1986年からFJ1600からレース活動を開始しF3、F-NIPPONとステップアップ。F1にコローニで挑戦し予選落ちを喫したり、アメリカに渡ってインディライツシリーズからCARTにステップアップしたりと様々なマシンで走り続けた服部尚貴も、今回のフォーミュラニッポン最終戦がフォーミュラカーでの最後のレースとなりました。
最後のレースは予選6位からスタート、コースアウトもあったりしながらも最後の1周でまさかのガス欠でストップするという、「らしい(?)」結膜となりました。
今回のレース前に行われた25日のテストでもドライバー全員が引退祈念Tシャツを着て撮影したりとか、日曜日の決勝レース後も表彰台にドライバー全員が集まり、服部の引退を祝福し寄せ書きを記したチェッカーフラッグが贈られたりとか、みんなに愛された服部尚貴らしいすばらしい引退レースとなったようです。
- 「スタート前に皆と撮影した後はちょっと泣きそうになったけど、最後は俺らしく笑って終えることができました。これからはフォーミュラ・ニッポンの監督としてがんばります。レースもGTは続けますし、自分の中で引退という言葉を使うのは今回だけ。あとは自分の趣味として、ハコのレースは死ぬまで続けます」と服部らしい言葉で締めくくった。最後は集まった観客全員から「はっちゃん、お疲れ。ありがとう!」のコールを受け、さらにドライバー全員から盛大なシャンペンシャワーを浴びた。
(AUTO SPORTS web)
フォーミュラレースは引退しますが、「自分の趣味として、ハコのレースは死ぬまで続けます」ということです。レースが好きな服部選手らしい一言ですね。
これまで長い間お疲れ様でした。
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