゃんの週末はと言うと 雨の中でしたが、娘の入学式も無事に終わりました。 両親で参加される方が多く、中にはおじいちゃんおばあちゃんの 姿もありました。 大学とはいえ入学式って、ひとつのファミリーイベントなんですね。 長い髪を少し茶色に染め、履いたことのないフォーマルな パンプスが歩きなれない足取りの娘のうしろ姿を見て なんやら感慨深かったです。 娘は小学校低学年まで私の半径1メートルから 離れないほど人見知りの激しいアカンタレでした。 半泣きの不安な顔で園の正門に立つ幼稚園入園式の娘の写真が アルバムにあります。 「よ~ちえん、行かない~っ」と、朝になると 涙をポロポロこぼすので、結局1年半は在籍しながら ほとんど幼稚園に行きませんでした。 よく熱を出す子でオマケに喘息持ち。 夜中に吸入をしてもらいに何度も救急病院に走りました。 5歳上の息子は病気とは無縁で、誰とでも仲良くなれるし 歩き出した頃から目を離すといなくなる、という 全く違った行動パターンだったので、娘の子育ての 序章は戸惑うことばかりでした。 何でもゆっくりで、呑み込みに時間のかかる子だったので 小学校高学年、また中高生になったら、ちゃんと やっていけるのかしらん・・・ と、本当に心配でした。 でも、 良い友達、良い先生、たくさんの方々と めぐり合うことができ、多くの経験をして 成長しました。 色々な事があって、時には怒ったり、泣いたり、 でも、やっぱり笑ったり・・・ そんないろんな事があったから、親も子どもと共に 成長することができたのかなあ・・・ いや、母ちゃんはいつまでたっても成長しない ダメ母ちゃんです。 うん。 雨でキラキラ光る満開の桜の下で、写した写真の娘は はにかみながらも笑顔でした。
2009/02/03
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義父が他界しました。享年79歳、膀胱ガンでした。
一昨年の秋の入院以降、ガンに加え結核を患い、 一時は食事が全く出来ず、意識もなくなり 主治医の先生の口からも良いことが聞けない日々も ありました。 でも奇跡的に回復し、重い要介護になったものの 昨年の12月中旬には自宅に戻ることが出来ました。 自宅での介護計画をケアマネさんと立て、週2回の訪問看護も お願いし、訪問入浴にも来てもらいました。 しかし、10日ほどで尿毒症を発症し再入院となり お正月を病院で向かえ、2月1日に亡くなりました。 1年半に及ぶ入院中は、ほぼ24時間の家族の付き添いが必要で、 力不足ながらワタシも付き添いをしましたが、義母の 献身的な看護にはただただ、頭が下がる思いです。 いつまで続くかわからない闘病生活のなかで、痛みをともなう 病と闘う義父自身はもちろん辛いのですが、 それ以上に、治る見込みをなかなか見出せない 義母の今までのしんどさ、辛さは言葉にできません。 ベットに横たわる痩せて小さくなった背中が、ただただ 切なく悲しかった。 このブログには入院からしばらくした頃の義父のことを 何度か綴っていましたが、壮絶な闘病生活を書き始めると ワタシ自身がネガな気持になってしまっていたので、 回復することをひたすら願いつつ、書くことを避けていました。 昨年の年末まで、毎月の墓参りにはご先祖に義父の回復を 念願していました。 しかし、今年になって義父の辛い姿を見るうち、 また、重くなっていく義母の心を思ううち、 1月のお墓参りの時に、 「義父に奇跡が起きて欲しいと願っていましたが、 もし、もしそれが叶わないのなら悲しいけど、せめて 穏やかに、そして爽やかに見送ることを許してください。」 と、お墓の前で手を合わせました。 それからちょうど1週間後の永眠でした。 義祖父の祥月命日から3日後でもありました。 義母、義妹、オットとワタシは義父の死に直面した今 深い悲しみと共に、言葉にするのは不謹慎かもしれないのですが 神聖な安堵のようなものを感じています。 骨太の慶応ボーイだった義父。 オシャレでグルメだった。 初めて会った義父は50歳を過ぎたばかりで まだまだ働き盛りであった。 背筋の伸びた大きな背中が格好よく印象的だった。 下戸なのに、このわたや干物や明太を好み、夏は鱧、冬は河豚。 祖父母の里、秋田のしょっつるや、ハタハタ寿司も好物だった。 47年間勤め上げた会社をリタイヤした後は 母と旅行を楽しんだり、ピアノを教える義妹のコンサートに 出かけたり。 元部下から誘われるマージャンも楽しみにしていた。 我がままだったけれど、優しくて褒め上手だった義父。 こんな破天荒な長男の嫁を、事あるごとに褒めてくれた。 褒められた記憶なんてほとんどないワタシは、 それがとっても嬉しかった。 たくさんの人に愛された義父。 そして、52年間尽くし続けてもらった最愛の奥さんに、 最後を看取られた父は、幸せだったとおもう。 残された義母は膝を患い杖が離せないが、とても元気である。 しばらくは葬儀の後片付けや、49日までの毎週の法要で 気が張っているが、徐々に寂しさが増してくるだろう。 元気で楽しい余生が送れるよう、微力ながら オットや義妹と共に支えていきたい。 全29件 (29件中 1-10件目) 総合記事ランキング
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