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祈りと幸福と文学と

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もず0017

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obasan2010@ Re:「盆トンボ」表彰される(03/11) 「盆トンボ」の表彰おめでとうございます!…
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もず0017@ Re[1]:「狼の女房」 「ふくやま文学」第36号に掲載(03/02) obasanさん ありがとうございます。早め…

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2018.11.17
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男の腕に ROLEX パールマスター 39 86348SABLV


>>その一 から読む



 地球生命体友愛協会も、市内の動物愛護団体もやって来なかったので、ゆっくりタバコを味わうことができた。
 雨は止む気配もなく、敷地の中の水溜まりを広げていた。
 日が射せば、賑やかに啼き騒ぐクマゼミの声も、聞こえない。
 一所懸命働いているのに、なんだか叱られているような雨の降り方だった。

「生きるとは他の動物の命をいただくこと」と新人時代の女工場長が言っていたのを思い出す。

 所詮はそれも人間中心の言葉だ。
 言葉の上だけで成立する独善的な文法だ。

 出荷先の老人ホームでは、鳥料理を提供しても、義歯では肉が硬いだの、味が苦手だのといって、大半が残滓となって廃棄される現実を、僕は知っている。

「食物連鎖とは、命のリレーです。トリから人へ、命をつないでいくことが、私たちの仕事です」

 女工場長はそうも演説していた。
 だが生殖能力のない高齢者にトリを提供して、命のリレーもないもんだ。

 どんなに社会貢献をうたおうと、綺麗事を並べようと、トリを殺すのはただ工場の売り上げのためだ。
 お金に換えられない命を、値段の付く商品に変えることが僕の仕事だ。

 いまの白髪頭の工場長は、そんな綺麗事は口にしない。
 もっと出荷量を増やして採算をとらないと経営が立ち行かないはずなのに、経営会議一つ開かない。
 あれはあれで良心的なのかもしれない。

 敷地の門の外から元気な子どもの声が聞こえた。
 子どもはうたっていた。

「勝ってうれしい花いちもんめ、負けてたのしい花いちもんめ」

「ちがうよ、負けてくやしい、よ」

 子どもは二人いるらしい。
 それから母親らしい女性の声が聞こえた。
 しゃがんでいる僕の位置からは、三つのカサの色がぼんやり見えるだけだ。
 三色のカサをぼんやり見送っているうちに、なんだか人の世への恋しさに、目頭が熱くなってきた。

 消毒ガスを自分に噴射して工場に入り、出社拒否中の検査員の名前とハンコで一通りの検査をしてから、股引のように吊るしたトリの解体、中抜き作業にかかろうとした時、ぶらりと白髪頭の工場長が姿を見せた。

「いやあ、今日は残念だったねえ。だが気を落とさないでくれたまえ。午後から新たに求人募集をかけておいたから」

「工場長、くれぐれも」
 僕はまな板の上にカッターを置いて、工場長に体を向けた。
「いいですか、くれぐれも、人を増やしてから、出荷量を増やしてください。人を増やすのが先です。でないと今日みたいに――」

「一日に七十いけそうだね。効率が良くなったよ。これぞ努力の成果だ。これからも――」

「無理です」

 大声で工場長の言葉を遮った。

「まず先に増員です。さもないと――」

「わかってるよ、西田くん」

 工場長は片手をあげた。

「安心したまえ。今度の求人コピーは時代にマッチしたものを用意したんだ。わんさか人が入ってくるよ。きみが嬉し涙をこぼす姿が目に見えるようだ」

 そして工場長は、ズボンのポケットから、折りたたんだ求人広告の原稿を取り出し、広げて見せてくれた。

『急募! 工場スタッフ募集。かわいいニワトリたちにかこまれた、アットホームな職場です。未経験者歓迎。動物好きな人、ペットを可愛がる人、大歓迎! 時給九〇〇円以上。勤務シフト相談可』

 そこには文字だけでなく、ニワトリのかわいいイラストまで添えてあった。
 僕はめまいをおぼえた。

「わかるかね、西田くん。殺伐とした工場のイメージをいかにあたたかいイメージに変えるか、ここがポイントだ。なにせ生き物に係わる仕事だから――」

「生き物を一羽残らず惨殺する仕事ですよ」

 僕は訂正した。

「動物好きな人やペットを可愛がる人が、この工場で喜んで働くんですか」

「『自分は選ばれた』という意識が大事な点だよ、西田くん。動物好き、これは自分のことだ、そう感じる読者は多いはずだ。そこから先は、面接で選り分けたらいいんだよ」

「まあいいですよ、僕がとやかく言うことじゃない。それよりも」

 僕は広告の下のあたりを指さした。

「時給九〇〇円以上とは何のことです。どうして未経験の新人の方が、僕より給料が高いんですか」

「きみにしても増員が必要だろう? それともこの先もずっと一人でやっていくつもりかね?」

 一瞬でも、このオヤジのことを、良心的などと考えたことを後悔した。

「人間には夢が必要だよ、西田くん。この工場から、毎日一万を超える出荷がある日を夢見てごらん。その日のきみは、工場長だ。もちろん正職員に登用されているし、ボーナスだって支給されるようになっているかもしれない。だから今日も明日もがんばって――」

「もういいから出て行ってください」

 工場長をつまみ出して、ようやくトリの解体にかかった。

 いまからどんなに急いだところで、定時には終わらない。
 もちろん、残業代なんかつかない。

「人間には夢が必要だよ」

 そうだ。夢だ。
 工場長が、僕の正職員登用を予定といわず夢といった。
 僕に、その夢が見られるだろうか。

 いったい僕に、迷ったり悩んだりする権利があるだろうか?

 やる気が失せてきた時には、とにかく終わらせることだけに集中する。

 腿肉、もみじ、手羽先、手羽元。かつて温かく血が通い、しなやかに動いていた筋肉たち。
 胸肉、ささみ、レバー、砂肝。

 ところで僕はこの工場の正規職員になりたいのだろうか?

 カッターを操る手がふと止まった。

 天井をたたく雨の音が、かえって沈黙を深める。

 頬に流れる汗をぬぐい、耳を、雨の音にあずけた。
 僕はずっと、ここでトリを殺しつづけるのだろうか?

 二十九羽分の解体と、肉の仕分けを済ませ、翌朝の出荷のために、それぞれ仕分けした肉や内臓のトレイを、冷蔵庫に保管した。



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Last updated  2018.11.18 22:43:26
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